STEP79「タイムリミット」




―――結局、事実に変わりはなかったな。

 私は取り調べ室に戻ろうとしていたアッシズを引き止め、マラガの森でジュエリアを追い詰めた時の出来事をもう一度、確認してみた。だが、当初に聞いた通りの話となにも変わりはなかった。

 ジュエリアをマラガの森まで追い詰めた殿下達だが、小屋の中にはジュエリアではなく、倒れている私がいた。最初に発見したのはグリーシァン、その後に殿下とアッシズ。そして私はジュエリアだと疑われて囚われの身になった。

 これは今朝、私も思い返した事でもあるけど、やっぱりその事実は変わらない。アッシズが偽りを言っている様子もなかった。ウルルはなにか見落としている事でもあるのではないかと思ったのだろうが、この件に関してこれ以上の収穫は望めそうもなかった。

―――ウルルには有りのままを伝える事にして次を急ごう。

 私はアッシズと別れ、次の目的の場所へと移動していた。調べ物はあと残り一つ。それはグリーシァンに確認するのが一番手っ取り早いのだが、彼はアッシズ同様にチャコール長官の聴取で手いっぱいだ。会う事は難しいだろう。

―――そうなると残るは「あの人」しかいないのだが。

 ポワンとその人物が頭に浮かんだ時だ。

「え?乱発と疑いがあった紙幣が見つかったって!?」
「シッ、声が大きい!」
「わ、悪い、つい」

―――え?

 何処からともなく聞こえてきた不穏な会話。乱発やら紙幣やら、それはまさにチャコール長官の横領事件のことだろう。異様に反応した私は会話の出所を探る。目の先には二人の男性がいて、格好からしてお偉いさんのようだ。

 その人達から私の姿は死角になって見えない筈だ。私はその角に身を潜め、会話の内容を盗み聞きしようとした。乱発された紙幣が見つかったなんて、どういう事だ?長官は乱発していないのだから、そんなお金が見つかる筈はない。

―――ダメだ、全く聞こえない。

 男性達は声を潜めて会話をしている。内容が内容なだけあって容易に声を上げられないのだろう。それにしても乱発した紙幣なんて本当に出てきたのだろうか。出てきたから話題になっているんだろうけど。

―――となると長官は黒だった……という事か。

 私は眉を顰める。完全ではないとはいえ、限りなく白に近いと思っていた長官がまさか…。領土拡大の為に紙幣を乱発したというのか。最もらしい理由のように思えるが、どうも私の胸中が騒めく。

―――確認書の改竄かいざんといい、身に覚えのない乱発された紙幣といい…。

 もし、もしもだ。これが仕組まれた事柄だったら?長官は嵌められた?誰にだ?

―――もしかしてジュエリア?でもどうして長官が狙われた?

 って、今の私は他人を心配している余裕はない!早く最後の調べものをしなきゃ!私は頭を横にブンブンと振り、その場から離れて次の場所へと移動した…。

❧    ❧    ❧

―――どうしよう、見つからない。

 晩食の時間に入る頃、私は目的の人物に会えず、とても焦っていた。かれこれ一時間以上が経過してしまっている。目的の人物は誰に聞いても、何処にいるのかわからないという答えが返ってくる。固定した場所で仕事をしていない人だから、仕方ないとは思うんだけど。

―――もう仕事は終わったのだろうか。

 いや、今日の宮廷内はうんとせわしい。早々と上がっているとは思えない。

―――一体何処にいるんだ、ネープルスは!

