Birth51「明かされる関係」




 えっと、今のお話しは…。裏を返せば、ダーダネラ妃とアトラクト陛下のご婚姻が原因という事でしょうか。それはどういう…?

―――もしかして、オールさん?

 ふと浮かび上がるある事柄、それは…。

「オールさんはダーダネラ王妃様の事を慕われていたのでしょうか?」
「慕われていたというよりは…。ダーダネラ王妃様はアトラクト陛下と結ばれる以前はオールさんの婚約者フィアンセでしたから」
「え?」

―――ドクンッ。

 ナンさんの思わぬ言葉に、私の鼓動は荒波を立て、鋭い衝撃が脳天へと駆け上りました。そして急に心臓がドクドクと痛い程に打ち始めます。

―――ど、どうしたのでしょうか、急に私は。

 訳も分からず、私は胸元に拳を握り、胸の痛みを隠すように口を開きます。

「ダーダネラ王妃様はオールさんの婚約者フィアンセだったという事ですが、王妃様は王族の方ではいらっしゃらなかったのですか?」

 オールさんの身分がお高いのは知っていますが、王族の方が部下とご結婚されるというのは耳にした事がありませんね。

「元は王族の方ではありませんでした。公爵令嬢の地位をお持ちで、かつ聡明な方でしたので、お若い頃からこちらの宮殿の財務省に所属し、活躍をされていました。財務省の中でも、それなりの高い地位をお持ちでしたので、当時、軍師の指揮官をされていたオールさんと何度か接する機会がおありでした。そこでお二人は恋仲になったようです」
「そうだったのですね。では王妃様はオールさんの婚約者フィアンセでしたのに、何故、アトラクト陛下のお妃になられたのでしょうか?」
「アトラクト陛下から求愛を受けられていたようです。実は陛下はオールさんとダーダネラ妃の仲をご存じではありませんでした。お二人の仲はごく一部の方達にしか明かしていなかったのです。陛下から求婚された王妃様は当初はやんわりとお断りしていたようですが、お相手は国王陛下ですからね。ずっとは無下には出来なかったようです」
「確かにそうですよね」

 こちらの世界はけっこう身分を重んじていますからね。国の主からの願いをいつまでも流す事は出来なかったのでしょう。そうとはいえ、オールさんは…。私は自分の表情が悲しみに翳っていくのを感じました。

「さらに、お二人の仲をご存じでなかった陛下は信頼の厚いオールさんに、ダーダネラ妃の護衛役を任せられました」
「それはまた…」

―――なんとも酷なお話では…。

 オールさんは間近でずっと陛下とダーダネラ妃のお二人の姿を見ていたのでしょうから。きっとそれは胸を焼き尽くすような痛みだったかと思います。

「オールさんも護衛された初めは毅然とした姿で振る舞っていましたが、そう長くは難しかったようです。いつも自然に笑みを広げていた彼からパタリと笑みが消え、必要以上の事には口を閉ざされるようになりました彼の変わっていく姿は見ていて、とても辛辣なものでした」

 ナンさん、その時のオールさんの様子を思い出しているようですね。彼女は今にも泣き崩れそうな切なる表情をしています。そうなるのも分かる気がします。オールさんは自分の人格が変わられる程、ずっと堪えてきたのですから。

 そして以前、あの試練の時に神官様がおっしゃっていた「オールが笑う姿は数年ぶりに見たのう」「あれ以来だのう」というお言葉はこの事だったのだと悟りました。

 ナンさんの後ろで立っているエニーさんは黙然として何も語らずでいましたが、無表情の中に微かに何か切なさのようなものを感じ取りました。ナンさん同様にやるせない胸の嘆きがあるのかもしれません。

「ただ救いと言いましょうか、オールさんはレベルの高い魔力をお持ちでしたので、退魔師のオファーが入り、そちらの道を選ばれました。そちらの職に就けば、王妃様の護衛から外れる事が出来ましたから」
「そうですか」

 見染められたとはいえ、退魔師という危険な道を選ばれたのも、そういった経緯いきさつがあったからですね。

 …………………………。

 胸が痛くなるような静けさの中、なんと言葉を紡いだら良いのか分からず、私は無意識の内に顔を俯かせておりました。すると…。

「再びオール様に笑みが戻られたのであれば、それは沙都様が特別なのかもしれません」

―――え?今のお言葉は…?

