Birth41「突然の異変」




 ここ暫くはせわしい日常を送っていました。王族貴族の女性といえば、お茶会やパーティに参加するイメージがありますが、そのような優雅な生活とは程遠く、こちらは上流階級の方でも乗馬、チェス・ダンス・歌・詩の朗読・歴史物を語る事など嗜みと教養が課せられます。

 また刺繍の縫いや絵画を描く事もあり、イメージとしては家庭教師がついて勉強を習うといったところでしょうか。妊婦であっても、こちらではなんの差し障りのない躯なので、とことん習い事は受け続けさせられています。よく言えば、充実した生活が送れていますが。そんな折、出来事というのは突然に起こり得るものです…。

「何やら思わぬ事態が起きたようです」

―――え?

 朝食の案内に来られたナンさんは私と顔を合わせるなり、とても深刻な表情をされて言われました。どうされたのでしょうか。このようなシリアスな姿のナンさんは初めて目にするので、妙な緊張が走ります。

「あの、思わぬ事態とは?」
「私も詳しくは分からないのですが、オールさん、エヴリィ、エニーの師達が揃いに揃って陛下の元へと集まり、緊急会議をしているようなんです。多分、大事おおごとが起きているのではないかと推測が出来ます」
「なんと…」

 確かに師達が揃う時は只事ではありません。一体、何が起きたのでしょうか…。

―――トントントンッ。

 静寂とした空気の中、突然のノックの音に、私もナンさんも驚愕します。すぐ返事をしなかった為か、再度扉が強くノックされました。音は硬く執拗であり、何かを訴えかけているようにも聞こえました。

 私は我に返り、急いで扉を開けに行きました。すると…?切るような鋭い視線が向けられている事に驚きますが、相手がエニーさんだと分かると、彼女のもち味だと理解します。

「どうされたのですか?」

 エニーさんが私の部屋を訪れるのは初めてですね。私は素朴に質問をしますが、彼女は様子からして、穏やかな感じではありません。妙な緊張感が舞い戻ってきます。

「沙都様、お手数ですが、私と一緒にお越し下さいませ」

 エニーさんの大きな瞳は揺るぎなく私を捉え、異議を挟む余地も与えず、私は彼女の後に続く事になりました…。

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 エニーさんに連れられて訪れた場所は謁見の間でした。玉座に腰掛ける陛下を前にして、私の隣にはオールさん、エヴリィさん、エニーさんが並んでいます。この荘厳で絢爛に彩られた大間にはそぐわない無対流な重さの空気をどう説明したら良いのでしょうか。

 今の時点では何故私がこの場所に呼ばれたのか分かっていません。この場所へと訪れた時から、異様に張り詰めた空気が纏っており、只ならぬ事を察しました。オールさん達みなが神経を凝結させたような強張った様子であり、余計に私の緊張は高められました。

 私は出来るだけ平常心を保っているようにしていたつもりでしたが、実際は不安げな表情を見せていたのかもしれません。私の様子に気付いた陛下から声を掛けられました。

「沙都、急に呼び立てて済まない。わざわざこのような場を設けて参らせたのはそれなりの理由がある」

 いつもの陛下の鷹揚おうような雰囲気が微塵も感じられません。不安は続き、硬い緊張もそのままでした。

「と言いますのは?」
「予期せぬ事態が起きた。昨日さくじつ、退魔士の一人が魔獣を仕留め処理をした。だが、魔獣だと思った魔物は実は聖獣であったそうだ」
「え?…聖獣ですか?」

 魔獣と聖獣?獣には間違いないかと思いますが、どのような違いがあるのでしょうか?

「魔獣は人間に害を与える魔物の一種であり、聖獣は人間には一切関与しない森に棲む獣です。そして魔獣とも対立しており、魔女同様、孤立した生き物でございます」
「なるほど」

 私の微妙な表情を感じ取ったオールさんが補足の説明をして下さいました。魔物とはまだ異なる種族のようですね。ただ気になるのは人間には害がなく、関わりをもたない生き物であるなら…私はある事に気付き、ゾクッと背中に寒慄が走ります。

「罪のない聖獣を手掛けてしまい、大事になっていうのですね?」
「お察しの通りです」

 オールさんは深く頷かれました。出来れば自分の見当違いであって欲しいと願いましたが、的を射てしまったようですね。私には聖獣がどのような存在のものか分かり兼ねますが、異なる種族へ足を踏み入れる事が、この世界で如何に大きな問題であるかを理解しているつもりです。

 特に魔女が人間の領域へ入り、王妃様に呪いをかけるというとんでもない事を起こし、一大事となっているところに、よりによって今度はこちらが誤りを犯してしまうなど。故意ではないにしろ、事を収めるのは容易でないでしょう。

「そもそも魔物と聖獣を見誤ってしまったのは何故でしょうか?」
「魔導士が感知した時点では魔獣の気で間違いなかったようです。その後、魔導士が獣と直面した際、獣は躊躇いもなく魔導士へと襲いに掛かり、魔導士は獣が魔獣であると確信し、息の根を止めました。獣は姿形から殺気立てた気まで、魔物そのものだったようです」
「その後、何故、聖獣だと分かったのでしょうか?」
「魔物は息の根が止まると炭化となりますが、聖獣は個体のまま残ります。手掛けた獣がまさかの個体であった為、聖獣と分かったのです」v 「判別しにくかったとはいえ、こちらの認識が誤っていた事には変わりありませんものね」
「おっしゃる通りです」

 オールさんは当惑に眉根を顰められ、彼の苦衷が滲み出ているように思えました。これはどうしたら良いのでしょうか。また聖獣側の心境はどうなのでしょうか。そんな私の懸念を悟ったように陛下が言葉を紡がれます。

「聖獣らの勘気に触れてしまい、場合によって彼等達との戦争が余儀なく起こるであろう。その前になんとしてでも、聖獣の長へ弁解を行わなければならぬ」

 なんという事でしょう。只でさえ魔女討伐で頭が悩ましいところに、さらに聖獣との戦争など、とんでもない事です。何故このような戦に繋がる事ばかりが起こるのでしょうか。それこそ何かの呪いにかけられたように思います。

「とはいえ、人間とは関わりをもたぬ誇り高き獣だ。まともに我々の話は聞かぬであろう。しかし沙都、天神の其方であれば、耳を傾ける可能性がある。エヴリィとオールと共に聖獣の長の元へ行ってもらえぬだろうか?」
「え?」

 私は正直に驚きの色を現してしまいました。大役を任されてばかりで荷が重すぎます。どのように弁解したら、許しを請う事が出来るのでしょうか。私は、心に不安の影が落ち、表情が曇ります。

「沙都様、無理を申し上げておるのは重々承知の上ですが、ここはどうか一つ、我々の願いを聞き入れては頂けませんか?」
「最悪な事態を招かないよう、私達がフォローします。どうかご一緒にお願い致します」

 オールさんとエヴリィさんから切なる願いを口に出され、そう低頭にして言われてしまえば、否う事が出来ません。本当に私で大丈夫なのでしょうか。

「オールとエヴリィ、沙都を任せたぞ。エニー、町に魔導士と退魔士の守備を増やし、軍師を宮殿の衛兵に回るよう指示を出すのだ」
「「「承知致しました」」」

 私の懸念や危惧をよそに、陛下の命令により事は進んでいくのでした…。





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