Please47「暗躍は密やかに①」―Akbar Side―




 ――王太子専用執務室にて。

 バザール、メイフェイアで起きた賊の事件後、王宮に戻ってからが実に厄介であった。賊に襲われた挙句、ヴェローナに傷まで負わせた。彼女はクレーブスの治癒魔法によって大事に至らなかったが、傷を負わせた事実が大事おおごととなっている。

 話は大きく発展され、オレの近衛兵やクレーブスに責任が問われていた。護衛不足は勿論、叔父上の許可なしに外出した事が問題だと難癖をつけられ、挙句の果てにその責任をどう取るのか議題にまで挙げられた。

 しかし、そんな事よりもオレはもっと重要な事に目を付けていた。あの賊の事件は色々と腑に落ちない。画家に変装した魔導士が魔法でレネットを連れ出し、その彼女を追いかけるオレが賊に襲われる、実に出来たシナリオできな臭い。

「睨んだ通り、あの賊達はヴェローナ様と繋がりがあったようですね」
「やはりそうか」

 予想通りの事実でオレはほくそ笑んだ。ヴェローナは傷を負ってまでオレを助けた救世主となっているが、普段あんな下卑た連中を見た事のない人間が咄嗟に助けに入れるわけがない。足が竦んで動けないのが普通だ。しかし、ヴェローナは……。

 ――考えられる理由としては“絶対に自分は殺されない”と、分かっていたからだろう。

 そこで彼女が賊と繋がりがあると疑った。とはいえ、芝居であってもヴェローナは傷を負った。オレはクレーブスに傷の治療をさせると共に、秘かにレネットの護衛をしているラシャに賊の行方を追わせた。

 あの賊達が怪我を負わせたヴェローナを見て、一目散に逃げた呆気なさが気になっていた。結果あれらは賊ではなく、奴等は一定の場所まで逃げると、貴族もとの姿に戻って首都へ戻ったそうだ。

 その中にあの胡散臭い画家の姿もあった。そののち、奴等がヴェローナと接触した事により、奴等がヴェローナから雇われた人間である事が分かった。その似非賊達やヴェローナをどう処理するのか、今クレーブスに問われているところであった。

「どうなさいますか? 彼等をとっ捕まえて詰問なさいますか?」
「いや、今はそのまま泳がせておけばいい」
「そうですか。それにしてもヴェローナ様もとんだ大胆な方ですね。国境を結ぶ橋ブロイスイッシュの件といい、あそこまでの芝居をしてアクバール様に取り入って貰おうという精神にビックリですよ」

 そうクレーブスは零すが、どうもオレは腑に落ちなかった。国境を結ぶ橋ブロイスイッシュの件で問題が発生した時、ヴェローナはフォローに入ったが、あれもとんだ猿芝居だ。そもそも工事長が当日まで承認を待っていたなど有り得ない。

 国境を結ぶ橋ブロイスイッシュの件はオレが関与していないからか、上手く騙せると思ったのだろうが、生憎オレはそんな抜かりはしない。橋の件といい、今回の賊の件といい、オレに対する好意から起こした単純なものなのか。

「アクバール様?」

 クレーブスに顔色を覗かれ、オレは何でもないように振舞う。

「そういえば以前から気になっていたんだが、ラシャあ奴はどうやってレネットの護衛をやっているんだ?」

 魔法使いがレネットを監視していると聞き、ラシャに秘かに護衛させ、お手並みを拝見していたのだが、あ奴の姿を目にした事がなかった。本当に護衛しているのか疑わしかったが、似非賊の時、あ奴の働きをみて疑いは晴れた。

「レネット様が身に着けていらっしゃる宝飾品にでも変化へんげしているじゃないですか」
「そんな高度な魔法が使えるというのに、何故アイツは駄目駄目の烙印を押されているんだ!」

 ラシャはろくに魔法が使えないと評判の娘だ。

「彼女は特殊なんですよ。マニアックな魔法が使えてシンプルな魔法が駄目駄目なんです」
「不憫な奴だな」

 オレは呆れた溜息を吐いた。

「あ奴の事より今後の私の事を心配して下さいよ。アクバール様の護衛不足とかなんとかで責任問われているんですよ」
「いざとなれば、似非賊と魔導士の奴等を突き出せばいいだろう」
「それもそうですね」
「話は変わるが例のバレヌの動きはどうだ? 少しは尻尾を出してきたか?」

 ヴェローナも厄介だがレネットの教師を務めているバレヌも要注意人物だ。アイツは帰還祝宴会の時から胡散臭く、しかもレネットの教師を代理で務めている。アイツは叔父上の駒で間違いないだろう。

「報告では派手な動きはないようです。ただレネット様や周りの人間に妙な事を吹き込んでいるようですよ」

「なんだ、それは?」
「アクバール様に相応しいのはヴェローナ様だと刷り込みをしています。それはもうヴェローナ様信者のように厚く語っているみたいですよ」
「何故アイツはヴェローナ推しをしているのだろうな?」
「レネット様の事を狙っているんじゃないですか?」
「あ?」

