Birth24「魔法の杖」




「現在、魔女は魔物の増加によって力をつけた人間と距離を置くようになりました。魔女の姿は人間に近しいものもおれば、魔物のように完全に異形のものもおります。魔物と判断がつけづらい魔女は魔物として退治される場合がある為、下手に表へ出ては魔女にとって危険となる訳です」
「なるほど、それでは基本的に森の奥深くに身を潜めているのですね」
「え?」

 ここで何故かエヴリィさんがキョトンとされました。周りの皆さんも心なしか不思議そうにされていますが、何故でしょう?私の発言に問題があったのでしょうか。

「沙都様は面白いご冗談をおっしゃいますね」
「はい?」

 エヴリィさんは破顔されましたが、私の頭の中では疑問符が雲の如く沸き起こります。

「魔女は海の中に棲んでいるではありませんか」
「?」

 …なんという事でしょう。こちらの世界では魔女が海の中にいるのですか!となりますと…。

「魔女はエラ呼吸が出来るという事ですね?」
「そうですよ」

 即答されました。半ば冗談のつもりでお訊きしたのですが。魔女にエラですか。魚と一緒なのですか。なんとも言えぬ不思議な感覚です。v
「そうしますと、魔女は地上で過ごす事が困難なのでしょうか?」
「魔女は水陸共に難なく過ごせますよ。水呼吸も空気呼吸もお手のものです」
「まぁ、そうなんですね」

 ある意味、羨ましいですね。マリンダイビング好きな私には尚そう思います。あの手に染まるような紺碧の美しい水に靡かれる空間は、時間と体力が許される限り、ずっと潜っていたいぐらいですからね。

「魔女のエラは空気も吸えるのですね」
「水中にいる時はエラですが、地上にいる際は肺に変わる仕組みとなっております」
「そ、そうなのですか!もしかして魔女以外でもそうなのでしょうか?」
「いいえ、エラと肺を交互に使い分ける生き物は魔女のみです」

 なんとまぁ。このようなお話、不思議と楽しい気持ちにさせられますね。

「ちなみにですが、魔女は空を飛べるのでしょうか?」

 なんだか面白可笑しくなってきた私は調子に乗り、さらに質問を投げかけます。

「はい、飛躍出来ますよ」
「飛ぶ時はやはり箒に跨って乗っているのでしょうか?」

 魔女が飛ぶと言えば、箒はお決まりですよね。

「はい?沙都様は所々ご冗談を挟みますよね。箒の棒の面積では躯がずり落ちてしまい、安定感がございませんよね?」

 エヴィリィさんの面持ちが難色を示しています。あらあら、そこは現実的なのですね。なんだか拍子抜けをしてしまいました。

 それにしても魔女が海の中にいるとは、私が「魔女は森に」と言った時の皆さんの不思議そうなお顔をされた事にも納得です。「魚が森で泳いでいますよね」的な発言と同じですものね。

「さて魔女の話はこれぐらいに致しまして、そろそろ本題へと入りましょうか」

 エヴリィさんからおどけた表情が消え、真率な表情へと変わられます。ここで空気がピリッと張り詰め、緊張感が漂います。

「それではゼニス神官、お願い致します」

 エヴリィさんは神官様へと低頭をされました。コクンと頷かれた神官様は腕の裾からスッとほのかに輝きを放つ細い棒のようなものを出されました。見ようにはそうですね、シンプルな形の魔法の杖といったところでしょうか。そちらの棒を神官様は手の平へと乗せ、前に差し出されました。

「沙都様、どうぞお立ちなって、お受け取り下さいませ」
「?」

 エヴリィさんから促された私は訳も分からず、言われた通りに立ち上がり、神官様の持つ棒へと手を伸ばします。なんとまぁ、間近で目にしてみれば、とても立派な棒ですね。

 グリップから尖端までロココ調にデザインがされ、ガラスの粉を散りばめたような輝きはまるで本物の銀のような光りです。なんと存在感の溢れる神秘的な棒なのでしょうか。

「こちらは?」
「天神のみが使える杖じゃ」
「え?」
「この杖には魔力が宿っておる」
「という事は魔法の杖という事でしょうか?」
「さようだ」

―――まぁ、なんと!

 驚きとも名づけようのない不思議な感情が沸き起こります。魔女の話の後になんと魔法の杖とは!王道のファンタジーの世界にどっぷりではありませんか!このようなお話に躯中から音楽が奏でるような興奮を覚えますね。

 私は基本的にアンファンタジー派ですが、現実世界では唯一、かの有名な作品「ハニー・ポッチャー」だけは初めの「賢者の小石」から最終章の「死の至宝」まで読破し、さらに全映画までも観ましたからね。

 あの奇想天外な大人でも楽しめる物語がこちらの世界では存在しているのですね。特にこの魔法の杖にはあっぱれです。私は躍るような鼓動に自然と笑みを零しました。

「こちらの杖はどのようにして利用すれば宜しいのでしょうか?」
「それは天神のみが知る、すなわち其方にしか分からぬ事じゃ」
「え?」

 私はすぐにでも試したいとはやる気持ちで問いましたが、思いがけない返答に熱が一瞬にして冷えていきます。

「先程も申したが、天神のみが使える杖じゃ」
「ですが、私はその利用方法を存じません。通常、魔法を利用される場合、自分の意思の通りに発動するものなのでしょうか?それとも何か呪文のような言葉を唱えたりするのでしょうか?」
「その魔導士の利用する方法によって異なる」

 うーん、私には唱えられる呪文がありません。となれば私の意思によって発動してくれるのでしょうか。手にしている杖を私は括目します。見ている限り、私に対して反応を示している様子はありませんが、何か願ってみましょうか。

―――ドーナツさん、ドーナツさん、どうか出てきて下さい!

 えいえいと軽く杖を振って願いを込めてみますが…。v
 …………………………。

 淋しい程、反応がありません。これはもう…。

「あの根本的な質問をさせて頂きますが、私が“天神”で間違いないのでしょうか?」

 この際、核心に迫るべきだと思いました。やはり私が天神というのが誤った考えのような気がします。天神につきましては何もかもが不明瞭であり、現実味がもてませんし。このまま崇められたままでいても、肝心な魔女退治の時に力を発揮出来ないのであれば、私とお腹の御子に危険が及ぶだけです。

 思案に暮れる私ですが、目の前の神官様から息を凝らすようにじっと見つめられており、そちらは痛いと感じる程の強い視線です。向けられている視線の真意には何を思っていらっしゃるのでしょうか…。





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