Please46「巧みなミスリード」―Akbar Side―




 一瞬でもヴェローナがオレを救いに来たかと思ったのが愚かだった……。

『オレと一緒になれば、叔父上を敵に回す事になるがいいのか?』
「構いませんわ。私は生半可な気持ちで王太子をお慕いしているわけでありませんもの」

 彼女は僅かな躊躇いもなく即答した。それを聞いたオレの心は決まる。

 ――やはりヴェローナはオレにとって「敵」だ。

「ヴェローナ、オマエは舞台役者にでもなれる才能があるな。だが、先程の答えには綻びが出ていたぞ」
「綻び?」

 オレの言葉にヴェローナは慮外とでも言うように眉を顰める。

「あぁ。国の主を敵に回す事を構わないという愚かな答えの事だ。この状況にいるオレを選ぶメリットが何処にある? 偽りの愛をオレに信じて貰う為にそう答えたのだろうが、仮にも叔父上は国王陛下だ。敵に回せば己だけではなく親族まで害が及ぶ。オマエは根っからの王族の人間なのだから、その恐ろしさを知っている筈だ。それ故、イエスと答えた時点でオマエの愛は疑り深い。……オマエ、叔父上派に成り下がったな? 叔父上を恐怖の対象として見ていないからイエスと言えたのだろう」

 ヴェローナは何も答えない。その代わり美しさを損なう相貌を浮かべている。それが何よりの答えだ。

「それにオマエがこの部屋に入って来た時点で、自分は叔父上派だと言っているようなものだぞ。外にいる守衛はどうした? どんな理由があるにしろ、王命で固められた砦をそうすんなりとは通れないだろう。こうやって入って来られたのは叔父上の許可を得ているからだ。オマエのこれまでの接触はすべてオレを貶める為の演技だったのだな」
「ずっと私を疑っていらしたのですか?」
「違和感に気付いたのは賊の事件からだ」

 ここでオレはヴェローナから隣に立つレネットに視線を移す。まずは彼女のあの・・不安を取り除かなければ。

「レネット、オマエはオレを賊から守れなかった事を随分と苛んでいるが、小説や舞台の物語じゃあるまいし、刃物を持った賊を相手に助けるなど、足が竦んで動けないのは当然だ」
「で、ですがヴェローナさんは!」
「あぁ、そうだな。逆にヴェローナは自分が絶対に殺されないと確信があったから飛び込めた、そう思うのだが違うか、ヴェローナ?」

 ――あの賊共はヴェローナが用意した輩だ。

 オレ鋭い視線を突き刺して問う。そもそもヴェローナはオレを愛していないのだから、身を捨てるような行為をするわけがない。

「何のお話でしょうか。現に私は傷を負ったではありませんか?」

 白々しく答えるところは肝が据わっているな。思っていた以上にヴェローナは図太い。

「オレの傍には常にクレーブスがいる。怪我を負っても魔法で治癒されると計算した上だろう。かなり行き過ぎた行動ではあるが、あの時点ではオレの気を惹こうとする好意から起こしたものだと思っていた」
「あの時点というと、何処かで違うとお気付きになったのですか?」

 ヴェローナが訝し気な視線を向ける。

「あぁ。オマエは“フィヨルド・ドゥーブル”という男に付き纏われているそうではないか?」
「!」

 オレが男の名を出すと、ヴェローナの顔色がみるみると変わっていった。彼女にとって触れられたくない人物なのだろう。

「オマエに付く守衛の数が多いと小耳にしてな。オレとは関係のない話だと思ったが、念の為、調べさせて貰った」

 ヴェローナの守衛の件はサルモーネとオルトラーナから報告を受けていた。

「まさかオレと婚約時代に付き合っていた元恋人だったとはな」
「……っ」

 痛いところを突かれたのか、ヴェローナの顔はますます険しさを深める。オレはヴェローナとフィヨルドの関係を知り、二十年前に呪いが解けなかった理由が分かり腑に落ちた。

「ドゥーブルの存在でオマエがオレに好意を寄せている説は疑わしくなってきた。そもそも国境を結ぶ橋ブロイスィッシュの件は国交が、賊は魔導士まで絡んだでかい事件で、オレへの好意一つで随分と手の込んだ事をやるものだと、ずっと胸に引っ掛かりがあった」

