Drastic1「密やかな想い」




 照り渡る陽射しのもと、緑豊かに彩られた美しい庭園での出来事です。

―――ポフッ!

「わぁ、シャイン様!」

 いつの間にか私の胸元には愛らしいシャイン様が入っておられ、モチッとした小さな手で私の躯をムギュとして下さります。

―――か、可愛すぎます!甘えておられるのですね!

 おまけにシャイン様は動物の形をしたフード付きポンチョを着ておられ、可愛さ倍増です。私は興奮しながら、シャイン様を抱き上げます。このモチモチの滑らかな肌の触り心地が堪りませんね。

 お顔も天使のように愛らしく、どうしてこんなにシャイン様は可愛いのでしょうか。お会いする度に可愛らしさが募っていくのがシャイン様ですね。私の胸の中がホクホクと温まっておりました。

「シャイン様、今日は何をなさっていたのですか?」

 私はシャイン様のピンク色の双眸を見つめて問います。

「あっうっ」

 まだシャイン様とはお話が出来ません。お生まれになってから丸二年と経ちますが、私の世界で言えば、一歳の赤ん坊とほぼ同じです。ですのでまだ会話は出来ませんが、シャイン様はお躯を振って、懸命にご意思をお伝えになります。

「あっあっうぅ」

―――うーん、残念ながら私には分かりませんね。

 こんなに一生懸命お伝えになっているシャイン様に申し訳ないですね。私が少々困った顔を見せていますと、

―――?

 シャイン様の小さな頭に、フワッと大きな手が包み込みこまれました。私はハッと息を呑みます。

「アトラクト陛下」

 既に私の隣には金箔の光を帯びて煌々と輝く陛下のお姿がおありでした。お仕事の合間を縫って、シャイン様に会いにいらっしゃったのですね。どんな時でも陛下は一番にシャイン様をお考えになりますもの。

「今日もみなに戯れて貰っているようだな、シャイン」
「きゃっきゃっ」
「そうか、今日もよく走り回ったようだな。元気な証拠だ」
「きゃっきゃっ」

―――え?

 私はシャイン様の頭をよしよしとなさる陛下を見つめ驚きます。今、陛下はシャイン様と会話をなさっていましたよね?

「陛下はシャインがおっしゃる事がお分かりになるのですか?」
「様子から察しておる。今日のシャインは良い汗を掻いている。歩けるようになってから、走り回るのが楽しくて仕方ないようだ」
「そうなんですね」

 確かにシャイン様をよく見てみますと、ほんのりと汗を掻きていらっしゃいますね。お顔もいつも以上に笑顔ですし、沢山はしゃいだのでしょうね。さすが陛下です。溺愛なさっているシャイン様の事はなんでもお見通しのようです。

「お外でのお遊びが大好きなんですね」
「きゃっ」

 シャイン様は嬉しそうに笑みを零して、お答え下さりました。か、可愛すぎます!

「シャイン様、つい先日までは伝い歩きなさったばかりでしたが、いつの間にか、お一人で走れるようになりましたよね。その驚く成長を見ているこちらとしては、今後の過程も楽しみで仕方ありません」
「さようだな」

 返事を下さった陛下はシャイン様と額を寄せ合わせられました。シャイン様がまた「きゃっきゃっ」と、声を上げて喜んでおられます。そのようなお二人の姿に、周りから次々と陶酔した溜め息が聞こえてきました。

 分かります、分かります、皆さんのお気持ちが。麗しいお二方の馴れ合うお姿はとても眼福ですものね。間近で目にしている私も十分に萌えています。そこにシャイン様が私にも額を寄せて下さり、もう私は萌えにまみれて心臓が爆発しそうになりました。

「まぁ、お三方ともとても仲が宜しくて微笑ましいわね」
「そうね。もうご家族として見えるもの。やっぱり沙都様が次の妃殿下におなりになるのかしら?」

―――え?

 シャイン様お世話係の侍従さん達の会話に、思わず私は耳を傾けてしまいます。

「え?ちょっと待って。貴女知らなかったの?沙都様はもう既に退魔師のオール将帥とご夫婦でいらっしゃるわ」
「えぇ!知らなかった。てっきり沙都様は陛下とご一緒になると思っていたもの」
「驚いたのはこっちの方よ。まぁ、気持ちは分からないわけでもないけど。私も沙都様がオール将帥とご一緒になるまでは陛下とご一緒になるのではないかと思っていたから」
「なんだか勿体ないわね。シャイン様も沙都様にとても懐いていらっしゃるし、沙都様ならご家族として相応しいと思うけれど」
「そうね」

