第七十二話「愛に苦労はつきものです」




 戦場へと向かう決断をした私は真っ白な外套がいとうで身を包み、空を飛んでいた。外套は変装ってやつだ。なんとか私は兵士達の後列に追い付く事が出来て、そのまま後をついていく。問題はキールやアイリッシュさんに気付かれないかどうかだ。

 以前、訳ありで会議室の机の下に隠れていた時、キールに気付かれてしまった事があって、どうやら術者だと人の気を感じ取る事が出来るみたい。今回はコッソリとつけているし、見つかったら大目玉だ。

 絶対に宮殿に帰らされるのはわかっているから、なんとしてでも気付かれないようにしなくちゃ。でもどうやって気を消すのかさっぱりわからない。だからひたすら気付かれませんようにと祈るしかなかった。

 そしてバーントシェンナの街並みを抜けるまで、数時間がかかった。やっぱりどでかい大国だ。街から離れると、木々や雑草ぐらいしか生えていない殺風景な道のりに変わり、何処か私の緊張が高まった。

 戦場はバーントシェンナ、マルーン、ヒヤシンス三国のちょうど中心地で行われると聞いている。そこまで約三日は要するそうだ。四日目の朝に戦が開始される。戦の日など来なければいいのに。

 それにしても凄い数の兵士だ。確か一万兵だったかな? それと今日は三分の一まで進んだ所で、寝泊まりになる。日の暮れまでに進むだろうから、けっこうな体力勝負だ。私は兵士達を見失わないよう、しっかりと後へ続いて行った……。

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 兵士達は何度か休憩を挟み、日の暮れに差し掛かる頃、寝泊りの準備へと入った。これだけの兵士の数だから、街や村で寝泊まりが出来ない。だからテントを張って寝る。それでですね、あっしの寝泊りはどなんしたらいいんかな?

 さすがにキール達のテントに泊まらせては言えない。キールに見つかったら、間違いなく宮殿に帰されるし。荷車の中に潜って寝るしかないか。しかもお風呂に入れないのが気になるな。うーん、兵士達が寝ついた頃を見計らって、タオルで躯を拭く事にしよう。

 私は色々と思考を巡らせていた。今日は食事を全く摂っていなかったから、荷車にある食材を適当にくすね、木の陰に隠れてモシャモシャと食した。腹が減っては戦が出来ぬからね。

 ――ふぅ~、なんとかお腹がいっぱいになった。

 本当は愛しのキールの姿を一目見たいんだけどな~。欲を言えば一緒に寝たい……寝たい……寝たいぃぃ! しかし、それはダメなのだ。強制送還させられる。せめてアイリッシュさんの躯を借りて、キールの傍にいたいな。

 辺りは完全に暗くなっていたが、各テントの前には照明ライトのような器具が置かれ、灰明るい光が灯っていた。私が食事を済ませた頃、今度は兵士達が食事の準備に取りかかっていた。

 そういえば、地面って水面だから火は焚けないよね? どうやって料理を温めるのかな? 私は気になって兵士達の様子を覗いてみる。すると? なにやら地面の中に食材を埋め込んでいる?

 あれ? そういやこの辺の地面って水面じゃないよね。なんだかあっついな! 暗くてよくわからないけど、燃えているような感じがする。暫くすると、兵士達は地面から湯気の立った肉や魚を出していた!

 ――どういうこっちゃ!

 あれは水面ではなくて、イメージ的にはマグマみたいなのか? ほんっとこの世界は不思議だわ。そんなこんなんで食事の時間はしっかりととられ、二時間ぐらいでお開きとなった。

 それから兵士達は鎧と衣類を脱ぎ始めた。ひょぇ、むさ苦しい男性達のセクシーショットなんて見たくないぞ! う~、キールのが見たいよ。ってそうじゃない! どうやら彼等はタオルで躯を拭いているようだ。シャワーの代わりだね。私も後で拭かなきゃ。

 兵士達の拭き拭きタイムが終わると、彼等は睡眠に入ろうとしていた。私は彼等の就寝を根強く待った。寝る時間は様々で、気が付いたら私は仮眠してしまっていた。ふと目が覚めた頃、ほぼ兵士達は眠りについていた。

 私はチャンスだと思い、コッソリとタオルと水を借りて木の陰で躯を拭いた。ふぅー、けっこう一苦労だな。物音に敏感な人がいるからな、気付かれないように行動するのが超大変だよ。

 あ、キールとアイリッシュさんには気付かれていないようだったから良かった。とはいえ、どうしてもキールの様子が気になる。一目だけでもいいから拝めないかな。その衝動がどうしても抑え切れず、私はキールを探しに空へ飛び上がった。

 テントの中にいるだろうから、姿は見られないかもしれない。せめてテントの場所だけでも確認しておきたい。これだから恋は人を大胆にさせて困るんだよな。やや経ってから、ふと人影を目にした私は本能的にヤバイと感じて、急いで地上へと下りた。

 兵士達はテントの中で眠っているから、下りてしまっても平気だよね。私はテントの物陰に隠れ、例の人影へと近づく。なにやら会話が聞こえてきたぞ。私はヒョコッと顔を出し、覗いてみる。

 ――あ! あれは、ま、まさにキールとアイリッシュさん!





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