Birth33「彼を好きになってはいけません」




 突如、ナンさんが悲鳴に近い声を上げられました。

―――どうされたのでしょう?

 ふと、オールさん達の方を垣間見ますと…?お二人が顔を間近にして、お話をしていました。あれは誇張した言い方をすれば、見つめ合っているように見えますねー。なるほど、それでナンさんは驚いてしまった訳ですね。

「オールさんもなんでエニーなんかに!私なんてあんな間近で彼と話をした事ないのに!超悔しいぃ~!!」
「ナンさん、お声が。その大きさではこの距離からでも、オールさん達に気付かれてしまいます」

 昂奮して身も乗り出しそうになったナンさんを私は陰に隠します。ナンさん、気持ちが昂ってしまい、周りが見えなくなってしまっているようです。

「だって~!」
「そんなに気になさらないで下さい。男女の立ち入ったお話なら、もう少し笑みを見せ合っているでしょうから。あのご様子はきっとお仕事か何かの真面目なお話をされているのだと思いますよ」

 私はなんとかナンさんを落ち着かせようと、彼女を宥めます。

「でもエニーがオールさんを慕っているのは間違いありません!」
「え?」

 ナンさんが鋭い語気で言い放たれ、私は面食らってしまいます。とても断定的な言い方でしたが、何か根拠があるのでしょうか?それとも思い違いでしょうか?

「オールさんは退魔師になる以前はエニーと同じく軍に所属していました。そこで彼はエニーの上官だったんです」
「まぁ」

 退魔師もですが、彼の美しい容姿からは想像つかない職務に殉じていたのですね。

「エニーはかなりオールさんに忠実な部下だったんです。憧れからくるものだと思っていましたが、実はそれ以上の感情を抱いていたのかもしれません!」
「そ、そうでしょうかね」

 それはご本人しか分からない事ですので、なんともですが。

「オールさんは職務転換されていたんですね」

 一先ず、話題を変えましょう。ナンさんの沸騰を鎮静しませんと。

「彼はそれなりの魔力を持っていらっしゃったので、退魔師のオファーが入ったんです。それを引き受けられ、その後はエニーがオールさんに代わって指揮官となりました」
「そうだったんですか」

 と、まぁお二人は仕事上で繋がっている訳ですし、ましてやトップの地位であるならば、共有するお話があるのかもしれませんね。お二人の仲をむやみやたらに気にしても、疲れてしまうだけのような気がしてきました。

「そういえば、オールさんは特定の方がいらっしゃらないのでしょうか?あれだけの美丈夫な方であれば、身を固めていそうな気もしますが」
「んもう!沙都様、不吉な事おっしゃらないで下さい!今、オールさんには彼女はいませんから!」

 あらら、自らナンさんのお怒りに触れてしまいました。そうなんですね、意外です。オールさん程の方なら、よりどりみどりな気がしますが、彼自身が興味ないのでしょうか。たまにモテ過ぎて、返って女性を煩わしく思う方っていますものね。そんな勝手なイメージを浮かんでいた時でした。

「だからといって沙都様、オールさんを好きになっては駄目ですよ」

―――え?

 かつて見せた事のないナンさんの真剣な表情に、私はドキリとします。一瞬、時が止まったように思えました。なんて言うのでしょうか、今のナンさんの言葉はとても重みが感じられました。その真意は…?

「それはナンさんがオールさんをお好きだからですか?」
「その通りですわ!ライバルは少ない方がいいですもの!」
「…………………………」

 思わずお返しした言葉でしたが「やはりそこですか」と、あまり深い意味がないのだと、悟りました。ナンさんらしいですけどねー。

「もう!これ以上、二人っきりの様子を目にしていられませんわ!」
「ではここから離れましょうか?」

 これ以上、オールさんとエニーさんのご一緒の姿を見ていても、ナンさんの気を逆立ててしまうだけですものね。彼女の為にもここを去りましょう。

「行きましょう、ナンさん……って、あれ?」

 歩き出そうとした方向とは逆の方向にナンさんが足を運ばれていたので、私は目をパチクリとさせます。

―――え?ナンさん、どちらに行かれるのですか?

 気のせいでしょうか?ナンさんがお忍びのように身を潜ませながら、オールさんとエニーさんの方へと近づいているではありませんか!

―――ナ、ナンさん?一体、何を?

 私も急いでナンさんを止めに走り出しました。

「ナンさん、何をなさろうとしているのですか!お二人は今お話し中ですよ?」
「沙都様、仕事の話とは限りませんわ!そこだけでもハッキリと知っておきたいのです!」

 ナンさんは目を血走らせ、本気をぶつけられました。もうここまで来ましたら、彼女を止められません。私は彼女の想いに身を引く事に決めました。

 とはいいつつも、私もナンさんと一緒に、オールさんとエニーさんの近くまで行き、お二人から見て刺客となる壁へと身を潜めます。ここなら耳を澄ませば、かろうじてお二人の会話が聞こえてきます。申し訳ない気持ちをもちつつも、聞き耳を立ててみました。すると…?

「前から思っていたんだが、もうオレに対して敬語を使う必要はない」
「そうはおっしゃいましても、オール様が自分の上官であった事には変わりありませんから」
「“だった”という過去形だ。今はもう立場上、対等だ」
「表上はそうかもしれませんが、今更、私は口調を変えるつもりはありません」
「相変わらず固いな」
「まさに貴方様の部下でしたので」
「…………………………」

 色気もへったくれもない内容ですよね、ナンさん?疑いの余地がありません。それにオールさんとエニーさん、お二人共、口調が固いですよ?

「ナンさん、やはり私が言った通り、お二人は疑うような仲ではなかったようですよ?」

 私はナンさんにしか聞こえないようなヒッソリとした声の大きさでお伝えします。ところが…。

「まだ分かりませんわ!これから休日のデートの約束をするかもしれませんもの!」
「ナ、ナンさん?」

 どっからその発想が?彼女は益々と目を血走らせ、興奮度を上げている様子です。それに声が大きすぎますよ?

「いえいえ、あの口調からして、お二人が親密とは思えませんよ?デートをされるような仲なら、あのような口調には…」
「沙都様はお考えが甘いですわ!仕事の時はわざと堅苦しい口調となるものです!油断していては先を越されてしまいます!」
「…………………………」

 困りましたね。これ以上、何を言ってもナンさんのお心を変えられないように思えました。これは彼女の納得がいくまで、聞き耳を立てておくしかないのでしょうか。

「あっ、やだ!」
「どうされました?」
「沙都様と話をしている間に、オールさんとエニーが忽然といなくなりました!」
「え?」

 私はナンさんから身を乗り出し、お二人がいた場所へと目をやります。ナンさんの言う通り、いつの間にかお二人の姿がなくなっていました。

「いっや~ん!何処に行ってしまったのぉ~!エニーに完全にしてやられました~!」
「ナ、ナンさん?」

 彼女は顔を両手で覆い、本気で嘆いているのが分かります。そんな呆気に捉われている時です。

「これはこれは沙都様、このような場所でお会いするとは奇遇ですね」
「え?」

 突然に名を呼ばれて、私はドキリと心臓の音が鳴りました。このアルトヴォイスの鋭いお声は…。

「エニーさん…」

深緑色ダークグリーンの制服を着用したエニーさんのすぐ後ろにはオールさんの姿もありました。これはどうやら見つかってしまったというべきでしょうか。





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