 飄々ひょうひょうとしたヤツの姿を思い浮かべると、気持ちがイラッとした。これは完全な八つ当たりではあるけど。ネープルスもウルルに協力を求めた張本人だし、少しは私の事を心配して様子を見に来るという行為には至らないものか。

「あら、ヒナさん?」

 途方に暮れていた私の背中に声がかかった。振り返ると、そこには仕事仲間のペールちゃんがいた。女中の制服を着ているところをみると、まだ仕事中のようだ。

「あ、ペールちゃん。お疲れ様です」
「お疲れ様です。どうしたんですか、こんなところで?」

 ペールちゃんは怪訝そうに私へと問う。そりゃ人が通る回廊のド真ん中で一人止まっていたら、不思議に思われるよね。

「あ、いやちょっと魔術師のネープルスさんを探していて」
「ネープルスさん?彼なら書庫で見かけたわよ」
「え、本当?」

 書庫って図書室みたいなところか。そんな所に籠っていられたから、見つからなかったのか。

「えぇ。とはいっても一時間以上も前の話だから、もういなくなっているかもしれないけど」
「一先ず書庫に行ってみるね。有難う」
「ヒナさん、そんなに急いで占ってもらいたい事でもあるのかしら?」
「あ、そ、そんなところ。かなり切実で」

 お金ないから占ってもらえないけどね!とはいっても今は別件だ。

「そっか。良いアドバイスがもらえるといいですね」
「うん、そうだね。えっと有難う、ペールちゃん」
「どう致しまして」

 ゆったり笑顔でサヨナラをしてくれるペールちゃんと反対に、私は変に慌てた様子でサヨナラをした…。

❧    ❧    ❧

―――ネープルス、居てくれ。

 やっとの思いで図書室に入った私は辺りをキョロキョロと見渡す。この時間だ。全く人はいないし、いる気配も感じない。それと室内の構造が複雑で広い。書棚が多くて一つ一つ回るのに時間がかかりそうだ。

―――もう!

 私はヤケを起こしそうになる。そもそもこの図書室の場所からわからなくて、それだけで時間が過ぎて行ったというのに、ここに来てからも時間をかけなきゃならないのか!もうタイムリミットまで残り四時間を切っていた。

 人もいないし、一層大声でネープルスの名を呼んでみようかとも思ったけど、そこは変に気が引けて出来なかった。摘まみ出されても困るし。とにかく片っ端から探して行こう!私は速足で室内を回り始めた。

 室内は書棚で複雑な構造になっていて、鏡の迷路みたいに入り組んでいた。かと思えば、高い天所へと向かって聳える書棚にズッシリと本が並べられていて、圧巻させられたりもする。

―――あんなに高い所にあっても、手が届かないから意味ないんじゃ?

 なんて呆れて溜め息を吐いた時、あるものが目に入って点になった。ほぼ天井に近い高さの書棚を前にして、羽の生えたモフモフらしき動物の後ろ姿が見えたからだ。

―――あれはウルル?

 彼女は羽があって飛べるから、あんな高い所も自力で上がれるのか。なにか本を探している様子だ。ずっと何処に行っていたのかと思えば、こんなところにいたのか。私はすぐにウルルの所へと駆け寄る。

「ウルルさぁ~ん、なにやっているんですか!」

 閑散としている室内で、私は声を上げて呼んだ。さすがにあの高さまでは叫ばないと、相手に声が届かない。私の声にウルルは目にしていた本から、視線を落とした。それからすぐに羽をバタつかせて下へと降りて来た。

「待ち合わせの時間まで、まだ少しあるけど、早く調べ物が終わったのかしら?」

 私と顔を合わせるなり、ウルルは感心した表情で聞いていた。が!

「残念ながらまだ一つ残っています。それをネープルスさんに聞きに来たんですけど、ウルルさん、彼を見ませんでしたか?ここで見かけたという人がいて来たんですけど」
「さっきまで一緒にいたけど、もうここにはいないわよ」
「そんな~」

 私はその場で項垂れそうになった。あと一つで調べ物が完了するというのに、なんでこう上手くいかないものなのか。

「あと一つはという事は残り二つは調べ終えた、という事ね」
「はい」
「二つはなにを調べたの?」
「デザイナーが誰かとジュエリアを追い詰めた時の出来事をもう一度詳しく聞いて来ました」
「そう、それでわかった事は?」

