Please18「麗しき王太子の母」




 その女性の姿に私は大きく息を呑んだ。存在感がとても絶大だった。彼女が着ているオーガンザ生地のプラチナ色ドレスは胸元とスカート部分がスパンコール刺繍の黒い花で彩られ、星屑のような煌きを放っている。

 次に目がいったのは腕の袖が半透明なシフォン素材に覆われていて、上品さを醸し出している。足元まであるロングドレスの存在を嫌味なくアピールされている美しい女性の雰囲気を私はよく知っている。

 ――この方はもしかして……?

 私はある思いが浮かび上がり、ビリリと緊張が迸った。

「母上」

 アクバール様が声を掛けると、女性は談話を止めて私達の方へと寄って来られた。

 ――あぁ、やっぱり……。

 アクバール様のお母様だ。彼とよく似ている。純白の雪のように光り輝くプラチナ色の髪、夕日が誘うような琥珀色の双眸、彫刻美のような惚れ惚れとするボディライン。髪型はオールアップにされ、ルージュの花が描かれているピアスが印象的で目を惹く。

 まさにアクバール様の女性バージョンとも言える。アクバール様は女性だったとしても、完璧に美しいのね。そんな彼と彼のお母様の間にいる私は存在が霞んで見えるだろう。……そんな事より、急に私をお義母様に紹介だなんて。

 紹介したい人がいるとは聞いていたけど、それがまさかアクバール様のお母様だったなんて。前もって教えてくれなかったアクバール様はやっぱり意地悪だ。私はお義母様に笑顔を向けたいのに、緊張のあまり顔が強張っていた。

「アクバール、そちらが例の方かしら?」

 アクバール様に問うをお義母様から力強い眼差しを向けられる。私の本能が何かを感じ取る。それが何なのか正体を掴む事が出来ないのだけれど。ただ良くない事・・・・・だとは言える。

 ――敵対心……いや、そういったものとは何か・・が違う。

 母親心として我が子の伴侶を目にする事が複雑なのだろうか。

「えぇ、紹介したいと申し上げていた番いのレネットです」

 ――うわっ!

 アクバール様から紹介されて、私の両肩が跳ね上がる。

「お、お初目にかかります。レネットと申します」

 しどろもどろになりながらも、私は頭を垂らして挨拶をする。顔を上げると、今後はお義母様を紹介される。

「レネット、オレの母上だ」
「初めまして。アクバールの母のカスティールと申しますわ」
「は、はい」

 うぅ、さっきから歯切れの悪い言葉しか出てこない。お義母様の落ち着きと艶やかな雰囲気が、私を強張らせるのだが、そんな緊張さえも忘れさせるような美しい笑みも、お義母様から滲み出ていた。

「お人形のように可愛い方ね。貴方ととても良くお似合いだわ」
「光栄です」

 アクバール様からも満足気な笑みが零れ落ちた。

「あ、有難うございます」

 私も素直にお礼を言う。お似合いと言われ、とても歯痒い気持ちだ。今のお義母様の清廉された笑みには先程感じたような不穏さが全くない。純粋に私とアクバール様を祝福下さっているし、さっきのあれ・・は私の気のせいだったのだろうか。

「アクバール王太子、この度は長年の病から全快なさって、本当におめでとうございます」

 少々考え事をしている間に、お義母様と談話されていた貴婦人達から、ご挨拶の声が聞こえて私は意識を戻した。アクバール様は柔和な笑顔を向けて貴婦人達と会話をしている。貴婦人達の瞳が蕩けて見えるのは……気のせいだよね?

―――いちいちそんな事を気にしていたら、この先やっていけないわよね。

 私は心の中で溜め息を吐き出した。

「レネットさん」

 ――え?

