Please64「秘密の隠し通路」




 アクバール様が魔女の子であると露呈され、囚われの身となってから丸三日が経つ。その間の情報は私の耳には一切入って来なかった。それはアクバール様の伴侶である私に危険がかからないよう、私が外出を禁止されていたからだ。

 部屋にはサルモーネとオルトラーナの二人が交互に付いていた。そして扉の前には近衛兵数人が厳重に立っている。これは軟禁状態だといえる。それよりも私はアクバール様達の身が心配でならなかった。

 サルモーネとオルトラーナに状況を訊いても、毎日偉い人達が深夜に至るまで会議を行っていて、結果は分からないと返されるだけ。全く状況も把握出来ず、ただじっと部屋にいる事しか出来ない自分に嫌気が差していた。

「お願い、アクバール様達を助けたいの!」

 部屋に籠るようになった初日、私はこうずっと訴えていた。

「妃殿下、お気持ちは私も同じです。不測の事態で私共も手の打ちようがありません」

 いつもポーカーフェイスのサルモーネもこの時ばかりは悲愴な面持ちだった。サルモーネとオルトラーナは常々アクバール様の計画に協力していたが、まさかアクバール様が魔女の子で捕らえられる不測の事態となり、為すすべがないのだ。

「せめて陛下に会わせて!」
「常に陛下の傍には魔法使いテラローザがおります。接触は無理かと思われます」
「そんな……」
「妃殿下、そもそも今の状況で部屋の外に出るのは大変危険です」

 こういった会話が翌日も何度も繰り返された。そして三日目の今日……。

「アクバール様達はどうなるの?」

 オルトラーナと交代に来たサルモーネに問うた時、彼女の表情が僅かに翳った事を目にした私は、それが良くない状況にあると察した。

 ――ア ク バ ー ル 様 が 処 刑 さ れ る か も し れ な い

 そう思ったら急に呼吸の仕方を忘れたように苦しくなって躯を屈む。呼吸困難に陥ったのだ。

「はあっはあっはあっ!」
「妃殿下!」

 サルモーネが私の躯を支える。そしてオルトラーナが駆け寄ってきた。

「妃殿下、落ち着いて下さいませ! どうかこちらをお飲みになって下さいませ!」

 目の前に芳しいハーブティのカップを差し出され、私は縋るように一口飲んだ。その数秒後に突然眠気が襲ってきた。

 ――これは即効性のある睡眠薬が入ったハーブティ。

 朦朧とする意識の中で気付いた。私の精神が乱れた時の為に用意されていたものだろう。私はサルモーネとオルトラーナの二人に躯を預ける。

 ――お願い、誰か力を貸して! アクバール様達を助けたいの!

 そう強く願って私は意識を手放した……。

*✿*。.。・*✿*・。.。*✿*

 酷く瞼が重たい。なんとか思考を巡らせるが、このまま目覚めても恐ろしい現実が待っていると思えば、虚脱感に抗えなくて再び眠りに入ろうとした。

 ――現実から逃げては駄目だ!

 叱責の声が届いてパチリと目が醒めた。

「大丈夫ですか、妃殿下?」

 クリクリのお目々に真ん丸の眼鏡のアップが見える。

「ラシャさん?」

 寝台で仰向けになっている私をラシャさんが覗いていた。

「はい、そうです。ご気分が優れないとお聞きして様子を見に参りました。ちょうどサルモーネさんとオルトラーナさんの二人が外せない用事があって、その間、私が妃殿下の傍に……」
「ラシャさんっ」

