第七十一話「別れの時、そして決断」
翌朝、私はシャルトと共に正門へと向かった。これから戦場へ向かうキール達軍の見送りに行く。昨夜、あのままキールとの行為は進まなかった。けれど、私達は朝になるまでずっと抱き合っていた。
キールは「必ず無事に戻って来る」と、約束してくれた。私はその言葉を強く信じている。一晩ずっと彼の腕の中にいたけれど、私は眠る事が出来なかった。それはキールも同じだった。
キールから聞こえてくる確かな心臓の音が、今後聞けなくはならないように、またこうやって私を抱き締めてくれる日が来るように、私は強く強く願った。それから私達は一晩中ずっと他愛のない話をしていた。
初めて会った時、お互いがいけすかないといがみ合った事、スルンバのフン事件、スイーツ事件、スーズの事、初めて大きな喧嘩をした時の事、チナールさんの事まで、本当にたくさんの思い出話を語り合った。
色々とあって、やっと結ばれたんだなって思うと、本当に心から幸せを感じた。その幸せを今度は心の底から感じたい。その為には今回の戦争は避けらないものだと、私達は言い聞かせた。きっと大丈夫、キールは約束を守って私の所に帰って来てくれる……。
正門へ着くと、何万もの兵士達がスルンバに乗って待機していた。凄い数の兵士だ。テレビや映画で見た事のある鎧を着用し、剣を携えた武装姿の兵士を目にすると、現実を思い知らされる。これから本当に戦争が始まるのだと。
そして、たくさんの兵士の中で一際煌びやかな鎧姿の二人に目が行った。それがキールとアイリッシュさんだと気付く。彼等も私とシャルトに気付くと、こちらへと近づいて来た。私達の前まで来ると、二人はスルンバから降りた。彼等を目の前にして思わず、
――鎧姿も神々しいな。
こんな時だけど、正直にそう思ってしまった。鎧が華やかなのもあるけど、元の質が高いから神々しく見えるんだよね。
「シャルト、千景を頼んだぞ」
「畏まりました」
力強い眼差しで託すキールに、シャルトは恭しく頭を垂らした。
「キール」
「千景、暫く宮殿を離れるが約束した通り必ず戻って来る」
「うん」
キールの約束に私の瞳が熱く潤う。本当は泣いてキールを引き留めたい気持ちでいっぱいだった。その思いをグッと堪える。
「必ず待っているから」
そう伝えた私の頭をキールは優しく撫でた。
「アイリ、キール様の事を宜しく頼むわね」
「勿論、命を懸けてお守りするつもりだよ」
シャルトがアイリッシュさんに思いを託す。アイリッシュさんはいつになく真剣な表情で答えた。それを最後にキールは出発を決める。
「そろそろ向かわなければ」
いよいよお別れの時が来た。私はギュゥと胸が締め付けられる。キールは私に背を向け、兵士の軍の中へと入って行く。それにアイリッシュさんも続く。最後にキールは振り返って私を見てくれた。
キール達なら大丈夫だ。だって彼はヒヤシンス国に乗り込んだ時、二百もの兵士を押し退けたっていうんだもの。アイリッシュさんも有能な術者だと聞いている。だから大丈夫だ。そう私は強く言い聞かせた。
そして軍はキールとアイリッシュさんを筆頭として、次々に出発して行く。私とシャルトは兵士の長い長い列を見つめながら、彼等一人一人の無事を願って見送っていた。
「キール達、なにか勝算があるのかな?」
「わからないわ。とりあえずマルーン国と同じ数の兵士は揃えられたけど、元の武力に違いがあるからね。こればかりは運にかけるしかないわ」
シャルトの言う通りだ。武力ではマルーン国に敵わない。それなのに兵士の数は一緒だ。それが不安で堪らなかった。だからといって、なにがどうこう出来るわけでもない。それから私とシャルトは兵士全員が見えなくなるまで見送った……。
☆*:.。. .。.:*☆☆*:.。. .。.:*☆
私はキールと兵士達を見送った後、急いで上階のテラスへと走って行く。私はある大きな決断をしていた。それは勝手な独断で、キール達に知られたら大目玉を食らうだろう。それでも私はその決断をやめるつもりはなかった。
私はテラスの前まで来ると、辺りをキョロキョロと視線を巡らせ、人がいない事を確認する。幸運にも誰もいないようだった。私は今がチャンスだと思い、まずは大きく深呼吸した。
決断とは私も戦場へと向かう事だった。こんな無力な私が行ってなにになる? そう思う。でも宮殿に残ってキールの安否を狂ったように気にしているぐらいなら、少しでも彼の傍にいて一緒に戦いたかった。私は深呼吸し終えると、覚悟を決めて躯を浮上させた。
――シャルト、怒るよね? それとも心配するかな?
そこが心配だった。だが、決断を変える気はない。私は寝室に置き手紙を残してきた。とはいっても、まだ私はこちらの世界の文字が書けないから、日本語で書いてきたんだけど、シャルト読めるかな? その手紙の内容は……。
『シャルトへ
きっとシャルトはバカだと思うだろう。それでも私はキールの傍で一緒に戦う道を選びます。
今までシャルトには勉強から身の回りの世話まで、たくさんお世話になったのに、お礼の一つもまともに返せず、旅立つ事を許してね。
私の世話係がシャルトで本当に良かったよ。シャルトは厳しくて辛口な性格だけど、キールの事も私の事も本当によく思ってくれて、とってもとっても嬉しかった。
シャルトに出逢えて本当に良かった。私、シャルトの事が大好きだからね。無事にキール達と戻るから信じて待っていて。
千景より』
手紙の最後の内容にも書いたけど、私は必ずキール達と戻るから。そしたらまた勉強を教えてね。私は宮殿を後にして、空高く舞い上がって行った……。