番外編⑨「彼の愛を信じたい」
――キール、遅いな。
パーティが終わってから、はやニ時間が過ぎようとしていた。私はまだドレス姿のままで部屋に一人ポツンといた。結局パーティ中はキールと一緒にいる事が出来なかった。何故ならキールの隣りにはずーっとイスラちゃんがいたからだ。
彼女はキールに夜のお誘いをした後、彼から離れるかと思いきや、パーティ中は……いや終わった後も片時もキールの傍から離れる事はなかった。わざと私から遠ざけていたんだろうな。まぁ、彼女はキールとタメで若いから、嫉妬し易いんだろうね。
その辺の気持ちは理解してあげて、私は無理にキールへ近づこうとはしなかった。それにキールは今夜、私の元へと来てくれるって信じているし、少しぐらい彼を貸してあげてもよろしくてよ! と、私は大人の女性らしい余裕を見せていた。
――早くキールにドレス姿を褒めてもらいたいのにな。なにやってんだろう?
パーティが終わっても、お偉いさん達とニ次会的な話しが続く場合もあるから、すぐに戻って来られないのもわかるけど、それにしても遅いよ。いつもならもうとっくに眠っていてもおかしくない時間なんだけど……まさか……ね? 私はドキリと嫌な予感をよぎらせた。
――私、キール様がいらっしゃるまで、ずっと起きて待っていますから!
あのイスラちゃんの言葉を鵜呑みにしたとかじゃないよね? 今、彼女と一緒に過ごしていないよね? 考えたくない事がどんどん深く入り込んできて、私の心臓の音はバクバクと速まっていく。だって彼女と部屋にいるって事は私を裏切る行為をしているって事だもん。
キールの事は信じている。私と出会う前に沢山の女性と関係をもっていたけど、それはあくまでも性教育の一環で、今は私一筋で愛してくれているもん。出張以外の夜はちゃんと私と寝ているし、今更イスラちゃんが出てきたところで心変わりするような人じゃない。
でもアイリが言っていたけど、イスラちゃんはキールのドンピシャなんだよね。彼女と関係があった時って本当に性教育だと割り切って、エッチしていたのかな? それに彼女はキールの事が好きみたいだし……。
――ダメダメ! キールを疑いたくない。もうすぐに帰って来るもん!
そしたらいつもみたいに「愛している」って言いながら抱いてくれる。私はキールを信じて、この後も待ち続けた。
…………………………。
あれからさらにニ時間ほどが過ぎた。だけど、キールは戻って来ないのだ。日本でいえば既に夜中のニ時を回った時間だ。ニ次会が延びたとしても、さすがにこんなに遅くまでは行われない。
明日も通常通り仕事があるんだもん。じゃぁ、キールは今なにをしているの? 私は不安に見舞われ、居ても立ってもいられなくなり、部屋から出たのだった……。
☆*:.。. .。.:*☆☆*:.。. .。.:*☆
「どうしたの、こんな夜中に?」
シャルトは驚きの色を見せて私を迎えた。そりゃそうだ、こんな夜中にグヂュグヂュに泣いている私が押しかけて来たら驚くだろう。シャルトは寝衣姿で私を部屋へ入れてくれて、そのままクラウンのソファに座らせてくれた。
「キールとなにかあったの?」
「ひっく……え、えっぐ」
私は涙が止まらなくて、シャルトの質問に答えられなかった。彼は困った表情をして私を見下ろしている。
「ひっく……キ、キー……うっぐ……ル……がね」
「ん」
「う、うぅ、イ……スラ……ちゃん……の…えっぐ……とこ……ろに……いっちゃ……ひっく……ったの」
「え?」
しゃくり上げの声で聞き取りづらかった私の言葉を、シャルトは汲み取ったようで顔を強張らせた。
「そんな筈ないでしょ?」
「だって……今日……ひっく……うぅ……聞いちゃったの……ひっく、えっぐ。部屋に……誘わ……ひっく……れてた……えっぐ。キー……ル……私の……部屋に……ひっく……戻って……来ないのぉ、うぅ」
