Please14「ヴォルカン国王陛下」




 ――ドクンドクンドクンドクンッ。

 なんだろう、いやに心臓の音が騒めく。本能が何かを訴えかけているように。あの男性のオーラが……存在感が明らかに異なる。鋭い眼差し、皺一つでも貫録を感じさせ威厳。私は中心にいる男性から目が離せずにいた。

「何を騒いでおる?」

 男性は淡々とした口調で問いた次の瞬間、意表を突かれたような驚き方を見せた。

「アクバール? 何故、オマエがここにおる?」

 さらに男性は酷く顔を顰めてアクバール様へと問う。ここにアクバール様が居てはならないような言い方に聞こえた。なんで? 私の勝手な思い込みかもしれないけど、テラローザさんと同様、私達を歓迎していないように見える。

 男性はブラウンの短髪に白髪が交じっていた。年齢はアクバール様のご両親ぐらいだろうか。アクバール様よりも華美で重厚なデザインの礼服を纏い、肩布も黄金色の上質なものを羽織っている。

 宝飾品もどれも一級品のようだ。一番目を引くのは頭に飾っている煌々と輝く王冠。周りには多くの護衛がついており、格式のある従者と近衛兵なのだろう。彼を一言で言い表すなら「THE KING」だ。この方が国王陛下・・・・

「お久しぶりですね。ヴォルカン叔父上」

 アクバール様の挨拶で、やはり国王陛下であると決定づけた。現国王の名はヴォルカン・ダファディル様だ。

 ――いずれお会いする事になるとは思っていたけど、こうも性急だと心の準備が……。

 より私の心臓が騒ぎ出す。国王陛下だ、威厳のある方なのは当たり前なのだけど、なんというか威圧感が半端ない。私は知らず知らずの内に自分の躯が竦んでいる事に気付いた。

「まさか声が戻っているのか?」

 ――え?

 まただ。陛下の驚き方が胸に引っ掛かる。長い間、失声を患っていたアクバール様の呪いが解かれているのだ。嬉しい驚きの筈がとてもそうは思えない。寧ろ逆の思いを抱いているのではないかと疑念さえ生じた。

「えぇ、さようです。ですので本来の生活に戻ろうと王宮へ戻って参りました。今後、執政はわたしへお任せ下さい。叔父上には私が失声を患っていたこの二十年、摂政をおこなって頂き、誠に感謝しております」
「摂政だと?」

 刹那、陛下は顔を歪めた。アクバール様の言葉の棘を感じたのだろう。

 ――摂政って……君主に代わって執政を行う事って意味だけど。

 陛下は王太子のアクバール様が身体の重患によって執政が行えなかったから、その代わりを務めていたという事なのだろう。

「えぇ。今後執政はこのわたしにお任せ下さい」
「どの口が申しておる? 現国王はこの私だぞ?」

 陛下はより剣のある表情に豹変する。アクバール様との間にビリビリとした火花が閃光しているように見えた。この二人、仲が良くない。周りの人間達は強張った様子で状況を見つめていた。

「本来、王政は私の仕事・・・・です。叔父上には本当に感謝していますよ。摂政とはいえ、叔父上が采配を振るって下さったおかげで、我が国は生き残れておりますし。まぁ、私がえがいていた国の在り方とは大分ぶれておりますが」

 す、凄い。アクバール様の言葉は爆弾だらけだ。陛下の顔が恐ろしく怖い。いつ血管が切れてもおかしくないんじゃ……。

「オマエは先程から何だ? 遠回しに私を侮辱ばかりしよって」
「私は本来の在り方に戻そうとしているだけです。王位継承権はこの私にございました。それが何処ぞの暗愚な魔法使いとやらに潰されましたが。幸いな事に呪いを解く事ができ、生涯愛する伴侶とも出会う事が出来ました。ですので世継ぎの件もなんら問題ありません」

 ――え? ア、アクバール様?

 私は無駄に瞬きを繰り返す。突然、生涯愛する伴侶と口に出された事もビックリだが、世継ぎの件もなんら問題ないって……それは……わ、わ、私がアクバール様の御子を産むというお話じゃないよね! 話が飛躍し過ぎている!