 賊事件の後処理も含め、ヴェローナの行動はすべて出来すぎだ。そこで彼女に手を貸している裏の人間がいると考えるようになった。

「ドゥーブルから他に情報が得られるかもしれないと思ったオレは直接奴と接触してみた。オレを敵対視している奴だから、ほんの少し鎌をかけただけで見事に情報を漏らしたぞ」
「一体、彼に何を話させたのですか?」
「ヴェローナはオマエの事など愛していない。別の男を愛していると。当然奴はオレを疑ったが、オレにはレネットがいるから違うと答えた。その後、奴はこう言った。“バレヌ・ブリュス”か、と。オマエがそこの男と繋がっている事を話したぞ」
「なんですって?」

 ヴェローナにのみならず、バレヌも共に虚を衝かれたように驚いている。

「意外か? さすがオマエの熱狂的な信奉者だ。普通じゃ知り得ないオマエの情報を恐ろしいほど入手していたぞ。オマエとブリュスは叔父上派の人間を挟んで裏で繋がっていたようだな」

 思いも寄らない収穫だった。オレはバレヌを「黒」の人間だと考えていたからな。

『叔父上派との繋がりがないのであれば放っておけばいい』

 以前クレーブスにバレヌが黒か白か問われた時、オレはそう答えた。あの言葉は逆を言えば、

 ――叔父上と繋がりがあるようであれば放っておくな。

 という意味だ。クレーブスは既にバレヌを黒とみており、あの時、あるリストをオレに差し出してきた。そこにはレネットを指導する教師達の名が記載されていた。サッと目を通すと、ある違和感に気付いた。

 男に対する免疫のないレネットを思って、教師はすべて女で用意していたのだが、一人だけ男の名が入っており、しかもそれが「バレヌ」であった。本来の教師は急な辞退を申し出たらしく、代わりをバレヌが務める事になったと聞いた。

 こちらの意に反する行動に責任者を問い詰めたところ、変更をおこなったのは叔父上派の人間で位の高い文官ときたものだから、文句がつけられなかったそうだ。これには何か裏がある、そうオレは睨んだ。

『このまま教師はバレヌでいき、奴の動向を探れ』

 そうオレはクレーブスに命じた。

「中間派の人間であれば疑われにくいと思ったのだろうが、ブリュス、オマエの事は最初から胡散臭いと思っていたぞ。祝宴会のパーティの時からオマエの行動は始まっていたのだろうな」
「何をおっしゃるのですか? 私は偶然に妃殿下をお助け致しましたが?」
「どうせレネットに絡んだ貴婦人おんなたちも叔父上派の差し金だろ? そこでオマエが助けて善人を装い、オレ達の気を緩ませる。あの時、タイミング良くオレは叔父上からレネットと引き離されていたしな。すべて綺麗に出来すぎだ」
「そうおっしゃいますが、何か裏付ける根拠でもおありなのですか?」

 バレヌは口元の片方を僅かに吊り上げ問う。随分と余裕のようだ。

「そうだな。レネットに絡んだ婦人達に制裁でも与えてみるか。地位を剥奪して没落させるか、それとも真実を吐き出すまで身体的に痛めつけるのでもいいな」
「そのような事、陛下がお許しになるとでもいうのですか?」
「レネットは王太子妃だ。誰が何と言おうが非礼を詫びさせる」
「とんでもないお話ですよ」
「オレは本気だ。生ぬるいやり方では叔父上派の人間は口を割らない。敵を炙り出す為なら多少の荒療治もする。それに異を唱えるというのであれば、ブリュス、オマエがすべてを吐き出せばいい」
「何を吐き出すというのですか? そもそも私は陛下と繋がってはおりません」
「言った筈だ。オレはどんな手を使ってでも吐き出させる。真実と一緒に血を吐かせるかもしれないぞ? オマエは何処まで己の忠誠を守れるのだろうな?」

 オレは敢えて揶揄するように言い放った。

「なんという事をおっしゃるのですか!」

 コイツがどういかろうとどうでもいい。バレヌは黒で間違いない。祝宴会のパーティが終えた翌日、東屋でレネットに何か吹き込んでいたと、サルモーネから報告を受けた。さらにいつもバレヌとレッスンを受けた後のレネットの様子がおかしいという事も。

 奴はレネットを騙くらかそうとしており、それが何かサルモーネ達も探る事が出来なかった為、オレはレネットを魔法使いから守る為に、密かに守衛を任せていたクレーブスの部下「ラシャ」に探りを入れさせていた。

