STEP51「見てはならぬ場面に遭遇」




―――正直かなり面倒めんどいわ。

 気が鬱する。夕方へと差し掛かる頃、私は執務室まで足を運ぼうとしていた。その理由はこの手に持っているポンチョを返しに行く為だ。ポンチョは綺麗に包装カバーをかけて人目に触れないように、注意を払っている。

―――はぁー。

 包装カバーへと目を落としたら、無意識に溜め息が出たよ。この自分の気を消す事の出来るポンチョは必要な時にしか利用が許されていない。よってそれ以外の時はグリーシァンへ返しに行く約束となっていた。

―――とっとと返しに行って、ジュエリア探しをしなきゃ。

 私は沈んでいた気持ちをなんとか浮上させ、気合いを入れ直す。それからすぐに四方向に分かれる道が見えてきた。分かれ道の手前には生け花のような美しい形の金のオブジェが立っている。そこに見慣れた人物の姿を目にした。

―――あれってグリーシァン?

 ヤツはオブジェの前で王族らしきお偉いさんと話をしているようだった。ちょうどいい、ポンチョを返せるや。私はオブジェの方へと近づき、グリーシァンの話が終わるのを待とうと近づいた。

「貴様、いい気になるなよ、魔術師の分際で!」

 突然、声高が回廊に響く。

―――え?なに今の?

 私は目をしばたかせ、息を呑んだ。今の声はグリーシァンではなく、ヤツと対面している目が細く意地の悪そうな顔の男性だった。見るからにとても不穏な雰囲気だ。

「所詮、魔術師など我々王族の臣下に過ぎないのだからな」

―――うわっ。

 お偉いさんが嫌味の捨て台詞を、あのグリーシァンに面と向かって飛ばした。意外だ。仕事は完璧と聞くグリーシァンでも、あんな嫌味を言われる事があるのか。ヤツの日頃の傲慢な態度が裏目に出たのかな。ヤツは無表情でいた。

―――なんか出くわしちゃならなかったかも。

 私はヒヤヒヤとしながら、二人の様子を窺う。その内になにも反応を示さないグリーシァンに面白みを感じなくなったのか、お偉いさんの方は「フンッ」と鼻を荒くし、何も言わずに背を向けて、グリーシァンの前から立ち去った。

 チラッと残されたグリーシァンの顔へと目を向けるとゾッとした。いつも私に対して冷ややかな表情をするヤツだけど、その度を越し憎悪の色を剥き出しにして、お偉いさんの後ろ姿を睨んでいた。

―――めちゃ声をかけづらいわ。

 ポンチョどなんしよう。なにも知らないフリをして返すべきか、かといって後で返しに行くのもなぁ。早く返した方が変な疑いもかけられないで済むし、それに時間のロスにもならないんだよね。

―――よし、返そう。

 と、思って私はグリーシァンへの背中の方へと近づく。が!

―――バキッ!

「ひっ」

 短い悲鳴と共に私の肩は飛び上がる。いきなりグリーシァンが拳を垂直にして壁に叩きつけたからだ。その際に壁から割れる音が響き、大きなヒビが入った。多分、グリーシァンは周りに誰もいないと思って怒りを露骨に現してしまったのだろう。

―――やっぱ無理だわ。

 一瞬にして私の躯は金縛りにあったように動けなくなる。

 …………………………。

 凍り付いたような空気が堪えられない。やっぱポンチョはもう少し後で返しに行こう。そう決めた私はそそくさその場から去ろうとした。

「なにか用?」
「ひっ!」

 私は幽霊に遭遇したような悲鳴と言えない悲鳴を上げた。だって今、グリーシァンは私に背を向けたままなんだから、私の存在には気付いていない筈じゃ!私が大きくたじろいでいる内に、ヤツがサッと振り返った。

 もう一度、私は悲鳴を上げそうになったが、なんとかグッと堪えた。私の姿を映したグリーシァンは特に具合の悪さも感じてなさそうで、いつもの通りの冷ややかな表情をしていた。何事もなかった風に装うってか。

―――じゃぁ、私も見なかった事にしよう。

 んで、とっとと要件を済ませよう。

「はい、お返しします」

 私はポンチョを包んだカバーをグリーシァンへと差し出す。

「あぁ」

 そう一言だけを返したグリーシァンはサッとポンチョを受け取った。それに私は微かに苛立ちを覚えた。私への労う言葉の一つもないのか。こっちは必要以外の時、このポンチョを返さなければならないという手間を煩っているというのに。

「なんか不満気だね」

 グリーシァンから実に冷ややかな表情で言われる。これはさっきの出来事のイライラをこっちへとぶつけているのか。不満があるってのはそりゃそうでしょ?ポンチョは借りてはまた返しての繰り返しで、面倒だし、なにより時間のロスになるのが嫌。

 グリーシァンだって決まった場所で仕事をしているわけではない。逐一探さなければならないのが、ガチイラッとする。女中の仕事とジュエリア探しをして忙しい私への配慮がまるでないのだ。

