STEP43「絶望の淵からの兆し」




―――今、殿下はなんて?

 一瞬にして世界が真っ白になった。ガツンと不意打ちに頭を殴られたような感覚だ。

「あ、あのチェルシー様が白というのは、それはジュエリアではないという事ですか?」

 自分の声が、か細く震えているのがわかる。ほぼ私の中ではチェルシー様がジュエリアであると確信していた。それが見事に崩れ落ちようとしているのだ。平静を保てという方が無理だ。

「あぁ、そういう事になる」

 苦渋の色を浮かべて答えた殿下に、今度こそ私の思考が奪われる。絶望的な気持ちに胸が潰されそうだ。そんな私の苦衷くちゅうを察したのか、殿下はより表情を深めた。それがさらに私の不安を煽らせる。

「そんな!彼女を近くにした時、何度か赤い花の刻印が浮かび上がったんです!」

 私はサッと右手の手の平を差し出す。フワッと浮かび上がる赤い刻印。それは目の前に座るグリーシァンの魔力に反応して浮かび上がっていた。

「残念だけど、それはチェルシー様じゃないね」

 いつものクールな表情となに一つ変わらないグリーシァンのとどめの一言に、私は半月後の死刑の場面が浮かび上がった。

「そんな馬鹿な…」

―――私は死ぬのだろうか。

 そう死を匂わす絶望的な気持ちにしかなれなかった。それはみるみると私の弱った心を蝕んでいくようだ。

「ジュエリアの能力からして、魔力を鎮静していたとしても、多少なりの反応が出る筈だよ。ただ、君がチェルシー様から、何度か刻印を見たと言うから、こちらも要注意して監視をして見ていたけど、最終的な調べで彼女は白だった」

 グリーシァンから微かに訝し気な眼差しが向けられ、私は身の毛がよだつ。これじゃ、私が嘘をついていたと言われているようなものだ!

「私がチェルシー様をジュエリアに仕立て上げようとして、嘘をついていたとでも言うんですか!私はそんな事を断じてしていません!」
「別に疑っているわけじゃないけど?」

 グリーシァンは口で言っている事と表情が全く反対だ!今度は私が猜疑さいぎの表情をぶつけて、グリーシァンを見返す。でもヤツは顔色の一つも変えず、淡々と説明を続けた。

「最も魔力を調べるのに適した方法は血液検査。ちなみに魔女の血は緑。チェルシー様は人間と同じく赤い血だったから、魔女という説がなくなる。そして検査だけど、専用の液体を血液と混ぜて色の反応が出れば黒。だけど、チェルシー様からはなにも反応が出なかった。勿論、他にも様々な検査をおこなって、最終的に魔術師総員で彼女は白だと判定した」
「…………………………」

 ここまで言われてしまえば、なにも言い返せない。しかし、それでも納得が出来ない。だって現に刻印が浮かび上がったのだ。それで白を信じろだなんて納得が出来るか。そんな私の腑に落ちない表情が、さらなる現実を叩きつけられる。

「ヒナ、納得がいかない気持ちはわかる。我々も同じ気持ちをした。実はチェルシー様がジュエリアの可能性があると浮上した時から、これまでのチェルシー様とジュエリアの行動を厳密に調べてみたのだが…」

 今度はアッシズが語り出す。これ以上、苦り切る話はもうたくさんだ。でも聞かざるを得なかった。

「ヴァルカン王国のティラ姫が王太子の婚約者であった時に行われたドッタゲルフ国との交流パーティの日の事だ」

 続いたアッシズの説明に、私はある事を思い出す。確かドッタゲルフ国って貿易条約を結ぼうとしていた国だよね?交流パーティの時には、王太子の婚約者だったティラ姫がジュエリアの悪意で派手に転ばせられて、ドッタゲルフ国陛下の下半身を丸出しにさせたって。それが原因で貿易条約共々、王太子の婚約も白紙になったとか。

「あの日、実はチェルシー様の国でも大きなパーティが行われていた。第7王子バレヌ様のバースデーパーティだ。バレヌ様は兄妹の中でも、特にチェルシー様と仲が良く、殿下と出会う前の彼女はバレヌ様を大変慕われていたそうだ。そして我々の交流パーティが開催されていた時間帯、チェルシー様はずっとバースデーパーティに顔を出されていた為、ジュエリアとしてティラ姫を落とし入れる事は不可能だ。それだけではない。他にも…」
「アッシズさん、説明はもう結構です。チェルシー様がジュエリアでないという事が十分に伝わりました」

 恐れ多くも、私はアッシズの説明の途中にも関わらず、話に終止符を打った。これ以上、聞いたところでチェルシー様が黒になるわけではない。余計に私の心を虚しくさせるだけだ。

