Birth5「私が陛下の子を生むのですか?」




「は…い?意味が分かり兼ねます」

 申し訳ないのですが、全くお答えとなっている気がしません。

「そう思って当然だ」

 陛下は少しばかり苦笑をされています。

「王妃様の代わりに出産するとしましても、何故、既に私のお腹の中には陛下との御子おこがおるのか、理解が出来兼ねます」
「其方の腹の中におる赤子は私と王妃の御子みこなのだ」
「……え?」

 少々の時間差で私は反応を表します。また新たな疑問が生まれました。

―――何故、陛下と王妃様の御子おこが私の中に?

 思考が上手く回りません。回路に何かが詰まっているようで、理解を拒みます。本当に理解し難いお言葉ばかりです。

「陛下の御子みこをお生みになる筈の王妃が数日前に亡くなっております」v 「え?」

 首を傾げて陛下を見つめる私に、声をかけられたのはオールさんでした。

―――王妃様が亡くなられている?

 私は胸中に不穏が過り、オールさんへと目を映します。精悍な目つきを向ける彼が何かいわくありげな様子に窺えました。彼に見つめられるまま、話は進んでいきます。

「この世界には“魔女”が存在しております」

―――ま、魔女ですか!

 「魔女」と言えば、古くからのヨーロッパの俗信で、人に害悪を与える魔力を備えた女性の事であり、魔薬や呪法を用いて種々の害悪・病・死などをもたらすと言われていますよね。私の世界では物語の中だけの存在なので、リアル感がありませんが。

「魔女は本来、我々人間とは関わりを持たずに生息しておりますが、一月ひとつき前、宮殿で行われた王妃の懐妊パーティの日、一人の魔女が姿を現しました。その魔女は畏れ多くも、王妃に呪術をかけたのです」

刹那、ピリッと空気が凍り付きました。

―――呪術…呪いという事ですか。

 ここでリアルを感じました。呪術…まさに魔女ですね。しかし、戦慄く感情とは別に違和感を覚えておりました。

「あの何故、魔女は王妃様に呪いをかけたのでしょうか?普段、魔女は人とは関わりがないのでは?」
「おっしゃる通りです。ましてや王妃は魔女との関わりはありませんでした。しかし…」

 さらにズンッと空気は纏うように重く剣呑な雰囲気となり、私は躯から汗が滲み出てきそうとなりました。

「魔女は呪術をかける前、私と王妃の前に現れ、こう申したのだ。“己ノ罪知レズ 幸ナカレ 我ト同ジ…久遠クオンニ”と」
「え?」

 答えられたのは陛下です。今のお言葉は…?魔女は何を伝えたかったのでしょうか。

「魔女の言葉が何を意味するのか、正直分からぬのだ。我々に対し“己ノ罪知レズ”と、我々に何の罪があるのか、また“我ト同ジ”とは何を表しているのか不可解な事ばかりだ」
「…………………………」

 確かに不可解ですね。理由を知る手立ては他にないのでしょうか。

「あの時、魔女は不可解な言葉を残し、すぐに立ち去った。我々に危害を及ぼした訳でも無くだ。だが、まさか呪術をかけていたとは」

 陛下は顔を横に振られ、切なる表情を深めます。あれ?でも…。

「でしたら、何故呪いがかけられたとお分かりになったのでしょう?」
「我々が呪術に気付いたのはパーティから数日経っての事でした。王妃の体調に異変が起きたのです。芳しくない体調から始まり、暫くは医師の元で様子を看ておりました。王妃は複数の医師から調合した薬を飲み続けておりましたが、全く効果はなく、数日経っても回復どころか悪化していく一方でした」

 再び説明はオールさんへと戻りました。

「そこで、王妃の病は徐々に免疫力を蝕む呪術だという事が分かりました。それから我々は祈祷師や魔導師の術力で呪いの払拭を試みましたが、叶いませんでした。このままでは王妃に残された道は死のみ、そしてあろう事に王妃は陛下の御子を身籠っておりました」

 オールさんの表情がかげられた事に気付きました。少しばかりのが流れた後、続きは陛下のお言葉で進められます。

「私の御子は時期王となる大事な後継者だ。子息の誕生を成せぬとなれば、ノティス王家は衰退となろう。ノティス王政はあらゆる点での中枢となっており、今まで数千年もの間で築き上げてきた歴史すべてが崩壊してしまう。魔女の狙いもそこにあるのではないかと考えおり、阻止をせねばならぬ。なんとしてでも世継ぎを残す為、王妃の生存中に彼女の腹の中にいた赤子を沙都、其方の躯に移したという訳だ」
「………………え?」

 話を纏められた陛下の視線はしっかりと私の目を射止めています。周りの皆さんからも、鋭い眼差しを向けられているような気がするのですが、当の私だけ状況の把握が出来ず、目をパチクリとしておりました。

「え…っと、何故、私なのでしょうか?」

 色々と思考を巡らせておりますが、今の疑問を口にするのがやっとでした。

「王妃の器と似通う者でなければ、代理として御子を生む事が出来ぬ。幾人もの魔導師によって探しに探し、やっと見つけた器が其方だったという訳だ」

―――どっひゃー!

 さすがの私でもおったまげです!星を超えて私が選ばれたという訳ですか。このような事があるんですね。普通、異世界トリップといえば、戦いの末に国を救うというイメージがありますが、私の場合は出産という方法なのですか!

 とはいえ、事は重大です。現実世界では一般市民として過ごしてきた平凡な私が異世界の、しかも国の王子を生むだなんて…やはりこれは夢の中なんではないでしょうか。現実であれば「はい、分かりました」と、容易には承諾は出来ませんよね。

 ですが、既に私のお腹の中には陛下の御子がいらっしゃるのですよね。私は子宮の辺りを摩ります。お断りをするという事は畏れ多くも、お腹の御子の命を絶たせるという事になります。それに…。

「沙都、其方からしたら、愕然とする出来事であり、我々も無理承知で事を押し付けていると思っておる。しかし、このまま世継ぎの誕生が途絶えてしまうとなれば、この世界は魔女の闇化となるであろう」

 そうなのです。陛下のおっしゃる通り、この世界までも見捨てる事になってしまうのです。これはもう考える間もなく、答えは出てしまっていますね。

―――私はこのお腹の、陛下の御子を生む他ありません。





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