Birth50「彼の秘密」
深緑色の制服を着用したエニーさんは腕を組んで、地上を見下ろしている様子です。退魔士の叙任式を目にしているのでしょうか。あの様子ですと、私達には気付いていないようですね。
「沙都様、どうされました?」
急に私が背後へと振り返り、一点に集中しているものですから、様子の変化に気付いたナンさんが声をかけてきました。
「あ、はい。あそこに立っている方はエニーさんかな?と思いまして」
「え?エニーですか?」
私は小高い塔のテラスを見上げ、ナンさんに知らせます。
「本当だわ、エニーじゃないの。あの子、勤務中の筈なのに。はっ!まさかオールさんを覗き見!?」
ナンさんから雄叫びが上がります。そのお考え、直結過ぎませんか?それにオールさんの覗き見はエニーさんではなく、ナンさんでは…。
「いっや~ん!仕事をサボってバッリバリにオールさんを見つめまくっているなんて、許せないわ!」
いえいえ、エニーさんはオールさんではなく、叙任式の様子を見られているのではありませんかね?お仕事も休憩中かもしれませんし。勝手に決めつけるのは良くありませんよ、ナンさん。
「ここは一発叱らないといけませんわね!」
「はい?」
―――何をですか?
私が頭の中で疑問府を飛ばしている間にも、昂奮しているナンさんはいきなりその場から駆け出してしまいました。
「え?え?ナンさん?」
思い切ったナンさんの行動に呆気となった私ですが、これは彼女を止めた方が良いのでは?と、私も後へと続きました。
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こちらの世界では妊パーが普通に走っても問題ないそうですが、それでも元の世界の考えが捨て切れない私は小走りでナンさんの後を追いました。当然、疾走したナンさんに追い付く事は出来ませんでしたが、エニーさんのいた場所が最上階のテラスから続く細い塔だと分かっていましたので、そちらへと足を運んでみました。
遅れながら、やっとの思いで私は目的の場所まで上ってきました。上に行くには螺旋階段を利用しますが、塔が細身なので、けっこうクルクルと回らなければならなく大変でした。私が到達した時には既にナンさんとエニーさんの話し声が聞こえていました。なにやら穏やかな様子ではありませんが…。
「まぁ!オールさんを見つめまくっておいて白々しいわ!ハッキリと言ったらどうなのよ!?」
「違うと言っているだろう」
あぁ~、やっぱりナンさん、勝手な思い込みでエニーさんに詰め寄っていたのですね。私の目の前に後ろ姿のナンさんと向かい側にはエニーさんの眉間に皺を寄せた酷く険しい表情が見えておりました。一見、煩わしそうにも見えますね。
ナンさんの言う事が的外れであれば、そういうお顔にもなりますよね。お二人は私の存在には気付いていないようで、次から次へと言葉が宙に飛び交っていました。あ~なんとか止めたいのですが、私が入れる隙間がないのです。
「まだ白を切るつもり!?女なら正々堂々と戦うべきだわ!アンタ、軍師なのに恋愛には臆病なのね!」
「いい加減しろ。違うと何度言ったら分かる?ナンこそ、何をそこまで当たって攻めてくるんだ?」
「なによ!当たるって!私は端からアンタをライバルとして見てないんだから!アンタみたいな男っぽいコ、オール様のタイプじゃないでしょうし!そもそもアンタとダーダネラ王妃様では雲泥の差だもんね!」
「ナン!」
―――え?何故、ここでダーダネラ王妃様の名が…?
疑問も束の間、エニーさんの荒げた声にナンさんの勢いが沈んでしまいました。さすが軍師だけあって、本気で怒れば重みがあります。
「後ろに沙都様がいらっしゃるんだぞ」
「え?」
続くエニーさんの言葉に、ナンさんはハッとなって振り返ります。
「沙都様…」
私と顔を合わせると、驚いた表情をされて、私の名を零しました。どうやらエニーさんはナンさんの言葉に憤慨したのではなく、私の姿を気にして声高になってしまったようですね。
…………………………。
き、気まずいですね。なんとも言えぬ重い空気が漂っています。エニーさんは変わらず険しい表情ですし、ナンさんも罰が悪そうにして、言葉を失っているようです。私が現れたタイミングがもう少し遅ければ良かったのでしょうが、ど、どうしましょう…。
「ナンが気にするような感情を私はオール様に抱いていない」
―――え?
沈黙を破ったのはエニーさんでした。その内容に私は驚愕します。エニーさんの口から色恋沙汰の話は勿論ですが、私も少なからず、エニーさんはオールさんに思慕の念を抱いているのはないかと思っておりましたから。それはとんだ思い違いだったという事なのでしょうか。
「私はただオール様の今のお姿が気掛かりなだけだ。出来れば以前のように戻って欲しいと思っている」
―――え?
淡々と言葉を繋ぐエニーさんの表情はどことなく切なさが現れていました。今の言葉の意味は?
「それは私も思うわよ。以前みたいに自然に笑っていて欲しいって思うもの」
―――え?
続いてナンさんの言葉にも目を見張りました。ど、どういう意味でしょうか?以前、オールさんに何かあったのでしょうか。
「あの、オールさんに何かあおりだったのでしょうか?」
以前のように戻って欲しいとか、自然に笑っていて欲しいだとか、穏やかな内容ではありませんよね。何かよほどの事情があったのでしょうか。
「沙都様は今のオールさんしかご存じないですものね。その、オールさんって、あまり表情を崩さないじゃないですか。ほぼ無表情と言いますか」
ナンさんが重々しそうな口を開き、お答えしようとしていました。確かにオールさんは表情が豊かではありませんね。クールというのでしょうか。
「基本はそうですね。ですが、少し前に破顔され、素敵な笑顔を見せて下さいましたよ」
「「え?」」
私の言葉に、エニーさんとナンさんが我が目を疑うような驚く姿を見せています。ど、どうしたのでしょうか?そんなに驚かれる事なのでしょうか。
「沙都様、それ本当ですか?いつ何処でですか!」
「ナ、ナンさん?」
妙に食い付かれて問われるものですから、思わず私は退いてしまいました。
「確か私の天神の試練が終えた後ですね。彼が獣から人間に戻られた際、微笑んでいましたよ」
「…………………………」
えっと、お二人のご様子が…。ナンさんは口をポカンと開いており、エニーさんも表情が固いように思えました。
「少しは以前のようなお気持ちが戻られたのでしょうか」
一人呟くように零すナンさんに、私は首を傾げます。
「以前のような気持ちとは何でしょうか?」
「実はオールさん、以前はよく笑顔をお見せになる爽やかな好青年でした」
「え?」
い、今ナンさんのお口からなんと?
―――あのオールさんが爽やか好青年でしたと?
今の彼からしたら、全く想像がつきませんよね?どちらかと言いますと、必要以上の事には口を開きませんし、クールで滅多に笑顔を見せられませんもの。
「あのでは何故、今のようになられたのでしょうか」
「オールさんはダーダネラ妃がアトラクト陛下とご婚姻されてから変わられました」
―――え?