Past8「天神との出来事」




―――天神の神力を引き出すには、彼女に真実を見極める力が必要だ。

 天神の力とは「神の力」。人間の魔力よりも遥かに強大であり、その力を得るには神として相応しいかどうかの力量が試される。その判断をするのは神官でも魔導師でもない。天神の使いとされている「杖」が、その役割を果たす。そして、その舞台をオレ達が用意する。

 陛下の了承を得て用意した舞台は次の通りだった。ある退魔士が魔物と判断し、殺した獣が実は聖獣であった。聖獣は人とは関りの持たない生き物。その代わり、聖獣の縄張りを荒らしてならないという暗黙の法則ルールがある。

 その法則に対し、誤って聖獣をあやめてしまった。その詫びを聖獣の長ホーリー様へと告げに、オレとオールは沙都様を連れて行く。途中深い霧に見舞われ、沙都様とは離れる。一人となった沙都様の前に一人の青年が現れる。神秘的なオーラはまるで聖獣のような。

 だが、それは聖獣ではない。ゼニス神官が作り出した魔物・・だ。そこにゾッと背筋が凍てつくような禍々しい姿の獣が現れる。見た目はどう見ても魔物そのもの。しかし、ソイツは魔物ではないのだ。変化へんげ魔法をかけられたオールである。

 美しい姿をした魔物と恐ろしい姿のオール。その二人を対戦させる。そして故意にオールを不利な状況へと追い込ませる。その時、沙都様は美しい青年を魔物として見極め、倒そうと試みるのか。この判断へと至った時、杖は沙都様あまがみに力を与える。

―――果たして天神さと様は杖に認められるのだろうか。

 激しい閃光が幾度も暗澹あんたんとした景色を切り裂いていく。禍々しい獣姿のオールは神官が作り出した魔物と目も留まらぬ激しい戦闘を繰り広げていた。作られた舞台とはいえ、オールはリアルに怪我を負い、非常に生々しかった。

 オレと神官は沙都様の目に映らぬ場所で様子を見守っていた。沙都様はあのオールの姿に怯えていた。完全に彼を魔物だと思い込んでいる。そしてオールと闘う人型の魔物の方を味方であると信じているご様子だった。

 あのままでは魔物がオールを追い詰めた時、彼女がオールを助ける事はないだろう。その時点で天神として「失格」となる。非常に厳しい試練ではあるが、見極めるすべがない訳ではなかった。杖はヒントを与えている。

 美しい人型の魔物を目の前にすると、杖は発光していた。その意味を沙都様はオールが追い詰められるまでに、気付く事が出来るのか。オールの犠牲・・行が無駄にならない事を祈ろう。

 数十分と激戦が繰り広げられる中、舞台は終盤へと差し掛かっていた。魔物の強靭きょうじんなる鞭がオールを捕らえる。今のオールの体力と魔力ではあの鞭の威力から逃れられないだろう。そして魔物がオールへととどめを刺そうとしていた。

―――!?

 オレは息を殺し、状況に目を奪われる。突然、沙都様に変化が現れたからだ。正確には杖が弓上の形・・・・に姿を変え、沙都様の手の中へと収まった。その刹那、沙都様が弓をつがえる。放たれた矢の矛先は…?

「くっ…」

 視界が奪われる。かろうじて見える映像には稲妻の光を宿した矢が暗闇を切り裂き、そして標的の胸元を貫く!魔物の躯を蝕むように眩い光が放ち、間もなくして魔物は炭化となって跡形もなく消えて行った。

―――!?

 一瞬の出来事だった。杖が姿を変え、沙都様が弓を放ち、そして魔物・・を打つまでの時間が…。

 …………………………。

 獣姿のオールが残っている。やはり先程の矢は見事に魔物を貫いたのだ。

―――やった!沙都様は無事に杖に認められ、神力を開花させた!

 何とも言えぬ達成感が胸の内へと広がっていく。隣に立つ神官へと視線を向けると、彼はコクンと短く頷いた。それを目にしたオレは沙都様の前へと赴く。

「お見事でしたね、沙都様」

 そして拍手と共に、沙都様へお褒めの言葉を送る。オレの姿を目にした沙都様は瞠目なさった。それからオレは今回の天神の試練の件を沙都様に明かした。彼女は目を丸くして驚かれていた。

 そしてゼニス神官からも説明があり、沙都様が杖に認められた事を告げた。そこで意外だと思ったのは彼女が驚きや嬉しさよりも、何よりオールの事を気になさっていた事だ。

「あの…先に手当を差し上げて下さい」

 彼女の言葉にオレは平静を装っていたが、内心は度肝を抜かされていた。この禍々しい姿の獣をオール・・・だと気付いていたのか?オレはそれを証明して貰おうと、鎌をかけてみた。

