番外編⑤「思いがけない出来事」―ルイジアナ視点―
キールと想いが通じ合ってから、お互いの将来を考えるようになった。まず私は国の政経を把握する為、積極的に国交会議へ出席するようになった。実はこの会議、今まで女性の参加がなかったのだ。
女性不可というわけではないが、政経の話はとてもシビアであり、ストレートに言ってみれば、国の足の引っ張り合いというのか。女性には耐え難いとの理由で、自然と今まで参加者がいなかったそうだ。
私の場合、キールがバーントシェンナの国王であり、彼とゆくゆく結婚となれば、私は妃となる。国の政経が無知であるのは具合が悪い。しかも私は元から王族の人間だ。キールの妃となるのであれば、彼のサポートは当たり前だと思っていた。
まぁ、実際はキールもアイリも堅苦しい政経を知ろうとしても、会議の参加までは必要ないと言ってくれたんだけど、私は頑なに参加を希望した。常にキールの役に立ちたかったのだ。愛があるが故……なんてちょっとノロケが入りそうなので、ここまでで。
今日も国交会議が行われていた。この会議には既に何度か参加をしているが、聞いていた以上に、辛辣な言葉が飛ぶわ飛ぶわ。なにより王のキールが若いだけあって、他国からの攻撃は凄まじい。それを反撃するのがアイリだ。さすが頭の切れる彼は他国の大臣や役人の口を閉ざすほどの知力がある。
さて今回の議題だが、結論に至るまでとんだ難解であった。ケンタウルスなど聖獣が生息する北の地帯に、レインボーストーンと呼ばれる美しい花が咲いている。この花は七色のグラデーションとなっており、輝かしく幻想的であるという事から、別名「幻花」とも呼ばれていた。
しかもこの花の特徴は見た目の美しさには留まらず、花弁が七色に光る石となっている。これは大変希少価値があり、どの国の商人も切に望んではいるが、なんせ生息している地帯が聖なる場所である為、手の届かぬ存在であった。しかし、それが近年風向きの変化によって、他地帯で咲くようになった。
そこはどの国も所有していない地帯だ。よってどの国が所有するのか口論となっているのだ。例えば、マルーン国は貧富の差が激しい為、弱者の商人に託したいと申し出たが、それはマルーン国側の管理の問題であって、納得がいかぬと反論を出された。
ヒヤシンス国は保護貿易の傾向があり、他国への輸出を拒み、自国のみを潤す懸念がある為、渡し兼ねると跳ね退けられた。我がバーントシェンナ国は経済が安定している為、これ以上の潤いは不必要であると判断され、結局どの国でも結論には至らないのだ。
私は最初、単純に三等分で良いのではないかと提案を出してみたのだが、そんな安易な考えをされては困ると非難を浴びた。また通年を三期に分け、各国それぞれが所有する権利の時期を作るのはどうだろうかと提案をしてみた……のだが。
「物わかりの悪い方だ。何度同じ事を言わせれば気が済むのだ。ただでさえ、そちらの王はお若いだけあって、至らぬ点が多いというのに。さらにこの会議の場に女を連れて来るとは政界をなんだと思っておられる? 非常識も甚だしい、恥晒しもいいところだ」
「なんですって?」
さっきも私が意見を述べた際に、真っ先に反論に入ったマルーン国の宮宰エッグノッグ氏はまたしても抗議にかかってきた。この方はなにかとバーントシェンナ国の私達に批判的で、要注意人物の一人だった。
私の事をバカにするのは我慢出来ても、キールを含める大臣や役人まで、非難する権利はどこにもない。私は険のある表情をして、エッグノッグ氏を直視する。そして私をフォローしようと、キールとアイリが口を開こうとした時だ。
「政界に年齢が関係ないように、性別も関係ないと思うのだが」
「「「え?」」」
キール達よりも先にある人物から言葉を挟まれ、私も含めて殆どの人達が吃驚した。フォローをして下さったのはあの無機質なヒヤシンス国の王ビア・サンガリー様であったからだ。みなは一斉にビア王へと注目を向ける。
「まだまだ術者も男が多い中、我が国では女性を取り入れたところ、今まで以上に経済の発展を遂げた。政界に女性を参加させる事はマイナスどころか、発展の兆しになると、そう私は思うのだが」
「…っ」
王は淡々とした口調で意見を述べられた。さすがに王からの意見ではエッグノッグ氏も完全にだんまりとなった。でも黙然としたのは彼だけではなく、そこにいたみなも同じ気持ちで茫然としていた。
今のビア王の言葉はご本人からしたら私を庇う気など、サラサラなかったのだろうけど、聞いている方は結果そういう捉え方をしてしまうだろう。ヒヤシンス国はマルーン国ほど攻撃的ではないけれど、閉鎖的で決して他国に協力的とは言えない。
そんな国の王自ら他国の人間を庇うなど、信じられない出来事だ。場の空気が強張る中でも、ビア王は表情一つも崩さなく、毅然となさっていた。その表情からなにをお考えなのか誰も知る由はなかった……。