 私は起き上がってラシャさんの右手を両手で握る。急な私の行動にラシャさんは目を丸くしている。

「ど、どうなさったのですか」
「今アクバール様達の様子はどうなっているの? 知っている事があったら教えて欲しいの」
「妃殿下……」

 ラシャさんは躊躇いつつも、必死な私の気持ちを汲み取って口を開いてくれた。

「芳しくない状況です。カスティール様は魔女、そして王太子は魔女の子として国中に知れ渡り、その勢いは他国にまで及んでいます。魔女を王族として迎えた我が国は非難を浴び、非常に混乱へと陥っています。我が国に限らず魔女は人間の敵と見做されています。このままでいけば王太子達の処刑は免れません」
「そ、そんな! 何も悪い事をしていないのに!」
「それだけ魔女の存在は人間にとって恐ろしいものです。歴然と力の差がありますし」
「それはそうだけれども、オーベルジーヌ国の王妃様に呪いをかけた魔女が処刑されずに済んだ事例もあるでしょ! 何も悪い事をしていないアクバール様達が処刑されるのはおかしな話だわ!」
「妃殿下、オーベルジーヌ国のあの魔女は異例の異例です」
「なんとか出来ないの!?」
「クレーブス様とコンタクトが取れるといいのですが、魔力を封じる特別な牢獄に監禁されている為、接触が一切出来ません」
「そんな……」
「自国の人間は力にならないので、他国の人間に助け舟を要しましたが、魔女が相手となるとすぐに拒まれてしまいました」

 ラシャさんの言う事は尤もだ。相手が魔女ともなれば国交問題となる。

「私もクレーブス様のお命が懸かっているので、なんとか打開策を探しておりますが現段階では何とも言えません」
「だからといって、このまま何もしないわけには……」

 このままでは望まない未来が待っているだけだ。

「ラシャさん、お願い! 私を陛下の許へ連れて行って欲しいの!」

 私はラシャさんの両肩を強く掴んで懇願する。

「私は今部屋から出る事が出来ない。このまま何もしないでいたら気が狂ってしまうわ! だからお願い、力を貸して欲しいの!」

 ボロリと大粒な涙が零れ落ちる。アクバール様達が処刑されるかもしれないのに、じっとしているだけなんて耐えられない。

 ――アクバール様もカスティール様もクレーブスさんも、誰も失いたくない。

 私の必死な思いが伝わったのだろうか。

「……分かりました、お連れ致します。ですが、陛下の傍には魔法使いがいるので、必ずお話が出来る保証はありません。それでも宜しければ」
「構わないわ、連れて行って」

 私はラシャさんの両肩を強く掴んで懇願する。

「私は今部屋から出る事が出来ない。このまま何もしないでいたら気が狂ってしまうわ! だからお願い、力を貸して欲しいの!」

 ポロリとまた涙が流れる。

「はい、では少々お待ち下さいませ」
「?」

 ラシャさんは私から離れて何やら室内をウロウロとし始める。そして本棚、暖炉、カーペット、絵画やタペストリーの裏などクンクンと鼻を鳴らして何かを探している様子だ。

「ラシャさん、何をしているの?」
「出入口の扉からまともに出たら近衛兵に捕まってしまいますので、隠し通路がないか探しています」

 キラリとラシャさんの眼鏡が光った。

 ――え? 隠し通路?

「そ、そんなものがあるの!」
「王族のみしか知らない秘密の通路だと聞きます。以前にクレーブス様から聞いたお話なのですが、うーん、やはり簡単には見つかりませんね」
「容易には分からない仕掛けになっているのね」
「そうだと思います。困りました」

 唸りながら懸命に探すラシャさんと一緒に私も探すけれど、それらしきものは見つからない。焦れば焦るほど、見つかる気がしなかった。

 ――ラシャさんがいる今しか機会チャンスがないのに!

 私はグッと胸元に拳を握って下唇を噛む。

「わわっ」

 いきなりラシャさんの焦った声が聞こえて目を向けると、彼女はすってんころりんと仰向けに倒れていた。急いで私は彼女の許へ駆け寄る。

「大丈夫? ラシャさん!」
「あいたたたっ。あぁ~眼鏡は何処でしょうか! あれがないと私何も見えないんです!」

 勢い余ってラシャさんの眼鏡が飛んでしまったようだ。彼女はオロオロと眼鏡の行方を探している。私も一緒になって探す。

「あっ、あった!」

 眼鏡はカウチのソファの近くに落ちていて、私はサッと拾い上げた。

「ラシャさん、あったわよ。あっ、危ない!」
「はうっ!!」

 私が声を上げた時にはラシャさんは壁に掛かっている燭台に顔面を激突させていた。

「いててててっ」

 ――カランコロンッ。

 ラシャさんの痛がる声と何か金属が床に転がる音が重なった。

 ――何の音?