「やはりお気付きでしたか」
「ええ、こちらの獣はオールさんなのでしょう?」

 やはりそうか。沙都様は何もかも気付いていらっしゃったのだ。彼女にはつくづく感心させられる。神官も彼女を立派な天神だと認めているようだ。

「あの、そろそろオールさんを元の姿に戻して差し上げて下さい。だいぶ深い怪我をされていますし、見ていて痛々し過ぎます」

 うん、沙都様はお優しい。再び彼女から促されたのだが、オレはそれを実行するに当たって非常に具合が悪かった。今回の舞台、当初のシナリオからかなり変更をかけたのだが、それをオールには知らせていなかった。

 よりリアル感を出す為に、オールを奇抜い獣へと変えてしまった事とか(おまけに喋られなくした)、魔物のレベルもオールと同じぐらいの予定だったのが、勝手に神官レベルまでアップさせたとか。

 オールを元の姿に戻した時、どんな咎めを受けるか分かったもんじゃない。が、このまま元に戻さない訳にもいかないな。オレは意を決して、オールに解除と回復魔法を同時にかけた。瞬く間にオールは元の人型へと戻る。

「オール、文句なら後で聞くからね」

 オレはオールをろくに見ずに先手を打とうとした。ところが、オールは全くオレには目もくれずに、ヤツは真っ先に沙都様の前に足を運んだ。それからオレは思わぬものを目にして目を見張る。

「オールの笑う姿は数年ぶりに見たのう」
「確かに」

 神官が吐露される。オレと同じく驚かれたのだろう。オールの笑顔なんていつぶりだよ?

「あれ以来だのう」

 続いた神官の言葉にオレは目を細めた。あれ以来・・・・、オールがダーダネラ様の近衛兵となる前の事だろう。にしてもだ。沙都様はオールの笑顔まで引き出すとは。まさに神業か?というかオール、アイツやっぱり?

―――何処となく気付いてはいたが…。

 今日の件で完全に芽吹いた・・・・・・・のかもしれないな。にしても……また随分とタイプが異な・・・・・・・・・・・お相手だ。報われるといいが、既に彼女は……。いや、今は他人事など考えている場合ではない。本題の方が大事だ。沙都様が無事に神力を手に入れたのだ。

―――これで魔女討伐・・・・へと向けて本格的に動ける。

◆+。・゜*:。+◆+。・゜*:。+◆

―――不覚だった。まさかあの時・・・・のオールとの会話を沙都様に聞かれていたなんて…。

 オレは第二執務室でオールと今後の魔女討伐の件で話し合いをおこなっていた。沙都様が天神の神力を得てからだ。ここ最近であるがオレは感じ取っていた。魔女が近い内に現れるのではないかと。

 しかし、それは神官や他の魔導師は感じていない。只のオレの思い過ごしなのか。しかし、オレには魔女が近くにいるような気がしてならなかった。どちらにしろ、戦闘態勢を考えなくてはならない。

 その為のオールとの話し合いであった。珍しくヤツと二人で仕事だ。魔女討伐の件でいっぱいで、他の話などしている余裕などなかったのだが、せっかくの機会だ。オレはこの時間を仕事以外でも有意義なものにしたいと考えた。

 この時にはオールの胸に抱いている想いに間違いはないと、ほぼオレは確信していた。沙都様の想いを応援したい気持ちもあるが、個人的には今度こそオールに幸せになって貰いたいと思っていた。オレは純粋にヤツを応援していた。

「陛下の気丈夫には尊崇するよ。王妃様がお亡くなりになって数日後には別の女性を抱かなくてはならなかったからね。世継ぎの為とはいえ、とても酷な事だよ。今宵は常に沙都様がご一緒だし、悲しみに浸る時間も許されない。本当に気の毒でならないよ」

 こうやってオレはわざと不快な事実をオールに教え、ヤツが行動を起こすように煽いだ。

「言葉に気を付けろ。今の言葉は沙都様に対して失礼だ」

 オールの表情が気色ばむ。相当オレに怒りをぶつけている。これぐらい言わなきゃ、オールは行動の一つも起こさない。今は沙都様の気持ちに遠慮して、何も動けないでいるようだし。

―――オールは優しさ故に自分の幸せを逃している。

 お節介ながらも、オレの言葉で二人・・の関係が少しでも変わればと願った。ところが、それが皮肉にもとんでもない不幸を呼んでしまった。

―――バッ!

 突然、オールが背後へと振り返った。異様な気配を感じ取ったように気が張り詰めているようだ。

―――?

