番外編⑤「揺るぎない想い」ルイジアナ視点




 バーントシェンナ国で国交会議が行われた後、私はいつもの癒しスポットまで来ていた。実はその度に、あのヒヤシンス国のビア王とお会いしていた。私が湖に落ちたあの日からビア王も、森の景色がお気に召したようで、こちらの国へ来られた際は必ず足を運ばれていた。

 湖で最初にお会いしたあの日、私は導かれるように、ビア王の元へと戻った。恐れ多くも王の近くに腰を落とし、そのまま暫く一緒に過ごさせてもらった。自分でもビックリだった。あの無機質の王の傍にいて会話をしていたなんて。

 思っていた以上に、王は気難しい方ではなかった。確かに時折、返答がない上にジーッと見つめられる事があって困ってしまう時はあったけど(多分、下らないと感じた話には答えないとみた)、それなりの時間を使って会話をしていた。

 王がどう思われたのかはわからないけれど、口調からして不快な思いをされている様子はなかった。それからだ。国交会議が終われば、あの場所で会って他愛のない話をするようになったのは(殆ど私の話で王は黙って聞いて下さっていた)。

 失礼だけど、その時の王はまるで友人と話をしているような感覚だった(とはいえ、当然敬語だけど)。一国の主であり、取っ付きにくい方ではあるけれど、不思議と一緒にいる時の空気は和んでいた。ある意味、私の安らぎの一つになりつつあった。

 比較的、穏やかな日が続いていたある日の夜だった。私は久々に絶景を堪能出来るお気に入りのバルコニーまでやって来た。もう何度も目にしている風景だが、足を運ぶ度に讃嘆の声が零れる。

「相変わらず綺麗だなぁ~」

 目を奪われるほどの絶景はいつもの事。私は広がる夜景の前まで足を進める。今日は風も雲もなく、満天の星空が広がっていた。

「夜景も星空も綺麗なんて贅沢ね」

 …………………………。

 暫くポケ~と眺めを堪能していると、ふと足音に気付く。誰かがこちらに向かって来るようで、私は振り返った。

「キール?」

 私は近づいて来る人物の名を呼んだ。キールは私と視線が合うと、にこやかに微笑んで私の隣りに並んだ。

「仕事終わったの?」
「あぁ、さっきな。早めに終えたから、オマエに逢いに部屋まで行ったんだが、いなくてな」
「ゴメンね」
「もしかしたらって思って、ここに来てみた」
「そっか。逢えて良かったよ」

 私も笑顔で返す。こうやってキールとのんびりと過ごす時間って最近はなかったもんね。

「ここにいるのは考え事か?」
「うーん、というよりはリフレッシュかな? 最近、割りと忙しかったし」
「確かに久々だな。こうやってニ人で話をするのも」
「そうだね」

 キールは私とは比にならないほど、多忙な仕事を抱えているものね。

「私はキールの役に立っているのかな?」
「どうした、急に?」
「だってキールの仕事はちっとも楽にならないでしょ?」
「そりゃ、王だからな。何千万という民を支えている。軽くはならないだろうな」
「そうだけどさ。私はもっと力になりたいんだけどな」

 私は素直な気持ちを零す。

「え?」

 スッと私の頬を両手で包み込まれる。私が半ば驚いて顔を見上げると、夜空のもと暗くはあるけれど、キールの表情が熱を帯びているように感じ取れた。

「キール?」
「オマエはオレの傍にいてくれるだけで、十分力になってくれている」
「キール……」

 その言葉に私は胸の内でジーンと熱いものが広がった。私はなにもしなくても、キールの傍にいるだけで力になれているの? 見つめ合っていると、おのずとキールは私の唇へと近づいてきた。そのままキールの唇を受け入れる……つもりが、

「い……やっ」

 思わず私は彼から離れてしまう。

「ル……イジアナ?」

 キールは驚愕して私を見つめている。そうなるよね、私自身もなんでこんな拒否る姿勢を見せてしまったのか、わからないのだ。それに今の私には……。

「ご、ごめんね! な、なんかこういうの久々で驚いちゃって!」
「あぁ、そうだな。急に悪かった」

 キールは本当に納得したのか複雑な表情を浮かべていて、私も気まずさから視線を逸らしてしまう。

 …………………………。

 重たい沈黙が降りてきて、私達の会話は途切れてしまった。

「明日も早い。今日はもう寝よう」

 沈黙を破ったのはキールだった。

「え?」

 ――もしかしてキール、怒っている?

