Past12「切り開く新たな道」




「え?元の世界に帰して欲しいですか?」
「はい」

 珍しく沙都様がオレの所までいらしたかと思えば、またとんでもない事を口走られたものだ。沙都様のすぐ後ろにはナンがいて、オレに何かを訴えるようにして、強圧的な視線を送ってきている。なんなんだ、あれは?

 オカマの事はさておき、沙都様の今のお願いの内容がな。またどうなさったのだろうか。沙都様が王妃の件をお断りになった事は陛下からじかに窺ってはいたが。そこから何故、お帰りになりたいという話の流れとなったのか。

―――陛下と何かあったのか。……いや、それはないな。

 至ってお二人の仲は良好だ。

 …………………………。

 オレは考え悩む。今の沙都様にはシャイン様がいらっしゃるし、それにアイツ・・・もいる…。魔女の処刑の件も正式に行わないと決定された。よっぽどの理由がない限り、お帰りになりたいとは思われないよな。

―――うーん、どうしたものか。

 ここで「はい、分かりました」なんて言ったものなら、オレの近くにいるアイツ・・・から一生恨まれそうだ。オレは思い悩んだ末、こう沙都様に告げる。

「誠に残念ですが、私には沙都様を元の世界へとお帰しするすべを存じておりません」
「え?」

 オレの答えに沙都様は呼吸をお忘れになったように驚かれ、そしてすぐに訝し気な表情へと変わられる。

―――うん、そういうお顔になりますよね。

「私を召喚して下さったのはエヴリィさんですよね?」

 突っ込まれる、突っ込まれる。召喚出来たものなら逆も出来るとだろうと、普通はそう思うよね。……勿論、出来ます。

「確かに沙都様をこちらの世界へと導いたのは私ですが、だからと言いまして必ずしも、お帰しするすべを知っている訳ではありません」

 と、オレは堂々と白々しく答えてみせた。当然、沙都様は腑に落ちないご様子で、あれこれはどうなのかと質問を下さっていたが、オレは悉く否定していった。

「沙都様、こちらの都合で召喚をしておいて誠に勝手ではございますが、どうかこちらの世界で残りの人生を歩む事をお決めになって下さいませ」

 そう沙都様にお伝えをした後、オレは近くにいるオール・・・を垣間見た。ヤツは何かを感じ取ったようで、僅かに目を眇める。

「申し訳ございませんが、少し私は席を外させて頂きます。これから行う会議の資料を集めなければなりませんので」

―――会議の資料集めなんて大嘘だけどね。

 オレは心の中でペロッと舌を出す。

「え?あ、あの…」

 沙都様が戸惑っていらっしゃるが、お邪魔虫は退散退散。後は二人で頑張って貰わないと。あ、本当のお邪魔虫がもう一匹いるけど、まぁいいや。一先ず、オレはそそくさと部屋を後にした。出入り口の扉を閉め終えた後、オレは盛大に溜め息を吐いた。

―――自分、最低だと思ったけどね。

 沙都様の幸せは彼女がいた世界にあるのかもしれない。だが、オレは彼女を帰すとは言わなかった。いや、言えなかった……という方が正しいかな。それに沙都様をお帰しする事はいつでも出来る。

 その前に色々とケリをつけて貰いたい事がある。それらすベてを終えられて、それでも沙都様が元の世界にお帰りになる事を望まれるのであれば、その時はお応えしようとは思っている。それはオレが望んでいる未来ではないけれど。

―――さて別の仕事を始めるか。

 オレは次の仕事場へと移動しようと、回廊を歩き出だした。その時だ。

―――ギィ―――。

 部屋の扉が開かれる音が耳に入り、思わずオレは振り返った。部屋からオールが出て来た。

―――何やってんの、アイツ?

 今頃は沙都様と宜しくやっているのかと思えば、そそくさ部屋から出て来たのか。オレの意図を完全に無視したのかよ。

「エヴリィ」

 オレの姿を目にしたオールが駆け寄って来る。ヤツの表情が何処となく憮然としている。なんで機嫌が悪いんだ?

「オマエ、さっき沙都様に偽りを伝えたな?」

 いきなり問われてオレはポカンとなった。

―――え?オレ責められてんの?

 それでオールは機嫌が悪かったのかよ。良かれと思ってやった事がヤツにとっては余計な事だったらしい。

「何?オマエは沙都様にお帰りになって欲しいの?」
「そうは言っていない」
「じゃあ、何なのさ?」
「…………………………」

 オールは完全に口を閉ざす。うん、沙都様には帰って欲しくはないんだな。生真面目なヤツの性格からして、オレの嘘が許せないってところだろうけど、実際にオレが沙都様をお帰しするとなれば、それはそれでコイツは不満を抱くだろう。

「ふぅー」

 オレは呆れの溜め息を吐き出した。

「せっかく人が与えた時間なんだから、無駄にしないでくれよ?」
「え?」
「まぁ、頑張ってくれ」

 オレはそう言葉を残し、オールに背を向ける。特にヤツがオレを引き留める様子もないみたいだし、オレはその場から立ち去ろうとした。さすがにさっきの言葉で、ヤツも気付いてくれたよな?