「沙都様がいらっしゃった」
「え?」

 オールの呟きにゾッとオレは背筋が凍り付いた。オレが固まっている間にオールは執務室から姿を消した。沙都様の後を追ったのだろう。オレは追いたくても躯が硬直して動けない。

 さっきのオレの言葉は沙都様からしたら、侮辱のなにものでもない。あそこまで言われたら、いくら沙都様でもオレを許さないだろう。オレの胸の内に悲哀と後悔が広がっていき、行動を起こせなかった。

―――守るといった沙都様を傷つけてしまった。

 オレが行動を起こしたのは暫く経ってからだった…。

◆+。・゜*:。+◆+。・゜*:。+◆

―――パシンッ。

 肌を打つ音が響き渡った。意想外の出来事で胸に衝動が走り、呼吸が停止したように思えた。回廊で沙都様の姿を見掛け、オレは急いで彼女を引き留めようとした。だが、彼女の手を取った瞬間、強く払い退けられてしまい、オレは茫然となった。

―――沙都様がこのような事をなさるなんて。

 それだけオレは彼女を傷つけて・・・・しまったのだ。何とも言えぬ後悔の念がオレの心を苛む。

「沙都様、先程…「何もお聞きする事はありません」」

 完全に沙都様から拒否られている。これは自業自得であった。

「沙都様、私の事はどう思われても構いません。ですが、どうかオールの事だけは誤解をなさらないで下さい」

 これだけは弁解しなければならない。オレの事は憎んでもいい。だが、オレのお節介で応援していたオールまで誤解をされては心が酷く締め付けられる。

「アイツは初めから天神…沙都様の事を気掛かりにしておりました。我が国の一存により、異界の者を召喚し、代理出産と魔女退治をさせる等とんでもない事だと、天神とて一人の女性であると訴えておりました」

 オールは沙都様がこちらの世界に召喚される前から、彼女を心配していた。そのアイツの真摯な思いを沙都様には分かって頂きたい。その思いは沙都様に届いたようだ。彼女の瞳が潤いに輝き、温色となっていく。

 涙を堪えていらっしゃる沙都様に、思わずオレは触れようと手を伸ばした。しかし、オレには彼女に触れる資格はないのだ。すぐに手を引き下げた。

「沙都様、これだけはお伝えさせて下さい。私への信頼が失われたとしても、私は貴女を必ずやお守り致します。既にもう…」

 沙都様の元へと向かう途中にも強く感じ取っていた。

―――魔女は近くまで来ている。

 それは紛れもなく対戦の日が近づいているという事だ……。

◆+。・゜*:。+◆+。・゜*:。+◆

 それは刹那の出来事だった。グニャッと空気が澱み、すぐに異変へと気付く。今までにこんな気を感取した事はなかった。

―――これは魔女アイツの気だ!アイツがすぐ近くまで来た!

 そして、オレはもう一つの異変に気付く。

―――沙・都・様・の・気・が・感・じ・ら・れ・な・い。

 まさか魔女に攫われたのか!そうオレの全身が震え上がる。いつの間に入り込んで沙都様を攫っていったというのだ!本能が危険を訴えている。危険がすぐ目の前までやって来ている。

 オレはそれを魔導師及び退魔師へと精神感応テレパシーで送る。ここでもある事に気付いた。オールの気も感じない!二人とも魔女に連れ攫われたのか!知らぬ間に何が起きたんだ!

―――!?

 咄嗟にオレはテラスへと出た。外から凄まじい気のエネルギーを感じていた。

―――魔女アイツは何処にいる!?

 精神を研ぎ澄まし感知を試みるが、周りの空気が澱み過ぎており、上手く感じ取れる事が出来ない。酷く焦燥感に煽られる。急がなければ、ヤツの元へは辿り着けない。一秒でも迷っている暇などないのだ!その時、

―――ザァアア―――――ンッ!

 いやに波の音が耳に奥へと纏わりついた。こんな波が荒れるなど、我が国の気候では有り得ない。だが、荒波はより恐ろしく・・・・音を鳴り響かせていた。

―――海・に・何・か・が・あ・る。

 そう察したオレは一秒でも無駄にしたくなく、海が見えるテラスの奥まで自身を瞬間移動させた。

―――!?

 海を目にした瞬間、オレは息を切った。これは……どういう事だ?エメラルドグリーンの海は血の色へと変わって渦巻いていた。まるで生き物のように蠢き、明らかに尋常ではなかった。

―――あれは深紅の海は魔女の元へ行けるゲートだ!

 あれが完全に閉じられたら、アイツの元へは行けなくなる!

―――クソッ!

 オレは瞬時に神官へと精神感応テレパシーを送る。沙都様とオールと共に・・・・・・・・・・魔女の元へ参ります。ゲートは深紅の海から現れました、と。そう伝えた後、オレは後先考えずに海へと身を投げたのだった……。





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