特別編①「彼から初めての嫉妬です!」
「ねぇ? キールっていつから私を好きだったんだと思う?」
「は?」
突拍子もない問いを投げてきた千景が、妙に頬を赤く染めてモジモジとしおらしい態度でいる為、シャルトはポカンとなった。
――なにを今更?
シャルトは勉強会を一段落させ、千景と一緒に茶の間で一休憩を取っていた。侍女達が菓子と茶の用意を終えて部屋を後にすると、いつもであれば真っ先に菓子に手をつける千景がそれをせず、なにかと思えば……。
「どうしたの、いきなり?」
「うん、実は前から気になっていたんだよね。シャルトならキールと話をするし、何気に相談事とかされていたんじゃないかって思ってさ」
「そんな相談なんてされた事ないし、それに私はキールじゃないから、わからないわよ。本人に訊いてみたらいいんじゃない?」
「さすがに本人には訊けないよ~。厚かましいって思われるじゃん?」
遠慮がちに答える千景だが、
――いや、アンタなら訊けるでしょ?
と、そうシャルトは突っ込み返そうとしたが、なんとか抑え込んだ。
「シャルトも知らなかったのか。超残念だな」
千景はもの悲しそうに溜め息を吐く。彼女がキールと結ばれてから、はや一年近くが経っていた。なんだかんだ千景はキールとは相思相愛で円満にやっている。婚約の発表もされ、キールの成人を迎えたら、結婚式を挙げる予定だ。
今は幸せ真っ只中である為、なにも今更キールが好きになったきっかけ等、気にする必要もないのではないかとシャルトは思った。しかし、今の千景の様子を見ると、心底残念がっているのが丸わかりだ。そんなこんなんな時、
――コンコンコン。
茶の間の扉からノックする音が響いてきた。
「はい」
シャルトが返事を返すと、すぐに扉は開いた。
「あ、アイリ」
千景は室内へと入って来た人物の名を呼ぶ。
「あ、二人とも来ていたんだね」
アイリは千景とシャルトの姿を目にすると、声を掛けた。
「わぁ~、美味しそうなボルボワのお菓子だねー。ボクこれ大好き」
アイリは千景達が座るテーブルの前まで来ると、子供のように目を輝かせて笑みを広げる。菓子は外側がアイスのように冷たいのだが、中は熱のこもったチョコが身を潜めており、口に入れば中から蕩けるような甘いチョコが広がる絶妙な触感をもつ。
「アンタの分も用意するわ」
「有難う」
シャルトは自分より身分の高いアイリを立てて、彼の分の用意を始めた。そしてアイリは千景達と同じテーブルへとついた。
「アイリ、いいところに来てくれたね」
「どうしたの、千景?」
隣の席に腰を掛けたアイリに、千景はニンマリとした表情を浮かべて話しかけた。
「あのさ、キールっていつから私の事を好きになったの?」
「え?」
千景の質問にアイリは目を丸くする。頬の紅潮とモジモジさを取り戻した千景はアイリとは視線を合わせずに俯きがちでいた。
「も、もしかしてさ、私が来た初日から好きそうな素振りとかってあったわけ?」
「え?」
答える前に千景がせっついてきたものだから、アイリはポカンとなってしまった。さすがに初日はキールが好んでいなかったのを千景もわかっている……筈なのだが。彼女は都合良く忘れてしまっているのだろうか。
「初日ではなかったと思うよ」
「ふ、ふーん! じゃぁ、いつ頃だったのかね? アイリはキールから恋の相談を受けていたんじゃない? 今更、隠す必要もないでしょ?」
何故か千景の確信を得ているような言い方に、アイリは目をパチクリとさせる。
「ううん、キールから相談は受けてないよ。キールってそう言った話は自分から進んで言わないコだからね」
「ふ、ふーん、そうなんだ、じゃぁ、アイリから見ていつ頃から好きになったんだと思う? けっこう早い段階だったんじゃない?」
千景は奮起しているようで、身を乗り出して訊いてきた。
「え? ……そうだね、多分あのスイーツ事件の後じゃない?」
アイリは思った事を素直に答えた。
「え? そんな後だったの! ……フンだ!」
「どうしたの、千景?」
アイリの答えに千景はご立腹してしまい、プイッと顔を背けてしまった。その様子にわけがわからんと首を傾げるアイリ。さらにそれを背後で見ていたシャルトは心底呆れていた。
どうやらシャルトは千景の意図に気付いたようだ。千景は現在、キールから十分に愛されているにも関わらず、出会った頃の気持ちまで自分にもっていこうと、都合良く考えていたのである。
――千景の貪欲は底なしね。
シャルトはふか~い溜め息をついたのだった。
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今宵、私はキールより先にベッドの中へと入っていた。
――フンだっ。
アイリの言った事が本当なら信じらんなぁ~い。キールってばスイーツ事件の前から、私にちょこちょこエッチな事をしてきていたのに、ちっとも私に恋心がなかったなんてさ!
