Link4「にじり寄る魅惑の毒に搦めとられ」




 ――おかしいな。

 見渡す限りでは個人の家が建っていない。どうやら目の前にある大きな宿が一軒建っているだけだ。この辺りはオレの見回りの管轄外で詳しい事が分からない。そしてここは昨日、オレがキャメルを送り届けた付近でもある。

 彼女に昨日の真相を訊きに来たのだが、本当にこの辺りに住んでいるのだろうか。彼女はこの国に留学で来ている。滞在期間は家を借りているか、親戚の家にでも世話になっているのかと思ったが。

 ――目の前の宿を利用しているのだろうか?

 オレは宿の人間に彼女が滞在しているか訊きに行く事にした。

 ――ギィ――――。

 透明度の高いガラスで作られた出入口の扉を開くと、燦然と輝く大きなシャンデリアに彩られた瀟洒なエントランスへと出た。

 ――外の殺風景さとはまるで真逆な世界だな。

 オレはすぐに受付に足を運ぶ。自分より一回りほど上に見えるオールバック髪のヒョロッとした男が立っていた。

「お一人のご利用でしょうか」

 受付の男はオレと顔を合わせるなり問いてきた。

「いや、ちょっと人を呼んで欲しいんだ。オレは王宮第三師団に所属するライノー・セラスと言う」

 身分が怪しまれないよう、オレは副団長の称号が彫られた肩章を見せる。すると相手はさらに畏まった態度に変わった。

「客の中にキャメル・クラーレットという女性が滞在している筈なのだが、彼女を呼んで貰えないだろうか」
「確認致しますので、少々お待ち下さいませ」

 受付の男は手元にある名簿らしきリストを開いて目を通す。

「生憎、本日のお客様の中に該当する方はいらっしゃいません」
「え?」

 予想外の答えに思わずオレは顔を顰めた。

 ――そんな馬鹿な。

 訝し気に思ったが受付の男が嘘を言っているようには見えない。

「つかぬ事を訊くが、この辺りに他の宿や個人の家はあるのか?」
「いえ、この辺りはこの一軒だけでございます。何せここは人目から離れた場所なので、商業施設には向いておりませんし」

 男はサラッと答えたがオレには不思議でならなかった。

「では何故ここで宿の経営を?」
「こういった場所なので土地が安かったのですよ。ここは主に外国のお客様を招いております。人が集まる街の宿は高いので、この格安な宿は外国の方々に大変好評を頂いております」

 ――外国人を招くか。キャメルも該当するが、ここに彼女は滞在していない。

 では彼女は何処に住んでいるのだろうか。

「お求めのお客様がこちらにお泊りだとおっしゃったのでしょうか」

 急に黙り込んだオレに受付の男が、心配そうな様子で声を掛けてきた。

「昨日彼女を送り届けた時、この近くに家があると言っていたんだ。彼女は金色の髪をもつ舞台役者のような美しい女性なんだが」
「もしかして瞳がヘーゼル色で割合背が高い女性でしょうか?」

 受付の男が謎解きしたような晴れた表情で問う。つられてオレの表情もパッと明るくなった。

「あぁ、多分その女性だ」
「そのお客様でしたら思い当たる方がおりますが、ただ……お名前が異なりますね」
「え?」

 ――なんだって? 名前が違うだと?

 思いも寄らない出来事にオレは声を失う。

「あの安易にお名前をお教え出来ませんが、そちらの方をお呼びしてみますので、直接お確かめ頂いても宜しいでしょうか」
「あぁ、是非頼む」

 そう早速お願いしたのだが、生憎キャメルは部屋にはいなかった。さらにその日、彼女が宿に戻る事はなかった……。


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 ――やはりおかしい。

 キャメルが偽名を使って宿に泊まっている事、そして彼女はこの数日間、宿に戻ってきていない。店の亭主から聞いた話だが、彼女は事前に宿代を払っているにも関わらず、必ず泊まるとは限らないという。

 ――あの宿以外に利用している所があるのか。

 貴族の令嬢でそれなりに裕福なのかもしれないが、それにしてもどうも引っ掛かる事ばかりだ。一刻も早く彼女に会ってシャガール・ブラウストリートで起きた事件の真相を聞き出したい。