「誘われたからって、そんな軽率に千景以外の女性の所には行かないわよ」
「でも……戻って来な……い……もん!」
「きっとアイリと一緒なんじゃない? たまに立て込んだ話を夜中にする時があるわよ」
「……え?」
シャルトに言われて、私はキールへの疑いが少しばかり晴れかけた……その時だった。
――コンコンコンッ。
「はい」
「入るね~」
シャルトが答えると、聞き覚えのある声が返ってきて扉が開いた。
「シャルト、起きてるぅ~? おっもしろい話聞いちゃってさ! こんな時間だけど、明日まで我慢出来ないから来ちゃった♪って、あんれ? 千景じゃん」
部屋に入って来たのはアイリだった。彼は喜々満面で私とシャルトの前に現れたけど、泣いている私の姿を見て目を丸くしていた。
「アイリ、キールと一緒じゃなかったの?」
シャルトは透かさずアイリに問うけど、
「え? なんでキール? ボク、ずっとアクダクト宮宰と話をしていたんだよ?」
その言葉を聞いて私はさらに喚き始める。やっぱり今、キールはイスラちゃんと一緒にいるんだ! しかも……。
「うあぁん! や、やだよぉ……キールと……別れ……たくない……よぉ!」
ニ人が一緒に寝ているのを想像し、そのままキールが私の元から離れていくのだと思ったら、感情が乱れて抑える事が出来なかった。キールとは出会って結ばれるまで本当に色々とあったけど、想いが重なってから、今までお互いに愛情を与え合って支えてきた。
これまでキール以外の彼と別れた時は仕方ないと割り切ってこれたけど、キールが離れていくのは堪えられない! だってこの世界でやってこれたのはキールが傍にいてくれたからなんだもん!
「ど、どうしたの、千景! キールとなにかあったの!?」
「うあぁん! やだよぉ!」
私はアイリの言葉が耳に入らず、ひたすら声を上げて泣いて、シャルトもアイリも言葉を失っていた。そんな手の施しようもない状況の最中だ。
「「「!?」」」
私達は一斉に驚愕し身を強張らせる。それはこちらへと向かって来る人の「気」を感じたからだ。しかもその人物がキールだと察した。私は一瞬で泣くのを止める。それからすぐに部屋の扉がノックされた。
「シャルト! 悪いが緊急なんだ、開けてもいいか!?」
キールの声だ! 私は彼に見つかりたくない一心で失礼だとは思ったけど、ドレスを着たままシャルトのベッドの中へと身を隠した。
「どうぞ」
シャルトが返答すると、すぐに扉は開かれた。
――ギィ――――。
「シャルト! ……アイリ? いたのか? それよりも千景を知らないか? 部屋にいないんだ!」
めったに耳にしないキールの切実そうな声が聞こえた。その声で彼が本当に私の事を心配して捜しに来てくれたんだとわかった。だけど、私は見つかりたくなくて心臓をドキドキとさせながらジッとしていた。
「それは……」
シャルトが答えづらそうにして言葉に詰まっていると、キールの靴音がベッドへと近づいて来るのがわかった。
「……千景?」
うわ! 気を消しているのに、どうしてわかったのかな! もしかしてドレスの裾がベッドのシーツからはみ出していたのかも。咄嗟に隠れたから気が付かなかったよ。私が動揺している間にも、シーツはガバッて乱暴に剥ぎ取られて!
「千景?」
私はうつ伏せの体勢でキールの方を向かずにいたけれど、彼は無理に私の躯を起こそうとした!
「やあぁっ」
私はすこぶる嫌がる姿を見せる。
「千景、どうしたんだ! なんでそんな泣いてるんだよ!」
目を腫らしている私の姿に驚いたキールはすぐに問うてきた。誰のせいでこんな風になっていると思っているんだ! 白々しく訊いてくるキールに私は狂ったようにもがいて、手を払い退けようとした!