 怒っていなくても、気を悪くしているよね。だって私達は恋人同士なんだもの。

「キール、ごめんね、私……」
「なにも言わなくていい。オマエが思うような事はなにも思っていない」
「あ……」

 キールは術者だ。私の心の乱れを「気」で感じ取ったんだ。

「キール……」
「本当に気にするな」

 彼は微笑んで言う。うぅ~五歳も年下のコに気を遣わせてしまったな。私は自分の不甲斐なさを反省する。

「戻ろう」
「キール、私もう少しここに残っていていいかな?」
「え?」
「もう少しいたい気分で」
「一人で大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
「……わかった。風邪を引かないようにしろよ」
「うん」

 キールは深入りもせずに、この場から一人去って行った……。私はその姿を見送った後、深い溜め息を吐いた。さっきの行動、なんであんな事をしてしまったのだろう? それもそうだけど、私はも一つ信じられない事実が生じていた。

 キールからキスされる瞬間……実はビア王の姿が浮かんだ。何故、王の姿が現れたのか理解出来なかった。でも以前にネビンス様との婚姻をお断りさせてもらった時、キールの姿が頭から離れなかった時と似ていたのだ。

 ――それってまさか……?

 私は一瞬横切った思いに、顔を横に振って揉み消した。

 ――まさかそんな事があるわけない……。

☆*:.。. .。.:*☆☆*:.。. .。.:*☆

「王はなんでもご存じなんですね」
「…………………………」

 私の言葉にビア王はなにも応じない。無表情でなにをお考えなのかわからないところだけど、多分「王なのだから当たり前だろ。王が愚弄者なら民を、国を支えられるわけがない」ってところかな。

 最初の頃は返答を下さらないビア王に対して、私もアップアップしていたけれど、何度か接していく内に、少しずつ把握出来るようになった。今、私と王は例の場所で安らぎのひと時を過ごしている。最近会議の回数が多くて、ますます接する事が多くなっているんだよね。

 さっきの私の言葉だけど、本当にこの王は物知りで知性に溢れている。王だから学があって知性が高いのは当たり前なのかもしれないけれど、堅苦しい政界から国の文化まで、私が理解し難い部分もへりくだって説明して下さる。人にわかり易く説明するのって難しいのよね。

「それだけ知性がおありで、補佐をする大臣や役人達が王に一目置いているのも納得しますし、ヒヤシンス国の民が愛国心が強いのもわかるような気がします。きっと王を心から尊敬し、愛しているのでしょうね」

 私は率直な言葉を伝えた。しかし一瞬、王の表情が強張ったのは気のせいだよね? (だって王は無表情だから)

「…………………………」

 相変わらずだんまりで、私はてっきり照れているのだろうと勝手に解釈していたのだが……。

「我が国の愛国心が強いのは保護精神の高い民が多いからだ」
「え?」

 王から思いがけない答えをもらい、私は瞠目する。

「自国を愛する、すなわち己を愛しているという意味だ。一見、国を愛しているように見えるが、実際は己の保身を守っている。王への裏切りがないと忠誠を見せ、実はその忠誠自体はどうでも良いと思っている。みせかけの忠誠は生き残る為の手段の他ならない」
「…………………………」

 淡々と話す王だが、その内容に私はどのように返せばいいのか、言葉が見つからずにいた。

「愛されている。そんなうわべだけの想いをぶつけられ、なにに満足する?」
「何故そのようなお考えに?」

 かろうじてこの言葉だけが挟めた。

「術者は人の“気”を読み取れる。嫌でも真実を把握せざるを得ないのだ」
「あ……」

 そうだ。術者は人の気を読み取れる。バーントシェンナ国の術者は基本的に気の読み取りをオフにするよう決められている為、容易く読んではいないようだけど、他国はそう言った自制をかけていないのよね。

