STEP45「新たな人物への疑惑」




「今日はもう遅い。明日からまた女中の仕事が始まるのだろう? もう寝た方がいい」
「わかりました」

 アッシズに促され、私は渋々に従う。もう少しだけサロメさんについて掘り下げたかったのだけど、アッシズとて仕事がある。それに今の段階でサロメさんについて話したところでも、彼女が全く見当外の人間であれば、ただの徒労に過ぎない。

 気持ちはもどかしくて仕方ないが、ここは明日のミーティングまでの我慢だ。素直に立ち去ろう。私は逸る気持ちを無理に押し込め、ルクソールを抱き直して立ち上がった。

「じゃぁ、私は部屋に戻って休みます」

 アッシズに一声をかけ、彼に背を向けた時、

「ヒナ」

 呼び止める声が入った。

「なんですか?」

 私はすぐに振り返ると、白でも黒でもないといった複雑な表情をしているアッシズに、思わず私は目を瞬かせる。

「どうしました?」
「その……なんだ」
「?」

 なんだとはなんだ? なんかまたアッシズの様子が妙だぞ。言葉につかえている感じだし、いかめしいオーラが弱々しい。てっきりまたルクソールの事が気になっているのかと思いきや、彼から視線を避けている様子だ。アッシズには悪いけど、実に奇妙だ。

「あの?」

 私は眉根を寄せてアッシズに声をかける。

「今日も一緒に寝るのか、そちらのお方と?」
「え?」

 なになになんだ? アッシズってば、それを気にして言葉に詰まっていたのか? んでもってルクソールを「そちらのお方」って、また随分とご丁寧な言い方だわ。

「勿論です。ルウが一緒だとグッズリと眠れますし」

 私は迷わず即答した。私の睡眠にルクソールは不可欠だ。その返事にこころなしかアッシズの表情が切な気に変わったように見えた。これはもしや……? 私は心の中である事を確信した。

「アッシズさん、もう我慢しなくていいんですよ。はいどうぞ」
「え?」
「ルウを抱っこして下さい」

 私はサッとアッシズの前に、ルクソールを差し出した。私は察したのだ。アッシズは私にヤキモチを妬いていると。これから私がルクソールと寝る事に、心がモヤモヤとしているのだろう。

 彼はたまらなくルクソールを愛おしく思っているに違いない。そこまで想っているんだ。最後ぐらいルクソールを抱っこさせてあげたいよね。ところが、アッシズはこれまた目ん玉が飛び出しそうなぐらい目を見開き、次の瞬間には焦って後退をしていた。

「オレには出来ないと言っただろう! 手に抱くなど罪に問われる!」

 ――へ、そこまで?

 罪に問われるってどういう意味だ? 全く意味がわからん。今のアッシズって完全に畏怖してるわ。

「アッシズさん、どうしたんですか? 遠慮しないで下さい」
「違う! 遠慮しているわけではない! 変に気遣う必要はない!」

 変なアッシズ~。クールな彼の意外な一面だわ。私はルクソールを胸元へと引き戻し、チラッと視線を落とすと、彼もじと目でアッシズを見つめていた。こりゃ、完全に呆れているんだろうな。

「わかりました。もう私は部屋に戻りますね」

 私はペコリと頭を下げて、アッシズに背を向けた。せっかくルクソールを抱かせてあげようと思ったのにさ。もう妙な様子のアッシズの事は置いて、早くルクソールとゆっくり休もう。

 ――明日からまた緊張が続く。

 サロメさんの件を思い出し、ズシッとした気持ちが沸き起こったと同時に、私はアッシズの部屋を後にしたのだった……。

❧    ❧    ❧

 明朝、急遽ルクソール殿下も参加となったミーティングが行われていた。

「サロメ侍女長がジュエリアかもしれない?」

 ――は?

 今、明らかに鼻で笑ったよね、グリーシァンのやつ。なんだよ、今の嘲笑。私はしかめっ面に変わる。ムカッ腹が立つわ。私は昨夜アッシズにも話をしたサロメさんの件をグリーシァンに伝えたところ、ヤツから妙な反応が返ってきた。なんか人の事、馬鹿にしたような笑いが超気に入らない!

「なんですか、今の嘲笑い?」

 あ、口が勝手に喋ってしまった。こっちはド真剣に話を切り出したんだ。あと半月というタイムリミットの中で、どんだけ必死か。それをなんだ! 私の質問を耳にしてヤツは一瞬真顔へと変わったが、すぐに口元を綻ばせた。不適な笑み極まりないわ。

「別に笑ってないけど?」

 ヤツから嫌味っぽく返された。が! 明らかに笑っていましたから!