 私は心臓が飛び上がった。目の前にいらっしゃるお義母様から、急に名を呼ばれたからだ。名を呼ばれた事よりも「さん」づけで呼ばれた事に驚いた。アクバール様と正式に婚姻を結んでいるというのに、さん付けで呼ばれるのはなんだかとても他人行儀に聞こえた。

 確かにたった今お会いしたばかりだし、敬称なしに呼ぶのはお義母様にとって気が引けたのかもしれないのだけれど、私の胸はキュゥと締め付けられた。娘だと認められていないように思えて。

「は、はい」
「貴女にここ・・は相応しくないわ」
「え?」

 私は胸を突かれたような衝撃が走る。さらにお義母様の底冷た気な表情を目にして、ゾッと背筋が凍った。

「あの、それはどういう……」

 声がわなわなと震える。やはりお義母様は私を娘として認めていないのだ。私は世間から離れて田舎で暮らしていた、しがない侯爵令嬢だ。王太子であるアクバール様と身分が釣り合うわけがないもの。

 何よりそれは自分が一番分かっていると思っていた。でもこうやって他人から言われると、異様に胸が突き刺される。これではお義母様と気軽には呼べではいけない。カスティール様と呼ぶべきだろうか。そして俯きがちの私の目の前で、カスティール様が言葉を続けられた。

「貴女だけでなくあのこも・・・・
「え?」

 視線を上げると、カスティール様は私から視線をそばめ、温かみを失った眼差しをされていた。

 ――あの子って誰なんだろう? ……まさかアクバール様の事?

 それが本当なら……只事ではない。急に押し寄せてきた不穏に、私の心臓の音が乱れていく。何故、カスティール様は今の言葉をおっしゃったのだろうか。

 ――もしかして陛下やテラローザさんのように、私達を歓迎していない?

 私だけならまだしも、実子のアクバール様まで歓迎されないなんて事があるの?

「レネット?」

 アクバール様から名を呼ばれると、意識が弾いて我に返る。

「アクバール様?」

 彼の澱みのない美しい琥珀色の双眸に、自分の姿が映っている事に気付く。

 ――ち、近い! 吐息がかかる距離だ!

 この距離間はいくらなんでも、他の人がいる前で恥ずかしい!

「どうした? 顔が強張っているぞ? 疲れているのか?」
「いえ、大丈夫です」

 気遣ってくれるアクバール様には悪いけれど、とても視線を合わせられない。頬に痛いぐらいの熱が集中していて、私は手を添えて冷やす。うん、全然効果ない。熱の方が高すぎだ。

 そこに貴婦人達から「あらあらお熱い事」と、からかわれてしまって余計に顔が赤らむ。アクバール様は優美に微笑んでいて、彼は貴婦人達のからかいも軽く受け流せるようだ。さすがだわ。

「母上、この辺りで失礼致します。まだ挨拶したい人がおりますので」
「そう、分かったわ」

 アクバール様は嫋やかな笑みでカスティール様に挨拶をして、私の手を取った。最後に私は会釈する。カスティール様の花が咲き誇るような美しい笑みで見つめる姿が、私の心を複雑にさせた。

「何かあったのか?」
「え?」

 カスティール様から少し離れたところで、アクバール様に声を掛けられた。私の異変に彼は気付いていたのだ。だから気遣ってカスティール様の元から離れてくれたのだろう。

「何も……ありません」

 私は考えるよりも先に口が勝手に答えていた。とてもじゃないけど、さっきのカスティール様の言葉をアクバール様には言えない。気分を害するだけじゃなくて、彼とカスティール様との間に軋轢が生じでもしたら大変だ。今は口にしない方がいい。

「そうか。慣れないなりに笑顔を振り捲いて疲れたのだろう。料理でも口にして少し休んでるといい」
「大丈夫です。まだご挨拶が残っていますし」
「無理をするな。ちょっと来い」
「え? アクバール様?」

 手を引かれ、私は豪華な料理が並ぶテーブルの前に連れて行かれた。そしてアクバール様は使用人さんに声をかけて料理を盛ってもらい、そのお皿を受け取った。

「ほれ、甘い物でも食べれば気分も上がるだろう?」
「え? あ、あの、あの?」

 私はポカンとなって固まる。食べろと言うアクバール様の手にはフォークで刺したドルチェがある。それが私の口元に寄せられているのだ。

 ――これは食べさせてくれようとしている!?