 ウルルから答えを求められ、私は簡潔に答えた。

 …………………………。

「そう」
「あのウルルさん、まだ調べ終わっていないので、今口出しするのは間違っているかもしれませんが、本当に三つの調べ物をした時に不明瞭だったものが繋がるんですよね?」

―――それはすなわち、ジュエリアの正体に行き着けると思っているんだけど。

「呆れた。二つの調べ事を終えて、断片的にでも答えを見つけられていないの?」
「はい?」

 予想外の言葉が返ってきて、私は口がポカンと開いた。なんかウルルの表情が険しい。なんでだ?

「その様子なら三つ目の調べを終えても、ジュエリアが誰かはわからないわよ」
「それじゃ意味ないじゃないですか!」

 咄嗟に私は声高を上げてしまった。調べてもなにも答えが見つからないんじゃ、これまでの時間はなんだったんだ!私の様子にウルルはなにも動じず、変に落ち着いていた。

「ただ調べるだけでは駄目よ。一つ一つ調べた後、気が付く事がないとパーツは繋がらないわよ」
「気が付く事?」

―――なんだ、それは?

 こんなタイムリミットが迫っている時に、謎かけみたいなものは机めて欲しい!ウルルは私になにを求めているんだ!

「あ、そうそう昨日の夜だけど」

 ここで何故かウルルはなにかを思い出したような顔を見せて話をし始めた。

「マラガの森に戻った時、聞いたのよ友達に。小屋で起こった出来事をもう一度。ずっと引っ掛かっていた事がるでしょ?」

 引っ掛かっていた事、それは小屋に現れた人数の事だろう。四人なのか五人なのか、相違しているんだよね。

「それはウルルさんの友達の思い違いじゃないんですか?私がさっきアッシズから聞いた話によれば、全部で五人となります」
「いいえ、違ってなかったわよ。彼はちゃんと四人と答えたわ。ねぇ、それがどういう意味かわからない?」
「え?」

 四人……となれば、誰かがいなかったという事になる。でもアッシズに確認した時、確かに五人だった。そこの矛盾ってなんで生じている?アッシズかウルルの友達のどちらかが嘘を言っているのか?この場合、ウルルの友達が嘘を言うメリットない。

 となると、アッシズが偽りを言っている?いやいやいや、元は殿下やグリーシァンも含んだ三人から聞いた話だ。アッシズは嘘を言っていない。となればだ、他に考えられる事ってなに?

 …………………………。

 …………………………。

 …………………………。

―――いや、まさかね?

 ある仮説が浮上すると、嫌な冷や汗が滲み出たように感じた。……もしもだ、この仮説が正しいとしたら?ずっと闇に紛れていたものが少しずつ顔を出してきたように思える。そこにだ。

「それと残りの一つ調べ物についてだけど、その質問自体に気付く事がないの?」
「え?」

 ウルルから問われて、私は残り一つの調べ物を思い浮かべる。

『魔術師の魔法を監視している人は誰なのか』

―――ハッ!

 ある考えに至った私は酷く息を呑んだ。

―――ドクンドクンドクンッ。

 耳打ちが酷い。心臓の音が耳の奥底から聞こえてくる。もし最後の調べ物の答えが「あの人」であれば?脳裏に鮮明にある人物が浮かび上がった。あのデザイナーの件も、マラガの森でジュエリアを追い詰めた時の出来事も、そしてチャコール長官の件も……すべて納得がいく。

 あれだけバラバラに散りばめられていたパズルの破片が一つ一つ繋がっていく。あぁ、ようやくだ、すべてのパーツが繋がった。ずっと暗闇に呑まれていた光が姿を現したような感覚だった。

 やっとの思いで答えを見い出せた。だが、ここまで辿り着いたというのに、運命というのはなんて残酷なのだろうか。最後の追い込みには間に合わず、タイムリミットの時間となり、私は処刑を迎える事となった……。





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