Birth62「聖なる光の中で」




―――これは空間が歪んでいるのでしょうか?

 揺蕩う狭間から新たな変化が訪れる事を察します。辺りにユラユラと淡いピンク色の何かが現れると、空間の歪みが消失しました。

―――あちらは一体?…はっ!

 突然、足元の地が凹凸に歪み始め、異様な変化が起こります!

「な、なんでしょう!」

 至る所に隆起が始まり、私は訝しげに大きく目を剥きます。さらに…。

「こ、これは?」

 盛り上がる場所から何やら妙な形が作られていくのです。それは粘土のように練られ、岩のようにゴツゴツとした茶色い奇異なものでした。

―――な、なんなんですか、あちらは!

「また新たな魔物か」

―――え?

 隣で呟くエヴリィさんの言葉を耳にし、目を疑います。これらがまた新たな魔物となるのですか?

「オール、先に沙都様と一緒にあのピンク色のゲートに入るんだ」

―――え?

 エヴリィさんの今の言葉、明らかに違和感を覚えます。

「オマエは?」

 オールさんも私と同じ疑問を持たれたようで、すぐにエヴリィさんへ問います。オールさんの表情は厳酷な面持ちでした。

「オレは魔物を殲滅せんめつさせる」
「何故、一緒にゲートに入らない?」
「ゲートに入っても、きっとまたこういった敵が用意されていると思うよ。魔女の魔力に余裕がある内は何回でも魔物は生み出される。でもオレがここで魔物を退治していけば、ヤツの力は弱まっていき、魔物は作り出せなくなる。魔女の目的はこちらの精力を衰えさせ、自分との戦いを不利にさせる事だろうね。そんな余裕はブチ壊してやるけどさ。とにかく精力が弱まれば、おのずとヤツの所まで導かれると思うよ。だから先にゲートに入って魔女が現れるのを待っていてくれ」

 顔色一つ変えずに淡々とお答えするエヴリィさんですが、私は平然とはしていられませんでした。今の答えは、すなわち彼の犠牲を伴うという事ですから。

「そんな!エヴリィさんだけ置いて行くだなんて出来ません。このような数の魔物を相手にして、いくら貴方が万能な魔導師でも命の保証があると言えるのですか?」
「…沙都様」
「え?」

 そっと私の左手をエヴリィさんの両手が包み込みます。

「私は魔女討伐が出来るのであれば、この命すら散らしても構わないと思っております」
「エヴリィさん?」
「あの女の息の根を止め、沙都様が無事に御子をお生みになる為であれば、己の犠牲も厭いません」

 ギュッと痛いぐらいに握られる手の圧力に、私は躊躇いが生じます。

―――この思いは…?

 真っ直ぐと私を見据える彼の眼差しから漲る決死の思いが見えていました。彼はいつも何かに拘っていて、それが命を懸けて私を守るという事に繋がっているのだと思います。

―――彼をここまで決死にさせるものはなんでしょうか。

 今は考える猶予などありません。ですが、これだけはお伝えしなければ。

「命を粗末に考えてはいけません」
「え?」

 私はエヴリィさんから手を離しますが、今度は私が彼の頬を掴み、しっかりと瞳を見つめ、言い聞かせるように伝えます。

「簡単に命を散らす、犠牲も厭わないの言葉を言うものではありません。私は貴方の命を失うのを目にしたくありません。ですので、エヴリィさんも共にゲートへ参りましょう」

 それはオールさんの命を失いたくないと思った時の気持ちと同じでした。ましてや私を魔女の所に行かせる為の犠牲ともなれば、私は生きている限り、ずっと苛まれ続ける事でしょう。命の尊さはみな同じなのです。

「沙都様のお気持ちは十分に伝わりました。ですが、我々の目的は魔女討伐を急ぐ事です。その為に最善の道を選ぶ事が必要です」
「どうしてもここに残って魔物と戦うというのですか?」
「はい」

 これ以上、何を言っても彼の意志は変わらないのでしょう。それはもう十分に伝わり分かっていました。ではせめて…。

「約束して下さい。生きてまた私の元に戻ると」
「沙都様…」
「必ず生きて還ると誓って下さい」
「分かりました、お約束します。また生きて貴方の元に還るという事を」

 その約束の言葉が、この場凌ぎでないと彼の表情を見て悟りました。彼の言葉を信じましょう。

―――ピカッ…ドッゴォオオ―――――――ン!!!

