Birth1「妊パーになりました」




「おめでとうございます。ご懐妊ですね」

―――は…い?

 最近の女医はこのような冗談を言うようになったのでしょうか?女医はベッドで仰向けになっている私のお腹周りに超音波を当て、エコー画像を眺めながら告げてきました。個人的にはあまり好ましくない冗談かと思うのですが。

「もう4ヵ月目に入りますね。予兆はありませんでしたか?まぁ、生理不順の方だったりしますと、お気付きが遅れがちになりますが」

 話が進んでいますよ?

「まだ分かりづらいかもしれませんが、ここが頭になりますね、そしてこちらが…」

 いつまでこの冗談を続けられるのでしょうか?申し訳ないのですが、今の私にはこのような冗談にお付き合いする寛大さはありませんよ。朝から気持ちが悪くてゲーゲー(失礼)と吐き気が止まらず、仕事を休んでやっとの思いで病院ここまで来たわけですよ。

 初診のアンケートを書いたところ、最初は内科で診てもらいましたが、そこから何故か婦人科へと回され、尿検査、問診、触診と内診、血圧検査、体重測定、血液検査と身体検査まで受けさせられました。

 そこまでは良かったのですが、最後は寝台へと横たわって超音波検査が始まり、「へ?」と、内臓系の何処かが悪いのかとヒヤヒヤしておりました。そんな切実な状況の中で、この冗談は受け入れられませんよね?

 しかしですね、そしたらこのエコー画像に映っているあちら・・・はなんでしょうか?けっこうリアルな物体ですし、女医も本当のように話をしていて、信じてしまいそうになります。

―――私が妊婦ですか?

 なにかの間違でしょうね。私は至って他人事のように冷静でいました。というのも、月に一度くるあちらは先月まで普通にきていましたし、そもそも妊娠に至るまでの行為をやった憶えがありません。

 彼氏と別れてから(もはや彼氏がいましたっけ?というぐらい記憶が遠く)、はや7年という月日が流れています。飲み会にもここ半年と暫く行っていませんので、酔った勢いで万が一って事もありません。これは120%の自信で答えられます。

「妊娠届を出しますね。この病院の西口から出た近くに、福祉センターがありますので、そこにこちらを提出して母子手帳を貰うようにして下さい」

―――いえいえいえ、ですのでそちらは私ではありませんよね!

◆+。・゜*:。+◆+。・゜*:。+◆

―――何故このような事になったのでしょうか…。

 都心から離れ、私は郊外の道のりをトボトボと歩きながら、途方に暮れておりました。結局のところ、母子手帳を貰って来てしまいましたよ。何をやっているんでしょうか、私は…。

 ご丁寧にもマタニティーマークのキーホルダーまで貰いました。こちら何気に憧れていたものなんですよね。これをバッグにに付けて電車に乗れば、席を優先される特権があります。

 おのずとニンマリしてしまう自分がいます。いえいえ、この妊娠の真意は定かではありません。そもそも現実味を感じられませんし。とは言いましても、何かの間違いだとも言い切れませんでした。

 只今4ヵ月目だそうです。頂いたエコー写真には確かに人らしき姿が映っております。先月まで私は普通に女のコデーがきていたのですから、怪奇現象としか言いようがありません。

―――一体、私の身に何が起きたのでしょうか…。

 私の名は白神沙都しらかみさとす。黒い瞳と同じ色のセミロングの髪をもつ、至って何処にでもいる純日本人です。人より優れた特別な能力も持ち合わせていません。

―――本当にどうしましょう。

 親にも職場の同僚や上司にも、相手が誰だかわからない赤子を身籠ったなんて言えたものではありません。ですが月日が経てば、いずれお話をする時がきます。そして出産の準備もしなければなりません。晴れやかな気持ちではないまま出産だなんて、お腹の子の明るい未来が浮かびません。

 ………………………………。

 時間が経つにつれ、ここはお腹の子の為にも、私が腹を括るべきなのかと思い始めました。この子には何も罪がありません。頼れるのは私しかいないのです。私はマキシワンピの上からお腹をさすりながら、決意を固めました。

―――数十分後。

 妹と二人暮らしをするマンションに向かう途中、ウィンドーショッピング街を通っていきます。中々お洒落なショッピングロードとなっており、有名なファッションや雑貨のお店は勿論、春には満開の桜が出迎えてくれる並木通りとなっています。

 ショーウィンドーに飾ってあるスタンドミラーに目が留まりました。金色のフレームがロココ様式で彫られた豪華なアンティークの鏡です。デザインが美しく何か心が惹き込まれるような不思議な魅力をもった鏡です。私は顔を近づけて鏡の中を覗き込んでみました。

―――わっお~。

 鏡にはこの世の者とは思えないほどの美しさで輝く女性が映っていました。抜けるような真っ白な肌、ペールブロンド色のフェミニンカールされた髪、瞳はローズクォーツのようなピンク色の宝石、そして桃のようにプルンとした唇は思わず口づけをしたくなる魅力があります。

 服装にも驚かされます。サーモンピンク色の花柄のシフォンドレスはボリュームたっぷりのティアードスカートとなっており、ドレープも流れてとてもノーブルです。外国の何処かのお姫様でしょうか。年は20代後半ぐらいでしょうかね。

―――あら?覗き込んでいる私の姿は何処にあるのでしょうか?

 マジックミラーというものなのでしょうか?凄い技術ですね。人の気配を察すると、別の人間を映し出すなんて。しかも麗しい美女ときたものです!ですが、何故か鏡の女性は憂いを含んだ複雑な表情をされています。

―――え?

「オーベルジーヌ王国を救えるのは貴女だけ…」

 麗しい声が聞こえてきましたよ?これって鏡の女性の声ですかね?凄いです、ハイテク技術です!

「お願い…どうか私の代わりに……」
「え?」

 途中から声が聞き取りづらくなりました。次の瞬間、女性は浮彫レリーフのように浮き出し(3Dですか!どこまで高技術ですか!)、いえ実際に女性は鏡の中から出て来ましたよ!さらにショーウィンドーまで透かして、私の前まで来られました。

 女性から伸ばされている腕はまるで助けを求めるような……というのは違ったようです。私を抱き竦めるように見えたのも思い違いだったようで、彼女は私を強引に引っ張り込もうとしています!なんですか、ハイテクにも程があります!

「わっ、わっ、な、なんでしょうか!」

 私が問うと同時に女性の躯から凄絶な光が放たれ、刹那、自分の躯と周りの景色は光の奥へと包み込まれていきます。強烈な光の中、私はこれから何かとてつもない事が身に起きるのではないかと予期していました…。





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