 私は視線を床へと落とす。

「うわぁあああ~~~~!!」

 ラシャさんが半乱狂になって床に膝をつく。

「ど、どうしよう! 燭台の像を壊してしまいました!」

 ラシャさんの手の上にはさっきの金属が乗っていた。あれは天使の形をした燭台の一部だ。どうやら首から上が取れてしまったようだ。

「私のお給料ではとても弁償出来ない代物なのに!」
「お、落ち着いて、ラシャさん。私が一緒に謝ってあげるから」

 私は彼女に眼鏡をかけて宥める。視界が良好になったラシャさんはアワアワと取れてしまった天使の顔を銅にグリグリと回して付けようとしていた。

「な、なんとかくっ付きました! あぁ~顔の向きが反対だ!」

 後ろに向いている天使の顔をラシャさんはグリグリと前へと回す。燭台は元の形に綺麗に戻った、その時だ。

「ニオイますね……」
「え?」

 クンクンと鼻を鳴らしてラシャさんが室内を歩き出す。

「ラシャさん?」

 ――何か匂うというの?

 私には何もニオイなどしない。グルリと室内を見渡した時、ある場所に違和感を覚えた。そこは壁の一部になっている全身用の鏡だ。左側が突き出すように斜めになっていて、反対の右側に隙間が見えていた。

 ――これは……。

 私は右側を押すと案の定、鏡は回転して奥に道が見えた!

 ――ここが隠れ通路だ!

「ラシャさん! 隠し通路があったわ!」

 私の声にラシャさんがビュンと飛んできた。

「あっ! こんな仕掛けになっていたんですね!」
「でも普段は壁の一部となって開く事はないのに急にどうしたのかしら?」
「もしかしたら、さっき私が壊した燭台がこの扉を開く仕掛けになっていたのかもしれません!」
「でかしたわ、ラシャさん!」

 エヘンと彼女は得意げな顔となる。

「妃殿下、すぐに参りましょう」
「そうね」

 覚悟を決めて私とラシャさんは秘密の通路へと足を踏み入れた。人が一人通れるぐらいの細い空間で、内部は真っ暗な為、ラシャさんが魔法で灯りを照らしてくれている。今のところずっと一本道で進んでいた。

「このまま行くと何処に出るのかしら?」

 出口に辿り着いても、すぐに陛下の許には行けないだろう。

「隠し通路は通常城外に出る道となっています。一旦外へと出てしまうかもしれませんが、必ず王宮内部へお連れしますので、ご安心下さいませ」
「貴女が居てくれて心強いわ」

 これまでなんだかんだ彼女には助けられている。今回もとても頼もしい。それから私達は一本道をずっと進んで行った。変わらない光景が続き、迷路にでも入り込んでしまったような感覚に見舞われたが暫くして、

 ――?

 私はある変化に気付いた。無意識に壁を辿るように添えていた手に熱を感じた。

「待ってラシャさん、ここの壁が熱いの。何かあるのかしら?」
「え?」

 私が声を掛けると、ラシャさんは振り返ってマジマジと目的の場所に目を近づけ確かめる。

「これは……王家の紋章が彫られていますね」
「本当だわ」

 ラシャさんが言う通り、国花のデルファイアが彫られている。この形はダファディル家の紋章だ。

「ここが熱かったのですね」
「そうなの」

 私は紋章にグッと手を添える。すると、

「きゃっ」
「わあっ」

 同時に私とラシャさんは叫ぶ。手を添えた場所が突然青白く光り、紋章が浮き出たように輝く。さらにギギギッと奇妙な音が鳴り、私達は怯えて躯を寄せ合う。

「な、な、なんでしょう!」
「わ、分からないわ!」

 ――この先に何が待っているの!?





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