―――オレが応援・・しているって事にさ。

 ……その後のオールの行動は実に俊敏であった。その日の内に沙都様に想いを告げ、見事に彼女と身も心も結んでしまった。普段クールのくせに、やる事が早すぎるわ!そして沙都様はオールの為に、こちらの世界へ残る事をお決めになった。

 近い内に二人は将来を誓い合う事になる。それから沙都様に元の世界へとお帰りになれる話を暴露したのは彼女の第二子が誕生する前の事だった。さすが沙都様。オレをなじる事なく、幸せな笑みをお浮かべになって、こうおっしゃって下さった。

「今の私の幸せがあるのはエヴリィさんの優しい嘘・・・・から始まったのですね」

◆+。・゜*:。+◆+。・゜*:。+◆

―――げぇ!

 執務の塔に移動中の事。オレはとある人物・・・・・の姿を目にして、嫌気が差し、相手から気付かれない内に、踵を返そうとした。

「なんだ?ナルシー」

―――チッ、気付かれたか。

 オレは顔に厭わしさを出さない代わりに、心の中で舌打ちをした。コイツは装飾品のチェックに意識を向けていたのに、今はしっかりとオレの姿を捉えている。あ~面倒だな。適当に切り抜けるか。

「何をやっている?」

 後ろを振り返っているオレに対し、ヤツが鋭く突っ込みを入れてきた。

「オレはナルシーじゃないから、他に誰か後ろにいるのかなって思ってさ」

 オレは躯を向き直して、シレッと答えてやった。

「オマエ以外に誰がいる?」

 オレのわざとらしい態度に、ヤツが苛立った様子をして、オレとの距離を縮めてきた。こっちに来ないでくれよ。コイツが傍にいると、オレの輝かしさが失われるんだよ。

「相変わらずだな、タラシは」

 ほらね、この毒舌がオレの美しさを穢すから嫌なんだよ。オレを蔑んだ目で見上げているヤツとオレの視線が鋭く絡む。

―――あったま殴ってやりたいわ!

 オレが女性・・に対して、こんな毒々しい感情を抱くのは目の前のシラリー・ヴァーンローデに対してだけだ。高級花シャモアと同じ赫々とした色の長い髪と輝く黄金色の双眸が印象的なオレと同い年の魔導師だ。

 喋り方は軍人のように堅苦しく、性格もサバサバし過ぎていて、女らしさが感じられないんだよな。ところが、寡黙で容姿端麗ときたものだから、周りからクールビューティと讃えられている。

 し・か・も・だ!事もあろうに「第二のダーダネラ様」とまで謳われている!いくら美しさがあるとはいえ、ダーダネラ様は楚々たる美女でいらっしゃったが、シラリーは気品の欠片もない!おまけになんか野性的なんだよな!

 オレからしたら、何処にダーダネラと重なる要素があるっていうんだ。こんなヤツが、あのダーダネラ様と一緒の見方をされているだなんて戦慄が走る!ダーダネラ様の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいよ。

「相変わらず君はオレには厳しいね~」

 ははっとオレは苦笑しながら応える。…心の怒りを抑え込んで。

「その取り繕う笑顔を見ていると虫唾が走るな」
「かっわいくねぇ」

―――あ、思わず本音を零してしまった。

 シラリーはオレの言葉に眉一つ動かさない。まぁいい。どうせコイツにはオレの本性を知られている。いつかオレが女性と取り込み中のところを何回か目撃された事があった。見られたところでも、オレも恥じらいも見せずに楽しませて貰っていたけど。

 毎回ヤッている女性の顔が違うからか、シラリーはオレの事を「タラシ」だの「ナルシー」だのと呼ぶようになった。完全にオレを軽視するようになって、オレの方が身分が高いってのに、オマエ呼ばわりだし。それでオレの方も本性が出て話をしてしまう時がある。

「そんなに可愛げがないと、貰い手がいなくなるよ?」
「女に見境がないオマエに言われても、何一つ心に響かんな」
「オレはフェミニストなだけであって、誰でも良い訳じゃない。相手は思慮深く選んでいるし」
「オマエは計算高い。後を引くような厄介な相手は初めから選んでないのだろうな」
「安心して。君に迷惑をかけるような事はないから」

 オレはとびきりのキラキラ笑顔をお見舞いして言った。「迷惑をかけるような事はない」=「間違ってもオマエなんか選ばないから安心しろ!」という意味をオブラードに包んで言ってやった。

―――え?

 ドクンとオレの鼓動が大きく跳ね上がった。ほんの一瞬だけだったが、シラリーの表情が愁いに翳ったように見えた。

―――傷つかせた?

 まさかそんな事……、

「オマエは気色悪い。迷惑をかけられるような事があれば、議題に取り上げて、オマエを王宮から追い出してやる」
「ぐぁっ」

―――ある訳がなかったぁああ!!

 愁いに翳っていたのは只単にオレを気色悪がっていただけかよ!どこまでもオレの美しさを穢すド悪魔だ!