「セラス副団長」

 名前を呼ばれてはっと我に返る。

 ――オレとした事が……今は仕事中だ。

 街の見回りの途中だったが思案に暮れていた。気を取り直さなければ。

「どうした?」

 オレは声を掛けてきた部下に耳を傾ける。

「先程レガッタストリートにて、数人の男が一人の女性と取っ組み合いする事件が起きており、急いで止めにかかりました」
「なんだ、それは? 男数人が女一人と取っ組み合いをしていたというのか?」

 またとんでもない事件だ。最近この辺りの治安が異常に乱れている。

「はい、それで無事に騒ぎは治めたのですが……」

 部下が顔を歪ませてまごついている。

「どうした?」
「その、男達と闘っていた女の子が……あの、副団長の幼馴染の方でした」
「…………は?」


 オレは時間差で反応した。今の部下の言葉をオレは聞き間違えたようだ。

「悪い、もう一度言ってくれないか?」
「はい、男達と闘っていた女の子ですが副団長の幼馴染の方でした」
「レインは今何処にいる! 役所か!?」

 カッと頭に血がのぼったオレは部下に噛みつくように怒鳴り声をぶつけた。

「あ、あの、あの、彼女を保護しようとしたのですが、大した事はないと言って去って行かれました!」

 ――なんだと?

 つい先日、あれだけ危ない事はするなと言ったばかりなのに、何故レインはまた騒ぎを起こしているんだ! それも数人の男と闘ったなんて有り得ないぞ!

 ――レインに話を訊きに行こう。

 怪我を負っていないかどうかも心配だ。

「悪いが少しオレは抜ける! すぐに戻ると他の仲間れんちゅうに伝えておいてくれ」
「は、はい」

 レインが働いている飲食店ウォルフに向かおうと、踵を返した時だった。

「セラス副団長」

 いつの間にか背後に別の部下が立っていた。

「悪いが話なら後ほど聞く。今は別件で急いでいるんだ」
「ジュラフ団長がお呼びでございます」

 部下は決まりが悪そうにして伝えてきた。

「え?」

 ――こんな時に団長から呼び出しだと?

「団長からお急ぎの件だと伺っております。至急王宮にお戻り下さいませ」

 クソッとオレは舌打ちでもしたい気持ちになったが、団長の命令であれば無下には出来ない。オレはぐ気持ちを押し殺して王宮へと向かった……。


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 王宮へと戻ったオレは急いで第三師団執務室に向かった。団長はデスクの前で書類の処理を行っていた。

「団長、至急と伺って参りましたが、ご用件は何でしょうか?」

 失礼ながらオレは不機嫌を含んだ声で団長へ問う。

「昨夜、レインの店で暴動が起きたと報告が入った」

 団長は一件の騒動が纏めてある書類に目を通しながら伝えてきた。

「え?」

 オレは後頭部をガツン殴られたような衝撃を受ける。

 ――なんでまたレインなんだ?

 さっき起きた事件といい、昨夜といい……。

「客から通報があって発覚したが、報告によれば数人の客から訳の分からん難癖をつけられ、さらに暴れられ、それをレインが止めようとして揉み合いとなったそうだ。呆気なくレインが客を押さえ込んで事は治まったようだが」
「団長! 今すぐレインの所へ行っても宜しいですか! 先程も彼女は男達に喧嘩を吹っ掛けられ、騒動があったそうです。彼女の身にばかり騒動が起きて尋常とは思えません!」

 オレは居ても立ってもいられず、この部屋から退室しようとした。しかし……。

「ライノー、今は職務中だ。私情を挟まず仕事に専念しろ」

 団長から許可が得られなかった。彼は厳しい視線でオレを睨み上げている。

「ですが!」
「レインの事よりオマエに調べて貰いたい件がある」
「なんですか!」

 レインの事よりってなんだ! オレは憮然とした態度で団長に問い返す。

「キャメル・クラーレットの事だ」
「え?」

 キャメルの名を耳にしてサーッとのぼった血が引いていく。

「今、昨日暴動を起こした奴らと今日レインを襲った奴らに、事情聴取をおこなっている。まだ明白ではないが、どうやらどちらもキャメルが関与しているようだ」

 ――は? キャメル?