「グァアアアア―――――――!!!!」

 思わず耳を塞ぎました!突如、閃く光が見え瞬間、人の声とは言い難い悲鳴が空一面へと鳴り響き、眼前で奇岩の姿をした魔物達が粉々に砕けていきました。砕ける音も生々しく、予期せぬ自然災害が起こったような凄絶さです。今の攻撃はオールさんでしょう。

 そして今の攻撃が始まりとなったのか、今度は魔物達からの攻撃が始まりました。その場にしゃがみ地を割るもの、こちらへと地響きを鳴らして突進してくるもの、それらの魔物達の行動で辺りは地震のように酷く揺れていました。立っていられるのも時間の問題です。

「魔物達の攻撃が始まったぞ」
「沙都様、一刻も早くオールと一緒にこの場から離れて下さい!魔物達の攻撃でゲートが薄らいでいます!」
「エヴリィさん…」

 行けと言わましても、私の躯は躊躇います。

「約束はお守り致します」
「はい」

 もう一度、強く誓った彼のその言葉を信じて、私はオールさんに手を取られて共にゲートへと向かいます。それにしても凄い地響きです!

―――ゴボゴボゴボゴボッ!!グッシャァアア―――ン!!!!

「ひゃあっ!」

 咄嗟に悲鳴を上げました。私がオールさんにと共にゲートに向かったのを確認したエヴリィさんが攻撃を開始されました。青白い液体の水が個体となって宙へと軽やかに水流し、魔物達へ奇襲しました。

 その水を利用した攻撃を最後に、私はオールさんに躯を支えられながら、浮遊するゲートの中へと入って行きました。エヴリィさんの無事を祈りつつ…。

―――エヴリィさん、どうかご無事で。そして約束通り、私の元へと戻って来て下さい…。

◆+。・゜*:。+◆+。・゜*:。+◆

 ゲートの中は綿菓子を連想させるフワフワとしたピンク色のトンネルとなっており、私はオールさんに手を引かれながら、ひたすら前へと進んでおりました。

 何処に繋がる道なのかも分からず、緊迫感に押される状況でしたが、しっかりと握られているオールさんの手が大きな心強さとなっていました。

 …………………………。

 暫く歩いている内に、徐々に徐々にもやが薄れていきますと、ダイヤモンドのように煌めく四角い空間が現れたのです。

―――?

「あちらはここに入った時のゲートと同じ扉でしょうか」
「でしたら、あちらが出口となるかもしれません」

 私の言葉に力強い眼差しで答えるオールさんから、張り詰めた空気を感じ取れました。

―――出口…、あの先に魔女がいるのでしょうか。

 そう思えば、グッと手に力が入り、緊張が高まっていきます。そして私達は急ぎ足となって進み、輝く扉の中へと足を踏み入れました。

―――パァアア―――――。

 ゲートへと入った時と同様、眩い光に包み込まれます。一瞬、ここが危険な場所であると忘れてしまいそうなフワっとした優しい感覚でした。

 …………………………。

 そして新たに開けた世界が映し出された瞬間、私は目を見張りました。

―――ここは?

 身に憶えのある光景です。忘れもしない、あの巨大なドラゴンと遭遇した時と同じ純白の光景だったのです。

「またあのドラゴンがいた場所に戻って来てしまったのでしょうか
「分かりません。少し進んでみましょう」

 不安がる私の声で気持ちを察したオールさんは、私の手を握ったまま、一歩前へ出ようとした時でした。

―――シャッ!シャッ!シャッ!シャッ!シャッ!シャッ!

 突然、何かが降ってくる鋭い音に私達の動きが止まります。

「鏡?」

 あらゆる場所に大きな鏡が降り落ち、私達の姿を無造作に映し出します。次々に現れる鏡は無意味に角度をつけ、私達の姿を増やしていき、その妙な光景に私は嫌悪感が生じます。そしてオールさんから握られていた手がいつの間にか放れていたのです。

 最終的には何処に自分が立っているのかも、全く分からない状態となりました。鏡の迷宮化に閉じ込められたようです。オールさんの姿までも失い、鏡には私一人の姿しか映っていません。

 それに気が付いた時、鏡の雨が降り終わっていました。異様に静寂とした空気が十分に私の心に恐怖を掻き立てています。これまで何も起こらない時は何かが潜んでいました。

―――ドクンドクンドクンッ!

 心臓が騒めき、足が竦みます。鏡が隔てとなり、何処かでオールさんと引き離されたのです。不覚な油断でした。彼は無事なのでしょうか。鏡に映る自分は一人だけ取り残された幼い子供のように怯えております。

 サッと胸元の前に杖を出しますと、力強い黄色い光りが放たれており、どうのような危険を表しているのでしょうか。ここからは杖とだけで魔女の元へと向かわなければなりません。私は辺りを警戒しながらグルリと見渡します。

―――ピリッ。

「…え?」

 な、なんの音でしょうか。はっ!

―――パリパリパリパリパリパリ――――――ンッ!!!!

「きゃぁああっ!」

 音が何かと探るもなく、一斉に鏡が割れ出し、散りばめられた破片が私へと降り落ちてきたのです…。





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