 侍従さん達の会話に聞き耳を立ててしまいましたよ。私は心の中で溜め息を零します。実は今のような会話をされるのは珍しい事でもないのです。時折、耳に入る事があります。

 確かに私はシャイン様を出産して、我が子のように思っておりますし、シャイン様も懐いて下さっています。親子のような絆はありますが、そこにアトラクト陛下との心の繋がりはありません。私と陛下はそれぞれ別の道を選びましたから。

 ですが、私達三人が一緒に戯れている様子は誤解を生んでしまうようなんです。私はもうオールと将来を誓って正式な夫婦となっています。その証が私の左耳に着けているつがいのピアスです。

 私のピアスは黄金色ですし、陛下はエメラルドグリーン色です。この時点で私たちは夫婦ではありません。夫婦であれば色が揃っている筈です。周りからどう思われようと、私の気持ちがオールから揺らぐ事はありません。

「きゃっ、きゃっ」

 シャイン様から擦り寄せられていた額を離され、私は名残惜しさを感じつつも、顔を上げた時です。

―――?

 切れ目なく私の姿を捉える金色こんじきの双眸と視線が交わりました。

―――オール…。

 彼の姿を目にした私の胸は高鳴りました。オールとは毎夜、顔を合わせておりますが、それでもこうやって姿を目にすれば、素直に嬉しさが込み上げてきます。私はシャイン様を陛下にお預けし、オールの元へと足を運びました。

「どうされました?陛下にご用ですか?」

 私はオールの前まで来ますと、自然と笑みを零して尋ねました。

「いや違う。時間が出来て逢いに来た」

 オールはサラッと答えましたが、今の言葉で見事に私の胸を射抜きましたよ。修飾語がありませんでしたが、逢いに来たという相手は私ですよね。しかもオールの低音ヴォイスで「逢いに来た」という言葉は乙女心を甘く痺れさせます。

―――夫婦になっても、こんなフワフワとしてて私は大丈夫なのでしょうか。

 と、少々反省をしつつも、笑みが顔から溢れております。そんな私の喜色とは反対に、何故かオールの浮かない顔をしているように見えるのは気のせいでしょうか。

「あの、どうされました?」
「え?」

 私が心配の言葉をかけますと、オールは我に返ったように驚いた顔をしています。

「何かありましたか?表情が少し翳って見えますけど」
「そうか?いつもと変わりないが」
「そう…ですか」

 なんだか腑に落ちませんね。確かに今のオールはいつも通りの表情へと戻っています。オールは生真面目なので、たまに気難しい顔になる時はありますが、さっきの顔は何処か愁いを帯びた瞳をしていたような気がします。

―――うーん、ただの私の杞憂であれば良いのですが…。

◆+。・゜*:。+◆+。・゜*:。+◆

 煌びやかな光が弾けるラグジュアリーな世界、今宵は宮廷舞踏会が催されておりました。今回の舞踏会は内輪で楽しむ小規模なパーティですが、今回の広間ホールは特別です。つい先日まで改装が行われていまして、今はとても華美な内装へと生まれ変わっております。

 以前は外の自然な光を利用したステンドグラスが使われており、あまり夜会向けとは言えませんでしたが、改装後の硝子は光を吸収し、かつ反射させる特別な加工がなされ、夜でも真昼のような明るさが作り出されるようになりました。

 さらに硝子は光を吸収しますと、絵が浮彫りのように立体的に見え、広間ホール全体が人々で華やいで見える、とても魅力的な作りとなっています。それは魔術などといった特別な力ではなく、人の手で作られたものなので驚きです。

 美しいのはステンドグラスだけではありません。磨き抜かれたシャンデリや鏡、彫刻品など、あらゆる芸術品に意匠が凝らしています。テーブルの上には上品な輝きを放つ、色とりどりなお料理も一級品です。言わずとも美味ですよね。

 私も今夜はドレスに身を包んでいます。華美過ぎず、落ち着いた上品さを醸し出すスモーキーブルーのドレスです。スカートを軽やかに覆うレースには高級花シャモアの模様が描かれており、とてもエレガントな仕上がりとなっております。

 そして腰にはサッシュリボンでアクセントをつけ、宝飾品もさり気ない大きさの物で纏めました。靴はドレスの色と合わせたブルーです。髪は私には珍しく後ろ髪をオールアップにしています。

 誰もが美しく着飾り、一人一人が絢爛に咲き乱れる主役の花のようです。広間ホール全体が豪奢に彩られたこの舞踏会は奏でる美しい音楽と共に、人々の心を躍らせておりました。

