Past9「魔女の元へ」




 深紅の海ゲートに飛び込んでから、オレの意識はプツリと途切れた。思った以上の衝撃で意識が飛んでしまったようだ。次に目が覚めた時、オレは石ころ一つない真っ白な無の空間の中にいた。

―――ここが魔女アイツのいる場所か。

 魔女が棲む海底なのか。呼吸は出来る。この空間に酸素を送り込み、地上と同じ空気にしているのか。さすが魔女の魔力は高い。オレは再び辺りをグルリと見渡す。

―――僅かだが沙都様とオールの気を感じる。

 オレは魔力を発動させる。真っ白な空間に弦のような線状が現れ、空間を埋め尽くす。それは「気」を体現化したものだった。それが僅かでも形を変えた時、異変の現れを示す。

 初めは微々たる反応しかなかったが、暫くしてとてつもなく大きな反応が起こった。とんでもない化け物でも現れたのか。魔女張本人かもしれない。すぐに位置を確認する。

 ……そう遠くではないようだ。たが、都合良くその場所まで辿り着く事が出来るのだろうか。オレはそっと瞼を閉じる。先程の位置に意識を固定し、瞬間移動の魔術を唱える。躯は浮遊し空間の中へと溶け込んでいく。

 ゆっくりと瞼を開いた後、辺りに視線を巡らせる。目的ターゲットへと近づいているのは確かだ。オレは再び魔力を発動させ、目的の場所へと急いだ。
へと近づいているのは確かだ。オレは再び魔力を発動させ、目的の場所へと急いだ。

 …………………………。

 目的の場所に辿り着けた時、既に激戦が繰り広げられていた。上空には隆起した骨格と背から鋭利な翼をもつ人ならぬ形の魔物が、長い槍を持って飛躍していた。相当な数だ。

 その魔物達は降下して攻撃を繰り返していた。魔物が集中している場所には恐らく沙都様かオールがいる筈だ。急いで駆けつけねば。オレが瞬間移動の魔術を唱えようとした時だ。

―――ブッワァ…ドッゴォオオオオ――――――――――ン!!!!!!

 向かおうとしていた場所から、凄まじい爆音と共に螺旋状に渦巻く炎が燃え上がり、オレの足の動きは止まった。上空にいた魔物の一部が綺麗サッパリに消えている。

―――またド派手な発火魔法だな。

 何処かオレは冷徹な目で発火魔法の痕を眺めていた。ていうか、あの魔物の属性は「闇」だ。今の炎の属性は適していないんだけどな。そんな事よりも先を急ぐか。オレは再び瞬間移動の魔術を唱えた。

 …………………………。

 次の瞬間、オレは連続して瞬きを繰り返した。多勢の魔物をガン無視して、自分達の世界へと浸る男女が目の前にいる。何故、オレが男女の恋場面なんて見させられている?世界が切り替わったのかと思った。男女とは勿論、沙都様とオールの二人であった。

―――何をやっているんだ、この二人?

「この状況でイチャコラ?随分と余裕だねー」
「「え?」」

 沙都様とオールは心地好い夢の世界から、舞い戻ってくる。本当に二人の世界に浸っていたのか。これだけの魔物を目の前にして、本当に余裕だわ。それから三人で会話を交えたが、魔物達の殺気だった視線が鋭くなる。攻撃を仕掛けてくるだろう。

 沙都様とオールは心地好い夢の世界から、舞い戻ってくる。本当に二人の世界に浸っていたのか。これだけの魔物を目の前にして、本当に余裕だわ。それから三人で会話を交えたが、魔物達の殺気だった視線が鋭くなる。攻撃を仕掛けてくるだろう。

 厄介なのが、これらの魔物は魔女が作り出したものであり、すべてを滅尽しなければ、アイツの元へは行けそうもないという事だ。こんなカスの魔物達に時間を費やしている暇はない。すぐに片を付けよう。

 そこに新たな魔物の軍が現れる。何百か、何千か。目の前で飛躍している魔物よりも、明らかに巨大な体躯をしている。目の前の魔物達に勢いがつき、前方の群がこちらを目掛けて疾走して来た。オレは手を頭上に翳して聖なる魔術を発動させた。

―――ピカッ!!

