STEP44「もふもふに一目惚れ?」




「ヒナ?どうしたこんな時間に?」

 私の姿を見るなり、アッシズは酷く息を呑んだ。日付が変わろうとしている夜中に、寝巻き姿の女のコが現われたら、そりゃ驚くよね。アッシズも寝衣姿だし、彼もこれから就寝に入ろうとしていたのがわかる。

 今、私はアッシズの部屋の前まで来ていた。勿論、目的は「例の事」を伝える為だ。時間も時間だし、かなり迷ったが、思い切ってアッシズを呼び出し、扉から彼が出て来たという流れだ。

「アッシズさん、急いで話したい事が!実は…」

 私は変に前置きをせず、即要件を伝えようとした。その時だ…。

「!?」

 いきなりアッシズが目ん玉が零れ落ちそうなぐらい驚いた様子を見せた。どうした?と、こちらが問いたい。一瞬、私がパジャマ姿だったからかと思ったが、アッシズの視線は私の手に抱かれている子犬のルクソールに集中していた。

 そう、私は一人だと不安で仕方がなく、ルクソールに一緒に来てもらっていたのだ。浮かない私の様子を心配してくれたのか、ルクソールは嫌がりもせず、私の手の中で大人しく抱かれ、アッシズの部屋まで来てくれた。

 そんなルクソールを目にしたアッシズだが、完全に固まっているよね?彼だけ時が止まってんのかというぐらいに。しかも彼らしくもない、口を半開きにして驚愕している。本当にどうした?この驚きようは普通じゃない。

「アッシズさん、このコがどうかしましたか?」
「ヒナ、その子犬は?」

 アッシズはルクソールに視線を釘付けにしたまま、私に問いてきた。

「え?あ、このコはルゥッ…」

 私は素直に「ルクソール」と、言いかけたが、無理やり言葉を呑み込んだ!

―――危ない危ない!

 殿下と同じ名前だなんて知られたくない!アッシズからなんて言われるか。変態扱いされるに決まっている!

「このコはルウです!」

 私はヤケに「ルウ」の部分を強調して伝えた。咄嗟に口から零れ落ちた名前だ。

「ルウ?」

 アッシズは私に移した視線をまたルクソールへと滑り落とす。何故かアッシズとルクソールの二人は見つめ合っていた。

―――なんだ、この空気?

 私は二人を交互に見つめるが、この妙な空気の意図がわからない。

「この子犬はどうしたんだ?」

 さらにアッシズから質問をぶつけられた。なんだ?アッシズってばルクソールに興味をもったのか?

「このコは夜になると、私の部屋に現れる子犬です。いつも一緒に寝ているんですが、朝になると必ずいなくなっている不思議なコです」
「いつも一緒に寝ている?」

 アッシズがこれまたらしくもない驚きの色を覗かせ、ルクソールをガン見していた。対してルクソールはアッシズからプイッと顔を背けている。アッシズからあんまりにも見られるもんだから、ルクソールも不快に思っているんじゃ?

「そうですけど。あのなにか?もしかして、このコを知っているんですか?」

 さっきからアッシズらしくない様子が続いて、こちらとしても不安になってくる。

「いや、そういうわけでは…」

 ん~?アッシズの答え方が漠然としている。実に決まりが悪そうな様子だ。彼はルクソールの機嫌を窺うように見つめている。

―――あ!

 頭の中にパッと閃きの花が咲く。私はある事に気付いた。

「アッシズさん、ルウを抱っこしたいんですよね?」

 私はルクソールを抱かせてあげようと、はいとアッシズの目の前に差し出した。

―――そうだ、そうだ。

 アッシズは大の犬好きで、ルクソールを触ってみたいけど、素直に抱きたいと言えないんじゃ?それでさっきから変な態度を取っていたんだ。妙に落ち着きがないと思ったら、そういう事だったのか。

「とんでもない!そのような気高い方を手に抱くなど恐れ多い!」

―――へ?なんか偉い謙遜していない?

 私は口がポカンとなった。アッシズ、ルクソールに対して凄い持ち上げ方したよね?喜んで抱っこをするかと想定していたのに、彼は酷く委縮しながら拒否った。なんなんだ?