「イスラちゃんを抱いた手で触らないでよ! 私知っているんだから! 今までイスラちゃんと一緒にいたんでしょ!? 彼女に誘われて部屋に行っていたんでしょ!?」
「なんで知って?」
吐露したキールの言葉に、私はさらにカッっと頭に血が上ってキールの手を強く払い退けようとした。
「やっぱり! それでよく私の前に現れようと出来たわね! その神経が信じられない! 来ないでよ! 私の前から消えてよ!!」
「待ってって! オレの話を聞けって!」
「なにを聞くんだよ! 彼女の部屋に行ったのは事実なんでしょ!? 言い訳なんて聞きたくない!!」
私はもうなにがなんだかわからないぐらい感情を爆発させて叫んでいた。シャルトもアイリも私達のやり取りに呆気にとられている。
「話しを聞いてくれって!」
「やだぁ! 放してよ!」
キールはなんとしてでも私に話を聞かせようとしていたけれど、私は聞く耳をもたなかった。イスラちゃんとの事を聞いて、捨てられる話なんて聞きたいわけがない! 私はより強く狂ったようにもがいた。それにキールも負けんじと言葉を続けようとした。
「千景! 確かにイスラに言われて部屋には行った。でもそれは彼女を抱く為に行ったわけじゃなくて、きちんと伝えに行ったんだよ。今のオレは千景しか愛せないって、だから抱けないって」
「……え?」
私はキールの言葉に、もがいていた腕を止めて彼を見上げた。彼の美しい翡翠色の瞳は真っ直ぐに私を映し出していた。その瞳は真剣そのものだ。
「イスラに泣かれたよ。確かに彼女との関係は性教育以上なものはあった」
その言葉に私はズキンと胸を打たれた。だけど……。
「彼女は本当にこの王宮の事を考えて多々貢献をしてくれて、オレの為に必要以上に尽くしてくれていた。これまでの彼女の想いを考えると、きちんと伝えなければならないって、そう思ったんだよ。真剣に彼女へと伝えてみたけれど、思った以上に泣かれてしまって説得するのに時間がかかったんだ。だから部屋に戻るのが遅くなって。だけど、最後には納得してもらえたからさ」
「そうなの?」
私はキールの真摯な思いと行動に胸が打たれて感動の涙が流れた。彼の切なる声がなにより真剣で嬉しかった。
「あぁ、不安にさせて本当に悪かったよ。ゴメン」
キールは謝ると私を優しく抱き寄せた。私は腕の中で涙が溢れて出てきて、さらにキールは私の背中をギュッと強く抱き締めてくれた。
「部屋に戻ったら、オマエがいなくて頭が真っ白になった。またいなくなってしまうのかと思って」
「また?」
私はキールの言葉に目を見張る。
「大事に想っている人はいつもオレの目の前からいなくなってしまう。そしてオマエまでいなくなってしまったのかと思ったんだ」
「あっ」
私はキールの言葉の意味を理解する。それはご両親やルイジアナちゃんの事を言っているんだ。私……キールを不安にさせてしまっていたんだ。
「オマエの幸せを考えれば、オレには引き留める権利はないけど、もうオマエのいない世界は考えられないんだ」
「キール?」
「自分でもどうしようもないほど、オマエを愛している。だからずっとオレの傍にいて欲しい」
「キール……。いつも沢山の愛情をくれているのに、勝手にいなくなったりしてゴメンね。ゴメンナサイ」
こんなにも愛してくれているのに疑ったりしてゴメンね。止めどもなく涙が溢れる中、私もキールを強く包み込んだ。お互いに感じる温もりはまさに愛情そのものだった……。
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私とキールはシャルトの部屋を離れて、自分達の寝室へと戻って来た。部屋に入るなり、キールは満面の笑顔で私を引き寄せて、
「千景、今日のドレス姿可愛いな。ホールで見かけた時、何処のお姫様が現れたかと思ったよ」
「本当に!?」
私はキールの誉め言葉に頬を桃色に染め、瞳が宝石のようにキラキラと光る。良かった! キールも可愛いって思ってくれていたんだ。今日は色々とあって沢山泣いたけれど、キールからの涙ちょちょ切れる言葉をもらったからな! 悲しかった事はすべて帳消しだ。
「そういえば、まだ湯浴みに入ってなかったな」
「オレもだ。なんなら一緒に入るか?」
「へ?」
キールの提案に私は突拍子もない言葉を発した。キールとは確かに毎日躯を重ねる仲ではあるけど、まだお風呂には一緒に入った事がなかったのだ。というのもキールの方が部屋に帰って来るのが遅いから、私は先に入ってしまっているんだよね。
「嫌なの?」
「嫌っていうか……、は、恥ずかしいじゃん」
「今更? 千景の裸はいつも見ているけど?」
「そういう問題じゃないの!」
もう、乙女には色々と事情があるんだっての! と、私は断固拒否をしようとしたけれど……。
「ひゃぁあん! ど、どういう洗い方してんのぉ!?」
結局キールと一緒にお風呂に入ってしまい、しかも……しかもしかもしかもぉおお!
「やぁん! バカ! エッチ! 変態!!」
とても言葉では表せられない事をされながらの初湯浴みタイム後の私達はいつも以上に濃厚でラブラブな夜を過ごしたのでありました!