 …………………………。

 私はフォローの言葉がかけられずにいた。一通り沈黙が流れた後、再び王が語り出す。

「唯一まことの愛を下さった方が母だった。……だが、その母ももういない」
「え? ……お亡くなりになったのですか?」
「そうだ。私が幼き頃に重度の病で亡くなった」
「そうだったのですか」

 ヒヤシンス国は有能な医師や術者がいるのに、それでも亡くなられるって、よっぽどだったのね。そしてお母様の事があって、王は女性に対して優しいのではないかと思った。フェミニストまではいかないけど、何気ない優しさがあるもの。

「母を亡くし、私は人間の愛情を信用しなくなった」
「そんな。そのような考えは人生を損してますよ!」
「損をするもなにも、実際がそうであればどうしようもない」
「人は愛されて育つ生き物です!」
「まさに愛されて育った証だな」
「え?」
「バーントシェンナ国ならそうであろうな。愛情に溢れた国だ。だが覚えておけ。他国ではオマエの国にある愛情では物事が通用せぬという事を」
「…………………………」

 自分の国を否定され、怒りたい気持ちよりも、とても悲しかった。だって人間は愛されて育つ生き物だ。この王だって愛される人柄をもっている。仮に王が言っていた通り、うわべだけ慕われているとしても、そんな薄っぺらい情で大国が成り立っているとは思えない。

 でも王自身が他人からの愛を実感されない限り、いくら述べても理解はして下さらないだろう。私が言葉を失っていると、王は軽く溜め息を吐かれた。なにかを諭すように。

「将来バーントシェンナ国の王政を司るのであれば、現実を知らざるを得なくなる。これしきの事で気を落とすようなら、介入せぬ方が良い」
「違います! 気を落としていたわけではありません!」
「…………………………」

 政界の話で気を落としていたら、王のおっしゃる通り、この先はやっていけないだろう。私はそんな事ではへたこれない。

「王は気付いていらっしゃらないだけです」
「なにをだ?」
「貴方は愛されています」
「それは説明済みだ」

 王の説明済みというのは、先ほどの保身の為に慕われているだけだという話だろう。

「現に私は王を愛しておりますから」
「?」

 無表情の王が眉を顰めた。同時に私自身も目をパチクリしていた。

 ――え? ……今、私なんと? 王を愛していると?

 心の中で王に伝えた言葉を繰り返した時、私の胸の中がキュゥー甘く痺れるような感覚が回り、そしてジーンと広がっていた。そして気付いたのだ。

 ――私はビア王を愛してしまっている。

 その想いはさすがに自身のものであっても、信じられるものではなかった。だって私が愛しているのはキールの筈だ。でも今はそうだと言い切れなかった。少し前にキールからキスをされそうになった時、私は思わず拒否ってしまった。

 その時に浮かんだ人物はこのビア王だった。あの時に私はこの気持ちを掴みかけていたけど、認めたくなくて無理に抑え込んでしまった。私はバーントシェンナ国の王族の人間で、しかもキールの恋人だ。他国の、しかも王など言語道断の相手だ。

 いや、禁断の相手だ。認めるわけにはいかなかった。私は想いに気付く前に、既にビア王に気持ちを伝えてしまった。ど、どうしよう。……でも言ってしまったものは仕方ない! 往生際が悪いのは返って格好悪い。ならば……。

「私は王を愛しております」

 私は覚悟を決め、自分の気持ちを再度伝える。

「王は私の心を掴まれたように、自国の民の気持ちも掴んでいらっしゃいます」
「…………………………」

 さらに私は大胆にも王の右手を両手で包み込んで、

「どうか私を王のお傍においては頂けないでしょうか?」

 感極まった想いを止められず、相手が一国の主にも関わらず、私は自分の想いを貫いてしまう。

「オマエを妃にという事か?」
「それは王のお気持ちがあっての事ですが」
「さっきからなにを言っておる? オマエの目的は我が国のスパイだったのか?」

 急に王から訝しげな眼差しを向けられる。

「違います! 私は純粋な気持ちをお伝えしています!」
「信じられぬな。バーントシェンナの王族も行動に出るようになったものだ」

 王は呆れ返った口調で吐き捨てるように言われ、私から視線を逸らした。

「何故、信じて頂けないのですか!? 私如きが一国の王を相手にスパイなど出来るとお思いですか!」
「誑かすように言われている可能性もある。女なら油断出来ると思ったのかもしれぬが、生憎、私は他国の人間を容易く受け入れる愚か者ではない。自国を守る為にも、オマエを受け入れる事は決してしないだろう」
「……そうですか」