 クレーブスの見当違いの回答にオレはイラッとした声を洩らした。

「冗談ですよ。ヴォルカン様と繋がっていなければ疑いましたけど、繋がっているのであれば、その線は無いでしょうね」

 クレーブスはシレッと答えた。バレヌは叔父上派の人間にヴェローナを推すよう命令されたのだろう。そしてヴェローナと繋がっている可能性もある。

「バレヌとヴェローナは繋がっているかもしれないな」
「その可能性はあるでしょうね。ですが、現段階では決定的な証拠はありません」

 表上あの二人に接点はない。だが……。

「必ず綻びを見つけ出せ」

 オレはクレーブスにを下した……。

*✿*。.。・*✿*・。.。*✿*

 ――レネットが限界にきている。

 以前から兆候があったが、賊の事件後からその様子は益々深刻となっていた。あの事件は彼女にとって精神的ダメージが大きかった。それは賊事件の影響だけではないように、オレには思えた。

 しかし、オレがどんなにレネットから事情を聞き出そうとしても、彼女が何もないと答えて終わる。彼女の近くに居るサルモーネにも事情を訊いてみたが、これといった回答は得られなかった。

 それから数日後、オルトラーナが公務の資料を届けに執務室へやって来た。オレは彼女にもレネットの様子を訊いてみた。普段であれば軽口を叩くオルトラーナだが、この時ばかりは真率に答えた。

「かなり思い詰めたご様子ですね。私が思うにレネット様はヴェローナ様を気になさっています。彼女とご自分を比べられては劣等感を抱き、王太子に相応しいのはヴェローナ様だという話を耳にすれば、ヴェローナ様に嫉妬なさっています」

 レネットのあの心の塞ぎはヴェローナが原因だったのか。

「オレはレネット以外の女に目を向けない」
「いくら王太子が口で妃殿下を一番愛しているとおっしゃても、彼女がヴェローナ様に嫉妬なさっている以上、解決にはならないでしょう。このままでは妃殿下が王太子から離れられるのも時間の問題ですよ」

 オルトラーナの言うように、このままでは近い内にレネットはオレから離れるだろう。

 ――潮時だな。

 これ以上レネットを苦しめさせない為に、そして何よりオレ達の幸せの為に、オレはある計画の実行を決めた。万が一だ、レネットがオレから離れる時がきたら……。

 ――オレはこの呪いを利用し、失声の芝居をやりながら敵を炙り出す。

 ぬくぬくと敵の綻びを待っていても、敵は尻尾など出さない。多少の荒療治が必要だ。叔父上派の目的はオレの排斥だ。オレが再び失声したと分かれば、威丈高にオレを排斥しに来るだろう。そこをオレは逆手にとって一気に攻め込む。

 そして今、レネットはいつ爆発するかわからない状況だ。手を打っておかなければ手遅れとなる。オレは彼女を失いたくない。決断が固まると、目の前にいるオルトラーナに緊急の要件として告げる。

「オルトラーナ、今宵に緊急会議を行うぞ。オマエとサルモーネも同席だ」

*✿*。.。・*✿*・。.。*✿*

 懸念事が現実となり、ここ数日間、オレは失声の芝居を行っていた。この時のオレはごく一部の人間の前でしか声を出していない。予想以上に周りからの反響は大きく、叔父上派の人間の圧力は凄いが、これもすべて敵の尻尾を出すまでの辛抱だ。

「ヴェローナの護衛が妙に多い?」
「はい」

 執務室でサルモーネからレネットに関する報告を受けていたが、最後に妙な事を加えた。

「私も不思議に思いましたわ」

 オルトラーナも同じ事を思ったらしい。珍しく二人揃って報告に来たかと思えば、この事を言いに来たかったのか。

「オレには関係ない話に思えるが?」

 そうオレが答えると、オルトラーナが露骨に顔を顰めた。

「あの数は陛下や王太子よりも多いです。いくらヴェローナ様が王族の人間だからといって数が異様です。王太子、何か彼女から警戒されるようなヘマをなさったのではありませんか?」
「オルトラーナ、オマエな……」

 真面目な話をしているというのに、全く礼儀のない奴だ。

 ――ヴェローナから警戒か。……思い当たる節はないな。

 表上オレとヴェローナの関係は良好だ。彼女は失声した事になっているオレの力となっている。まぁ、警戒というよりも実際は監視だろうな。護衛云々の話はオレにはあまり関係ないように思えるが調べておくか。

 ――クレーブス!

 オレが心の中で名を呼ぶと、奴が突風の如く現れた。

「お呼びでしょうか、アクバール様」

 当の本人はシレッとして答えるが、オレもサルモーネ達もおったまげだ。

「最近、妙にヴェローナの護衛が多いと報告を受けた。彼女が何から身を守っているのか調べてくれ」
「熱狂的な信者がいるんじゃないですか? 何せ今、彼女は未亡人ですし?」

 クレーブスの珍しく棘のある答えにオレは瞠目する。

 ――あぁ、そうか。

 今の言葉、それがオレと何の関係が? とでも言いたいのだろう。オレの失声で一番被害を受けているのがクレーブスだ。多忙なところに不必要な仕事をしたくないのだろう。

「何か裏があるようで気になる。調べてくれないか?」
「承知致しました」

 再度オレが頼むと、今度は文句を出さずにアッサリと引き受け、その日の内に情報を持ってきた。それも予想を遥かに超える真実だ。クレーブスからの報告の内容はこうだ。

『あの護衛は執拗に迫ってくる昔の恋人から身を守っているようです。しかもその相手、アクバール様がヴェローナ様と婚約している時にお付き合いしていた男です。名は“フィヨルド・ドゥーブル”と言います』

 そして、ようやくバレヌとヴェローナの繋がりが見えてくるのだった……。





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