 オレの胸にドロリと黒い闇が舞い込んできた。

「そして捕まえた奴らはただのならず者ではなさそうだ」
「それはどういう意味ですか?」
「奴らは殺し屋・・・の可能性が高い」
「なっ!」
「最近の治安も奴らが関係しているかもしれないな」

 サラッと団長はとんでもない事実を吐いたが、オレは冷静でいられなくなった。

「待って下さい! そんな連中とキャメルが関与しているって、どういう事ですか!」
「それを調べるのがオマエの仕事だ。先日のキャメルを襲ったと見せかけた事件の進捗も進んでいないな? 早くキャメルを見つけ出し、全貌を明らかにしろ」
「それはきちんと進めて処理をします。ですので今は少しだけでもレインの所へ行っても宜しいでしょうか! 大事な幼馴染が危険な目に遭っています。もしかしたら殺し屋に狙われているのかもしれません」
「駄目だ。偶然に事件が重なった可能性もある。アイツは正義感が強いが、けっこう喧嘩っ早いところがあるからな」
「団長!」
「いいか? 今はオレが言った通りの事をやれ。これは団長命令だ」
「……っ」
「オレは例の反乱軍デモの件に取り掛かる」

 団長に取りつく島もなく、余儀なくオレは言われた事をせざるを得なかった……。


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 ――何をどうやってもキャメルの居場所が突き止められない。

 団長から命令を受けてから、オレは睡眠時間を削ってまで彼女の捜索に全力を尽くしていた。ありとあらゆる場所に赴いて痕跡を探すが、依然として居場所を突き止められない。何故か誰もまともに彼女の姿を見ていないという。

 捜すだけでは何も掴めないと悟ったオレはキャメルの祖国バミューダまで調べに行こうと考えた。しかし、バミューダはここから船で片道丸三日間はかかる。往復六日+調べる日にちを入れた時間など、作れるわけがなかった。

 それにあと数日したら団長が奥さんの出産に合わせて休みに入る。とてもじゃないがオレまで仕事から離れるわけにはいかなかった。そんなオレが捜査にもたついている間にも、レインにいくつもの危険が及んでいた。

 オレは直接レインの護衛を団長に直談判したが呆気なく却下された。だが、団長はきちんとレインに護衛をつける約束して下さった。オレは仲間を信じて自分に課せられた任務を一刻も早く解決に勤しむ。

 しかし、数日が経ってもキャメルの捜査は難航していた。一番手っ取り早いのは、やはりレインを狙った奴らから吐かせる事だったが、下っ端の連中なのか、決定的な証言が出てこない。

 そんな成果を出せないまま、とうとう明日から団長が休みに入る。気掛かりを残させてしまい、オレは本当に申し訳ない気持ちだった。今日は団長に合わせる顔がないと浮かない気持ちでいたところに、

「ライノー」

 当の本人に呼ばれてしまった。団長は明日から休む事を知らせに行った帰りだろう。そして何故かとても神妙な面持ちでオレに緊張が走る。

「どうなさったのですか?」
「さっきレインと会ってきた」
「え? レインですか?」

 今、一番逢いたくても逢えない大切な幼馴染の名前を聞いて、オレは何とも言えない感情が駆け走った。

「いきなり呼び出しを食らって何事かと思ったら、妙な願いを言ってきたぞ」
「何をお願いしてきたのですか?」
「“三日後の四月二十三日の夜、多くの騎士と一緒に王宮にいて欲しい”と」
「何故ですか?」

 それはまた突拍子もないお願いだ。直感的に物騒さを感じさせた。

「理由は言わなかった。ただアイツは自分の言った事を信じて欲しいと懇願してきた。オマエはその理由を知っているのか?」
「え? オレは何も。それにこの頃レインとは会っていません」
「言われてみればそうだな。オマエはキャメルの件で嫌というほど調べに専念していたな」

 オレと会わない間に、また彼女の身に何かあったのか?

 ――それに何故、オレではなく団長に頼んだんだ?

 いや、今はそんな嫉妬を抱いている場合じゃない。レインに会って事情を訊く方が先決だ。

「団長、今からレインに会いに行っても宜しいですか? 彼女は大事な理由があってお願いをしてきたんだと思います」
「いいだろう。アイツもオマエになら理由を話すかもしれない」
「はい。事情が分かりましたら、ご報告に上がっても宜しいでしょうか?」

 きっとその時間はもう団長は家庭に戻っている。あまりプライベートの時間に仕事を持ち出したくないのだが。

 ――きっとレインの抱える事情は只事ではない気がする。

 直接団長に願いにきたぐらいだ。大きな出来事なのだろう。憶測ではあるが王宮に多くの騎士と一緒にというのは、まるで何かが攻めてくる事を示唆しているように思えた。もしそれが本当であれば大事おおごとだ。

 ――レイン、オマエは何を知っているんだ?

 オレはモヤモヤとした感情を抱きながら、急いでレインの所へと向かうのだった……。





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