 私は王の言葉を受け入れた。でも……。

「私は諦めません。せめて私の想いが本物であるとわかって下さるまでは」

☆*:.。. .。.:*☆☆*:.。. .。.:*☆

 ビア王に想いを伝えてから、数ヵ月が経った。その間に数回と国交会議は行われ、王と顔を合わせる事があったが、彼は至って変わらない様子で、私をどう見ているのかわかる筈もなかった。

 王はもうあの場所へは来て下さらないかと思っていたが、私が足を運ぶと必ずいらっしゃっていた。あの場所に私が来るのをわかっていて来て下さるのかと思うと、私は大きな幸せを感じた。

 王に会う度、どんどん彼に魅かれていき、私の中での存在が大きくなっていった。だから気持ちを抑える事が出来ずに、私は想いをぶつけ続けた。何度も何度もだ。

 当然、王は拒み続けていたけれど、最近は私の気持ち自体には偽りがないと信じて下さっているように感じた。だからと言って、王が私に対する態度がどうこう変わった事はなかったけれど。

 それでも私は自分の想いが偽りのものではないとわかって頂けただけでも満足だった。それは王が決してうわべだけで愛される方ではないと、理解して頂けるきっかけになればといいと思ったからだ。

 今日もバーントシェンナ国での会議が行われた後、私と王は例の場所に来て、談話をしていた。そして今日はずっと胸に秘めていたある事を訊いてみる事にした。

「王には将来を誓ったお相手がいらっしゃるのですか?」
「…………………………」

 ビア王は今年で二十七歳になられる。王達の結婚時期はそれぞれだけど、ビア王は平均より遅れている。王だけあってお相手選びは慎重なのだろう。王は質問に答えて下さらない。こんな立ち入った話を他国の者に答えるわけがないのだろうけれど。

「……ルイジアナ」
「はい」

 いきなり名を呼ばれて、私は心臓が飛び出しそうになった! そ、そういえば、王から名前を呼ばれた事ってあったけな? 私は心臓をドキドキとさせながら、王からの次の言葉を待つ。

「オマエは私の妃と望んでいるが、それは自国を去る事になる。いわば自国を捨て我が国の人間になると言う事だ。オマエがそれで構わないとしても、周りの人間は許さないであろう」
「わかっております」
「我が国の歴代に他国の王族を妃に迎い入れた事はない。オマエが思う以上に、我が国の王族と民からの風当りは酷く辛いでものであろう。それに耐えられず、自国へ帰ろうとしたところでも、一度去ったオマエをバーントシェンナ国の王族は受け入れはせぬ」
「私はなにがあっても帰るつもりはございません!」

 私は決然と言い放った。揺るぎない想いがあってこそ、伝えられる覚悟だったのだ。そして次に王から意外な言葉が出され、私は大きく動揺する。

「バーントシェンナ国の王の元を離れる覚悟はあるのか?」
「え?」

 私はハッと息を呑んだ。今のビア王の言葉はキールと特定した言い方だった。何故、私とキールの間柄をこの王が知っているのだろうか? ……今はそれよりも先に伝えなければならない事がある。

「私は自国を、キール王の元から去ってでも、貴方様のお傍にいたいと思っております」
「…………………………」

 揺らいだ気持ちは一瞬で、頑なに自分の想いをぶつけた。キールの元を去る覚悟は出来ている。王がなにをおっしゃいたいのか、全くわからなかったけれど、私は片時も視線を逸らさなかった。

 …………………………。

「……ならば我が国へ来るが良い」

 王から信じられない言葉が告げられる。

「え? ……それは、まさか?」
「オマエを妃として迎えようではないか」





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