Please13「王都シュヴァインフルト国」




 聖地の森を抜けると、空には綺麗にたなびく雲が広がっていて、それを私はボンヤリと眺めていた。真っ白でくっきりとした雲はとても綺麗であるのに、私は何処か侘しさを感じていた。

 森の天候は何処までも澄み渡る青空が広がっていた。その光景とは違う空にやはり自分はあの聖地から離れたのだと、現実を思い知らされる。さっきから無口でいる私がいやに緊張しているのだと、アクバール様は思ったようで、ずっと手を握ってくれていた。

 彼は下手に話をしようとしてこなかった。私から話しかけるのを待っているのだろうか。聞きたい事は山ほどあるのだが、何からどう訊いたらいいのか、自分の中で全く整理がついていなかった。

 アクバール様の王太子という身分の事も、王宮での生活の事も、何より何故呪いをかけられていたのか。彼が王太子と聞いて、魔法使いの気まぐれで呪術をかけたとは思えなくなった。何か彼等の間にある・・・・・・・・・ような気がしてならない。

 チラッと私はアクバール様の横顔を一瞥する。浮世離れした美貌、その顔をこれまでに何度も見てきたが、未だに心臓がドキドキと高鳴ってしまう。それだけ彼はとても魅力的だ。そう思うのだけれど……。

 ――今後、私は王太子妃として彼の隣でやっていく自信がない。

 それは正直な気持ちだった。凡庸な生活を送っていた私につとめられるとは思えない。

「不安か?」
「え?」

 ふと声をかけられ、私は逸らしていた視線をアクバール様へ戻した。交わる視線。彼の瞳はいつも森から見ていた琥珀色の夕日に似ている。角度によっては深紅色にも見える不思議な瞳。幻想的で輝いている双眸に、私は視線を逸らせずにいた。

「大丈夫だ、オレがいる。必ずオレがオマエを守る」

 とても力強い言葉だった。私の胸はジーンと痺れて温まっていく。不安を言葉にしなくても、アクバール様は汲み取ってくれる。それが純粋に嬉しかった。

「はい……」

 アクバール様の真摯な言葉に、私は素直に頷いて返事をした……。

*✿*。.。・*✿*・。.。*✿*

 ――数時間後。

 昼前にはシュヴァインフルト国の王都へと入った。もう暫く走ったら王宮に着くだろう。昨日まで魔法使いを探しにデリュージュ神殿へと足を運んでいたというのに、今日は違う景色に見える。

 ――王都シュヴァインフルト国。

 地図上、西の大陸地帯を大きく占める大国だ。五つの大国の中でも中枢となっているオーベルジーヌ国と、最も絆の強い我が国は「芸術の都」と称されている。意匠を凝らすこの街を歩いてみれば、誰もが必ず讃嘆の溜め息を洩らす。

 街そのものが芸術であった。街角の何気ない柱や噴水といったものも、彫刻の造形による素晴らしさがあり、さほど通行人が気にも留めない場所に多くの芸術が隠されている。この王都には伝統の魂が息づいていた。壮麗な建築物と愛らしい側面が融合する多彩な街。

 宮廷文化が今も華麗に息づき、芸術の都として知られている。石畳の路地沿いに古い建物が並ぶ情緒あふれる街並みが魅力。ノスタルジックな空間はそこに居るだけで時空を遡るような不思議な感覚にさせてくれる。

 歴史的建築が立ち並ぶ一方、近代的な建物も多く取り入れられていた。威容を伝える壮麗な街並みは瀟洒しょうしゃであり、活気に満ち溢れている。歴史的と近代的といった二種のスタイルの均整を保つ国は我がシュヴァインフルトのみ。

 最高芸術は何も建築物だけではない。音楽や技術などあらゆる方面にも長けており、我が国から輩出された芸術家は数知れず。そして魔術の研究も深く魔法学院のレベルは我が国がトップを誇る。他国からの留学生も多いと聞く。

 ――あ、デリュージュ神殿だ。

 まだ遠くからではあるが、ここ最近足を運んでいたデリュージュ神殿の建物が見えてきた。あの建物は格別だ。聳え立つ尖塔と空中にアーチを架けた飛び梁の特製を生かした白亜の殿堂。シュヴァインフルト国の象徴とも言える荘厳な神殿だ。

「間もなく王宮に着くな」
「はい」

 アクバール様の言葉に私は頷く。神殿が見えたらあと数キロで王宮だ。

 ――緊張して心臓がドキドキしてきた。

 王宮だが今まで神殿から見た位置が一番近かったが、今日は間近で目にする。しかも内部にまで足を踏み入れるのだ。緊張しない訳がない。私はアクバール様に握られていない手を拳にして胸元へと当てた。

 ――心臓がドクンドクンいっている。

 その緊張はやっぱりアクバール様にも伝わっていたようで、彼はさり気なく私を引き寄せた。親が子を宥めるように優しく包み込まれる。頼もしく安心出来る腕の中。不安の緊張とはまた別の意味で心臓がドクンドクンと鳴る。

 そうしている間にも確実に王宮へと近づいていた。徐々に大きく姿を現すシュヴァインフルトの大王宮。緩やかな傾斜地を巧みに利用した上手に上宮、下手に下宮が建ち、二つの建物から成るゴシック式の美しい宮殿である。上宮に国王陛下の住居があると聞いている。