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結局レインボーストーンの件は解決にならず、次回へと持ち越しになった。大きく経済に関わる話だから、そう簡単には決着はつかないのだろう。会議が終了して私は帰る身支度を整えていた。
部屋を出た時、キール達に先にスルンバ車へと行くように伝えておいた。キールから怪訝な顔を向けられたけれど、すぐに戻ると私は簡単に伝えて彼の元から離れた。私にはどうしてもある人物に伝えたておきたい事があった。それは……。
「恐れ入ります、ビア王」
回廊の一角で、私は深く頭を下げて目的の人物の名を呼んだ。私の挨拶にビア王とそのお付きの人達が一斉に振り返った。私は恐縮としながら顔を上げる。予想通りヒヤシンス国の大臣や役人達は眉を顰めて、私を見つめている。
それもそうなる。小娘一人が一国の主の呼び止めるなんて考えられないのだろう。これでも自分が王族の身であると自負した上で、とはいえあくまでも腰を低くした姿勢で、私は王の前へと進んだ。
「突然、お引き止めを致しまして申し訳ございません」
「…………………………」
王の目の前まで来た私はもう一度、深々と頭を下げた。バーントシェンナ国では珍しい漆黒の髪は腰より長く、自国の華美な礼服を身に纏う王は相変わらず無機質で、私を見下ろしていた。
さすが王としての威厳というかオーラが輝かしい。その為、目の前にすると変に緊張が高まって恐々としてしまう。それでもきちんと思いを伝えておかなければ。
「あの、先ほどの会議では恐れ多くもフォローをして下さり、有難うございました」
私は速まる心臓の音に堪え、再び頭を垂れ下げた。
「…………………………」
なにもお声がかからないから、私は顔を上げられずにいた。ややあってだ。
「なにを勘違いしているのかわからぬが、私は自分の意見を率直に述べたまでだ」
やっと王から言葉が返ってきた。実に王らしい答えだ。
「わかっております。ですが、きちんとお礼をお伝えしたく参上致しました。お忙しい中、お引き留めをしてしまい、誠に申し訳ございません」
私は最後にもう一度王へ深々とお辞儀をし、その場から立ち去った……。
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会議が終え、私は一人バーントシェン国の近くにある緑豊かな森の中にいた。一人といっても、少し離れたところに衛兵と付き人がいるんだけどね。会議の場所は各国順番に回って来る。
バーントシェンナの会議の場所は宮殿の街から少し離れた第ニの都市バーミリオンで行われる。そこから宮殿へ戻る途中に、癒しの隠れスポットがある。それが今、私が休んでいるこの場所だ。
ここには池ほどの小さな湖があり、その湖は息を呑むほど透明感に溢れた美しさをもっている。中央はグリーン色で、その周りが透き通るブルー色。初めて見た時に思わず目を奪われたのを今でも覚えている。そして私はこの湖全体を眺められる絶景の場所を知っていた。それは……。
「よっこらせっと!」
そう、それは木の上だ。私は大きな樹木の枝を伝って登る。私の見た目は女のコらしいが、実際はけっこう跳ねっ返りだったりする。服が汚れようが擦れようが気にもしない。それよりも眺めを堪能する方が大事だ。
「わぁ! 今日も本当に美しく綺麗な湖ね」
腰をかけられる幹に到着してお尻をつける。お天気にも恵まれ、陽射しによって水面がキラキラと乱反射していた。色合いもいつも以上に鮮やかで圧巻だ。ただ気を付けないといけないのが、今いる場所から落下すると、湖にドボンッとなる事。
それでもここからの眺めは外せないのよね~。今日みたいな殺伐とした会議の後に、ここの景色を眺めると心が洗われる。湖の周りには緑豊かな景色が広がっていた。自然を直に触れられる特別なパワースポットだ。
私は今日の出来事を振り返っていた。会議に参加してから他国の情勢を目の当たりにし、バーントシェンナ国が如何に平穏な国であるかを思い知らされる。他国は本当に厳しい。特にマルーン国は弱肉強食の世界だから、弱者は死に物狂いの生活を虐げていると聞いている。
ヒヤシンス国は愛国心が強く、自国の人間であれば問題ないが、他国との絡みが出ると、次から次へと問題を勃発している。この国はマルーン国以上に、頭を悩ませる場合もある。自分がバーントシェンナ国に生まれた事を心の底から感謝しなければならない。
それにしても、今日のビア王の対応にはとても心が打たれた。あの無表情かつ無感情の王は他国の人間には興味を示さないものと思っていた。そんな王の性格があの国を閉鎖的にしているとも思っていたんだけど……。
――王の人柄を誤解していたのかもしれない。
私は人の見た目や聞いた話だけで、判断してしまっていた事に深く反省をした。王政を司る王族の人間として物事は思慮深く、そして多局面から考えられるようにならなきゃダメよね。自分の未熟さを反省しつつ、私は溜め息をついた。その時だった。
――メキメキッバキバキッ!
