第ニ章

「不埒な条件」




「聖羅になにをさせるつもり?」

 美奈萌ちゃんはアールさんを睥睨し威圧をぶつける。

「妖魔をおびき出す手助けを頂ければと」
「なんですって!」

 アールさん以外のみなが愕然とした表情に変わる。
 私はみるみる目を大きく見開いてアールさんを凝視する。

「美奈萌様もお分かりかと存じますが、妖魔は好んでガーディアンの前には現れません。ヤツ等の目的はあくまでもガーデスです。ですので聖羅様のお力でヤツをおびき寄せて頂きたいのです」
「冗談よしてよ! そんな危険犯すわけないでしょ!」
「ですが今回の妖魔が特殊である為、こちらから妖魔を追う間にヤツは市民を手掛けてしまいます。次の犠牲者を確実に出さないのであれば是非ご協力を願いたいのです」
おびき出したところで必ず息の根を止められる保証があるの!? 万が一妖魔を逃したら、その後ずっと聖羅はあれに付き纏われるのよ! そんなリスクを背負ってまでやる意味が……」
「でしたら美奈萌様は市民の犠牲は止むを得ないという事でしょうか」
「そうは言ってないでしょ!」
「市民の安全を優先にお考えであれば最前の道だと申し上げているまでです」

 …………………………。

 美奈萌ちゃんの口が動かなくなる。
 より張り詰めた空気が重々しい。
 あの美奈萌ちゃんが口を閉ざしたという事はアールさんの申し出は理に適っているという事だ。
 私の鼓動は急速に速まって音が狂ったように鳴り止まない。
 私が妖魔と対面? 得体の知れない者を目にして正気でいられる自信なんてない。

「聖羅が硬直しているわ。彼女は極度の怖がりなのよ。とても妖魔を目にするなんて」

 私の様子に気付いた美奈萌ちゃんがフォローを続ける。

「ガーデスでいる以上遅かれ早かれ妖魔とは対面されます」

 ――ドックンッ。

 鼓動が大きく波打つ。
 美奈萌ちゃんの必死のフォローもアールさんの言葉で覆い被さってしまう。
 マーキスさんもアーグレイヴさんも何も言わない。
 彼等もアールさんの意見に賛成なのだろうか。

 美奈萌ちゃんは苦虫を噛み潰したような表情をしている。
 私を守る任務と市民の安全性との葛藤に苛まれているのだろう。
 私の頭の中は渦を巻き、妙なほど呼吸乱れていた。
 躯全体が無理だ、無理だと悲鳴を上げげて戦慄いている。

「必ず聖羅様をお守りし、危害を加えぬよう致します。ですのでご協力を頂けないでしょうか」
「え……」

 惑乱する私を前に新たな声が入る
 マーキスさんだからだ。
 彼から向けられる意志を貫くような表情に心が揺れる。

 マーキスさんの守るという言葉は私の胸を締め付ける。
 あれだけ恐怖に震わせていたのに今は彼の要望に応えたという気持ちが勝る。
 何がそういう気持ちにさせるのかは分からない。
 彼が私を必要だと思ってくれているのかと思うだけで試む意志が生まれる。
 私はグッと握る拳に力を込める。

「わ、私やります。マーキスさんの言葉を信じてますから」

 私の言葉にフワッと花が綻んだような笑みがマーキスさんから零れた。

「聖羅?」

 美奈萌ちゃんにとって思わぬ言葉だったのだろう。
 動揺を隠しき切れないといった驚きの姿を見せていた。
 私はマーキスさんが微笑んだ表情に目を奪われていたのだけれど、

「私は反対よ! いくら聖羅の意思があっても! 」

 美奈萌ちゃんからの許しは得られない。

「ガーディアンがファーストならまだしもサードというのは安全の保証が……」
「美奈萌様、階級を重んじるお気持ちは分かりますが、皇帝エンペラーからのご命令を受けた我々をもう少し信用頂きたい」

 彼女の言葉を遮ったのはまたもやアールさんだ。

「何言ってんの! 皇帝からの命令だからってイイ気になってるじゃないわよ! 調子づくのも大概に……」
「お言葉ですが今回の妖魔は一匹に対し、二組のファーストが失態しております」
「なんの話よ!」
「お聞きになっていませんか? 我々の前にファーストのガーディアンが妖魔と戦っておりますが二組とも負傷を追い、失敗に終えました」
「だったら尚更サードなんかに!」
「皇帝からは負傷を追ったファースト等に少々落ち度があったとお考えです。己の力を過信していたのではないかと」
「はぁ?」
「ファーストは才知、武勇に長け、経験も豊富です。それ故に少々慎重さに欠けていたようです。皇帝は慎重さがあればサード程度でも処理が出来るとお考えのようです」
「ファーストに対して随分と侮辱した言い方をしてくれているわね?」

 ギッと美奈萌ちゃんはアールさんを睨み上げる。

「皇帝から伺った内容をそのままお伝えしているだけです」
「事あるごとに皇帝皇帝って!」

 私はアールさんと美奈萌ちゃんの二人を見守る。
 激情に駆られる美奈萌ちゃんに対してアールさんは至って冷静沈着だった。

「ガーデス様の協力を得るのです。必ずや妖魔の息の根を止めます」

 何か勝算があるかのようにアールさんは言い切る。

「何処からその自信が?」

 皮肉を込めた美奈萌ちゃんの言葉にアールさんは意味ありげな笑みで返す。

「美奈萌様、そこまで見縊られるも我々も心外です。もし妖魔を仕留める事が出来た場合、それなりの報酬を頂きたいと思っております」
「はぁ?」

 またこの男は何をと美奈萌ちゃんは気色ばむ。

「サードなりのプライドとでもいいましょうか。報酬はガーデス様の処女で如何でしょう」





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