Link3「恋が芽吹く頃、闇は動き出す」




「キャメル、本当に病院には行かなくて平気か?」
「えぇ、大丈夫です」

 そう彼女は答えるが顔色が真っ青なのは変わらず、ずっと思い詰めたような顔をしている。あんな大男に暴行されかかったのだから、そうなるのか。オレはキャメルに合わせた歩調で、ゆっくりと彼女の家に向かっていた。

 シャガール・ブラウストリートの警備が甘かったのが致命的だったな。スリ以外で大きな事件が起こるような場所ではないと思い込んでいたのが間違いだった。王宮に帰ったらジュラフ団長と警備強化を相談しなければならないな。

「怖い思いをさせて悪かった」
「何故、ライノー様が謝られるのです?」

 キャメルは不思議そうな顔をして問う。

「あそこの警備が手薄だったのはこちらの非でもある。今後はもっと警備を強化するよ」
「私は……警備を強化されるよりも、ライノー様に守って頂きたいです」
「キャメル?」

 ――どういう意味だ? 今の言い方……。

 オレは彼女の横顔を覗いてみると、怯えている様子だった。さっきの言葉は襲われたショックで誰かに縋りたい気持ちの表れだろう。

「個人的に守る事は難しいが警備の強化……「それでも私はライノー様に傍にいて欲しいのです」」

 キャメルに言葉を遮られ、オレは息を詰めた。

 ――ここまで頑ななのは何故だ? まさか……?

 いやそんな筈はないと、オレはすぐに否定する。キャメルほど持ち合わせている女性が、オレに本気なわけがない。

「キャメル、今は早く休んだ方がいい」

 オレはわざと話題を変えた。守れる保証がないのだから期待させられない。それからオレ達は無言で歩いた。暫くすると賑やかな場所から離れ、人気ひとけの少ない殺風景な場所に入った。周りに家が建っていない。

 オレは意外だと驚く。華やかな容姿をしたキャメルはもっと人気の多い都会的な場所に住んでいると思ったが、実際は長閑な場所に住んでいるのか。まぁ、彼女は一時的にこの国に訪れているのだから、仮住まいなのだろう。

「家はもう近いのか?」
「はい、すぐこの先にあります」

 キャメルが安心した顔色で答えた。家を近くにして安堵したのだろう。

「じゃあ、オレはこの辺で大丈夫か?」

 ここまで送れば大丈夫だろうと思ったオレは確認する。この後、オレは急いで役所に行って、キャメルとレインを襲った男の事情聴取をしなければならない。

「ライノー様、ここまで送って下さったお礼がしたいので、宜しければうちでお茶でもいかがでしょうか?」

 キャメルは気を遣って誘ってくれたが、厚意に甘えている場合ではない。

「気持ちだけで十分だ。オレはこの後、例の男の調査をしなければならない」
「ライノー様! 私はその……まだ一人でいるのが不安なのです。もう少しだけ私の傍にいて下さいませんか?」

 ――え?

 キャメルから上目遣いで懇願される。少しばかり潤った瞳には熱が孕んでいるように見え、艶めかしい雰囲気を醸し出している。オレが驚きのあまり答えられないでいると、キャメルはオレの制服の裾を掴んで、もう一度懇願してきた。

「ライノー様、駄目でしょうか?」

 さっきよりもずっと艶っぽい甘美な声色で、誘われているように聞こえた。そしてキャメルの顔が近づく。媚薬にでも冒されているような痺れが躯へと駆け巡り、オレは動けなかった。その時、

『ライ―!』

 脳裏にレインの姿が映った。そうだ、オレは寄り道をしている場合ではない。早く仕事を終えて彼女の元に行かなければ。咄嗟にオレはキャメルから距離を取った。

「キャメル、オレは事を早く済ませないとならない。もし一人でいるのが不安なのであれば、誰かここに来てもらうよう手配をする」

 オレがキッパリと断ると、キャメルは苦い顔を見せた。期待を裏切られたような表情だ。オレも胸が痛くないわけではないが、今は色恋沙汰に溺れているわけにはいかない。

「ではライノー様、また日を改めてお礼をさせて下さいませ」
「本当に気持ちだけで構わない。それよりもゆっくりと休んだ方がいい」
「ライノー様!」

 急にキャメルが声を張り上げてオレの名を呼び、何事かとオレは目を瞠った。

「私は……私はライノー様を一人の男性として愛しております! 以前からお慕いしておりましたが、今日男に襲われそうになった時、咄嗟にライノー様の姿が浮かび上がりました。貴方が実際に現れた時、やはり私の運命の相手は貴方なのだと。少しでも私に可能性があるのであれば、本気で私の事をお考えになっては下さいませんか!」
「キャメル?」

