Please63「目覚める魔力」―Akbar Side―
「四天王のレベルであれば可能です。並みの魔法使いや魔女であれば、人間の魔力でも感知出来るでしょうが、四天王ほどの力があれば、感知されない結界を作れます。現に宮廷魔導師達は誰も私とヴィオレが魔法使いと魔女だと気付かなかったでしょう?」
魔法使いに痛いところを突かれ、クレーブスは表情を歪めた。やはり魔法使いの魔力に人間は敵わない。魔導書や歴史書に記録が無いのも魔力によって隠蔽されていたのだ。
「それでオマエは自分のいい様に、ここに人間として居座ったわけか」
「それを最初にやったのは貴方の母親のヴィオレですよ。私は彼女のやり方を亜流しただけですので」
まるで自分には非がないように聞こえる。
「オマエの欲のせいでオレは呪いをかけられ、叔父上との仲に軋轢が生じたんだ。何故、叔父上まで巻き込んだ? 彼はどう見ても王になる器ではない」
「簡単な事です、都合が良かったのですよ。より自然に貴方を王宮 から追い払う為に協力して頂きました」
――何が協力だ?
「オレと母上の命を引き換えに叔父上を脅したのだろう?」
「人聞きの悪い言い方をおっしゃらないで下さい。私は事実を述べただけですよ。カスティール妃の正体は魔女、そしてアクバール様は魔女の子供だと。この事が公になれば、お二人の命はないでしょう。陛下にはお二人を生かしたいのであれば、アクバール様に呪いをかけ、貴方が王になる他はないと、そうお伝えしたまでです」
「それの何処が脅しではないと言う?」
魔法使いは「それが何か?」と、すました顔をしていた。あくまでも自分は何も悪くないという態度がむかっ腹が立つ。
「陛下はとても心を痛めていたのよ! ご自分には子供が作れないから、アクバールの事を我が子のように愛して下さった! 陛下はアクバールを守る為に自分は憎まれ役になると泣いて承諾なさったのよ!」
母上は大粒の涙を流していた。叔父上の決死の覚悟を思い出し、感情が爆発したのだろう。そんな姿の母上と叔父上の思いを見て心が痛感する。
「ヴィオレ、根本的に間違っていますよ。貴女が私を裏切って人間の許へ行かなければ、このような事にはならなかったのです。怒りの矛先を私に向けないでもらいたい」
「……っ」
「母上、コイツは気が狂っている。まともに真に受けていたら、こちらの気まで狂います」
「何とでも好きにおっしゃって下さい」
魔法使いはまたすました顔で返す。
「ヴェローナとバレヌを使ってオレを排斥しようとしたのも守って下さろうとしたのですね」
「そうよ。彼等には真実は伝えられなかったけれど、貴方を守る為、上手く利用させて貰ったの。ヴェローナは貴方と婚約している時に別の男性と関係があった事を、バレヌは中立派を装って陛下派と王太子派のそれぞれ不利益になる情報を双方に流して利益を得ていた弱味につけ込んで、貴方の排斥に協力させた。一刻も早く私と陛下は貴方をデュバリーから遠ざけたかったの」
「でも計画は失敗に終わってしまいましたね」
「えぇ。ヴェローナとバレヌにとって記憶の一部を消される悪い結果になってしまった」
彼等もある意味、犠牲者に過ぎなかった。そう心を痛めているところに奴がまたとんでもない事を発言する。
「ヴィオレ、心を痛める必要はありませんよ。記憶の消失は彼女達への断罪ですから」
――コイツ……。
「そう思っているのはオマエだけだ。話を戻するが叔父上は子孫を残せる躯ではない。彼が退位した後はどうするつもりだ?」
「それはお聞きにならなくてもお分かりでしょう? 私が王の座に就きます。そして愛しのヴィオレを奪ったダファディル家の血など、跡形もなく消し去り、その後はヴィオレを連れて海底の世界に帰還するつもりです。それに私達の寿命は千年を超えますから、長くは人間界にはおれません」
「随分と勝手なシナリオだな」
ある程度の予想は当たっていたが、後半の言い分には反吐が出る。コイツのこれまでの経歴は足を引っ張る箇所がないほど綺麗で、返ってきな臭さを感じていた。それもすべて人間界 に居座る為に作った偽りだ。