「なにか言いたい事があるなら言いなよ」

 不満の色を強めた私に、呆れたとでも言わんばかりに、さらにヤツは私を煽ってきた。

「正直、ポンチョを返しに行く時間が惜しいと思っています。その時間をジュエリア探しに回せたら有り難いなと」

 最近の私は遠慮がなくなった。以前であれば、感情を抑えて話をしていたが、今は無遠慮に意見を言うようになった。グリーシァンと気兼ねない関係になったわけじゃない。私には遠慮しているだけの余裕がないのだ。

「ねぇ?」

 ヤツが実に辟易へきえきとした口調で話しかけてきた。どうやらは私の返しに不満を抱いたようで、ヤツの無駄に綺麗な顔が嫌気に染まって歪んでいた。

「自分の立ち位置わかってる?今のその要求が受け入れられるとでも思ったの?いつ君がジュエリアではないという話になったわけさ?」
「…………………………」

 私に対する厭わしいオーラが半端ない。まるで罪人を咎めるような目でされていた。私は自分がそこまで間違っている事を言ったとは思えない。ただヤツの抱いている疑念が払拭されない限り、私はずっとこんな扱いを受け続けるのだろう。

「疑いが晴れていないにも関わらず、ポンチョを利用させているのが如何に危険か。それに加え私用にでも使われたら堪ったものじゃないよ」

 コイツ、まだ私がいかがわしい事にでも使うんじゃないかと疑っているのか。ただでさえ、ジュエリアの可能性があると疑われているだけでもイラつくのに、まだ別の事でも疑っているのか。

「自分の命が懸かっている私に、そんな余裕はありませんけど」

 私はキッパリとした口調で返してやった。冗談で殿下のプライベートを覗いたりなんかして~とは思ったけど、本気でやろうとしたわけじゃない。さっきの言葉の通り、そんな時間があるならジュエリア探しの方が先決だ。

「必要以外にまで、これを託せるわけがない。考えてみればわかる事でしょ?」

 私の言葉は無視かよ。というか、さっきの私の返しにヤツはイラッとしたのだろう。嫌味が増していた。

「わかってますけど」

 言い方に腹が立ちすぎて、私は剣のある態度で返す。今のグリーシァンの言い方なんなんだ?

「わかってんなら、さっきみたいな発言は出てこないと思うんだけど?最近、殿下とアッシズが君に対して物腰が柔らかくなってきたものだから、なにか勘違いしてない?ハッキリ言うけど、君がジュエリアではない説は無くなっていないから。約束の日まで本物のジュエリアを見つけられないのであれば、君をジュエリアとみなし、処刑するんだよ?その約束に殿下のお心も変わっていないし」

―――よくもそんな人の死について平然と言えたものだ。

 しかも私が慕っている殿下の名を出してくるのが嫌がらせのなにものでもない。コイツは人間の心を失った悪魔か。さっきのはまるで私がジュエリアとして見ている言い方だった。いくら頭にきていたとしても、言葉が過ぎている。

「その約束を忘れた事はありません」

―――忘れられるわけないじゃないか。

 いくら私が必死になっても、それがグリーシァンに伝わる事はないのだろう。ヤツは仕事に関して非常に厳酷シビアだと聞いた事がある。そもそも宮廷魔術師は仕事も私生活も規制がかかって大変らしい。魔法を悪用しないようにって意味で。

 グリーシァンはその宮廷魔術師の中でもトップであり、一番の責任を背負っている。他の魔術師達の魔力の管理も行っており、それがまた偉い手のかかる仕事らしい。人間誰しも管理されるのって本能的に嫌がるからね。

 魔術師達が上手く目を晦ませないよう管理をしなければならない。その為、人を疑うのが仕事っていうのもあり、ヤツの性格は厳しいを通り越して歪んでしまったようだね。他の魔術師達からも相当恐れられているみたいだし。

―――あ、一人だけそうでもない人がいたっけな。

 たまに私の前に現れる、あの訳のわからない魔術師兼占い師のネープルスだ。

―――最近会わないな。いや会いたくもないけどさ。

「次にポンチョを渡すのは翌朝だから」

 ハッと我に返る。そうだ、まだグリーシァンと話している途中だった。少しばかり意識が別のところに行ってしまっていた。

「はい、わかりました」

 もう面倒くさいわ。素直に「はい」と、言っておけばいい。楯突いたところで、さらにまた言葉を覆い被せられる。それの繰り返しでストレスのなにものでもない。

「それと明日のミーティング、重要な話をするから」
「重要な話?」

―――なんだそれ?

 続いたヤツの言葉に私は首を傾げる。今みたいに前置きで知らされる事なんてなかったから、妙に気になるな。

「明日、殿下も来られる。その時に正式に話をするから、絶対に遅れて来ないでね」

 ヤツから刺すような鋭い視線で念を押される。

「わかりました」

―――私が一度でも遅刻した事があったか。

 という言葉も添えて返したかったのだが、その場はグッと抑え込んだ…。





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