 とりわけ主役のいるパーティではありませんが、おのずと中心になるのは陛下と、そしてシャイン様です。ドレスでおめかしなさったシャイン様のお姿は、それはそれは瞳が蕩けそうになります。

 陛下と色合いを揃えた上質で真っ白な衣には銀糸で描かれた優美な刺繍が広がり、また肩にはシルクやビーズを使って編み込んだフリンジが装飾され、高水準に達した職人の技法が目に焼き付きます。

 優美な礼服に身を包んだ陛下とシャイン様に人々が集まらない訳がありません。すっかりと取り囲まれていますね。一言挨拶する事ですら難しそうです。うーん、ナンさんは御もてなしでお忙しそうですし、オールやエヴリィさん達も任務があります。

―――なかなか慣れないものですね。

 何もかもが煌びやか過ぎて陶酔し切ってしまいますし、まだまだ自分の世界にいた頃の一般人の感覚が抜け切れていないようです。それに私も社交性があるわけではありませんので、人の輪の中に入るのも一苦労です。

 性分もあるのかと思いますが。元々が贅沢思考ではありませんので、肌が慣れようとしないのかもしれません。現に今も雰囲気だけで、お酒に酔ったような気分になっています。ほんの少しだけ夜風に当たって酔いを醒ましましょうか。

 広間(ホール)は大きなテラスと繋がっています。この時間ですからね、テラスの辺りは仄暗いです。殆ど灯りはありません。それでもここへ足を運ぶ人達がいるようです。カップルやご夫婦のようですね。

 そのような中、一人でやって来た私は場違いのように思いますが、少しだけ夜風に当たったら中へと戻りましょう。私はよそ様のお邪魔にならないよう、ひっそりと移動します。入口付近は人が多いので、少し離れた場所を選びました。

―――ふぅー。

 背をもたれて一呼吸した時です。

「大丈夫か?」

―――え?

 声を掛けられたと同時に、腕を引っ張られて引き寄せられました。私は何事かと目を剥きます。この場所は特に灯りが少なく、人の動きが容易に分かりません。私を支えるこの手の方はどなたでしょうか。男性という事だけは分かりますが。

「気分でも悪いのか?」

 耳元で囁くように問われ、その耳朶の奥まで震わせる甘い低音ヴォイスで気付きました。

―――この声は…。

「オールですか?」
「あぁ、そうだ」

 どうして彼がここに?今は任務中の筈です。そんな真面目な考えが過りますが、躯は正直にオールを近くにして嬉しいと感じ、彼に寄り添います。

「少しだけ涼みに来ただけです。どうやら雰囲気だけで酔ってしまったみたいで」
「大丈夫か?」
「はい、少し休めば治りますから」

 オールの声遣いが本気で私を心配してくれているのが分かります。任務中であったにも関わらず、私の事を気に掛けてくれていたのですね。それがとても嬉しくて、私は抱かれているオールの腕を握り返します。

「こっそりとテラスに出て来ましたが、後を追いかけてくれたのですね」 「あ、あぁ」
「?」

 妙ですね。今、オールは歯切れの悪い答え方をしましたよね?

「あの、何か他にありました?」 「こんな場所で一人というのが…」
「ここはとても暗いですものね」
「それもそうだが、周りが……」
「?……あぁ、そうですね。私みたいに一人で来ている人はいませんよね」

 このテラスにはカップルかご夫婦の方達のみですからね。そんな所に一人突っ込んだ私をオールは不思議に思ったんですね。

「あ、オールはよそ様のお邪魔になるので、もっと気を遣うべきだと言いたかったのですね」

 生真面目なオールが考えそうな事です。

「…………………………」
「?」

 どうしたのでしょうか。オールから返事がありませんよ?

「疑って悪かった。オレはてっきりその……」
「え?」

―――う、疑うって?何をオールは疑ってしまったのでしょうか。

 それにオールの声色が妙に強張っています。私はオールが何を思ったのか懸命に思案を巡らせます。……あ!それである思いに気付きました。

「私はオールだけですからね。こんな素敵な旦那様がいるのに、他の男性なんて目に入りません」

 私はギュッと躯を密着させます。オールは本当に私には身に余るほど、よく出来た自慢の旦那様です。今でもこんな文武両道な彼が私の旦那様だと信じられない時があります。

―――そもそも私と逢瀬するような男性は他にいませんからね。

「沙都…」

 艶を帯びた声で名を呼ばれ、オールの手が私の腕から頬へと上がります。大きな手に包み込まれて、頬は自然にジワジワと熱が生じ、同時にドクドクと心臓が早鐘を打ちます。そして顔へと近づく気配を感じた私はゆっくりと瞼を閉じました…。





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