 そして外観はデリュージュ神殿の造りと類似しており、王宮と神殿は姉妹のように密接な関係であると考えられ、どちらも白亜の殿堂となっている。神殿と酷似しているとはいえ、想像以上の造形美に息を呑む。

 神殿も特別だと思っていたけど、この王宮の存在にも心が打たれる。「最高美」という名に相応しい。私は食いつくように窓越しから王宮を見つめていた。あの特別な空間に、これから自分なんかが足を踏み入れるのか。

 ――気を確かにもたなきゃ。

 そう何度も私は自分に言い聞かせた。それから馬車は王宮の正門の前まで向かって行った。当たり前だけど警備が凄い。重量感のある巨大な正門の前には何人もの門番が立っていて厳重体勢である。

 門番の服装は簡易甲冑ではなく、ほぼフル武装に近かった。外から来た人間であれば、この正門を潜るだけでも一苦労だろう。そして私とアクバール様より先頭を走っていた馬車の一台が門番と話をしているようだ。

「王太子ですか!?」

 ――え? 今、外から素っ頓狂な声が聞こえてきたような? しかも「王太子」って聞こえた。

 それってアクバール様の事だよね? 何かあったのかと危惧している間にも、前の馬車達は正門を通って行く。顔パスのようにスムーズに進んでいき、私達の馬車も難なく通って行った。

 ――さっきの叫び声はなんだったんだろう?

 胸に引っ掛かりはあったものの、より王宮が近づいてきて緊張が深まり綺麗に忘れてしまった。正門を通ってからすぐに王宮の建物には着かないほど距離がある。それだけとんでもなく広いのだ。

 程なくしてようやく馬車が止まった。私が馬車から降りた時、がトップへと昇っていて、時間は正午を迎えたようだ。それから私はアクバール様に手を取られ、従者達と共に王宮の内部へと入った。

 ――ギィイイ――――。

 私一人の力で開けられないであろう高さと重厚感のある扉を通ると、エントランスホールへと足を踏み入れた。

 ――予想はついていたんだけど、その予想を遥かに超える豪奢な内装だ。

 眩いほどに磨き上げられた大理石の床、その上に深みのある赤い絨毯が流れるように敷かれている。それと積み上げられた繊細な石の装飾の壁、神聖な空間に感じさせるアーチ型の天井の至る箇所に、光り輝く大きなシャンデリアが吊るされている。

 そして二階へと続く螺旋階段が印象的。ソファ一つでも畏怖してしまいそうな豪華な作りだ。ホール全体がアールデコ様式で、細部に渡るまで贅の限りを尽くした見事な装飾で広がっている。世界がまるで違う。

 私が締まりのない顔で辺りを見渡していたら、カツカツカツと螺旋階段から靴音が響いてきて、ハッと我に返った。誰かが下りて来ている? その人物はすぐに姿を現した。しかも私達の方へとやって来る?

 年齢は私の両親ぐらいだろうか。一目見ただけで位のある人物だと分かった。アイボリー色の礼服コートがとても上質で、宝飾品もとても豪華だ。それに優美な足取り。育ちが良いのが窺える。その場にいたみなが向かって来る男性を見つめていた。

 やはり男性は私達の前までやって来た。彼の視線は真っ先にアクバール様を捉え、さらに隣に立つ私を凝視して目を細めた。とても何か言いたげだ。くすんだグレイ色の長い髪を緩く編み込み、サイドへと流している。瞳がほぼ黄色と言える金色で希少だ。

 整った綺麗な顔立ちをしているのに、人を切るような視線が鋭く、正直不快感さえ覚えた。こちらを完全に敵視しているのが彼の全身から伝わってくる。どうしてそこまで鋭利な雰囲気を放っているのだろうか。

 異様な気配を感じ、私は気後れしてアクバール様の後ろへと隠れてしまった。私とは反対に男性は威厳を漂わせてグッと前へと出て来た。それもクレーブスさんの前に堂々とだ。

「クレーブス、これはどういう事ですか?」

 男性は口調も上品だった。だが、声色に怒気が含まれているのが分かった。……怖い。

「どうって見たまんまだけど? 我らのアクバール王太子のご帰還だ」

 クレーブスさんは男性に気圧される事もなく、シレッとして答えた。

「ふざけるのはよしなさい。アクバール様のご帰還など、陛下のお耳に話は通っていません。このような勝手な真似が許されるとでも思っているのですか?」

 男性の語気が荒々しくなる。勝手に帰還したのを良く思っていないようだ。そもそもアクバール様の帰還を歓迎していないように感じた。

「テラローザ、アクバール様ではない。きちんと王太子と呼べ。それにオレへの挨拶もないとは随分と偉くなったものだな? オマエは叔父上に仕える側近であるというのに、どういう教育を受けてきたのだ?」
「……っ」

 テラローザと呼ばれた男性とクレーブスさんの間にアクバール様が入った。空気が酷く強張っている。男性のアクバール様を見つめる顔が酷く歪んでいた。私は固唾を呑んで彼等の様子を見守っていたのだが。

 …………………………。

 何とも言えない嫌な空気が漂う。だが、そんな空気を破いたのが数人の靴音だった。

 ――カツカツカツカツッ。

 それらは確実にこちらへと向かって来る。新たに現れた数名の人物の中心にいる男性を目にした時、私は瞳を大きく揺るがせた。なにやら嫌な予感がする……。





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