「サロメさんがジュエリアかもしれないという話の前に、彼女が魔力を持っているのかどうかを知りたいんですが。実際はどうなんですか?」

 私はとっとと話題を切り替える。グリーシァンに腹立っている時間が勿体ないわ。

「…………………………」

 珍しい。実に珍しい! ああいえばこういうグリーシァンが口を閉ざした。ていうか、このはなんだ? それからヤツは自分の目の前に座っている殿下を一瞥した。

 ――なんだ、今の合図?

 私はヤツの目線に神妙を感じ取った。そして殿下はコクンが頷かれると、再びグリーシァンが口を開く。

「侍女長は魔力を持っているよ。レベルは刻印でいえば赤色かな」
「なっ!」

 落ち着いた口調で答えたグリーシァンだが、私の心には火が点いた!

「なんですぐに教えてくれなかったんですか!? グリーシァンさんはチェルシー様には魔力がないと知っていましたよね!? そしたら彼女の近くにいるサロメさんが怪しいって、気付いていたんじゃないですか!?」

 私は身を乗り出し、グリーシァンへと感情を爆発させた。気付いていて黙っていたなんて、底意地の悪い嫌がらせにしか思えない! これを怒らずにいられるか!

「だってあのサロメ侍女長でしょ?」
「だからなんですか! 答えになっていません!」

いつもなら我慢して心の中で突っ込む事を今は直の声でぶつけた。ふざけるな!

「サロメ侍女長はエルフェンバイン王家に代々と仕える非常に有能で信頼の厚い人だよ。それに王家に忠実に仕える教育を受けている。彼女の素行からして疑う余地はないと思っているからさ」

 至極当然といったグリーシァンの態度に、さらに私の感情に油が注がれた。

「それは勝手な思い込みに過ぎません! 少しでもジュエリアの可能性のある人物を疑うべきではありませんか! そんな甘い考えをして本気でジュエリアが捕まえられると思っているんですか!」

 私はセーブをかけず、グリーシァンに叩きつけてやった。これぐらいは言わせてもらわないと気が済まない。冤罪がかけられているこっちを配慮しろっての! 何がサロメさんを疑う余地がないだ! オマエに少しでも悪いと反省する余地がないっての!

 凄い剣幕の私をよそにグリーシァンは実につまらないといった表情で腕を組み、私と視線を合わせようとしない。無視かよ! こっちの詰問に答えろっての! 私はヤツに視線で圧力をかける。そこに思わぬ事が起こった。

「スマナイ、ヒナ。オレもグリーシァンと同じ考えをしていた。サロメ侍女長は我が王家に忠実であると信じ切っており、スッカリ彼女に対しての考えが抜け落ちていた。ヒナに叱責されて自分の考えの甘さに気付かされた。本当にスマナイ」

 私はみぞおちを打たれたように驚いた。私の隣に腰かける殿下がこちらに向かって頭を垂らしていたからだ。それだけじゃない。今の殿下の声が酷く切なさ気で心が酷く締め付けられた。

「で、殿下! 顔を上げて下さい!」

 私は自分がとんでもない事をしでかしたように思えて、焦りが半端なかった。グリーシァンもアッシズも殿下の姿を茫然として見ている。

「私も感情に身を任せて爆発してしまい、スミマセンでした」

 王子様に頭を下げさせるなんて、私はすぐに殿下へと反省の色を見せた。すると、頭上の先から鋭い視線を感じ取った。視線を上げると、私は表情を淀ませた。グリーシァンから無言の睨み付けが入っていたからだ。

 ヤツの顔は「自分の時とは態度が違う」と、ハッキリとした不満が募っていた。なんだ、その顔は! 自分は反省の一つも見せなかったくせに! 殿下のこの真摯な姿勢とオマエの傲慢な態度とは天地の差があるんだっての!

「いや、ヒナの言う通りだ。本気でジュエリアを見つけ出すのであれば、少しでも可能性のある人物を疑うべきであった」

 そんな私の怒りを鎮めるが殿下だ。彼は頭を上げようとはせずに反省を続けてくれていた。

「そ、それはそうですけど、殿下が反省をなさっているのは伝わりましたから、もう顔を上げて下さい。でなければ殿下にこんな事をさせた自分も心が痛みますから」

 私はなんとか頭を上げてもらおうと必死で言葉を選んで伝えると、ようやく殿下が顔を上げられた。

「ヒナの心が痛むのであれば、それは辛い。言葉に甘えさせてもらおう」

 ――ドッキュ―――ン!!ヽ(((≧ω≦)))ノ

 私の方こそ心臓がもちそうもなくて辛いです! なんですか、今の胸キュンのお言葉は! おかげでグリーシァンの言葉が吹っ飛びましたよ! いきなり萌えキュンの展開が降ってきたと浮かれていたところに、殿下から思わぬ事実を聞かされる。

「今後はサロメ侍女長の事を重点的に調べて行こう。それに彼女は一時期、兄上の専属侍女を務めていてもらった時があったしな」

 ――え?





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