 瞬く間に真っ白な光に呑まれるが、それも一瞬の出来事。ほんの数秒後には魔物達で埋め尽くされた黒い上空の半分がくすんだ白色を覗かせていた。そう、魔物はオレの聖なる攻撃魔法を受けて、姿を跡形も無く消されたのだ。

 そんなオレの力にオールはオレの方が退魔師に向いていると言ったが、オレはさらさら退魔師になる気はなかった。実際、何度か声がかかった事もあったが、悉く断っていた。退魔師なんて汗仕事をしたら、オレの美しさが半減する。

「さて…と、 とっとと片付けて、あの女・・・の所に行かなきゃね」

 そう呟いたオレは再び魔力を放ち、二回の攻撃で魔物達を殲滅せんめつさせた。程なくして空間が歪み始め、ある空中の一点に裂け目が現れる。

―――あれは新たなゲートだ!

 あれで魔女の元へと行けるかもしれない!大きな期待を抱く中、地面からまた新たな魔物が現れた。これはまた厄介だな。オレ一人であれば、瞬間移動をして扉に入ればいいが、沙都様とオールもいる。

 三人であそこまで行く間に、この魔物達から攻撃を受け、思うように進む事は出来ないだろう。そして戦っている間に扉が閉じる可能性もある。オレは逡巡した。魔女はオレの手で殺してやりたい。

 その思いを優先にすれば、とっとと扉へと瞬間移動すればいいだけだ。だが、この魔物相手に沙都様とオールを残していくのは、あまりにも非道だろう。となると、あと残る道はこれしかない。

「オール、先に沙都様と一緒にあのピンク色のゲートに入るんだ」

 二人を先に行かせる事だ。そのオレの思案に真っ先に反対したのが沙都様だった。

「そんな!エヴリィさんだけを置いて行くだなんて出来ません。このような数の魔物を相手にして、いくら貴方が万能な魔導師でも命の保証があると言えるのですか?」

 とてもお優しい方だと、その温かさが身に染みる。オレは彼女を酷い形で傷つけたというのに、彼女はオレを本気で心配して下さっていた。

「命を粗末に考えてはいけません」
「え?」

 そして沙都様から頬を包み込まれ、しっかりと見据えられる。

「約束して下さい。生きてまた私の元に戻ると」
「沙都様?」
「必ず生きて還ると誓って下さい」

 オレは瞠目した。何故なら、この時の沙都様がダーダネラ様のお姿と重なって見えたからだ。とても不思議だった。

「分かりました、お約束します。また生きて貴方の元に還るという事を」

 沙都様に誓いを立てると同時に、オレはダーダネラ様とも約束をしたように思えた。オレの返事に沙都様は渋々ご納得して下さったようで、オールと共に扉の中へと向かわれた。そしてオレは魔物達との対戦が始まる。

―――上等だ。すべてを殲滅せんめつさせてやる!

 あれらの魔物は地の属性を持っている。弱点は風だ。オレは地の魔法を発動させた。

◆+。・゜*:。+◆+。・゜*:。+◆

 ようやくゲートの中までやって来た。オレは視線を彷徨わる。ここも何の変哲ない真っ白な空間であった。

―――魔女アイツは何処にいる?

 オレは先程の強力な魔物との対戦でだいぶ体力は使っていたものの、魔女が近くにいるのかと思えば、疲労感に見舞われている事すら忘れる。

 オレはゆっくりと一呼吸をした後、瞼を閉じ意識を統一させる。容易く魔女の気を感じる事は出来なくても、沙都様とオールの二人は感じられる筈だ。だが、その予想が大きく外れる。

―――妙だ。この近くでオールの気は感じるが、沙都様の気が感じられない。

 あの二人は一緒に扉へと入って行った筈だ。何処かで逸れたのか?それにしても沙都様の気が感じられないだなんてオカシイ。

―――……まさかな?

 ドクンッといやにオレの心臓が跳ね上がった。

―――沙都様が魔女にられたなんて事は……。

 そんな愚かな考えが胸の内へと流れてきてしまい、オレは茫然となった。

「エヴリィ!」

 名を呼ばれ、意識を引き戻される。振り返ると、いつの間にかオールが姿を現していた。

「オール?」

 隣に沙都様の姿がなかった。オールは神妙な面持ちをしており、オレの胸に不安を煽る。

「沙都様は一緒じゃないのか」

 オレはオールを咎めるようにして問う。何故、逸れているのだ。

「離れさせられた。恐らく沙都様は魔女の元に攫われた可能性が高い」
「…っ」

 クソッ。魔女の目的は沙都様なのだろう。それ以外の人間は用無しって事か。やってくれる。

「エヴリィ、沙都様の居場所を突き止められないか?オレには彼女の気を感じる事が出来ない」
「それはオレもそうだ。きっと、沙都様は他人に気を感じさせない特別な空間にいらっしゃる」
「どうにかならないのか?」

