第ニ章

「叢生された妖魔の真実」




鞍水アンシュイの村は小規模な村でした。中国に属してはおりましたが、独自の風習や文化をもち……いえ正確には“独自の世界観”をもった民族でした。中でも宗教にまつわる内容は特にです。当時の中国では儒教・道教を重んじておりましたが、鞍水アンシュイではそれらを信仰せず、独自の神を崇めておりました」
「眠くなる内容ね」

(ナイス!)

 と、私は良からぬと思いつつも美奈萌ちゃんの突っ込みに賛同してしまった。
 アーグレイヴさん、ごめんなさい。

「私達がガーデス様を敬う気持ちと類似しております」
「分かってるわよっ」

 真面目に言葉を返すアーグレイヴさんに美奈萌ちゃんはまたもや声を荒げる。

「ただ厳密には神を崇める意味が異なっておりますが」
「というのは?」

 またアーグレイヴさんの謎かける言方に私は首を傾げた。

鞍水アンシュイの祈祷師には霊魂または神々と対話できる者がおりました。ある神々は祈祷師の声に耳を傾け、村を守っていたと言われております。その守護神を村の者達は“神”として崇めていたようです。信者が神教に基づき、信仰を遂げていくというよりは祈祷師が神々の力を司っていたようです。その為、一般的な“神を敬う”の意味から少々異なっているわけです」

(お、奥が深い)

 私の理解力に問題があるのだろうか。
 再び話についていけるのか不安になってきた。

「で? 何が起こって禁戒にまで至ったわけ?」
「はい、ある日突然の事です。守護神達が豹変をし、村の人間に危害を与えるようになったそうです。村中に原因不明の不治の病や天災が続き、混沌と狂気が舞うようになりました」

(え?)

 私は息を呑んだ。
 まるで自分の身に降りかかったように震えが上がる。

「守護神達が豹変した原因は何なの? 村の連中が何かしでかしたというの?」
「それは分かり兼ねます」
「どういう事?」

 美奈萌ちゃんの問いにアーグレイヴさんは漠然とした答えを返した。
 それに眉を寄せる美奈萌ちゃんの気持ちに私も同感だ。

「守護神達が豹変した直後に祈祷師達は原因を突き止めようとしました。ところが……」

 ここでアーグレイヴさんは間を置く。
 半眼で険しい表情へと変わり、只ならぬ雰囲気を感じ取った。

「祈祷師達は皆突然死を迎えました」

 ――ドクンッ。

(なにそれ、どういう……こ……と?)

「突然死ですって? いくら神々でもそんな容易に手掛けられるもんなの? ましてや相手は祈祷師達だったんでしょ?」
「その時の守護神達が尋常ではなかったのは確かです。その後、祈祷師を失った村の人々も神々に祟られたように命を絶っていったそうです。人々は守護神に対し、怨恨の念を抱き死に至っております。その念は計り知れぬものであり、当然というべきでしょうか。念は霊障れいしょうとなり、鞍水アンシュイの村全体が呪詛そのものとなりました」

 私は呆然となる。
 守護神が人を襲い、それによって亡くなった人達の怨念が村全体に残っているなんて。

「村には人が近づかなくなり、暫くの間は廃墟となっておりました。その数年後に再建が入りました。そこに人が立ち入ろうとすると原因不明の突然死が起こるのです。それが幾度も続いた為に村は禁戒へとなり、人の立ち入る事が許されなくなりました」

 ――ゾクリッ。

 再び流れる冷や汗に早鐘を打つ心臓の音が異様に響く。
 まるで怪談を聞いたような気分だ。
 それはあくまでも作り話に過ぎないけれど、今の話は現実リアルなのだ。

「そこに妖魔は目をつけて新たな妖魔を叢生させたってわけだったのね」
「さようでございます」

 美奈萌ちゃんの言葉に話が繋がる。
 今回の妖魔が生まれた根源が、まさかそんな話だったとは。

「釈然としないわね。神々の豹変の原因が分からないなんて」
「かろうじてですが、変の原因には日本人が関与していると聞いております」
「日本人?」
「今回の妖魔が日本人のガーデスを狙う理由はそこにあるかと」
「まぁ、とりあえずはとっとと、とっ捕まえて全貌を明らかにしなければならないわね。で? 被害者の数からして相当手こずっているようだけど、いつピリオドを打つっていうの?」

 美奈萌ちゃんの射るような鋭い眼差しは恐ろしいほど厳酷だ。

「次の被害者が出る前には片を付けるつもりです。今回の妖魔の活動は夜に限られておりますので、私共はこの後、妖魔を追うつもりでおります」
「そんな愚弄な答えを返して私を馬鹿にしてんの? 当たり前過ぎる事を口に出さないでよ! どういう形で接点して片を付けるのかって訊いてんのよ!」

 アーグレイヴの答えは美奈萌ちゃんが望む答えと乖離していたようで彼女の逆鱗に触れた。
 その気迫に押され気味になったアーグレイヴさんがたじろいでいる様子なのが分かる。

「まさかと妖魔を見つけ次第で処理とか言わないでしょうね? そんな計画のなさじゃ次の被害者が出るのも時間の問題よ」
「一つ提案がございます」
「は?」

 緊迫とした空気の中、淡々とした声が間に入った。
 美奈萌ちゃんは面食らった表情をしている。
 彼女をそうさせたのはアールさんだった。

「ただ、それにはガーデス様のお力添えを願いたいのですが」
「え?」

 アールさんの鋭い視線と合わさる。
 彼は無機質な表情ではあるがガーネット色の瞳の奥から何かを訴えるような熱いオーラを寄せていた。
 一体私に何を…?





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