 突然の告白にオレは戸惑った。まさかここで想いを告げられるとは……。

「もし私を受け入れて下さるのであれば、私はこの国に留まり、ずっと貴方の傍におります。それだけ私は貴方に本気なのです!」

 キャメルの必死な想いは伝わってくるが、ここでオレの心に浮かんでくるのはレインの姿だ。この時、霞がかかっていた想いに光が差したような気がした。

「キャメル、悪いがオレは……」


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「だからオレはあの女に雇われただけだって言ってんだろう!!」

 さほど広くもない取調室で男の叫び声が轟く。先程から男はずっとこんな調子だ。レインとキャメルを襲った男はオレの部下達に引っ張られて役所に連れて来られた。最初男は気を失っていたが、オレが役所に戻った時、叩き起こした。

 二人の女性を襲った凶悪犯だ。のんびりと事を処理する気はない。男を取調室に引き摺り込み、オレを含めた三名の騎士と役人二名の計五名で取り調べは行われていた。そして男の言う事はどうも二転三転していた。

 最初男は悪びた様子もなく、衝動的にキャメルを襲ったと吐いた。それにオレは納得いかなかった。事はシャガール・ブラウストリートの入口付近だ。それなりに人通りもある場所で白昼堂々と女を襲う馬鹿はいない。男が嘘をついていると、すぐに察した。

「オマエのやった行為は重罪だ。この先ずっとオマエは牢獄生活だな」

 座っている男の隣に立ち、じろりと見下ろして告げる。永久に牢獄行きは無理だろうが、脅しで誇張して言ってやった。途端に男は掌を返し始めた。

「オレは襲った女に金を渡されてやっただけだって!」

 やっと白状したと思ったら、またとんでもない虚言を吐き出した。もっとマシな嘘が出ないものか。

「狂言だな。話を捏造するのであれば即牢獄行きだぞ」
「待て本当だっ! あの女の見た目に騙されるな! あの女にアンタから助けてもらう為の芝居をしたいと話を持ち掛けられたんだって!」
「なんだって? オレにか?」

 オレが関与しているだと? いきなり自身を引き摺り込まれ、オレは警戒心を剥き出しにする。

「そうだよ! あの女は事前にアンタが見回るルートを知っていて、オレに自分を襲う見せかけをするよう依頼してきたんだよ! 本当はアンタが助けに駆けつける前にオレは逃げる予定だったのに、そこにオレに歯向かって来る女が現れて予定が狂ったんだ!!」

 歯向かって来る女というのは「レイン」の事だろう。

「何故、キャメルは芝居なんて依頼してきた!」
「それはアンタの気を惹かせる為だろう!」

 質問に男は投げやりに答え、オレは絶句した。

 ――あそこまでやってオレの気を惹こうとしていた?

 いくらなんでもやり過ぎだろう。それでレインが危険な目に遭ったんだぞ! オレは沸々と怒りに身を震わせる。

「オマエの言った事が真実とは限らない。暫くの間、身柄を拘束する」
「なんでだよ! オレは嘘を言ってないだろ!」
「何にせよ、もっと調べが必要だ。それまで逃さないからな」
「くそっ!! あんな女の口車に乗ったばっかりに、なんでオレがこんな目に!!」

 オレには男が嘘を言っているようには見えなかった。いや、まだこの段階で判断するには早い。

 ――何にしてもキャメルを調べる必要がある。

 もし男の言うようにキャメルが関与しているならば……この男はならず者だ、そんな男に声を掛けるキャメルは一体……。

 ――人には知られていない彼女の姿がある……。

 嫌な予感しかない。大体こういったオレの感は当たるんだ。オレに執着するキャメルが何かを隠しているような気がしてならなかった……。


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 ――ヤバイな、店が閉まっている。

 レインの両親が営む飲食店ウォルフに来ていたが、運悪く営業時間が終わっていた。夜レインの家に行くと一方的に叩きつけたオレだが、執務が激務でスッカリと遅くなってしまった。

 確かにあれだけの案件を抱え、さらに団長が近い内に休みを取る為、早く帰れるわけがなかった。考えなしにオレはレインに会いに行くと言った事を後悔した。こんな時間に訪ねて入れて貰えるだろうか。

 いくらレインの両親と付き合いがあるとはいえ、こんな時間に年頃の娘の部屋に入って良いとは言わないだろう。どうしたものかと悩んだオレだが、ダメ元で訪ねてみた。結果、心配は杞憂に過ぎなかった。

 レインの両親は快くオレを家にあげてくれたのだ。きっとオレとどうこうなるなんて思われていないのだろうな。緊張していた分、一気に拍子抜けしたがこれで安心してレインの部屋に行ける。

