Birth10「夜の情事」




「そちらは寒いであろう。早くこちらに参るが良い」

 麗しき陛下に促されますが、陛下と同じ寝台に入るなど、あまりに恐れ多く惑います。そもそも何故このような事になってしまったのでしょうか。こちらまでご案内を受けて参りましたが、まさか陛下の寝室とは誰が思うのでしょうか。

―――陛下とご一緒の寝室という事です。

 オールさんはこちらを離れる時、躊躇いもない様子で答えられました。そして何処か凄然たる表情に見えましたのは私への同情…いえ軽蔑なのかもしれません。彼は私という人間を認めていないようですから。その者が陛下と過ごすなど、とんでもない事だとお思いなのでしょう。

 陛下もどういうおつもりで私を呼んで下さったのでしょうか。ベッドを共にするという事は単に睡眠をとるだけではありませんよね。私の考えている事の通りであれば、尚更入る訳には参りません。それともこちらの世界では別の意味があるのでしょうか。

「陛下…」
「申したい事があるのであれば、尚の事こちらで聞こうではないか」
「その前に何故、私が畏れ多くも陛下の寝台に?」
「その理由もこちらで話そう」

 陛下の方が上手うわてです。私がどんな言葉をかけようとも、上手く引き寄せようとなさいます。お話であれば、ソファの方でと切り返そうかと思いましたが、既に寝台へと入られている陛下を促すなど、失礼に値しますよね。かと言いまして、私が陛下の寝台へ入りますのも…。考えた末、私は陛下を目の前にして立ち止まります。

「陛下。恐縮ですが、このままお話をさせて頂く事をお許し下さい」

 私は恭しく低頭し、許しを請いました。しかし、顔を上げた途端…。

「え?」

 こちらへと伸ばされる陛下の腕を目にし、私の手はあっという間に引かれ、躯が陛下へとなだれ込みました。

―――ドスンッ!

 性急な出来事であり、気が付いた時には私は陛下の胸板に当たっておりました。

「先程の其方の申し出だが応えられぬ。夜は冷え込み、女性の躯も冷え易い。現に其方の躯は冷えておるではないか」

 手を取られたまま、労わるように躯を優しく抱擁されます。そんな陛下から甘美な香りが流れており、まるで酔いを誘われているかのように思えました。

―――なんて事でしょう。

 既に陛下がモードの入られているように思えるのは気のせいでしょうか。彼のさり気ない振る舞いが場馴れなさっているのだと感じさせました。間違いなく陛下は経験が豊富だと言えます。

 密着しているだけで私の躯はジワジワと熱を帯び始め、さらに陛下と視線が絡みますと、熱がより上気していきます。陛下の濃艶な笑みは色情を感じさせ、危険なシグナルとなっています。困りました、このシチュエーション。

 なんとか離れなければ、話などまともに出来ません。微妙に力を押して陛下から離れようと試みましたが、それが返ってガッチリと引き寄せられたものですから、困ったものです。仕方ありません、この至近距離で話す他ないようです。

「陛下、あの先程申し上げようとした通り、何故私が陛下の寝台に足を踏み入れる事になったのでしょうか?」
「無論、今宵は其方と過ごすと決めていた」

 陛下、そこに私の意思も関係させて下さい。いえ、そもそもですね…。

「私は陛下と過ごす事が出来る身分ではございません」
「其方は王妃と同じ扱いをするべき女性ひとだ」
「それはなりません。私はあくまでも王妃様の代理ですので」
「王妃と同じ器をもつ人間は二人とはおらぬ。類い稀な其方を特別に扱うのは当然であろう」
「陛下のお心得は光栄ですが、夜を共に過ごすの事は別の問題になるかと思います」
「そう跳ね退けるな。まだほんの数日前の事なのだ、王妃と死別したのは。傷心を癒したい気持ちもあるのだ」
「………………………………」

 何も言えなくなりました。確かに王妃様がお亡くなりになった件はお聞きしました。ほんの数日前という事なので、当然、陛下はまだ深い悲しみの中にいらっしゃるのだと思います。平静心を保たれているお姿は隠忍に隠忍を重ねていらっしゃるのでしょう。

 お労しいお気持ちを考えますと、引き離そうとしていた腕の力は心と共に弱まっていきます。私も実母を亡くした経験があり、慟哭どうこくしたあの時の悲しみは早々消えるものではありません。現に今、憂いを含む陛下のお顔を目にし、胸が締め付けられる思です。

「哀惜をなさるお気持ちは察します。私も実母を亡くした経験がございますので。とはいえ、癒しを求めていらっしゃるのであれば、何も私でなくとも陛下でしたら、もっと相応しい女性ひとがいらっしゃるのではありませんか」
「誰でも良いという訳ではない。我が国は一夫一婦制であり、他者と関係を持つ事は許されておらぬ。そして其方は王妃と風貌は異なっているが類似した部分もある」
「私がですが?」

 オールさん達のご様子からして、王妃様は聡明でお綺麗な方だと想像しておりましたが、そんな方が私なんかとですか?

「特に落ち着きを払っているところはよく似ておる。王妃もどのような場でも冷静さを持ち合わせていた。国の柱となっている人間として大事な部分だ」

 王族ともなれば、王政の関与などがあるのでしょうから、どのような場に遭遇しようとも、落ち着いた振る舞いが大事なのかもしれません。私は一般市民ですので、落ち着き過ぎては「淡泊すぎる」と、言われてしまうのです。悪い意味でですよ?

「其方とおると何処となく気持ちが和む。軽率な気持ちで参らせた訳ではない」
「陛下」

 そうおっしゃった陛下は私の手をギュッと握り、触れられた温もりからハッキリと熱を感じます。妖美な雰囲気を漂わせる陛下から、情熱的な眼差しを向けられ、それを目の当たりにしてしまえば、心までも吸い込まれそうです。

 恐ろしいです。異彩を放つお姿に身も心も奪われそうはありませんか!危険です、危険極まりないです!そうは思いましても、鼓動は急速していき、頬は熱を集めて赤く染まっていきます。

―――ど、どうしましょう…。

 胸の内側から煽られる愛欲に心が揺らいでおりました。そんな上擦る様子の私を察した陛下から優しく頬を包み込まれてしまいます。

―――こ、これは?

 大変です、男女の情事が訪れてしまいそうです!それに大きく動揺した私は陛下の手から逃れようとしましたが、既にその時には目の前は翳っており、私の唇は奪われておりました。





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