――フンフンだ! ……でもな。
アイリからの観点だし、実際は違うかもしれないよね? キールはもっと早くに私を好きになっていたかもしれないし。今更それをキールに訊くのもなぁ~、でも知りたい。私が訊こうか訊くまいか思い悩んでいた時だ。いつの間にかキールが浴室から上がってきていた。
――やっぱ、き、訊いてみようかな?
私はキールの姿を見たら、考えが変わって質問してみる事にした。そしてキールがベッドに入ってくるのを待つ。
――数十分後。
髪を乾かしたキールは甘い香りと色香を漂わせながら、ベッドへと入ってきた。
――よし、訊くぞ!
私は思い切って質問を口に出そうとした。
「キ、キール、あのさ」
「なんだ?」
妙に緊張づいた私の様子を怪訝に思ったキールから覗き込まれる。
「キールってさ、い、いつ……わ、わた……す、す……」
私はどもりまくり、顔に熱が集中しまくって上手く言葉を紡げられなかった。
――いっや~ん、いざ口にすると恥ずかし過ぎて言えない~!
「キールっていつ初体験を終わらせたの?」
「は?」
――ひょぇ!
自分でもとんでもない事を口にしまったと驚いてしまうよ! な、なんて事を口走ってしまったんだ、自分! 私は一人アワアワしてキールの反応を伺う。
「また唐突に凄い事を訊いてくるんだな、オマエは」
はい、全くその通りですよね。大胆な質問を致しましてスミマセン。でも今の質問は無し無し! と、言えないのも事実……。
「そうだなー。十五を迎えた後だったかな」
キールは躊躇う様子もなく素直に答えてくれた。
「ふ、ふーん。あ、相手の女性はどんな人だったの?」
図々しいとも思いながらも、この際だから訊いてしまえ! と、さらに私は質問を重ねた。
「どんなって、うーんよく覚えていないな」
キール罰が悪そうに苦笑いをして答えた。それは私に気を遣っているのか、それとも数が多すぎてお忘れで?
「それなりに経験のある女性達から学んでいたが、あくまでも性教育の一環だったからな。色々と記憶がごっちゃになっているんだ。それは嘘じゃない」
「ふーん、別に疑ってないよ」
私もキールが初めてじゃないし、どうこう言えた義理はないんだよねー。その辺はお互い様という事で。
「じゃぁ、キールは初めてのコとはしてないだ!」
キールの初の恋人ルイジアナちゃんとはプラトニックな関係で、エッチまでしてなかったって聞いてたし(彼女はすぐにビア王の元に行ってしまったのもあるけどね)、性教育だけなら嫉妬してても仕方ないよね。
「あー、いや……」
「ん?」
キールが今度は本気で罰が悪そうな表情をしているではないか! どうしたんだ、なにかあるのか!
「実は一人だけいたんだ」
「え! な、なんで!? だって性教育じゃん!?」
「そうなんだけどさ」
「ど、どんなコだったの?」
さすがこの先の質問は立ち入り過ぎだと思ったけれど、訊かずにはいられなかった。キールは躊躇った様子を見せたが、私の必死な様子に観念する。
「イスラだよ」
「!?」
イスラちゃんだと! 確か彼女は私が来る前、キールのお嫁さん候補として最も有力な女のコだった。キールと同い年にして名の知られた建築家のデザイナーであり、しかも息を呑むほどの美貌とスタイルまでもった抜群のオールマイティちゃんではないか!