「ヒナ…」

 声色からしてアッシズが同情しているのがわかる。彼が悪いわけではないから、私としても心苦しい。だけど、今は元気を振る舞える気力がない。

「スミマセン。ちょっと心の整理が追い付かず、これ以上は聞くに堪えません。とはいえ、明日からまた気持ちを一新して、ジュエリア探しを始めますので、今日はこれぐらいにしてもらえませんか?」

 厚かましい願いを口に出しているのはわかる。ただ本当にこれ以上、話を聞いていたら、精神が発狂してしまいそうなのだった。今はとにかく休みたい。私は俯き、ギュッとスカートの布を握り締めていた。

「わかった、ヒナ。アッシズ、グリーシァン、これ以上はヒナの精神が参るだけだ。今日はここまでにして、彼女をゆっくりと部屋で休ませよう」

 私の落ち込みに殿下が気を遣ってくれたのだろう。いつになく殿下の優しさが身に染みる。私は彼の優しさに感謝をしつつ、なんとか部屋まで気丈を保った…。

❧    ❧    ❧

―――どうしよう、本当にどうしよう…。

 殿下達とのミーティングを終え、部屋に戻ってからはお風呂と晩御飯を済ませ、私は一人寝台ベッドで思考を巡らせていた。どんなに考えても答えは見つからない。まるで水を掴もうとしているようなものだ。

 明日からまた女中の仕事が始まる。それはジュエリア探しも継続されるという事だ。私の刑が決行されるまで、残り半月となった。まだ半月ある、そう前向きに捉えられれば良いのだが、チェルシー様に賭けていた比重が大き過ぎて、それにショックが比例している。

―――本当にジュエリアを見つけ出せるのだろうか。

 今の私にはこの疑問しか浮かんでこない。これまでのジュエリア探しを思い出しても、これといって有力候補となる人物が浮かばないのだ。半月かけてこの結果だ。今、改めて自分の努力が如何に甘かったかと、後悔の念に苛まれる。

 どうしてあそこまでチェルシー様に比重をおいてしまったのだろうか。100パーセントと考えていなかったとはいえ、もし彼女がジュエリアではなかった場合、次の対策を考えていなかった自分を恨めしく思う。

 言い訳をすれば、自分なりに努力はしてきたつもりだ。でも結果が出せなければ意味がない。ましてや命が懸っているのだ。改めて自分が置かれている状況に畏怖する。本当にどうすればいいのだろう。どんなに考えても絶望的だ。

「くぅん…」

―――え?

「ルクソール?」

 いつの間に部屋に来ていたの?ルクソールが目の前でお行儀良く座っていた。今日、夕方から今まで扉が開いた形跡がなかったのに。いや、今はそんな事はどうでもいい。私はルクソールに助けを求めるように、彼の躯を優しく引き寄せ、重い口を開いた。

「ルクソール、あのね。今日チェルシー様がジュエリアかどうかの結論が出されたの。残念だけど、彼女は白だったよ。私、もしかしたら半月後にはこの世からいなくなっているかもしれない。そしたらもうアナタとも会えなくなるね」
「くぅん…」

 私の望みのない言葉に、ルクソールまでも切な気な鳴き声を上げた。それに私の目頭は熱くなる。

「自分が悪いの。勝手にチェルシー様をジュエリアかもしれないと確信立てて。罰が当たったのかもしれないよね」

 いくらチェルシー様の日頃の行いが悪いとはいえ、罪のない彼女を罪人にしようとしたんだ。罰が当たっても仕方がない。今、ルクソールがなにを伝えたいのか、涙でおぼろげな視界では察する事が出来ない。それから私は手の平に視線を落とし、ルクソールの目の前へと差し出す。

「でもね、確かにこの手の平から赤い花の刻印が浮かび上がって…」

―――あれ?

 今、ルクソールを近くしているから、青い花の刻印が浮かび上がっていた。それに私は驚いたんじゃない。「ある事」を思い出したのだ。確かに私はこの目で赤い刻印を目にした。しかも一度ではない、三回もだ。だが、その刻印はチェルシー様に対してではなかった。

―――じゃぁ、刻印は誰に反応を示していたの?

 なにかが私の中で迸る。えっと、待てよ。よく思い出せ!いつ赤い刻印を目にした?確か一回めが初めてチェルシー様と出会った時、次はお茶会での詮索の時、そしてこの間のパーティの時…。あの時、チェルシー様の他に誰が近くにいた?

 …………………………。

―――え?ちょっと待って…いやまさか?

 私はある人物の姿が浮かび上がると、ヒンヤリと嫌な汗が流れた。三回ともチェルシー様の近くにいた人物って確か…?

―――侍女長サロメさん!?





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