STEP77「あれはジュエリアなのか?」




―――ウルルのやつ、無茶ぶりだっての!

 私はウルルと別れてから、さっきから文句しか出てこなかった。あと数時間でタイムリミットを迎えるというところで、別行動させるだなんてどうかしている!私は苦り切った表情をして、先程のウルルとの出来事を回想する。

「バラバラだったパーツが繋がるって、どういう事ですか?」
「言われた事を調べ終えた時にわかるでしょうね」
「そんな漠然とした言い方!」
「急ぐわよ。時間がないわ」
「待って下さい!ジュエリアアイツは私を見張っています!邪魔されるのがオチじゃないですか!」

 いくら今アイツの気が緩んでいるとはいえ、タイムリミット前は全力で私を阻んでくるかもしれないのだ。ウルルと回った方が効率いいに決まっている!

「今は余計な事を考えず、言われた通りの事をやんなさい」
「…っ」

 ウルルからバッサリと切られた。彼女のシビアな顔が私に有無を言わせない。

「必ず私が伝えた事を調べ切るのよ」
「……わかりました。全力を尽くします」

 正直、私は釈然としていなかった。それからウルルから調べる事の三つを伝えられた。内容は決して難しい事でなかったが、それで本当にパーツが繋がるのか疑問を抱いた。

 またそれを口にすれば、叱咤されるだろうから黙っていたけど。私が「わかりました」と返事をすると、ウルルは早速別行動へと入ろうとしたが、最後にチラリと私に尻目を向け、こう言葉を残す。

「調べるのが第一だけど、もう一つだけ伝えておくわ。もう一度、初めから振り返る事も大事よ。思い返してみれば、雲隠れしていたものが顔を出すかもしれないし」
「え?」

―――それはまたどういう意味だ?

 当然その意味を突っ込む暇などなく、ウルルと別れて私もすぐに行動を起こした。今はその移動中だ。

―――今更振り返ったところでも、見落としていたものを拾い出せるのかっての!

 そう思いつつも私はこの世界に来たばかりの頃を思い出す……うん、実に毒々しい思い出だよ。なんせ重厚な鎖に繋がれ、地下牢獄に放り込まれていたんだもん。本来あそこにはジュエリアが囚われていた筈だ。

 私はヤツの身代わりに放り込まれた。殿下、グリーシァン、アッシズの三人から追い詰められたアイツは咄嗟に逃げ込んだ小屋の中で、気を失っている私を見つけた。そして私を身代わりにして姿を消した。

 その後、小屋の中で最初に私を発見したのが、グリーシァンだったかな?追って殿下とアッシズがやって来て、グリーシァンと合流。近くには気を失っている私がいたと。そういえば…。

 ウルルの知り合いの精霊が言っていたんだっけな?小屋には全部で四人現れたって。それオカシイよね?最初に私でしょ。続いてジュエリア、グリーシァン、殿下とアッシズ……やっぱ五人だよ。ウルルの知り合いの記憶間違いだよね。

 私の事、野犬だとか言ってたみたいだし、んな見間違いをする精霊だから、数え間違いぐらいしそうだ!つぅか、私以外の人間が変に綺麗過ぎただけだっての!と、私はプンスカとしていたが、ふと視線を遠くへと向けると、ハッと息を呑んだ。

―――び、美の聖霊がいる!

 このテラスの先には王太子お気に入りの庭園が広がっていて、そこに一人の女性が花を愛でている姿が見える。陽の時間が終わりに差し迫り、琥珀色に染まる景色の中でも、見事に煌く蜂蜜色ハニーブロンドの長い髪。

 そしてチュールフリルをふんだんに重ねた碧いエンパイアドレスは女性のしなやかな体躯たいくを美しく見せている。肩から腕には上品なショールを羽織って華美だ。瀟洒しょうしゃな身なりや立ち姿から美しいあの女性は誰なのだろうか。

 私は女性の姿に時を忘れたようにして見惚れていた。並みならぬ美しさは精霊なのか?それとも美の女神?って私は王太子かっての……って、え?私はある人物を彷彿し、鼓動が大きく波打った。

―――まさかあの女性は……ジュエリア!?

 そう思った私は頭で考えるよりも先に躯を走らせていた。ジュエリアと疑う女性の元へと急いだ。庭園へと繋がる馬蹄形の階段を下り、全速力で走って向かって行く。

―――ようやくジュエリアと対面になるのか!

 もしそうであれば、この手でヤツをとっ捕まえなければ!もうタイムリミッは迫っている!私は女性の姿を見失わないよう、しっかりと目で捉え、距離を縮めて行く。それから私が走り寄って行く音に気が付いた女性が私の方へと振り返った。

―――え?

 脳内に衝撃が走り抜ける。

―――この女性は…確か……?

 身に覚えのある女性だった。そりゃ目を奪われる筈だ。

―――シスル様だ!

 ルクソール殿下と従姉弟いとこに当たる方で、グレージュクォルツ建国パーティの時に一度目にした事がある。間近で目にする彼女は天分豊かな美女であった。普通の人とはなから存在オーラが違う。

「貴様何者だ!」

―――え?

