Birth49「お見せしたいものとは何ですか?」




 天神の力を得た私ですが、その後すぐに魔女退治!という訳ではありませんでした。正直な話、呪いをかけた魔女が特定し切れていない為、下手に動く事が出来ません。今は慎重に様子をみている時期でした。

 とはいえ、悠々とは待っている訳にもいかないのも事実です。というのも実は来月の末、出産が待ち構えているのです…そうです、なんていう事でしょう!

 元の世界にいた時には妊娠4ヵ月目でした。こちらに来た当初8ヵ月目と聞いておりました。あちらで出産は10ヵ月目の時ですが、こちらは老化の進行が緩やかなので、てっきり出産は20ヵ月目だと思い、気長に考えていました。

 ところが、実際は私の世界と同じ月日で出産というではありませんか!こちらに来てから一ヵ月以上が経ちましたので、既に臨月となっているんですよ。お腹が全く大きくならないので、気が付きにくいのです。

 確かに今月に入ってから、やたら御子が活発に動き出しているとは思っていましたけどね。元の世界の6ヵ月目から出産までの成長が、こちらでは臨月から出産のたった2ヵ月間のみで育つという、またしても信じ難い事実なのです!

 という事で、出産の前までに魔女討伐をしなければならない、頭の悩ましいところなのです。一先ず今は天神の力を信じて待つ事にしています。願わくは戦わずに済む事ですけれど…。

「ナンさん、本当に今日のレッスンはよろしいのですか?」
「いいんです、いいんです!毎日勉強ばかりではストレスが溜まって、お腹の子にもよろしくないですからね~」

 アッサリとお答えしましたね。まぁ私としても嬉しい事ですが。毎日のレッスンは嗜みやマナーといった品格まで学ぶので、生半可な気持ちでは受けられません。それなりに厳しい内容を熟していかなければならなく、心の何処かでは一日ぐらいは休めればと思っていたところでした。

 毎日欠かさず続けておりましたが、今日はナンさんの配慮で急遽、レッスンが丸一日お休みになったのです。たまには羽を伸ばしてもいいですよね。それこそ心は羽のように軽く舞い踊っていました。

 早速案内をされたのは最上階のテラスでした。ここは王族及び来客の住居の塔です。ここの最上階は初めて来ましたが、また執務の塔のように眺め良い景色が見られるのでしょうか?今日も雲一つなく冴え渡るエメラルドの青空が広がっています。

「ナンさん、こちらにも素晴らしい景色があおりなのでしょうか?」
「ぐふふ❤」
「はい?」

 あれ今、ナンさんの口元から不敵…いえとても嬉しそうな笑いの声が零れたのは気のせいでしょうか?

「あのナンさん?」
「えぇ、えぇ、とても素敵な眺めがございますの❤」
「そ、そうなんですね」

 妙にナンさんの浮かれた声と表情が気になりますが、一体、何があるのでしょうか。気に留めながらも、私はそのままナンさんの後に続きました。そして最奥の手すりの前まで来ると…。

「あ~やっぱり思った通りだわ♪」
「え?」

 ナンさんから黄色い声が上がりました。どうやら彼女は手すりから身を乗り出そうな勢いで、地上を見下ろしています。何があるのでしょうか?私も彼女の隣に並んで下を覗いて見ました。すると…?

「まぁ」

 二階の広々としたテラスに、藍色ダークブルーの制服を着用した多くの男性達が整列していました。凄い数です。あちらの制服の色は確か退魔士ですよね?退魔士という特別な職業の方々がこれだけいるのですか。

 魔物と戦うかなり危険な職業でありますので、希少だと思っておりましたが、どうやら思い違いだったみたいですね。逆にいえば、これだけの人数がいなければ、安全を守れないという事でしょうか。ずっと宮殿の中で過ごしていたので、気付きませんでした。

「ナンさん、あちらは?ブルーの制服は確か退魔士の方々ですよね?あの様子は式か何かを行っているのでしょうか?」

 背を向けて整列している退魔士に対し、最前列には師となる退魔師達でしょうか?制服の上からビロード素材の肩布を羽織り、退魔士と向き合っていました。中々こういった外国風の式の様子なんて見られませんよね。貴重だとは思います。

「その通りですよ!今日は見習いの退魔士の叙任式なんです~。それで御覧になって下さいませ。前列にいる麗しい姿の方がお見えでしょうか?」
「え?」

―――麗しい方ですか?

 言われた通り、私は式の前列の方へと視線を落とします。

「あちらは…オールさんですか?」

 最前列の中心に、これまた煌びやかなプラチナ色の肩布を羽織った人物がいて、まさにそれがナンさんの胸を躍らせているオールさんご本人だと分かりました。

「やっぱお分かりになりますよね?一際輝いていらっしゃるので、丸分かりですよね❤」
「そ、そうですね」

 お気持ちはよく分かりますけどね。オールさんの美しさは遠目からでも分かりますからね。今でも思いますが、あれだけの風采をもつ方が退魔師というのが信じられません。現実世界なら間違いなくモデルさんといったところでしょうか。

 ウットリとオールさんを眺めるナンさんを横に私はハッと思い出しました。あれ?そういえば、ナンさんお見せしたい眺めがあると言っていましたよね?この叙任式でしょうか。…あ!

「ナンさん、お見せしたいものって、もしかしてこの叙任式の中にいるオールさんですか?」
「えぇえぇ、その通りですわ!沙都様にもオールさんの素敵な姿をお見せしたくて❤独り占めはよろしくありませんものね♪」
「は、はぁ…」

 きっと、ナンさんは何がなんでも見に来られたでしょうねー。彼女のオールさんへの熱は相変わらずですね。オールさんは女性達だけではなく、仕事面でも随分と高い評価を受けられているようです。

 忠誠心と義理人情に厚いため信頼性が高く、また迅速で且つ適格な判断力をお持ちで、それはずば抜けた頭の切れだそうです。そして本人は謙遜されているようですが、一般的な魔導士よりも魔力が高いと聞いております。難易度の高い魔物も確実に捕えるという凄腕のようです。

 上官や部下から親しまれているだけではなく、アトラクト陛下からも大変厚いご信頼を得ていますしね。極めつけはあの人間離れした美しさをもつ陛下と比べても、遜色のない風貌をお持ちです。名前にちなんでオールマイティーさんですね。

 あと式がどのぐらい続くのが分かり兼ねますが、今のナンさんの様子ですと、終了するまではここを動かないかもしれませんね。普段、私達がいる塔とは別にオールさんはお仕事をされていますので、そうそうにお会いする機会がありません。

 ですが、私の場合、彼が陛下とご一緒する機会も多いので、ナンさんよりは見掛けておりますが。取り敢えず、急ぎの要件もありませんし、ナンさんの気がお済みになるまで、こちらで叙任式の様子を見ていましょうか。

―――あら?

 本当に何気なくでした。ふと、背後の先に建つ小高い塔のテラスから、ある人物の姿が目に映りました。

―――あれはエニーさん?





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