 まさかアクバール様からこんなシチュエーションされる事に驚きだし、こんな大勢の人達が居る前で堂々と食べさせてもらうだなんて、私には堪えられない!

「どうした?」
「あ、あの、じ、自分で食べられますから!」
「遠慮するな」
「え、遠慮などしていません。た、食べさせて頂く事が、は、恥ずかしいんです!」
「なんだ? オレとはもっと恥ずかしい事をやっているだろう? 今更これぐらいで恥ずかしがる事もないぞ」
「な、な、何をおっしゃるのですか!」

 ――もっと恥ずかしい事って何!? ま、まさか!

「閨より恥ずかしい事はないだろう? ほれ、素直に食べろ」
「うぅ~」

 やっぱり思った通りだった。もう! 頭の中がこんがらがった私はヤケに起こして、素直に差し出されたドルチェを口にした。

 ――こ、これは!

 口の中でふわりと蕩ける触感、フルーツは甘くて芳醇。これは瑞々しい真っ赤なフルーツ(クリスパルチェ)が乗ったパンケーキだ! こんな美味しいドルチェが乗ったパンケーキは食べた事がない!

「とても美味しいです!」
「そうか。じゃぁ、遠慮せずに食べろ」

 素直な感想を零すと、アクバール様はドルチェをどんどん私の口に運んでくれる。周りから「仲睦ましいわね~」と、好奇の目が向けられているの、お気づきでしょうか! それから暫くして目の前にクレーブスさんが現れた。

「こんばんは、レネット様。今宵のドレス姿は大変お綺麗ですね。グリーンのドレスがよくお似合いで、何処の森から抜け出した美しい妖精なのだろうと、自分の目を疑ってしまいました」
「は、はぁ」

 素敵なご挨拶と言いたいところなのだが、ご立派過ぎて返って引いてしまった。私に挨拶を終えたクレーブスさんはアクバール様と談話を始める。お仕事の話なのかな? それにしてもクレーブスさん、不躾に私は彼を観察する。

 礼装姿の彼はいつも以上に美しく目を惹く。男女問わず彼に目を惹きつけられている様子がよく分かる。背が高く女性と見紛うほどの美肌をもつ麗人。初めて彼を目にした時、それまでに感じた事のない衝撃が駆け巡った。

 出来れば彼に対しては美しいイメージを持ったままでいたかったな。出会ってから間もない内に卑猥な事を熱弁され、彼の美しいイメージが瓦解されていく、あの衝撃は今でも忘れられない。そんな彼がアクバール様の第一側近の従者だなんて……色々と複雑だ。

 ――ふぅー。

 無意識の内に溜め息が出てしまった。その時、何気なく私は視線を巡らせた。

 ――?

 ある一人の男性と目が合った。偶然に合ったというよりは男性が私の事を見ていたような気がする。相手との距離はけっこう遠いのになんだろう? 私が視線に気づくと、男性は何事もなかったように視線を外して、その場から立ち去ってしまった。

 ――なんだったのだろう?

 若い男性だった。私より十歳ほど上だっただろうか。色素の薄い金色に近い髪色はサラサラで清潔感のあるストレートだった。顔立ちも整っていたような気がする。勿論、私はその男性の事は知らないのだけれど、何故彼の方は私を見ていたのだろうか。

 見惚れていたなんていう都合の良い話でも、突然現れた王太子妃を物珍しく見ていたなんていう様子にも見えなかった。あれはどちらかというと……監視・・しているような目つきだった。

 ――なんで私を……?





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