STEP78「一つの恋に終止符を」




『はい? それはウルルさんの趣味で知りたいわけではありませんよね!』

 私は真っ先に疑った。知名度の高いデザイナーを調べろだなんて、もうこればかりはジュエリア探しと関係なさすぎて、私はブチ切れそうになった。

『つべこべ言わずに次ね……』

 ウルルは私の訝し気な様子に目もくれず、第二第三の調べ物を伝えてきて、結局答えは聞けなかった。美しいものに目がないウルルの事だから、あのデザイナーが生み出す芸術に惚れ込んだに違いない。

 デザイナーの件は一番後回しにしようかと思っていたけど、まさかここで話題に出るなんて。シスル様が気に入られているタペストリーはペールちゃん達とジュエリアの事を話していた時に見たタペストリーだろう。

 ――なにか運命的なものを感じる。

 あのデザインをした人は誰なのか、私はシスル様に問おうとした。

「シスル様、そちらのデザインをされた方はどなたでしょうか?」
「えぇ、これはね……」

 シスル様からデザイナーの名前を耳にしようとした時……。

「それはいくらなんでも無理よ!」
「ですが、依頼主はトリアドール国の王族の方です。安易にお断りは入れられません」
「そうはいっても、今デザイナーが別件で手がつけられないのは知っているでしょう? 日程を上手く調整してもらって」

 切実な内容の会話が飛び込んできた。思わず私は声が聞こえた方を見遣る。二十代代半ばぐらいの女性の二人組だった。

「オーダーの品物は急に開催が決まったパーティで使用なさりたいそうです。ですので先程申し上げた締め切りまでに間に合わせて欲しいと要望を頂いております」
「そんな無茶な! こちらにも都合があるんだから!」

 会話の内容と女性二人のスタイリッシュなドレスから、彼女達がデザイナー関係者である事を察する。どうやら依頼を受けた先方が望む納期に間に合わせるのが難しいようだ。

 二人の内、一人はかなり険のある表情を見せていた。気の毒ではあるが、私にはどうしようもない内容で、彼女達が通り過ぎるのを見守っているだけだったのだが、

「ねぇ、貴女達」

 ここで思わぬ事態が起こる。シスル様が女性の二人に声を掛けた。彼女達の意識がハッと弾け、こちらへ視線を向けると、虚を衝かれたように驚いた。

「シ、シスル妃殿下!」
「ご、ご機嫌麗しく」

 女性達はたどたどしく会釈する。妃殿下を前にしているのは勿論の事、直前までシスル様に気付かなかった事に具合を悪く感じているのだろう。そんな彼女達に声を掛けたシスル様の心情は……。

「御機嫌よう。ねぇ、デザイナーが多忙で依頼された納期までに仕上げられない話をしていたけど、よければ私からデザイナーへ話をしてみましょうか? 私はその方とお付き合いがあるし」
「「え?」」

 シスル様の思いがけない厚意に、女性達も目を白黒させる。

「で、ですが、妃殿下のお手を煩わせる事になりますので」
「大丈夫よ。でも必ず役に立てるとは限らないわ。もしかしたら断られてしまうかもしれないし」
「とんでもございません。ご厚意を下さっただけでも深く感謝致します」

 私やシスル様に気付く前まで、剣幕していた女性が恭しくお礼を述べた。

「わかったわ。なるべく早めに返事をするようにするわ」
「「有難うございます」」

 女性達は深々と頭を下げた。それから彼女達は満面の笑顔で、私達の前から去って行った。まぁ、自分達でそのお偉い? デザイナーさんに頼むよりはシスル様から、声を掛けてもらった方が上手くいくかもしれないしね。

 他人事とはいえ上手くいって欲しいわ。なんせ依頼主は王族の人からみたいだし。あ、そうだ。彼女達の登場で抜け落ちそうになったけど、デザイナーを教えてもらわないと。私は改めてシスル様へと尋ねる。

「え?」

 私は驚きの声を洩らした。これまた意外な人物であって私は心底驚いた。

❧    ❧    ❧

「ヒナッ」

 背後から名前を叫ばれると、私は肩をビクッと振るわせた。

 ――この声は……。

 恐る恐る私は背後へと振り返る。

 ――やっぱりアッシズだ。

 忘れていたよ。そういえば朝、彼はまた私の所に来ると言っていたよね。朝からウルルと大移動していたし、夕方からも調べ物を任されていて、すっかりアッシズの事を忘れてしまっていた。

 そんな薄情な私の元に、アッシズは息を切らせながら向かって来る。その雰囲気だけで彼の必死さが痛いほどに伝わってきた。私の事を想ってくれている。本当に有難い。だけど、どうしても気まずさだけは拭えない。

「もう一度、会いに来ると言っておきながら、こんな時間になってしまいスマナイ」

 アッシズは私と対面するなり、すぐに頭を下げて来た。

「顔を上げて下さい。謝まる事はありません」

 約束をしていたわけではないし、アッシズは生真面目すぎるのだ。私の言葉に彼は顔を上げた。

「チャコール長官の聴取に、思ったよりも足止めを食らっていた。こんな時間になって、ようやく自分の時間が取れた。とはいってもまたすぐに戻らなければならないが」
「お疲れ様です」

 この時間までって凄いな。今はもう日の暮れが終わりかけている。恐らく今日は御飯も口にせず、チャコール長官の聴取をおこなっているのだろう。取り調べが難航しているのが窺える。