 オールにとって、オレに頼み事とは不本意なんだろうが、これは明らかな切望をぶつけている。不本意でもあろうとも、沙都様を救える手立てがあるなら、自分の矜持を捨てる事も厭わないのだろう。

 …………………………。

 オレは思案を巡らす。気を感じられないのであれば、到底、居場所を突き止める事など出来ない。だが、もし可能性があるとするならば。

「沙都様とどうして逸れた?」
「エヴリィ、今はそんな話をしている暇など」
「いいから答えろよ。別に責めている訳じゃないから」

 腑に落ちない様子のオールだが、沙都様と逸れた経緯いきさつを淡々と話し始めた。

「鏡の迷宮化…」

 オレはそっと目を閉じ、瞬時に魔力を発動させる。オールはオレが何かをする感じ取り、行動を見守る。そしてオレの躯の周りから淡い光りが浮かび上がる。発動させた魔法は記憶の巻き戻し術。ごく近い過去であれば、オレは人や物の記憶を呼び起こす事が出来る。

 しかし、この空間から記憶を引き出す事が出来ない。どうやら記憶を読み取れないよう、ブロックが掛かっているようだ。オレはターゲットをオールに変えると、すぐに映像が流れ込んできた。

 幾つもの鏡が無造作に振り落とされる妙な光景だ。オレはその映像の中へと腕を伸ばす。半透明な姿の手が鏡の一部へと触れた。その瞬間、パリンパリンパリンッ!と鏡が派手な音を上げて割れた。

―――捉えた。鏡を作り出したぬしの居場所を!

 すなわち魔女の居所という事になる。

「魔女の居場所を捉えた。そこに沙都様がいるかもしれない。急ぐぞ」

 オレは瞼を開き、オールへと伝える。

「本当か」

 オールから喜色が浮かび上がる。でかした!と、珍しく褒められているようで、何とも歯痒い気分にさせられた。


「急ぐよ」

 オレは照れ隠しするように、先を急ぐようオールを促した。

◆+。・゜*:。+◆+。・゜*:。+◆

 やっとの思いで魔女と沙都様の元へと辿り着く事が出来た。その時、魔女の邪悪な手が沙都様の喉元を襲おうとしていた。オレとオールはその場へと飛び込む。オールは沙都様を助け、オレは魔女へと攻撃をかけた。

「ギャァアア――――――!!!!」

 悍ましい魔女の叫び声が空間を震わす。魔女の意識が沙都様一色になっていた為、オレからの攻撃には全く気付かず、見事に攻撃を食らった。腕を切り落とされ、生々しい緑の血が辺り全体へと飛び散っていた。

「やっぱ腕を切り落としたぐらいじゃ、即死する訳ないか」

 オレは身悶えしている魔女を冷然と見下ろし呟いた。あの時の魔女だ。ダーダネラ様のご懐妊パーティで彼女に呪いをかけた…。ヤツは相当な痛手を負っているが、致命傷にはなっていない。

「エヴリィさん、ご無事だったのですね」

 沙都様のお顔に安堵感が広がる。オレの事を本気で心配して下さっていたんだな。それは花が咲き開くように嬉しかった。

「はい、お約束は守りますと申し上げましたので」

 そしてオレは誇らしく答えた。女性との約束を必ず守るのはオレのポリシーだ。そんな互いの無事を安堵したのも束の間であった。

「オノ…レ…人…間メ!…オノレェエエ―――――!!!!」

 魔女から狂った叫び声が響く。ヤツは手を失った腕を伸ばし、切り落とされた手と結合を成し、瞬く間に手は元の形に戻った。一瞬の出来事に、オレ達は言葉を失って茫然となった。

―――まさか元に戻すまでの能力があるとは…。

 魔女は息遣いを整えた後、怒気を孕んだ双眸でしっかりとオレの姿を捉える。その瞳は明らかな殺気が宿っていた。ゾッとするような血色の瞳が燃えている。普通の人間なら足が竦むだろう。

「早く片をつけないとヤバさげだね」

 オレは魔女に怯む事なく対峙し、戦闘態勢へと入る。

―――上等だ。このままヤツの息の根を止めてやる。

 そう思っていた時、思いも寄らぬ事が起こった。まさかの出来事だ。

「それはなりません」

―――え?…今の声?