実はあのコが一番キールと夜を過ごした回数も多く、一時期あっしを恋のライバルとして見ていた時もあった。あの事件で、きちんとキールは私を選んでくれたから、事は収まったんだけど……。
「なんでイスラちゃんはキールの性教育に選ばれたの? だって初めてだったんでしょ?」
「性教育は基本、こちらからオファーをかけていたんだけど、イスラの場合は自分から申し出があったそうだ」
な、なんと! なんて大胆な申し出なんだ! あのコ、本当にキールの事が好きだったんだな。
「オレも初めての時は驚いたよ。てっきり経験済みだと思っていたし、イスラも初めてとは言わなかったんだ」
「ふ、ふーん」
――な、なんだか胸がモヤモヤしてきたぞ!
もうキールとイスラちゃんの関係はとっくに終わってモヤつく必要もないのに、なんだろう。キールが初めてのイスラちゃんに、甘い言葉で抱擁する姿が目に浮かんでしまって……。私は口を閉ざしてしまった。
「オマエは?」
「え?」
沈黙が流れてしまい、切り替えしのつもりなのか、今度はキールが私に問うてきた。
「千景も初は終えていただろ?」
うぉ! そこを突いてきましたか! まぁ、私もせっついて訊いたからね。
「ま、まぁね。十六の時だけど。初めて出来た彼氏と。色々な意味で刺激的だったな」
特にあの男性器がね! 初めてあれを目にした時なんてムンクの叫び声を上げてしまったよ! 上げずにはいられない物体じゃない? しかも興奮すると、姿形が変わるしさ! グロイのなんのって!今でも初めてのあの衝撃は忘れられない。
――今はまぁ、少しは落ち着いて見られるようになったけどさ。慣れって怖い~。
「ははっ」
ここで何故かキールが噴き出した。
「な、なんで笑ってんのさ?」
「いや、だってオマエの事だから、雄叫び上げてそうで。色々な意味で」
「くっ」
キールには私の初体験が想像ついてしまったのか! 確かに「いっやぁ~ん!」「無理無理無理~!」と、叫びまくっていたけどね。かれこれ十年前の懐かしい思い出だ。
「羨ましいな。千景の初めてをもらえたヤツは」
「ふぇ?」
――い、今キールはなんと!?
「出来ればオレがオマエの初めてをもらいたかった。オレしか知らないでいて欲しいなんて、とんだ傲慢だけどな」
――ドッキューン!!
切なる表情で吐露をするキールに私は萌え死にしそうになった! あ、あのキールが、し、嫉妬しているではないか! 彼とはかれこれ一年以上も一緒にいるけど、このかた妬かれた記憶なんてないのだ。私はあまりの嬉しさに胸いっぱい歓喜に満ち溢れていた。
「キールとの記憶しかないから!」
「え?」
突然の私の言葉にキールは面食らった。
「千景?」
「他の人とエッチしたのはもう綺麗さっぱり全く覚えてないよ! だから私はキールの肌と温もりしか知らないから!」
「え?」
キールは翡翠色の瞳を大きく揺るがす。彼からしたら都合のいい話だと思われるかもしれないけど、私は真剣に伝えた。これが私の言える精一杯の誠意だ。それに本当に今はキールの肌と温もりしか覚えていない。
「ありがとな」
「うん」
「今の気持ち、すげぇ嬉しかったよ」
そう言葉を返すキールの表情はとても穏やかで安心仕切っているように思えた。信じてもらえて良かったな。
「じゃぁ、これから嬉しいっていう気持ちを躯で表そうか」
「は……い?」
なんですか? 今のお言葉は? 私は目をパチクリとして、キールをガン見していると彼は……。
――ぬぉ!
軽やかに夜着を脱いで、すっぽんぽんになってしまったではないか! そう、私達の夜の定番はこれから始まる……のだが、今日はいつもに増して、私達の気持ちが昂ぶっていた為か、迸るような熱さに身が焦がされる夜を過ごしたのでありました!