 あ奴がどう探りを入れたのか全くの謎だが(彼女に関してオレは完全に専門外だ)、どうやらバレヌは巧な話術でオレに相応しいのはヴェローナだとアピールし、レネットに身を引くように進めていたらしい。

 おまけに事もあろうにレネットにプロポーズまでしていた。レネットは十分魅力的な女だがバレヌは叔父上と繋がりがある為、どうもプロポーズが本気とは思えなかった。偽りのプロポーズはちょっとした保険だろう。再びレネットがオレに気持ちが傾かない為の。

 ――随分と自信のある男だ。

「オマエとヴェローナは叔父上のめいで動いた駒だろ? 目的はオレの排斥だろうな。その為にオレに相応しいのはヴェローナだと吹聴し、じわじわとレネットの心を苛んでいった。そんな愚昧に気付いたオレはレネットがその先に取る行動を読んで案を巡らせた。それが失声を装い、敵の罠に嵌まったフリをして駒を引き摺り出そうとしたわけさ」

 ――失声は駒を引きずり出す為の演出に過ぎなかった。

 周りが散々騒いでくれたおかげで、オレがさほど演技をしなくても勝手に状況は深刻化された。まんまと叔父上も騙されたようで、ヴェローナとバレヌに最終的な動きを下したってとこだろう。

「まぁ監禁されるのは予想外だったが、おかげで駒が現れてくれたからな。その駒のオマエ達はオレが心変わりした様子をレネットに見せつけ、最終的にオレを貶めようとしたみたいだが残念だったな。オレ達はそう簡単に離れられないほど愛し合っている」

 オレはレネットをグッと自分の懐に引き寄せ、堂々と語ってやった。レネットは気恥ずかしいのか顔を朱色に染めて俯き、ヴェローナとバレヌは何とも言えぬ不快そうな顔を浮かべていた。

 ――さてと、そろそろ幕を下ろそうか。

 そう思った時だ、急に扉の向こうが騒がしく聞こえてきた。

「陛下の許可なしに入るなど許さん! この先に進むのであれば処刑は免れんぞ!」
 
 誰かやって来たようで守衛達が慌てている様子だ。その騒がせている人物が唐突にオレ達の前へと姿を現した。

「アクバール様! お迎えに上がりましたぁ~!」

 クレーブスだ。奴はオレの姿を見るなり、動物が尻尾を振るような嬉々とした様子を見せていた。コイツはペットか?

「遅いぞクレーブス、何をやっていた?」
「これでも必死に動いていたんですよ!」
「であれば裏は取れたのだろうな?」

 オレが監禁される前だ。ラシャからレネットが拉致されたと報告を受けたクレーブスに裏を確認させた。

「ドゥーブルにヴォルカン様と繋がりはないみたいですが、とある魔法使いと接触したようですね。私はアクバール様に呪いをかけた魔法使いではないかと疑っております」

 完全にドゥーブルの単独犯だと思っていたが、例の魔法使いが絡んでいたのか。

「それでドゥーブルは本当におかしい奴でして、吐かせるのが超大変だったんですからね! ……ヴェローナ様って完璧の割には男性のご趣味が少々……」

 クレーブスは完全に上から目線でヴェローナを見下していた。

 ――オマエの趣味も変わっているけどな。

 オレはじとっと奴を見つめながら思った。

「なんですか、その目は?」

 オレの視線に気付いたクレーブスが憮然としたつらをして呟いた。奴の事はどうでもいい。さてと……。

「ヴェローナ、ブリュス、オマエ達もドゥーブルに続いて洗いざらい吐いてもらうぞ。オレを謀った事を後悔させてやる。クレーブス、コイツ等を連れていけ」

 オレが指示をすると、クレーブスと共に来た近衛兵がヴェローナとバレヌの身を拘束する。

「こんな勝手な事が許されるとでもお思いですか!」

 連れて行かれると思ったヴェローナは激情に身を震せ、声高を上げた。

「叔父上にでも泣きつくか? やりたければそうすればいい。自分達は叔父上派の人間だと暴露しているようなものだがな」
「……っ」

 オレは冷たく突き放した。二十年前からオレを裏切っていた相手に今更慈悲もない。バレヌの方は何か言いたそうな面をしていたが、オレは敢えて気付かぬフリをした。だが、最後に……。

「あぁ、そうだ。ブリュス、今宵の宴は楽しめたか? オレが用意した舞台でオマエ達が期待以上に踊り切ってくれたおかげで、オレはとても楽しめたぞ。礼を言おう」





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