「オマエはこの私から王の座を奪うというのか?」
「聞き捨てなりませんね。奪還ですよ、叔父上?」

 ――奪還って……。奪われたものを取り戻すという意味だよね?

 どういう事? 今のヴォルカン国王陛下の地位はアクバール様から奪ったものという事? 対峙し合う二人の視線が射るように鋭く、見ている人間は誰もが内心ヒヤヒヤとしていた。

「勝手な真似は許さん。身内とはいえ容赦なく処罰を下すぞ」
「ご自由にどうぞ。私は正当な方法でしか行いません。貴方とは違って・・・・・・・

 ――え?

 今のアクバール様の言葉? 「貴方とは違って」ってどういう意味? まるで陛下が不正を働いたような言い方だった。陛下は温度を感じさせない表情でアクバール様を見つめている。

 ――陛下とアクバール様に何があったの?

 呪いをかけた魔法使いの事だけでも大変なのに、その上、国王陛下とのいざこざもあるだなんて事情が輻輳ふくそうしている 。私はとんでもない所に嫁いでしまったのではないかと、先程から不安ばかりが押し寄せていた。

「陛下、これ以上は……。もう参りましょう」

 澱んだ空気から解放させたのはテラローザさんだった。彼の表情は非常に苦り切っている。早くこの場から去りたいとでも言うように。陛下は何も答えなかったが、テラローザさんの後へと続いた。その背を護衛達が追う。

「叔父上」

 アクバール様が陛下を呼び止めた。場の空気が一瞬にして凍ったように感じた。冷気が氷のように肌へと染みる。呼び止められた陛下は徐に振り返り、非常に剣のある表情をなさっていた。

 ――ドクンドクンドクン。

 私の心臓は不規則に音を立てていた。アクバール様は何を陛下に伝えようとしているの?

「本日の今宵に祝宴会が開催されます」

 ――え? 祝賀会?

 アクバール様の言葉に、私は小さく息を呑んだ。彼は場の雰囲気とは反対に温和な笑みを浮かべて答えたが、陛下は顔をより歪める。陛下側にいる方達も目を丸くしている。

「なんだそれは? なんの祝いだ?」
「勿論、この私の帰還祝いです。お時間がおありでしたら是非、叔父上もご参加下さい」
「そんな話は聞いていないぞ! 何を勝手に申しておる! そのような戯れに都合がつけられると思っているのか!」

 陛下が荒々しい感情を露呈されているというのに、アクバール様は至って平静だった。

「ご都合がつかないようでしたら、無理にとは申し上げません。今宵の祝宴は内輪だけの小規模なものですから」
「アクバール様、勝手にそのような事をなさっては困ります! 陛下は大変お忙しい身です!」

 ここでテラローザさんまで感情を露わにして、アクバール様を叱責する。

「テラローザ、叔父上が忙しないというのであれば、傍で補佐しているオマエは何をしている? どんな事態が起ころうと、柔軟に対応するのが陛下の側近というものだろう。さっきのような頼りない発言は叔父上の顔に泥を塗っているようなものだな」

 ――うわ~、アクバール様も口が減らない!

 今の発言はテラローザさんだけではなく、遠回しに陛下を侮辱された。当然、陛下が黙っていらっしゃる筈がなかった。

「アクバール、矛先をテラローザに変えるな。悪いのはオマエの方だろう! そもそも今宵は大事な予定が入っておる。オマエの戯れなどに付き合っている暇はない」
「さようですか。別に私は構いませんよ。というのも今宵の祝宴会は前夜祭のようなものですので」
「前夜祭だと?」
「明日、大規模な祝宴会を催す予定です。帰還祝いと同時に、こちらのレネットとの結婚祝賀会も行う予定です。その時こそ是非ご参加下さいませ。他国の人間も出席する為、体裁もございますでしょうから」

 ――え? 私との結婚祝賀会って何!? なんのお話で!?

