Birth42「闇の森の中で」




 微音ですら木霊する空気は冷たく震え、分厚く茂った木々が重なり合って陽光を遮るように鬱蒼うっそうとしていました。暗澹あんたんとした道は果てしなく続いており、ここを例えるなら「闇の森」といったところでしょうか。

 夜陰に乗じたような緊張を伴い、私はひたすらオールさんとエヴリィさんの後に続いて、森の中を進んでいました。まるで生き物は自分だけではないかと思わせる程の黒々とした深い影に覆われながら、私達は目的の場所へと向かっていたのです。

 そうです、例の聖獣の長ホーリー様にお会いする為です。事を知ったのはほんの数時間前の今朝です。知らせを受けてから時を移さず、赴く事となりました。事態が事態なだけあり、即刻と手を打たなければと陛下の命令であっては、そこに私の意思が入る余地はありませんでした。

 天神といってもろくに神力も出せぬ形だけの私の言う事を果たして聖獣の長が聞き入れるのでしょうか。あろう事にこちらは不手際によって、あちらの聖獣をあやめているのですから、荷の重さは半端ありません。

 今回の事件は魔獣に見間違う程の姿と気質をもった聖獣であったと聞いておりますが、エヴリィさんはそもそもが魔物が関与していたのではないかと推測をされていました。それを理由に上手く弁解出来る事を願う他ありません。

 万が一、魔物によるものであった場合、聖獣だけではなく、私達人間の生活にも大きな影響となり、新たな問題が生じます。後々の事も大事ですが、今は聖獣の長ホーリー様に無事に会う事が先決ですね。

 聖地に向かうまでの道のりはこの妖しい森を抜けなくてはなりません。目的の場所まで魔法でひとっ飛びという訳にはいかないのです。聖獣が棲む森には結界が張られており、容易に足を踏み入れられないようになっています。

 さらにその手前、魔獣が生息する森を通らなくてはならなく、二重の支障となっています。そして今歩いているこちらの場所が魔獣が潜む森なのです。ここは見るから禍々しい雰囲気を放っており、先程からずっと緊張の糸が張りっぱなしでした。

 まだ正午を迎える前ですが、辺りは薄暗く、かろうじて歩ける程の明るさがあります。日が完全に落ちてしまえば、いくらオールさんやエヴリィさんでも、無事に抜ける事は不可能であるそうです。

 そしてだいぶ歩きましたが、途中で休憩を挟む事はありませんでした。このような場所で悠々と残っている方が危険だからです。しんどいところではありますが、この森を抜けなければ、休憩を取る事が許されていません。

 危険が及ばぬように、オールさんとエヴリィさんからガードをして頂いていますが、油断は出来ません。いつ何処で魔獣と遭遇するか分からないからです。オールさんは重厚な鎧をエヴリィさんも戦闘用の黒いローブを身に纏い、しっかりと戦闘態勢を整えていらっしゃいました。

 私は魔獣が現れた後、平常心が崩れて、お二人の足手まといにならないかが心配でした。ホラーやオカルトといったたぐいのものを目にしましても、所詮は作り物だと思えば、平静でいられる私ですが、本物リアルはそう同じ気持ちではいられないでしょう。みなが無事に、この森から抜けられれば良いのですが…。

 ………………………………。

 どれくらい歩いたのでしょうか。おおよそですが、二刻以上は経っているように思えました。その間、会話は殆どありませんでした。

「エヴリィ、今のこのペースで日の暮れまでに着けるのか?」
「今のこの道が最短だよ。これ以上の近道はないって」

 数十分、いえ数時間ぶりの会話でしょうか。私の後ろを歩くオールさんは問われますが、前を歩くエヴリィさんはアッサリとした答えで返されます。

「それとこれでもようやく半分と来たところだ。せっつくだけ途方もないよ?」

 続いたエヴリィさんの言葉に、気が遠くなっていきました。ここまで来ていて、まだ半分ときたものです。見渡す限り森の空間が広がっており、本当に出口が見えて来るのか不安を煽ぎます。

「沙都様、体調はいかがでしょうか?」

 このようにエヴリィさんから定期的に問われておりました。こちらの世界では妊婦でも躯の負担は少ないようですが、この道のりはしんどさがありました。それをエヴリィさんは気遣われ、私に回復魔法ヒーリングをかけて下さっていました。

「今のところは大丈夫ですよ。お気遣い有難うございます」
「はい、では先へと急ぎましょう」

 私の状態を確認したエヴリィさんは再び歩き出されました。

 …………………………。

 暫く歩き続けていますと、ふと何か違和感を察しました。微かに視界が霞んでいるようです。

―――?

「なんだ、これは?」

 どうやら私だけが感じ取ったものではなかったようです。オールさんも気付かれたご様子です。

「霧だ。オカシイね。この森は霧と無縁の地帯なのに」
「魔物の仕業か?」

―――ドクンッ。


 お二人の言葉と殺気立った雰囲気に、私の心臓が激しく波打ちました。そう警戒している間にも、徐々に霧は溢れ始め、辺りはたちまち乳白色に煙り、完全に視界が遮られました。近くにいらっしゃったオールさんやエヴリィさんの姿までも見えなくなり、心臓の音が狂ったように脈打ち、その戦慄さに汗が滲み出てきました。

「オールさん!エヴリィさん!?」

 思わず私はお二人の名を叫びますが返事はありません。どういう事でしょうか。この数秒でお二人がこの場から離れたとは思えません。私はすがるようにして、咄嗟に魔法の杖を胸元へと出しました。

―――これは…?

 杖は今まで見せた事のない青白い光を放っています。光は力強く何かに反応を示しているようにも思えました。どうしたのでしょうか。このような姿の杖は初めてです。異様な姿の杖とむせぶような霧に包まれ、私は訳が分からず呆然となります。そこに突如、霧の幕が大きく揺れて我に返ります。目の先に人影が現れたのです。

―――オールさん?エヴリィさん?

 私は安堵の笑みを零しましたが、それが次の瞬間には消えます。現れた人物が全くの別の方だったからです。

―――どなたなのでしょうか…。





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