「そ、そうですか…」

 私はルクソールを胸元に引き戻した。アッシズってば相当お犬様を崇拝しているとみた。それにルクソールは劇的に可愛いだけではなく、お行儀も立ち振る舞いも良くて、金色の毛並みはサラサラと輝いて気品に溢れているし、人に高価な印象を与えるよね。

―――アッシズが超の付くほど、犬好きだったとは意外だわ。

 そういや何気に優しいところあるよね。動物と子供好きな人って優しい人が多いというか。って、そんな事を感心している場合ではない!私は超重要な事を思い出して本題へと戻す。

「アッシズさん!私、大事な話があって来たんです!すぐに話を聞いてもらいたくて!」

 こんな時間に常識的失礼だとは思ったが、以前、アッシズから大事なことは一早く伝えるように注意を受けた事があった。それにジュエリアの事だ。きっと、彼も嫌がらずに耳を傾けてくれるだろう。

「大事な話?なんだ?」
「ジュエリアの事です!」

 私はルクソールを抱いていた手に力が籠る。大真面目に答えた私の言葉に、アッシズの表情もみるみると険しく真顔へとなっていく。やはりジュエリアと聞けば、そういう反応になるよね。

「わかった、話を聞こう」

 アッシズは躊躇う様子もなく、私とルクソールを部屋の中へと招いた…。

―――数分後。

 位の高い騎士が如何に敬られているのか、この室内を目にして、よくわかった。夜中に男性の部屋なんて~って乙女心を吹き飛ばすほどの豪華さ。私は腰掛けながらも改めて室内をグルリと見渡す。

 幅広く金色の飾り紐で縁をとった新緑色の天井と壁、金張りのブロンズと濃青色の大理石のプレートを取り入れたアンティーク素材で統一している調度品と、室内全体が重厚感に溢れていた。

 そしてルクソールを抱っこしてソファに座る私の前には机を挟んで腰かけるアッシズがいる。さっきから彼はルクソールをちょいちょいチラ見していた。やっぱ気になっているんだな。こりゃ完全にルクソールにキュン死にしたとみた。

 ルクソールは私の膝の上でお行儀良く座っていた。彼も他の人を目の前にすると、キリリと姿勢を良くして、育ちの良さに本当に感心する。お犬様だけど、彼と一緒なのは非常に心強い。


「ジュエリアの事というが、まさかまたヤツが姿を現したのか?」

 アッシズに話を切り出され、私はハッと我に返る。室内やアッシズの観察なんてしていたから、気が別の方向に行っていた。いけないいけない。私はすぐにレスポンスを返す。

「いいえ、そうではありません。まず初めにお伝えしたいのが、私がチェルシー様だと思って見ていた刻印の件です。私は三度ほど確かに赤い花を目にしました」
「だが、実際チェルシー様は魔力を持っていないという話だ」

 アッシズの眉根が寄せられる。私が同じ話を蒸し返してきたのかと思ったのだろう。いや、そうじゃない。

「そうです。結局彼女はジュエリアどころか、魔力すら持っていませんでした。では刻印は誰に対して反応を表していたのか、私は赤い刻印を見た時の出来事を必死に思い出してみたんです。そしたら…」

 ここで私は唾を呑み込んだ。さすがにあのチェルシー様も一目置いてた人の名前を口にするのは非常に緊張する。

「三回ともチェルシー様の近くにはサロメさんがいたんです」
「侍女長?」

 アッシズは不意打ちにあったかのように目を丸くしている。それから私から視線を逸らし、考えに耽る様子を見せた。相手はあの仕事に忠実なサロメさんだ。周りからも熱い信頼を受けている。そんな人がジュエリアの可能性があると言われても、見当違いにしか思えないだろう。

「考えられるとしたらサロメさんしかいません。あの、彼女は魔力を持っているのですか?」
「いや、そんな話は…」

 アッシズの否定的な答えに、私の胸に不安という恐怖が生じる。ここでまた可能性が0と言われてしまうと、希望そのものが失われるような気がしていたからだ。

「ただオレも魔力を持っている人間をすべて知り尽くしているわけではない。ましてオレは魔力が0だ。知らないだけであって、実は侍女長が魔力を持っている可能性もある。明朝、早速グリーシァンに確認を取ろう。アイツなら判断がつくだろう。この話はそれからだ、いいか?」

 ここで何故かアッシズは私を見るよりも先に、ルクソールへと視線を落とした。本当にちょいちょい気になっているんだな。そしてルクソールは私達の話を黙って聞いていた。

「わかりました」

 そう答えた後、私はほのかに胸を撫で下ろした。まだ希望がなくなったわけではないんだ。本当はサロメさんがジュエリアだなんて疑いたくはない。どうみても彼女がジュエリアだとは結び難いっていうのもあるし。

 だけど、こればかりは良心を捨てなきゃ。ジュエリアは私の処刑を望んでいる。自分の罪から逃れる為に。そういう悪女だ。少しでも疑いのある人を食って行くべきだ。残り半月、しらみ潰しにいかなきゃ…。





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