 視線を上げると、エニーさんの澄んだ栗色の瞳と絡みました。今の彼女の言葉の意味は?そして彼女が向ける何処かうら悲しさを含むその表情も、今の私には理解が出来ませんでした…。

◆+。・゜*:。+◆+。・゜*:。+◆

―――少し風が出てきましたね。

 最上階のテラスへと足を踏み入れると、一陣の風に吹かれてしまい、舞い上がる黒い髪を押さえます。いつもは殆ど風がなく、あるとしても穏やかですが、今日は珍しく強めに吹いていました。また午前中とは打って変わって、青空の姿が翳ってきています。

 …………………………。

 何処となく、一人になって物思いに耽たい気分となり、私はここへと訪れました。午前中のあのオールさんとダーダネラ王妃様のお話しを聞いてから、心にズシンと重みが乗っかっており、それを拭う事が出来ません。

 お二人の関係に驚愕ショックを受けたという訳ではなく、私もエニーさんと同じくオールさんの事が気掛かりになっていました。元からクールな方だと思っていましたが、そうではなかったのですね。深い悲嘆の上、そうならざるを得なかったのでしょう。

 試練の際に、ふと見せたあの笑顔を思い出してみると、胸の奥からじんわりと温かい感情が広がります。とても素敵でした。以前はあのような笑みが当たり前だったのですね。どうしたらまたあの姿に戻られるのでしょうか。

 きっと、エニーさんやナンさんのように、また元の彼に戻る事を望んでいる方々が沢山いる筈です。私ももう一度、あの笑顔のオールさんの姿を見てみたいと思っています。

 …………………………。

 ボーッとして歩いており、ふと視線を目の先へと向けた時です。

―――あれは?

 フワッと風によって髪が舞い上がり、一瞬、視界を遮られましたが、今目にしたのはオールさんの背で間違いありません。風が落ち着くと、私は乱れた髪を戻しながら、彼の元へと足を運んで行きます。

 私が近づいて行くと、その靴音に気付いた彼が背後へと振り返りました。その瞬間、再び風が吹き、オールさんのストレートな髪が踊るように舞い、普通は乱れるところでも、彼なら芸術作品のように美しく映えるのですね。

―――本当に玲瓏れいろうのような美しさをもつ方ですね。

 私は目を奪われたかのように、見惚れておりました。

「お一人でしょうか?」
「え、はい」

 視線が重なり合うと、オールさんから問われて答えました。

「そうですか」

 そう一言返されると、彼は視線を私へ縫い付けたまま外さないので、私の鼓動は徐々に高まっていきます。

「な、なんでしょう?」

 声がか細く震えていて、自分でも緊張しているのが伝わりました。

―――再びオール様に笑みが戻られたのであれば、それは沙都様が特別なのかもしれません。

 ここで何故かエニーさんから言われた言葉を思い出していました。特に深い意味はないとは思ってはいるのですが…。

「何か物言いたげな表情をされていらっしゃったので」
「え?…私がですが?」
「えぇ」

 無意識でした。そんな表情をして、オールさんを見ていたのですね。それもやはり今朝の出来事を耳にしたからでしょうか。

 …………………………。

 暫しの間、思考を巡らせた私はオールさんの隣に並びました。そして軽く深呼吸をした後に、口を開きます。

「今日お聞きしてしまいました。その、オールさんとダーダネラ王妃様の事です」

 突然の私の言葉に、オールさんの金色こんじきの双眸が大きく揺れました。唐突過ぎましたよね。でも勝手に耳にして何も知らずとしているのも、彼に悪いような気がしてしまい、思わず零してしまいました。
「…………………………」

 オールさんはすぐに私から視線を外しました。彼の横顔を覗くと、何を考えているのか分からない無機質な表情であり、ただ何処か冷めているといのうでしょうか、情味のなさが感じられました。

「勝手に耳にしてしまい、不快に思われましたよね。すみません」
「いいえ、謝られる事ではございません。既に過去の話ですので、お気になさらずに」

 決まりの悪さを感じた私はオールさんへ詫びを入れると、彼は真っ直ぐに私を見据え淡々と応えられました。今の応えは気を遣われたのか、それとも本当に偽りがないのか、読み取る事が出来ません。

「オールさんは心がお強いのですね」
「?」

 彼の視線が私へと戻ります。

「本当にお辛かったと思います。アトラクト陛下とダーダネラ王妃様のお二人を目の前にして、並大抵の精神では平静を装えなかったと思います。ですが、それでも貴方は職務を遂行されてきたのですね」

 私の言葉にもう一度、彼は金色こんじきの双眸を揺るがせ、その時、再び風が私達の前にフワリと靡き、髪を宙へと躍らせます。

 ナンさん達が言っていたのです。オールさんはダーダネラ王妃様もアトラクト陛下も誰も咎める事なく、自分の心の中にすべてを閉まっていると。今も過去の話だと言い、私を責める事もありませでした。

 とてもお優しい方なのだと思います。ですが、すべてを背尾ってしまった結果、人格を失ってしまいました。そして今となっては過去の話だと言い聞かせています。彼の立場となって気持ちを理解しようとすると、心がヒシヒシと打ちひしがれるのです。

 …………………………。

 オールさんは何も言わず、私と視線を重ねていました。彼の透き通る瞳の奥から、何かを語りかけているようにも見えましたが、それを彼が口にする事はありませんでした…。





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