Please32「秘めやかな行動と密談」―Akbar Side―




「え? あの魔法使いがレネット様の前に現れたのですか?」

 大規模な祝宴会を終えた翌朝、オレはクレーブスを執務室に呼び出した。アイツが室内に入るなり、真っ先にオレは魔法使いの事を伝えた。クレーブスは心底驚きの色を浮かべ、突っ立っている。

「そうだ。それも昨夜の祝宴会の時にだ」
「まさか。あの会に魔法使いが現れた気配も形跡もありませんよ」
「そうだな。オマエも含めた魔導師から、そんな話は一切聞いていない。だが、オレにはレネットが嘘をついているようには見えなかった」

 オレの言葉にクレーブスは苦り切った顔へと変わる。レネットの言う事が事実であれば、宮廷魔導師達の能力は疑われ、矜持が傷つけられる。オレは腕と足を組み、軽く溜め息を吐く。

 確かに相手は人間の魔力よりも遥かに凌駕する力をもつ未知なる存在。こちらの能力が劣るにしても、何も相手を感知出来ないというのは困りものだ。一先ずオレはレネットから聞いた出来事の詳細をクレーブスに話をした。

「レネット様以外の人間が止まっていた……ですか?」
「あぁ、信じ難い話だがな。だが、レネットは顔が爛れたヤツと会ったと言っていた。オレが二十年前に会ったあの魔法使いと同一の可能性が高い。だからレネットが嘘をついているとは思えない」
「それは……確かにそうですね」

 クレーブスは何処か半信半疑だったのだろうが、顔が爛れていた魔法使いと聞いて渋々に納得したようだ。

「あと気になるのはレネットが魔法使いと会えたのが“あの魔導師の力なのか”、“王太子の力なのか”と、アイツが問うてきた事だな。あの魔導師とは一体誰の事を言っているのか、そして魔力のないオレの力というのは何の話なのか」
「……それは私にも分かり兼ねます」
「だろうな。奴をとっ捕まえて吐き出させるのが手っ取り早いが、姿が見えないのであれば手の施しようがない。奴はオレらが見つけられない事をいい事に高見の見物ときたものだ。そしてレネットがだいぶ怯えている。聞くに奴から監視されているようだ」

 レネットは一一昨日いっさくじつ王宮ここに来たばかりで右も左も分からない上に、あの得体知れない存在に監視までされている。いくら彼女が気丈夫ではあるといっても、今後の精神状態が心配だ。

「姿が見えぬ相手に執着していても、成功の糸口は見つからないだろう。別の方法で炙り出す方が早い。それで叔父上の方に何か動きはあったか?」
「いえ、今のところ目立った行動は取られていません」
「クレーブス、真面目に仕事をしろ」

 オレは眉根を寄せてクレーブスを叱責する。魔法使いまで出てきたんだ。何も動きがないなど有り得ない。

「今のやり方をしていてはとても魔法使いは捕まえられないぞ」
「最善を尽くします」
「ただ一つ分かっている事はやはり魔法使いはオレらの近く・・にいる。なにせレネットを監視していると言ったぐらいだからな」

 ヤツは宮殿の何処かに身を潜めている、それか変化へんげでもして人間と紛れているかのどちらかだ。どちらにせよ、レネットには新たな護衛をつける必要がある。しかし、堂々と表立ってつければ相手が警戒して動きを見せなくなる可能性もある。秘かにつけなければ。

「今後はレネット様をお守りする見張りをつけさせます」

 クレーブスもオレと同じ考えに至ったようだ。

「誰を抜擢させるつもりだ?」
あ奴・・です」

 クレーブスはド真面目に答えたが、オレは耳を疑ったぞ。

 ――あ奴ってアイツ・・・の事か?