「人を非難している場合ではありませんよ。貴方は私の忠告を破りました。よって貴方は魔女の血を引く重罪人として囚われの身となります。勿論ヴィオレとクレーブスも一緒ですのでご安心下さい」
「ふざけるな」
「因みに陛下は捕らえませんよ。貴方達を処刑する仕事がありますからね。そして……」
魔法使いはレネットに視線を向けると、ニヤリとゾッとする笑みを浮かべる。
「レネット妃殿下。貴女も捕らえませんのでご安心下さいませ。アクバール様には愛する者と引き裂かれる絶望を味わって死んで頂きますので」
「なっ、そんな事させないわ!」
激昂したレネットは身を乗り出して抗議する。
「それに貴女がもつ不可解な魔力についても気になりますので生かして差し上げます」
「……っ」
やはりレネットの魔力について魔法使いは何も知らない。では誰が何の為に彼女に魔力を放たせるのか。
「ここらで話は終了に致しましょう。これから貴方達には現実をご覧になって頂きます」
夜闇が青の彩りに変わっていく。
――海……いやパーティ広間 。
急変で意識が追い付かず茫然としていた。だが……。
「衛兵と魔術師達よ! カスティール様とアクバール王太子、そしてクレーブスを捕らえよ!」
一瞬で呆けは吹き飛んだ。会場に轟く不穏な声で我に返る。見れば声の主はテラローザの姿をした魔法使い であった。
「テラローザ、いきなり何事だ!」
奴の前に激昂した叔父上が飛び込んできた。
「ヴォルカン陛下、魔女の一味を捕らえます」
死の宣告でもするような表情で、魔法使いは告げる。叔父上は国王陛下の威厳を損なうような酷く血の気を引いた顔でオレを見つめる。その表情は真実を知ってしまったのかと咎めている。
「ここにいる彼等は魔女の一味だと判明しました! 即座に捕らえなさい」
魔法使いはこちらに向かって指を差し、命令を下す。
「まさか! 信じられない!」
「カスティール様や王太子が!? 宮廷魔導師まで捕まって我が国は今まで何をやっていたの!?」
どっと周りからどよめきが起こり、周りの空気が強張る。魔物でも見るような怯えた視線が、オレの躯を貫いていた。
「な、何を貴方は勝手な事を言うのですか!」
レネットが魔法使いの前に立ちはだかる。ガタガタと震え、恐怖を隠してオレを守ろうとしている。その彼女を目にした魔法使いが不気味な笑みを見せる。
「丁度いいですね」
ゾクリと背中に汗が伝う。
『眠っていた貴方の力を解いて差し上げましょう』
脳に直接、魔法使いの声が響く。
――何を言っている? オレの力?
魔法津使いを睨み上げると、奴はほくそ笑んでいた。
『これから面白いショーをお見せしますよ』
即座に空気が鋭くなり、異変を感じ取る。壁際に驚く声が向けられ、異変の原因が分かった。
――あれは……?
特殊魔法によってステンドグラスの中を泳いでいた絵の魚達が立体的な形となって空中に浮き出る。大きな魚は大胆な動きで回り、小さな魚は群れを作って踊るように泳いでいる。まるで水中で泳ぐ魚のようにリアルだ。
周りから歓声が上がる。我が国は陸大陸であり、周りに海はなく殆どの人間が海を見た事がない。その為、疑似的な水中の様子を目にして気持ちが昂るのだろう。
「こんな演出は聞いていない……」
近くにいるクレーブスから零れた。魔導師トップの奴が把握していないのはおかしい。
『これから面白いショーをお見せしますよ』
さっきの魔法使い の言葉を思い出す。
「クレーブス、これは演出ではない! 魔法使いが何かしでかすぞ!」
オレの忠告にクレーブスは警戒心を剥き出しにする。そして隣に立つレネットに目を向けると、彼女の周りをクルクルと回っていた群れの魚が一斉に口を開いた。
――歯列が見える!
一般的な魚には人間のような歯はない。あんな人間と同じような歯があるのは肉食の淡水魚だ!
「きゃあっ!」
恐れていた通り、牙を剥き出しにしてきた淡水魚にレネットが襲われる! 彼女は必死で振り払おうとするが、魚がドレスを噛みつき引きちぎってくる。あれでは肌も食いちぎられる!
