Birth9「臥し所はあの方の寝室ですか?」




「ふぅー」

 寝台へ入ると、自然と溜め息が出ておりました。やっと消灯時間を迎えたところでしょうか。オールさんからこちらのお部屋に案内をされた後、彼はすぐに立ち去り、間もなくしてナンさんが来られました。

 それから食事をとりに彼女と一緒に食卓のへ行き、そこで手際良くテーブルにお料理を並べるナンさんのお姿を見て、陛下がおっしゃっていた事にお間違いはないと思いました。彼女の家政力は本物のようです。

 お料理は私の世界でいう「フランス料理」に近いでしょうか。エスカルゴ、ブイヤベース、フロマージュ、キッシュ・ロレーヌ、プラ・ドゥ・シャルキュトリー、牛肉の赤ワイン煮、カモのオレンジソース、フォアグラetc次々にお料理を出されていきました。

 良い意味で複雑な味付けと手の込んだ飾り付けが高級感を醸し出し、この上ない贅沢なテイストでした。また色とりどりのドルチェやドリンクの種類も豊富であり、目にするだけでも十分にお腹が満たされました。

 こんな豪華なお料理を一人でもらうのも勿体ないと思った私はナンさんもご一緒にとお誘いをしました。彼女は一度は遠慮をされていましたが、再度のお誘いをしましたところ、コロッと受け入れられました。

 食事中は始終ナンさんのマシンガントーク炸裂で、ほぼオールさんのお話でもちきりでした。ナンさん、相当オールさんを気に入っているようです。まぁ、あれだけの風貌をお持ちの方に、熱を上げられるお気持ちは分かりますけどね。

 自分の事のように嬉しそうに話をされるナンさんはまさに恋する乙女に値していましたね。内面は女性となんの変わりがないのかもしれません。私もその乙女の心に少しずつ慣れていこうと思いました。

 食後はお部屋へと戻り、お風呂バスの案内を受けて、ゆっくりと浸からせて頂きました。お風呂はバスタイプなのですが、これがまた驚愕してしまいましたよ。バスタブの形がなんとハイヒール型だったのです!

 タブはお花のアール・デコデザインとなっており、エレガントでかつ斬新なものでした。そして水詮シャワー全体が金色のアンティークのデザインであり、蛇口の部分は十字型のハンドルとなっておりました。

 香りの高い入浴剤も使用して、バスタイムは至福のひと時でした。お風呂バスから上がりますと、用意されたシルクのネグリジェの夜着を身に纏い、ベッドへと入ったところです。

 それにしましても今日の出来事を振り返ってみますと、青天の霹靂でしたね。まさか物語のような出来事が自分の身に起こり得るとは私の人生も捨てたものではありません。

 とはいえ、陛下の御子を出産をするだけでも肝を潰す大役なのですが、さらに魔女退治まできたものですからね。妊婦が戦う異世界トリップものは未だかつて目にした事がありません。危険極まりないです。こちらのかたの感覚は私のいた世界とは異なるという解釈する他ありませんね。

 とりあえずは存在せぬであろう天神の力を立証し、戦いを避ける方向へともっていかなければなりませんね。と、説得するにしましても、お相手はあのアトラクト陛下です。一筋縄ではいかなさそうですが、なんとか頑張りたいと思います。

―――トントンッ。

「?」

 出入口扉からノックの音が聞こえてきました。どうやら来客のようです。

―――こんな時間にどなたでしょう?

 今は就寝時です。よっぽどのご用があるのでしょうか。私は急いで室内用のサンダルを履いて、扉を開けに行きました。

―――ギィ―――。

 瞳に映し出された人物に思わず目を見張ります。オールさんだったからです。彼は最後に別れた時の鎧姿そのままでした。この時間までお仕事をされていたという事になりますね。お疲れ様です。

「どうされたのですか?」

 私はオールさんに問います。

「お迎えに上がりました」
「え?」

 これから何処かへ行くという事ですか?

「あの、このお時間からどちらに?」
「……………………………」

 何故か彼は口を噤んでしまい、無表情の中に何処か複雑な色味が含まれているように見えました。どうされたのでしょうか。

「あの?」

 私は首を傾げ、もう一度問いかけようとしました。

「お越し頂ければ、お分かりになります」
「?」

◆+。・゜*:。+◆+。・゜*:。+◆

―――カツ、カツ、カツ。

 高い天井にまで二つの靴音が響いておりました。昼間は陽光に照らされ、明るく華々しかった回廊も夜ともなれば、活躍の場を終えたように鎮まり返っています。回廊の随所にはランプの光が灯されており、視界は明快でした。

―――一体、何処へ連れて行かれるのでしょうか…。

 その場所に着くまで分からないというのが気になりますよね。オールさんですので、困った場所には連れて行かれないでしょうが。

 ……………………………。

 無言です、全くの無言なんです。オールさんからお部屋のご案内を頂いた後、最後に私は敬語禁止令を出し、彼が少しでも心を開いてくれたものばかりだと思っておりましたが、只の思い過ごしだったようですね。今はガッツリと敬語に戻られていますし、それに容易に口を開いてはもらえないようです。

―――数分後。

 ある扉の前までやって来ました。

―――この扉は?

 これがまたおったまげた扉です。金に彩られた豪華なお花のデザインは重厚感に溢れておりました。先程のお部屋でも十分でしたが、さらにグレードアップしたお部屋で休めるのでしょうか。

―――ドンドンドンッ。

 呆けている間に、オールさんが扉をノックされました。

「?」

 中に誰かいらっしゃる?てっきり私が休むお部屋だと思っておりましたので驚きました。

「入れ」

 中から男性のお声が聞こえましたよ?あらら、私は夜着の姿をしておりますが、大丈夫なのでしょうか? 咄嗟にそんな事を思いますが、オールさんは扉を開けてしまいました。そして彼に続いて室内へ入ると、

「す…っごいです」

 思わず感想を吐露した見事な室内です。曲線を多用する優美で繊細なロココ様式の芸術が広がっています。真っ白な天井と壁には金色の装飾がなされ、そのデザインは美しさのあまり耽美的な刺激を誘います。設えた調度品も格調の高い物ばかりで、気が遠くなるような陶酔感に浸れる空間となっていました。

 室内の最奥には私がいた寝室と同じく真っ白な天蓋付きのベッドが置かれています。天蓋はシルク素材でオーガンジーのレースに覆われており、純白で清楚な印象イメージを抱かせます。また上部と寝台の足元には彫刻で描かれた神々の姿があり、豪華絢爛なデザインとなっていました。

「沙都様をお連れ致しました、陛下」

―――え?

 装飾に目を奪われ惚けておりましたが、オールさんのお声を耳にして我に返ります。もしかしてノックをした時、お応えした相手の方は陛下だったのですか? その答えはベッドのカーテンが開かれて分かりました。

―――本当に陛下です。

 中からお顔を覗かせている方は紛れもなくアトラクト陛下でした。彼の真っ白な寝衣姿は艶美で、私は一瞬にして目が止まりました。

「よく参った」

 微笑まれる陛下の表情は色香を放たれています。

「私はこれで失礼を致します」
「ご苦労であった」
「え?」

 オールさんは陛下のお姿を目にされると、おいとまの言葉をかけられましたが、あの…私はどうすれば宜しいのでしょうか?

「オールさん、私は?」

 身を翻す彼に向かって私は問いを投げました。

「貴女の寝室はこちらになります」
「え?」

 お答えを耳にした私は目を丸くして、オールさんを見つめ返します。

「あの、こちらは陛下の…「えぇ、陛下とご一緒の寝室という事です」」

―――え?





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