「それは本気で言っているのか?」
「えぇ。役立たずであれば、当に切り捨てていますよ。……何ですか、そのお疑いの目は?」

 これが疑わずにいられるか。何故かクレーブスの方が呆れ返る顔でオレを見ている。アイツ・・・が適任だなんて、とてもオレには思えないぞ。

「多少私情が挟んでいるように見えなくもないが?」
「とんでもありませんよ。いざという時に、あ奴は身を挺してレネット様をお守りしますよ」

 ――本当かよ?

 さっきから突っ込みしか出てこないぞ。しかし、クレーブスがふざけて言っている様子もない。はぁーレネットの身が心配でならない。オレは懊悩した結果、

「さっきの言葉、きちんと責任持てよ?」

 クレーブスの言葉を信じる事にした。

「勿論です」
 クレーブスは自信満々に答えた。不安でならないが疑っても仕方ない。この話はまた経過を見よう。そしてレネットが怯えているものがもう一つあったな。

「さっき朝食の時間に母上と話をしてきた」

 母上がレネットの前で妙な発言をした件だ。オレはやんわりと母上に内容を確かめようとした。

「それでカスティール様はどうお答えになったのですか?」
「そんな事を言った憶えはないそうだ。予想通りの答えだな」
「ですね」

 レネットだけではなく、実の息子までここにいてはならないという発言を素直に認めるわけがない。母上は叔父上の権力に怯えて、オレの身を心配している。オレに危険が及ばないよう、ここから遠ざけたいのだろうが、それにしても……。

「怯え方が異常だな」
「え? レネット様のカスティール様に対するご様子ですか?」
「いや、オレ・・に対する母上の目だ。心配を通り越して怯えている」

 ――何に怯えているのか。オレが叔父上に楯突く事か。

 いやもっと別の件を抱えているように見える。……それを探る為にもだ。

「クレーブス、一昨日・・・に話をした件は頼んだぞ」

 王宮に到着した日に気になったあの二点を早く解決させる。

「分かっております。そういえば昨夜の祝宴会に一昨日いっさくじつ様がおいででしたが、お気づきになっていました?」
「ヴェローナ? またえらく懐かしい相手が出てきたな」

 その相手と最後に会ったのは、かれこれもう二十年も前の事だ。

「そのご様子ですと、気付いていらっしゃらなかったようですね」
「あぁ、全くな」
「冷たいですね、元婚約者ではありませんか」
「何を言っている? そんな話昔すぎるだろう」

 オレは辟易した口調で返す。ヴェローナもオレも今は身を固めている。今更、元婚約者どうこう言われて何になる? それに彼女との最後は良い思い出がない。オレの失声が原因で婚約を解消されたからな。

「ヴェローナ様の名を聞いて、どういうお気持ちになりました?」
「なんだそれは? オレが失声して王宮から離れた数ヵ月後に、彼女は由緒あるマルベリー家に嫁いだのろう? 縁も切れて正直今まで彼女の事は忘れていたぞ」

 クレーブスの言いたい意図が分からん。ただの興味本位にしても、このタイミングで出す話ではない。

「そのヴェローナ様ですが、ちょうど一年前にゼファ公爵と死別したそうですよ」
「そうか。それは残念だったな」

 番いがいなくなる痛みは身が切られそうに辛いだろう。伴侶を持った今なら惻隠する。

「これは噂に過ぎませんが、ヴェローナ様は秘かにアクバール様との復縁を求めていらっしゃるとか」

 シレッと話をするクレーブスだが、オレはかなりドン引いたぞ。

「はぁ? オレにはレネットがいる。祝宴会で盛大に彼女を紹介しておいて、ヴェローナとの復縁なんて有り得ないぞ」
「アクバール様はそのように思っていても、ヴェローナ様は分かりませんよ。お二人が婚約されていた当時の彼女はだいぶアクバール様にお熱がございましたし」
「婚約の解消を求めてきたのは彼女の方からだったぞ」
「正確にはヴェローナ様のご両親ですよ」
「今となってはどちらでも構わない」

 確かにヴェローナはオレの事を愛してくれていた。そしてオレも彼女に愛情があった。だが、オレに降りかかった呪いは解けず、そこでオレの愛が疑われ、婚約は解消という形で終わった。