 ――コンコンコン。

 レインのへ部屋の扉をノックすると、中から返事が返ってきた。ちゃんと部屋にいてくれたんだな。オレはホッと安堵の溜め息を吐いた。

 ――ギィ――。

「あっ」

 中からレインが出てきて、オレの姿を見るなり短く呟いた。

「こんな時間まで仕事だったのか、お疲れさん。そういえばキャメルはだいじょう……」

 レインが労いの言葉を掛けていたが、オレはそれよりも確認したい事があった。レインの両手首を掴んで彼女の躯に怪我がないか確認する。

「何やってんの、オマエ?」

 レインから冷めた視線で問われるが、オレは気付かないフリをした。

「何処も怪我してないよな?」
「え? あぁ、怪我はしてないぞ」
「……そうか」

 自分の目で確かめる事が出来て、やっとオレの心は落ち着く。その安堵感からか躯の力が抜けて、オレはレインの右肩の上に額をつけてなだれた。

「ど、どうしたんだよ?」

 レインが驚愕して問う。オレはキャメルを優先してしまったが、レインは大男を相手にあれだけ派手に動いたんだ。怪我もそうだし、精神的な部分でもオレはかなり心配だった。

「いやだってオマエ昼間さ、あれだけの大男を相手に一人で闘ったんだろう? 怪我の一つもしてないなんて奇跡じゃんか」
「オマエ、オレに怪我がないか確認する為だけにここに来たわけ?」

 レインから大した事のないような言い方をされたが、オレにとっては大事おおごとだぞ。

「確認する為だけって大事だいじだろう? あのなぁ、オレはオマエがあの男と闘っている姿を見た時、胸の内が焼き潰さるかと思ったんだぞ。もしかしたらオマエを失うんじゃないかって。そのオレの気持ちがオマエに分かるか?」

 あの時に見えた既視感で余計オレの心は抉られたんだ。あの現象が何か未だに分からないが、オレは以前にも・・・・レインを失いかけた気がしてならなかった。記憶を辿るとそんな出来事はないのだが、何故かやたらオレの胸を締め付ける。

 レインの日常は危険とは程遠い。平和に暮らせているのは何よりだが、あまりにも危機感がないのも困る。人を守る仕事をしているオレだから言える事なんだ。レインにはもう二度とあんな無茶をしないで欲しい。

「失いたくない気持ちはオレにも分かるよ」

 ――え?

 レインから思いも寄らない言葉が返ってきた。

「オレもライを失いたくない」

 志のような力強い言葉と一緒に、背に温かな熱を送られる。レインがオレの背に腕を回してきたのだ。

 ――ドクンッ。

 オレの心臓が衝撃を食らったように大きく波打った。

「レイン?」

 一体どうしたんだ? と、問おうとしたが、レインから伝わる熱と心臓の音に意識が回って何も訊けなかった。オレ達の間に甘いとも気まずいとも言えない、なんとも言えぬ空気が流れる。

 ――レインは今、何を思っているんだ?

 さっきのレインの言葉を思い出す。

『失いたくない気持ちはオレにも分かるよ』

 とても深みのある言葉だった。レインは何かを失ったのか? オレが知る限りではそういった出来事は……いや、それよりも。

『オレもライを失いたくない』

 こちらの言葉の方がオレの心に深く突き刺さった。勝手な思い込みだろうが愛情を感じたのだ。

 ――もしかしたらレインの好きな男って……。

 何度か否定していた事だが、もしそれが本当なら……今のオレであれば……。そう思った時、オレは無意識の内にレインの背に手を回そうとした。

「あのさライ。この頃、王宮や街で変わった様子はなかったか?」
「どうした急に?」

 質問されてしまい、オレの手はレインの背に届かずに落ちた。

「いや、オレの勘だけど、妙な胸騒ぎがしてさ」
「…………………………」

 変わった様子ならある。シャガール・ブラウストリートの件もそうだし、何より決裁処理の殆どが最近起きた街の問題トラブルだ。以前よりも明らかに治安が悪くなっている。

「ライ?」

 レインに名を呼ばれて我に返る。

「あぁ、悪い。特にそういった事はないな」
「……そうか」
「レイン?」
「あ、なんでもない。そういえば家まで送ったキャメルの様子は大丈夫だった?」
「え?」

 何故、ここでキャメルの名を出してくる? いや、レインがキャメルを心配する気持ちは不自然ではないが、オレは今日のキャメルとの出来事を思い出して浮かない気持ちとなる。

 ――オレはキャメルの告白を断っている。

 今のオレの心にはレインがいる。それ以外の女性の事は考えられない。

「ライ? ……キャメルと何かあったのか?」
「いや何もない。彼女を無事に送った後、今日は安静するように伝えたから大丈夫だろう」

 キャメルのプライバシーもある。彼女から告白された事には触れず、差し障りない部分だけを伝えた。

「そっか……」

 何処か腑に落ちない様子のレインだが、オレはそれ以上口にしなかった。

 ――キャメル……。明日から彼女の事も調べなければ。

 その明日からオレは予想もしていなかった現実を目の当たりする事となる……。





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