―――心に決めた方がいらっしゃるのではありませんか?

 ここで何故か沙都様から言われた言葉を思い出す。その時のオレは沙都様が誰の事を示唆していたのか分からなかったし、そもそもそんな相手がオレの前に現れるとは思っていなかった。だが、近い内にあのお言葉が本当の事・・・・になるとは。

 ほんのちょっとした出来心というか、魔が差したんだ。お互い・・・に。まさかあの時、シラリーがオレを受け入れて抱かれるとは思わなかった。それからまさかだよな。オレがシラリーに溺れて追いかけるようになったのは。

 彼女の心を手入れるまで、血を吐くような思いをする事をこの時のオレは知らない。まさかあのダーダネラ様の以外の女性を愛する日が来るなんて。オレの心に花が咲き乱れる日はまだまだ先の事…。

◆+。・゜*:。+◆+。・゜*:。+◆

―――ザァ―――。

 微風そよかぜが水面にさざ波を緩やかに走らせる。オレは最上階のテラスへと足を運び、海に囲まれた街並みを眺めていた。凪のように流れる平穏な日々、我がオーベルジーヌ国のあるべき姿だ。

 そんな平穏に彩られる中で、我が国の未来を背負うシャイン様はすくすくと大きくなられている。そして陛下のシャイン様に対する溺愛ぶりはとても有名だ。シャイン様も一番に陛下を慕っておられる。

 陛下とシャイン様ご一緒のお姿があまりにも美しいと評判が立ち、お二人の姿で埋め尽くされる絵画の部屋が設けられた。絵画は天井と壁に金の縁で彩られ、完全な芸術品となっており、今や芸術の塔の中で一番の人気を誇っていた。

 あともう一つ有名な話がアレ・・だ。沙都様とオールの二人の仲だ。晴れて恋人同士となった二人は周囲に隠す素振りもなく、自然体で付き合っていた。それはそれで話題が尽きない。

 黒曜石の王子と呼ばれ、ここ数年は全く女を匂わせていなかったオールと、陛下と噂をされていた天神の沙都様の二人だ。話題にならない筈がない。勿論、陛下も二人の仲をご存じだ。とても祝福なさっている。

 陛下と沙都様はそれぞれの道をお選びになったようだ。沙都様の幸せはオレが望む形となったが、陛下は……今後をどうなさるのか、オレは静かに見守っていこうかと思う。今の陛下はシャイン様一筋だしね。

 今となっては魔女に脅かされていた頃が嘘のように思えるほど、我が国は輝かしい日々を送れている。その平穏をこれからも守っていかないとな。と、そこでオレはある事・・・を思い出した。

―――そういえば、シュヴァインフルト国に王太子が戻られたと聞いたな。

 シュヴァインフルト国、別名「芸術の宝庫」と称される西地帯の大国だ。我が国とも強い確執のある国だ。そこの王太子だが、長い間、失声を患って王都から離れていらっしゃっていたが、病が治られ王都へと戻られたようだ。

 ……という事はだ。アイツ・・・も戻って来たのだろう。オレはアイツの姿が浮かぶと、頭に苦々しい思い出が蘇える。オレが学院生だった頃、シュヴァインフルト国に留学をしていたのだが、そこでアイツと出会った。

 クレーブス・マドンネンブラウだ。王太子専属の従者だ。アイツとはよく学力の一番を競い合っていた。ほぼ互角ではあったが、オレが今でも忘れられない最高の思い出がある。それはオレとヤツが同時に好きになったファレリちゃんがオレの方を選んでくれた時だ!

 やっぱりオレの足元にも及ばん!と、クレーブスを踏んづけてやったんだよな。敗北感に枯れていくあのクレーブスの姿は見ていて最高に気持ち良かった。アイツはオレよりも年上のくせに大人げなかったよな、うん。

 これから国交会議などが行われる時はまたアイツと顔を合わせる事になるのだろうか。いや、ただ今のシュヴァインフルトの国王陛下は王太子の叔父上に当たるヴォルカン陛下だからな。王太子専属のアイツも入ってくるのだろうか。

 ヴォルカン陛下は王子殿下の頃、王太子が不在の間に摂政をなさっていた。王太子の病が完治なさる気配がないとお分かりになった後、ヴォルカン様がそのまま国王陛下なられたと聞いたが。

 今後はどうなるのだろうか。王太子に国王陛下の座をお譲りになるのか。それとも…。まぁ、それは他国の問題であってオレが考える事でもないな。そう思っていたのだが……。

 その王座の件で、シュヴァインフルト国が我が国に多大な影響を与える事になるとは、この時のオレは知る由もない。すべての鍵を握っていたのはあの国だった。王太子にあのような秘密・・・・・・・があったとは。それがきっかけだった。

―――あのような秘密・・・・・・・で、再びダーダネラ様・・・・・・・・とお会いする日が来るなんて。

 まだ終わって・・・・はいなかったのだ。本当の真実は未だひっそりと身を潜めている。まるで今、眺めている凪の海のように。それが波立つ日はもう暫く先の事になる……。





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