 まぁ実際は失声した事によって王太子としての価値が無くなったという目で見られたのだろう。思い出したら胸糞気分が悪くなったな。愛する女性に愛情を疑われ、目の前から去られた。失声を患った挙句にこれかと当時はよく嘆いたものだ。

 ――そんな経験もあって今は最愛のレネットと一緒だ。

「まさかと思うが、オレが心変わりでもするんじゃないかと懸念して、忠告でもしているのか?」
「いいえ、まさか」

 オレの問いにクレーブスは素っ気なく答えた。

「随分とタイミングが良いと思ったんですよ」

 そして淡々と言葉を続ける。

「そうだな。今の件は風の噂に過ぎなくもないが、オレが心変わりしなければ、何も問題ないだろう」
「そうですね」
「タイミングが良いという話なら、昨夜の祝宴会の方が疑わしいだろう」
「私とアクバール様がレネット様の傍を離れてから起きた事件ですよね」
「あぁ、猿芝居でも始まったのかと思ったぞ」

 テラローザを連れてオレを脅し、訳の分からん説教をされている間に起きた事件。すぐ見透かせる浅はかな企みでもあるのかと思ったが……。

「例のリストです」

 クレーブスは手に持っていた書類をオレに差し出す。受け取ったオレはサッと目を通す。三枚目までは昨日レネットに絡んだ女性達の情報だ。レネットには彼女達を処罰する必要はないと言われたが念の為に調べておいた。

 ――叔父上とは直接的な関りはないようだな。

 データを見る限り白だと言える。仮に彼女達が黒でもただの駒に過ぎないだろうが。それでも何かしら情報を得るには彼女達をつつく必要があるか。

「叩けば埃が出ると思うか?」
「その可能性は低いと思いますよ。彼女達のあの行動は自発的でしょうし。まぁ、誰かに唆されて火が点いたんでしょうけど、容易く口は割らないでしょう。そもそも王太子妃の悪口を言っていたなんて認めないでしょうから」
「それもそうだな。そしたらもう一人だ」

 オレは四枚目の書類をトップにして目を通す。一番知りたかった人物の詳細だ。

「レネットを助けたバレヌは法務省の人間か。家柄もとは貴族の称号を持っていないのか。実力でここまでのし上がってくるとは相当なやり手だな。そして中立派、てっきり叔父上派の人間かと思ったが外れたか」
「えぇ。彼を調べましたが、現時点でヴォルカン様との繋がりはないようですね。ちなみに彼は法務省の若きやり手でイケメンだと騒がれています」
「最後の情報はどうでもいいだろ」
「そうですか? レネット様のお心が持っていかれないよう注意を促したのですが」
「アホか。レネットはオレを裏切らない」
「どんな誘惑が彼女を落とすか分かりませんよ?」
「…………………………」

 オレは下らんと言い返そうかと思ったが口を閉じた。

 ――誘惑ねー。

 この世界は誘惑だらけだ。甘い罠にかからないよう自己防衛が必要なのだ。

「え? ここは”オレはレネットを信じてる”という返しではありません?」
「万が一の事があれば躾け直せばいいさ」
「うわっ、性的仕置きはお控え下さい」

 クレーブスは人を非難するような痛い目を向けてきた。

「オマエにだけは言われたくないな」
「それにしても万が一の事があればって、意外にも冷静というか、お心が寛容なのですね」
「そうか?」
「それでバレヌ殿はどうなさいます? 白と見ますか? それとも黒ですか?」

 問われてオレは思案する。その結果……。

「叔父上派との繋がりがないのであれば放っておけばいい」
「さようですか」

 クレーブスはオレの言葉に反する事なく従った。

 ――あぁ、そうだ。

 せっかくの機会だ。オレはある事を思い立って口元に弧を描いて告げる。

あ奴・・のお手並み拝見としようじゃないか」





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