 女性の甘く澄み透った美しい声。幻聴ではないかと耳を疑う。オレの心に色褪せる事なく息づいている方のお声だった。

―――まさかそんな事が?

 オレは声が聞こえた方へと視線を向ける。

「ダーダネラ様…」

 オレは息を呑んだ。沙都様の頭上で揺蕩う光に包まれ、躯を浮遊なさっているダーダネラ様のお姿があった。一瞬にしてオレの顔から恍惚感を生まれる。オレは動揺しつつも、反射的に頭を垂らす。独りでにダーダネラ様に対する敬意が出た。

「エヴリィ、顔を上げて聞きなさい。決して魔女と戦ってはなりません」
「何故ですか!」

 ダーダネラ様から告げられたお言葉に、オレは荒げた声で返す。魔女はなんの罪もないダーダネラ様のお命を奪った張本人だ!殺さずにいられるか!しかし、どんなにオレが魔女の討伐を押しても、ダーダネラ様の意思が変わられる事はなかった。

―――冗談じゃない!

 今すぐにでも息の根を止めたいアイツが目の前にいるんだ!ダーダネラ様のご意思とは反対の意味で、オレの意思も固かった。

―――許せない許せない!アイツを生かしておくなんて出来ない!例え息の根を止めたとしても、尚もオレの心の中で殺し続けるだろう!それだけオレはアイツが憎い憎い憎い!!

 いくらダーダネラ様のご命令でもアイツを生かす事だけは出来ない!憎悪の念に渦巻かれオレは命令に背き、魔女へと攻撃を開始した。

「エヴリィ!」

 オレは魔力を放ち、巨大な鎌を持つ影を作り出した。オレの憎悪を具現化したような暗闇の影だ。それを数体作り上げ、攻撃へと向かわせる。瞬く間に数体の影が魔女を取り囲み、ヤツへと向かって一斉に鎌を振り落とした。

―――ブワッ!!

 一陣の風が魔女から吹き上がった。

―――何が起こった?

 オレは目を眇めて注視する。気が付けば影も魔女の姿も消えていた。その次の瞬間、

「オノレェエエ――――――!!!!」

―――!?

 オレは魔女から長く鋭い爪を向けられていた!あれで躯が切り裂かれる!反撃には間に合わない!オレは終わりを迎えた……と思っていたのだが。

「エヴリィ!!」

―――ドンッ!!

 オレは胸を強く突かれる。ダーダネラ様がお躯を張って、魔女を突き飛ばして下さったのだ!オレを守って下さったダーダネラ様に胸が熱くなる。だが、そんな感動を味わえたのはほんの一瞬だった。

「キサマァアア――――――!!!!」

 魔女の憎しみの牙が今度はダーダネラ様へと変わって彼女に襲い掛かる!

「ダーダネラ様!!」

 ダーダネラ様に牙を向ける魔女に、オレは咄嗟に魔力を発動しようとした。ところが…。

―――何!?

 一瞬の躊躇いがオレの動きを封じた。

―――シュルルッ、ガッ!!

 ダーダネラ様を襲おうとしていた魔女の手が、オレの喉元へと伸び鷲掴みにした。

「ぐぁ!」

 地からオレの足が離れ、躯が宙に浮かぶ。喉元を強く締められる苦痛に、オレは叫声を上げ続ける。生が尽きる事を望む程の苦しみであった。

「エヴリィ!」

 誰かがオレの名を呼んだような気がした。意識が彷徨っているオレには誰から呼ばれたのか分からなかった。

「ぐっぁあっ」

 さらに魔女の手がオレの喉元に食い込んでいく。魂が焼き尽くされるような苦しみに、魂自らが死の道へと向かおうとしていた。間もなく生が尽きそうであった。オレは薄れていく意識の中でも願う。最後まで揺るぎのなかった思い。

―――オレはこの魔女を殺したかった。

 どうしてもコイツだけは許せなかった。殺してオレの胸の内を埋め尽くしている悲しみを拭いたかった。そして何より御子をお守りしたかった。ダーダネラ様がお命をかけて、お守りになった至宝だ。魔女が生きていれば、御子へと危険が及ぶ。

 だからコイツをこの手で殺したい。だが、その願いは虚しく砕けようとしていた。……あぁ…もう……駄目……だ。意識が……。その時、最後に眩い光が見えたような気がした。次の瞬間、躯に強烈な衝撃が走り、オレの意識は霧散した…。





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