嫌な音が私の足元から聞こえてきた。なにかが裂き割れる音だった。
――この音ってもしかして!?
身の危険を感じた私は咄嗟にその場所から離れようと躯を動かしたのが……運の尽きだった。腰かけていた枝が一気に割れ始めた。
「え?」
次の瞬間、
――バキバキバキバキッ!!
割れる枝と共に私の躯は落とされる!!
「きゃぁああ!!」
そのまま叫び声を地上に残して、私は湖へと落下した。
――サッブ――――――ン!!
湖の水面が私の重みで広がっていく。衝撃によって私の躯に激痛が走り、痛みの衝撃とショックで、浮き上がろうとする力を奪われた私はそのまま重力感に押され、湖の下へと引き込まれて行く。
――ゴボッゴボッゴボッ
水が体内に入り息苦しさが増すが、全身の痛みにもがく事すら出来なかった。どんどん深みに引きずり込まれ、
――私は死ぬんだ。
そう覚悟を決め、意識が眠りかけていったのだった……。
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「ゲホゲホゲホゲホゲホッ」
パッと視界が開いた瞬間、目が眩むような光と全身に纏わりつく水の重みに抵抗を感じたが、私は躯を起こして必死で酸素を求める!
「ゲホッゲホッゲホッ……はぁ、はぁっ」
水をすべて吐き出し、乱れた息を正常に戻そうとする。
――私どうして? 助かったの?
息を吹き返す事に必死だった為、周りが見えていなかったんだけど、ふと目の前に人の気配を感じた。
「え?」
私は目にした人物を見て息を切った。だってまさかだよね?
「ビア王?」
私はその人物の名を口に出す。漆黒の髪色と同じ瞳をした王は私と同じく全身がずぶ濡れでいた。ま、まさか私を助けたのって? 私は王を凝視する。
「まさか王が私を?」
王は答えずに私を見つめている。
「何故ビア王がこちらに?」
「…………………………」
質問を重ねる私の言葉に、王は答えないままだ。
「オマエの方こそ、何故湖に落ちた?」
逆に王から質問をされてしまった。
「私はその、ちょっと木の上から景色を眺めていたのですが、突然枝が割れてしまい、そのまま湖へと落ちました」
「なんと王族たる者が」
うぅ~、確かに王族の女性が木登りなんてはしたいですよね。ビア王は無表情であったけれど、口調からして心底呆れているように見えた。
「あの助けて下さり、本当に本当に有難うございました」
私は地に額がつくのではないかと言うぐらい、深々と頭を下げてお礼の事を告げた。
「…………………………」
「会議の時といい、今の出来事といい、なんとお礼を申し上げたらいいのかわかりません」
「お礼などいらぬ。さらさら不要だ」
素っ気なく答えたビア王は突然に私の顔の前に右手を翳す。すると、私のずぶ濡れだった躯から水気が引く。
「え?あ!」
術力をお使いになったんだ! 王は自分自身の躯も乾燥させると、その場から立ち上がった。
「あの! 王はどうしてこちらに?」
「気晴らしに訪れただけだ。まさか来た早々手間のかかる出来事に遭うとは思ってはいなかったが」
うぅ~、痛いお言葉です。王は私に背を向けて去ろうとしていた。
「あ、あの! ここからの眺めは美しく空気も澄んでますし、せっかくいらっしゃったのですから、お休みになって下さいませ」
私は咄嗟に声をかけた。王は休みに来たに違いない。でも私が湖に落ちて休むどころか、余計に疲れさせてしまった。王は振り返って私を一瞥した後、再び背を向けて歩き出そうとした。
「あ、あの! 私が去りますから! お休みになって下さいませ」
私は急いで立ち上がって王の傍まで行く。隣に並ぶ私を見た王は思いがけない言葉を落とした。
「去る必要はない」
「え?」
王の言葉の意味がわからず、ポカンとしていた私を王は気にもせず、さっき私がいた大きな樹木の前へと戻り、そして腰をかけられた。私はどうしたらいいのかわからずに立ち尽くしていると、
「オマエも休んでいたのだろう。無理に去る必要はない」
王の気遣いが私の心の中にとても温かい感情を流した。そして、この出来事からビア王に対する私の思いが少しずつ変化していくのだった……。