 不穏な声を掛けられたと思った次の瞬間には、視界が近衛兵で埋め尽くされる。そこで気付いた。シスル様は他国の妃殿下だ。常に近くに近衛兵がいるのは当たり前である。そんな妃殿下の前に突如現れた私は怪しまれて当然だった。

――――ど、どうしよう!

 どうして私はこう考えなしに行動を起こすのだろうか。今まで散々痛い目に遭ってきたというのにまただ。今日だけは足止めを食らっている暇はないのに!

「おやめなさい。その方はルクソール殿下の大事な女性よ」

――へ?…今の言葉?

 緊迫とした空気を裂いたのは近衛兵の間から美しい姿を現したシスル様だ。私はさっきのシスル様の言葉に、私は目を白黒させる。ルクソールの殿下の大事な女性って…?

「ですが妃殿下、この者は女中です」

 近衛兵の一人が弁解する。確かに私の女中という身分と殿下の身分はあまりにも差があり過ぎる。不釣り合いすぎて近衛兵もシスル様の言葉に、違和感を覚えたのだろう。だが、

「だからなんです?身分は関係ありません。こちらの不手際で私と殿下の仲を悪くさせないで頂戴」

 シスル様は近衛兵の言葉をピシャリと跳ね退けた。そんなシスル様の姿に私の胸の中がジーンと熱くなる。

「妃殿下…」
「いいから。貴方達は少し離れたところにいて」
「承知致しました」

 近衛兵達は渋々な様子で私達と少し距離を取った所に移動した。そして私はシスル様と二人となって、とても緊張していた。彼女の神的なオーラに気圧される。それから王族としての威厳が半端ない。

 そんな私の緊張したオーラを感じ取ったのか、シスル様は私と視線が重なると破顔される。花が咲き零れるような美しい笑顔で、思わず心を持って行かれそうになった。ドキドキと心臓までも奏でそうだ。

「さっきは近衛兵が無礼を働いたわ。ごめんなさいね」
「あ、いいえ」

 シスル様の罰が悪そうな、そんな少し困った顔も美しかった。

「あの私の方こそ、突然に現れて失礼を致しました」

 私は頭を下げて非礼を詫びた。

「合わせて“ルクソール殿下の大事な女性”というお気遣いにも感謝致します」

 続いて私は謝辞を述べた。シスル様の優しい嘘のおかげで、私は近衛兵に捕まらずに済んだんだ。

「あらそれは本当の事よ。ルクソール殿下がそうおっしゃっていたもの」
「へ?」

 私はなんとも間抜けな声を零してしまった。

「殿下は以前、貴女との時間をとても楽しく過ごしているとおっしゃっていたわ。真っ直ぐで前向きに頑張る女性で応援したくなるんですって。それはもう嬉しそうなお顔で、お話なさっていたわよ」
「殿下…」

 私は深く心が揺さぶられ、目頭が涙で滲んでいく。

「殿下がそのように思って下さっていたなんて」

 瞼が涙を支え切れずに雫が頬へと伝って落ちた。

―――殿下、殿下…。私の方こそ殿下との時間はとても幸せだった。

 人間でももふもふでも殿下はいつでも私に幸福な時間を与えてくれていた。

「身分の低い女中を評価して下さって、殿下が周りから珍しい目で見られていないか心配になります」

 王子殿下という身分は本来女中には目もくれない。私の存在で殿下の評価を落としてしまってはいないだろうか。

「そうね、私は珍しく思ったわ。殿下がご自分から女性のお話しをなさる事は初めてだったし」
「え?」

 私の言う珍しいとシスル様の珍しいの意味は異なっていた。シスル様の珍しいは意味深であった。殿下から女性の話が初めて出たなんて、なんだか自分が特別視されているみたいに思えた。

―――ただの私の思い過ごし……いや思い上がりだよね。

 これ以上の過度な考えは禁物だ。妄想が爆走して舞い上がってしまいそうになる。

「これからも殿下の事を宜しくお願いね」
「は、はい、勿論です!」

 より笑みを深めるシスル様の美しい姿に、私は目が眩んで卒倒しかけた。今なら王太子がジュエリアを花の聖霊だとか美の女神だとか言っていた気持ちがわかる。私がポ~とシスル様に惚けていたら、彼女から怪訝に思わてしまう。

「どうかしたのかしら?」
「あ、失礼しました。妃殿下があまりにもお綺麗で」
「まぁ、とんでもないわ。妃殿下ともなると、こうやって素敵なドレスやアクセサリーに着飾ってもらっているから、綺麗に見えてしまうのかしら」
「いいえ。宝飾品ではなく純粋に妃殿下がお美しいです。あ、勿論そちらの上品なドレスや宝飾品も素敵ですが」
「そう言ってもらえて、とても嬉しいわ。有難う。ドレスや宝飾品はさすがね。あの子にお願いしているだけあって、いつも周りからの評判がいいわ」
「あの子ですか?」
「えぇ。こちらの宮廷の装飾や貴婦人のドレスなども、よく手掛けているわよね。私はあのメインの渡り回廊に装飾されているタペストリーが大のお気に入りなのよ」
「え?」

 ドクンと私の心臓が大きく高鳴った。シスル様がおっしゃっているのは「あのデザイン」の話だ。私はウルルから言われている三つの調べものの中の一つを思い出す。

『宮廷内で評判の高いあの“デザインナー”が誰なのか調べておきなさい』





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