Birth26「温もりから伝う熱」




 私達一同はゼニス神官様と別れ、ジェオルジ神殿を後にしました。天神とは異界の神の力をもつ者という事が分かりましたが、一番情報を得たかった神力の事は不明瞭のままで終わってしまいました。

 私は神官様の元を離れる前、素直に引き下がれる訳もなく、せめて以前に現れた天神がどのようにして力を得たのか、なんとかして聞き出そうと試みました。ところが…。

「ゴホッゴホッ」

 突然、神官様が咳をされたのです。突発的にしろ、何かに引っ掛かりを感じさせる詰りのある咳で、お辛そうな様子です。お年も召されているようですし、咳がお躯の負担になっているのでしょう。

「大丈夫でしょうか?」

 神官様はコクンと頷かれ、何事もなかったように振る舞われましたので、大してそこまでの事ではなかったのだろうと、私は言葉を続けようとしました。が!

「ゴホッゴホッゴホッゴホッゴホッゴホッ」

―――バタンッ!

 なんと!神官様がしきりに咳込まれてしまい、そのままうつ伏せにバタンッと倒れられたのです!

「だ、大丈夫でしょうか!」

 私は神官様の背中を摩ろうと立ち上がりますが、それよりも先にサッとエヴリィさんの方が早く回られ、神官様の躯を起こされて背中を摩ります。が!

「ゴホッゴホッゴホッゴホッゴホッゲボッ」
「!」

―――え?最後の咳は?

 私は目を大きく見開きます!神官様の口元から勢い良く血が噴き出されたからです!と、吐血ではありませんか!

「だ、大丈夫でしょうか!」

 駆け寄ろうとしましたが、手前で神官様からストップと手を添えられてしまい、私の動きは止まります。

「平気じゃ」

 とはおっしゃいますが、手はブルブルと足はグラグラと揺れていらっしゃるではありませんか!もしや神官様は立たれるのも不安定な、よぼよぼのご老人でしたか!

「いつもの事なのでお構いなく」

 そう微笑んでエヴリィさんはお応えをされましたが、血を吐かれているのがいつもの事なのですか!大変ではありませんか! 私は唖然となって神官様とエヴリィさんのお二人を見つめ返します。

「話の続きを聞こう」

 いえいえ、神官様?床にリアルに広がる血を目にしますと、さすがの私でも平然と「では話を…」とは言えませんよ?

「沙都様、どうぞご遠慮なさらずに続きをどうぞ」

 いやいや、エヴリィさん?血見えていますよね?いくらいつもの事だとしても、神官様のお躯には宜しくありませんよね?思いやりの精神というものが、こちらの世界の方には欠如されているのでしょうか?

「沙都様、神官は容易に会う事の出来る方ではありません。この機にお話し下さいませ」

 再度エヴリィさんに促された私はだいぶ躊躇いはしましたが、質問を口に出そうとしました。ですが…。

「…?あの、神官様?」

 私が質問を投げた後、神官様から何も反応がありません。化石のように微動だにせぬ姿勢で、まるで神官様だけ時が止まっていっらしゃるようなご様子です。どうされたのでしょうか?

「?…」
「ブハッ!」
「あっ!」

 またしても神官様は吐血され、次の瞬間には棒杭が落ちるようにバタンと倒れられ、今度こそ話が途切れてしまいました。

―――あの状態で話どころではありませんでしたよね。

 あの後、神官様はエヴリィさんの回復魔法ヒーリングで意識を取り戻されましたが、それでも本調子ではありませんから、私達は退出を余儀なくしたという訳です。

 実は回復魔法ヒーリングで健康な躯に戻せるそうですが、やはりそういった私欲の為に、むやみやたらに魔法を利用する事は禁じられているそうです。ですので自分にかけられる魔法は最低限ものと決まっています。

 さて話は戻りますが、今更ながら魔女討伐の件を避けたいと思っています。いえ、逃げたいと言う方が正しいでしょうかね。そもそも天神の力を得た=魔女の討伐が約束された訳ではありません。物語のように事が上手く運ぶとも思えませんからね。

 何か良い手立てはないかと一つピンッときたものがあり、ハニー・ポッチャーのように魔法学校というものが存在しないか、エヴリィさんに訊いてみました。実際に存在し期待を抱くのも束の間、天神の力とは異なるそうなので、学ぶ事は不可との事でした。

―――他に何か……駄目です。考えれば考える程、何も思い浮かびません。

 思わず溜め息を吐き出そうとした時です。

「沙都様、帰りもこちらの道を通って参ります」

 前を歩かれていたエヴリィさんが振り返り、先を指で示していました。どうやら再び薄暗いコンクリート状の回廊にやって来たようですね。行きと同じルートですので、出てきて当たり前なのですが。

「帰りは私がエスコートを致しますので、どうぞお手を」

 にこやかに微笑むエヴリィさんから、スッと手が差し伸べられます。

「ちょっと!何アンタが出しゃばっているのよ!行きはオールさんを利用して、私に嫌がらせをしようとしたくせに、帰りは図々しく自分が沙都様の手を取ろうだなんて虫が良すぎるのよ!」

 ナンさんがエヴィリィさんに立ちはだかるようして入られました。

「だってまたオールに頼んでも、ナンが沙都様の手を取っちゃうっしょ?沙都様に二度もご迷惑をおかけ出来ないよ」
「何よ迷惑って!」
「言葉の通りだけど?行きみたいにあんなぎゃーぎゃー騒がれたりでもしたら、沙都様が不快に思われるでしょ?それを分かっていてナンの手を取らせる訳にはいかないよ」
「行きは久々だったから、ちょっと驚いただけでしょ!帰りもそうだと勝手に決めつけないでよ!」
「いーや、ナンは雄叫びを上げるね」
「上げないわよ!」

 あー、帰りはここまで言い争いがなかったので、安心しておりましたが、やはり何処かでお二人には火が点いてしまうのですね。もう帰りは私一人で大丈夫ですよ?

 そうお伝えをしたいのですが、二人の間を割って入るタイミングがなく、困ったものです。どうしたら良いものかと困り果てておりましたら、左手からフワッとそよ風に包まれたような温もりを感じました。

「え?」

 何事かと私は自分の手に視線を落としますと、大きな手に包まれておりました。しかも握られている相手がまさかのオールさんなのです。そちらに私の心臓は急に鼓動を繰り返すようになり、意識を集中させると、内部から音が聞こえてきそうでした。

 そのような状態で、私はオールさんから導かれるように手を引かれていきます。そして言い合いに夢中になっているエヴリィさんとナンさんの横を通りましたが、彼等には気付かれなかったようです。

「あ、あのオールさん?エヴリィさんとナンさんは?」
「気にさる必要はありません。これ以上あの者達と付き合っていては時間の無駄になりそうでしたので、我々は先に王宮へと戻りましょう」

 突き放すように言い切るオールさんの口調は冷静でしたが、握られている手から伝う熱を感じておりました。このコンクリートの回廊が暗くて助かりましたね。何故なら私は紅を散らしたように顔が赤くなっていましたから…。





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