「どうだ? ジュエリアの目星はついたのか?」

 アッシズはすぐに本題へと入った。もうこの時間だ。彼もずっと気にしていたのだろう。

「……いいえ、まだ」

 私は顔色を曇らせ、アッシズから露骨に視線を逸らした。この時間になっても、まだジュエリアの尻尾すら掴めていない。非常に厳しい状況だ。

「ヒナ、オマエは良く頑張った。これ以上、重荷を抱えて探す必要はない。オマエがオレの条件を呑んでくれるのあれば、至急殿下へと伝えに行く。オレはこの後、またすぐに取調室へと入る事になり、次はいつ自分の時間が出来るかわからない。決断をするなら今しか時間がない。どうする、ヒナ?」

 アッシズから最終決断を委ねられた私はゴクリと喉を鳴らした。延ばしに延ばしたアッシズへの答え。これが最後だ。昨日の段階では素直に自分の気持ちを伝えようと思っていた。だが、今の時点でジュエリアと疑う人物は見つかっていない。

 タイムリミットまで残り六時間を切った。少しでも助かる道を選ぶなら、アッシズの厚意を受け入れた方が良いのではないか。とはいえ、ウルルもうんと力を貸してくれている。彼女はおふざけなところも多々あるが、私の為に動いてくれている。

 その彼女の厚意を無下にも出来ない。しかし、このままウルルを信じて突き進んでも、本当にジュエリアの元へ辿り着く事が出来るのであろうか。万が一だ。ジュエリアを見つけられなかったら……私はブルッと躯が震え上がって血の気が引いていく。

 ――やはり死は怖い。

 確証がないものに縋り付くのはあまりにもリスキーだ。でもアッシズを選んだとしても、果たしてルクソール殿下は処刑を取り下げてくれるのだろうか。

 考えてみろ。タイムリミット直前でアッシズの恋人だからといっても、今更ではないか? 処刑を逃れる為の嘘ではないかと疑われるのではないだろうか。殿下は鋭い。もし偽りだとバレたら、それこそ処刑行きだ。

 ――とんでもない二者択一。どちらを選んでも死と隣り合わせだ。

「ヒナ?」

 思い悩む私の姿にアッシズが意を介しているのがわかる。

 …………………………。

 私はゆっくりと一呼吸した。どっちを選択しても死のリスクがあるのであれば、私は自分の正直な気持ちに従おう。

「アッシズさん」
「あぁ」
「ごめんなさい。例え処刑を逃れる為とはいえ、私は偽りの恋人を演じる事は出来ません」
「ヒナ?」
「私は最後までジュエリア探しを諦めません。最後に奇跡が起こると信じています」
「ヒナッ、現実はそう甘くはないだろう!」

 アッシズの声色に激情が交じる。それでも私は自分の意見を曲げるつもりはなかった。

「アッシズさんの気持ち、とても嬉しかったです。私、男性から告白を受けるのは初めてで、好意を寄せられる喜びを教えてくれました。しかもアッシズさんは騎士団長で、とても魅力的な男性です。本当に私には勿体ない相手です。そんな素敵な男性から告白は最初で最後だと思います。本当に有難うございます」
「……ヒナ、殿下の前では偽りを演じる事が出来ないのだな?」
「え?」
「命が懸かっているというのに、頑なに自分の想いを貫こうとしている。それだけオマエは殿下を想っているんだな」
「え? ……え!?」

 いきなりアッシズから私の気持ちを口に出されて小っ恥ずかしいって! 慌てふためく私とは反対にアッシズはとても落ち着いていた。ずっと覆っていた雲が切り離れたような晴れやかな表情をしていた。

「ヒナと殿下の仲にオレは入れないようだな」
「え?それはどういう……」

 ――意味なの?

「殿下は毎夜、子犬に変化へんげしてヒナと過ごしていた。それだけ殿下とヒナの絆は深いのだろうな」
「え?」

 今のアッシズの言葉、とても意味深に聞こえた。……ってあれ? 今アッシズはなんて言った?

「殿下が子犬の変化へんげ? ……って、アッシズさんは子犬の殿下を知っていたんですね!?」
「まぁ、そうだ」

 というアッシズからの返答で、私は思い出した事があった。いつかアッシズの部屋を子犬の殿下を連れて行った時だ。アッシズがやたらキョドッていたり、子犬を敬っていたのは子犬が殿下だと知っていたからだ! これで腑に落ちた!

「だからアッシズさんの部屋に子犬の殿下を連れて行った時、あんなに挙動不審だったんですね」
「そんなところだ」
「私はあの時は子犬が殿下だと知りませんでした。アッシズさん、教えて下されば良かったのに」
「殿下から正体を明かさぬように口止めされていたからな。心底驚いたぞ。本当はヒナも殿下の正体を知っているのではないかと思って、どう対応したらいいのか迷っていた」

 だからあの時のアッシズはあそこまで可笑しかったのか。フムフムと私は一人で納得していた。

「それよりもヒナ、本当に大丈夫なのか?」

 アッシズから不安気に問われ、私はハッと意識を戻す。別の事に気を取られている場合ではなかった。

「最後まで頑張ります。今はそれしか言えません」
「そうか」

 私の答えにアッシズの眉根が下がる。こればかりはどうしようもない。

「悪いが、そろそろオレは行かなくてはならない」
「わかりました。私は引き続きジュエリアを見つけ出します。……あ、アッシズさん行かれる前に、一つ教えて欲しい事があるんです」

 立ち去ろうとするアッシズを引き留めるのは悪いと思ったが、調べ物の二つ目を思い出したのだ。

『マラガの森で悪女を追い詰めた時の出来事をもう一度詳しく聞いておく事』





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