 私はポカンと開いた口が塞がらずに、アクバール様を顔を見つめる。

「オマエ……」

 陛下は明らかに殺気立っている。これには私の全身が粟立った。しかしだ。

「参りましょう、アクバール王太子」

 クレーブスさんの声に恐怖が遠ざかっていく。

 ――え? 今この状況で?

 陛下達を残して去るというの? さすがにそれはどうかと思うのだけれど?

「行くぞ、レネット」

 アクバール様から手を取られ、私は強制的にこの場から離れる事になった。陛下達が去って行く私達を見てどう思ったのか、私は気が気ではなかった……。

 …………………………。

 …………………………。

 …………………………。

 美しく彩られた回廊に、普段の私であればその美しさを堪能するところではあるが、今はとてもそんな余裕がなかった。この王宮に足を踏み入れた時から、緊張が高潮していたところに、さらに輪がかかって極点を突き破られそうだ。

 躯がガチガチとなっている。そこまでになったのも、さっきから気掛かりな事があって、そればかり気にしているからだ。隣にいるアクバール様に訊いてみたいのだけれど、気が引けてとても訊けたもんじゃない。

 質問はきっと彼の気分を害してしまうだろう。私が悩みまくって先程からチラチラとアクバール様の顔を盗み見していたものだから、さすがに彼にも気付かれ、逆に問われてしまう。

「どうしたレネット? 先程からオレの顔ばかり見てきて」
「あ、いえ……その」

 私はしどろもどろになって伏し目がちとなる。ここは素直に言ってしまって良いのだろうか。私は意を決して口にする。

「あの先程、陛下とお会いしましたが、私きちんとご挨拶が出来ず、失礼をしてしまったのではないでしょうか」

 私が気にしていた事はこれだ。陛下の事に触れるのは良くないと思ったけれど、さすがに相手が国王陛下ともなれば、きちんと確認しておきたかったのだ。おずおずと緊張してる私に対して、アクバール様は至って冷静だった。

「気にする必要はない。今後いやでも会う日がある」
「はい。……あの、それと先程の祝宴会というのは?」
「あぁ、オレの帰還を祝うパーティだ」
「私も参加するのでしょうか?」
「勿論だ。二夜連続ともな」

 ――やっぱり強制参加となるのか。それも二夜連続って……。

 王太子妃となればイベントの参加も不可欠なのだろうけど、この方私は大勢と交流をもつ社交の場に顔を出した事がない。ずっと森奥くで暮らしていた身だ。そんな私が華麗に社交界デビュー……考えただけでも気後れにしかない!

「まぁ、叔父上が参加するかどうかは分からんが」

 独り言のように零したアクバール様の声を私は拾った。先程の彼と陛下とのやり取りを見ていた限り、陛下がご参加するとは思えない。

「レネット、これからオレ達の寝室へと案内する」
「オレ達の?」

 私とアクバール様のって事だよね? ……夫婦だから一緒の部屋なのは当たり前なんだけど、私ははにかんだ気持ちが生じた。

「その後、オマエの世話係となる女官の二人が来る。挨拶をしてやってくれ」
「は、はい」

 世話係か。アクバール様のお屋敷でも、自分の屋敷でも侍女にお世話になっていたけれど、ここは女官がつくのか。改めて身分の高さに委縮してしまった。

「合わせて女官から祝宴会の説明を受けてくれ。ドレスアップなどの用意も必要だ」
「わ。わかりました。あのアクバール様はこれからどうされるのですか?」
「オレは早速仕事に入る。すぐに処理したい案件の処弁と決裁を行う。その後、すぐに祝宴会へと向かう」
「は、はい」

 執務のお仕事があるのね。ちょっと淋しいかも。ここには私の知り合いもいないし、心細いというか。そんな私の気持ちが表情に表れてしまっていたのだろうか。アクバール様はポンと私の頭上に手を置いて撫でてきた。

「そんな顔をするな。祝宴会前には必ず戻る。祝宴会もきちんとエスコートするから心配するな。そこでオマエに会わせたい人がいる」
「会わせたい人ですか?」

 ――それはどなたなのだろうか?





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