「レネット!!」
オレは魚の群れに突っ込んで彼女を庇うように抱えて引っ張り上げると、魚に数十ヵ所噛みつかれて血を噴き出す。
「アクバール様!」
クレーブスが魔術を放とうとしたが、鰓裂が体の下面に開く巨大な魚数十匹に阻まれた。クレーブスはそれらに光の矢を雨の如く降り落して攻撃するが、強靭な鱗を持つ魚には大した痛手になっていない。その間にオレの躯は淡水魚に歯を立てられる。
「ぐっ」
痛みの連続に呻き声が洩れた。
「アクバール様、私を置いてお逃げ下さい! このままではお躯がやられてしまいます!」
オレは血を噴き出しても決してレネットを離すまいと、より腕の力を込める。
「馬鹿いえ! オマエを置いて行くぐらいなら死んだ方がマシだ!」
この魚のターゲットはレネットだ。オレが躯を離せば彼女が食われる。退魔師達が駆け付け、魔力で淡水魚を退けようとするが、まるで効果がない。周りは騒然となって誰もが戦慄いている。
この時、魔法使い の姿が目に入った。この状況を愉快そうに佇んで見ている。それを見た時、ドクドクとオレの躯中が脈打ち、血が、細胞が、騒めく。妙なほど力が滾り、躯中が燃えるように熱い。
――なんだ、この感覚……。
一度も体感した事のない異常な感覚。そして瞳に妙な熱が宿る。目に見えない底知れぬ力が湧き起こる。今ならこの力で何でも出来ると感じた。オレはその力に縋る。
――こ の 力 で こ れ ら を す べ て 殲 滅 さ せ る
沸々と込み上げてくる力をオレは願いと共に解き放った。その瞬間、燃え盛る炎の光景が広がる。視線を向ける方向すべてに炎が放たれ、肉食淡水魚達が燃えカスのように消えていく。それは瞬く間の出来事だった。
…………………………。
騒然としていた広間が今は静寂とした空気に包まれている。誰もが茫然と我を忘れていた。
――さっきの炎は?
それはオレとレネットを襲っていた淡水魚だけではなく、この広間にいるすべての魚が燃え尽くしたようだ。
「アクバール様、傷が……?」
腕の中でレネットの呟きが聞こえ、オレは自分の躯を目にして息を呑んだ。
「……血が止まっている?」
いや、正確には傷元が綺麗に塞がっているのだ。
「一体、何が起こったんだ?」
「アクバール様……瞳が……瞳の色が……赤い……です」
上擦った声でオレの瞳を凝視するレネットの表情は怯えていた。
「え?」
言葉の意味が呑み込めず、オレは彼女を見つめ返す。
「今のはなんだ! あれだけの化け物を王太子が一瞬で消し去ったぞ!!」
「王太子の瞳から炎が放たれてたわ! 魔女の子だというのは本当だったの!? それに瞳の色が血のように真っ赤だわ!」
周りから聞き捨てならない悲鳴が上がる。非難の視線がすべて自分に向けられていた。それが異常な事態だと警鐘が鳴る。
――化け物を消した? 瞳が赤い?
状況を呑み込むよりも先にアイツの声が轟く。
「ご覧の通りですよ! 王太子は魔女の子で間違いありません!」
ようやく理解した。今、自分の瞳は赤く、そして先程の得体の知れない炎は自分が放ったという事に……。魔法使い はオレが魔女の子だと証明する為に、オレの魔力の封印を解き、意図的に力を発動する機会を与えた。
『眠っていた貴方の力を解いて差し上げましょう』
頭の中で聞こえたアイツの声はこういう意味だったのか。
「衛兵と魔導師達よ! 魔女と王太子、並びに王太子の側近を捕らえなさい!」
ここぞとばかりに魔法使いは捕らえる仕上げにかかる。衛兵と魔導師達は躊躇しながらも、魔法使いの命 に従おうと向かって来た。
「アクバール!」
「アクバール様!」
母上とクレーブスがオレの方へと駆け寄る。
「無駄な抵抗をなさらない方が良いですよ? 抗えば抗うほど立場をお悪くするだけですから」
魔法使いの言う通りだ。ここで弁解したところで無意味だろう。オレはレネットと引き裂かれ、拘束される。続いて母上とクレーブスも同様に捕まる。
「さあ、すぐに牢獄へと連れて行くのです!」
そう叫ぶ奴の顔に含み笑いがある事を見逃さなかった。正当な理由で抵抗する術も見つけられないオレはアイツの思うまま引き摺られていく。
「アクバール様!!」
振り返ればレネットが涙しながら、オレの名を連呼する。オレは後ろ髪を引かれる思いで広間から姿を消すのだった……。
