番外編⑧「やられたらやり返します!」




「そんな事もご理解兼ねるとは貴方様は仮にも一国の王ではありませんか? 国の主がそのようではバーントシェンナ国の未来に期待は出来ませぬな」

 今の言葉によって、バーントシェンナ国以外の者から嘲笑が湧き起こった。現在バーントシェンナ、マルーン、ヒヤシンスの三国それぞれの王と大臣達が集結し、国交会議が行われていた。

 三国交えた問題が起こった場合、早期解決をさせる為、国交会議を行う規定となっている。しかしこの会議だが、バーントシェンナ国王キール・ロワイヤルにとっては苦難と屈辱の場に過ぎない。

 通常は二十歳歳の成人を迎えてから王へと即位する規定となっているが、バーントシェンナ国は数ヵ月前に先代が不慮の事故で他界してしまい、若干十三歳で王となったキールは他国から未熟な部分を突かれては恥辱の格好の的となっていた。

 今回もマルーン国のギルロイ宰相から蔑視されてしまい、キールと周りの重臣達は反論も言えずに、状況を堪えに堪えていた。ただ一人除いては……。

「申し訳ございません。わたくし共の教えが至らぬばかりに、ご迷惑をおかけ致しております」

 キールの隣りに座るアイリはすぐにフォローへ入った。

「王が王なら臣下も臣下だ」

 ギルロイ宰相はさらに皮肉を交えて嘲笑する。

「いえ、逆でございます。私共臣下の力不足の為、王がまだ知らぬだけでございます。なにせ先代が思わぬ事態となって他界し、急に王へ即位したキール様ですので、本来の教育が追いついておりません。今会議の議題も成人前に学ぶ内容でございます。王はまだ十三の年でおりますので、どうか寛容にお考えを頂ければと」
「それは以前から何度も聞いておる。何度聞かせれば気が済むのだ。少しは学んできたかと思えば」

 また言い訳を並べ始めてきたと、ギルロイ宰相は煩わらしそうに跳ね返した。

「であれば、そちらもそろそろご理解下さいませ。先代が他界を致してから、ほんの数ヵ月でございます。七年分の教育を数ヵ月で致す事は重々苦難であるとご理解し、大目にみる心をもって頂きたい」

 アイリは出来るだけ感情を抑えて反論へと切り替えた。「何度説明しても理解出来ないのはこちらでなくオマエ自身だ! このアホンダラ! よくオマエなんかが宰相までのし上がれたもんだ!」と、アイリは心の中で大きくアッカンベーをしていた。

「なんだと? この若造が抜け抜けと!」

 アイリの反論にギルロイ宰相は目尻を上げ、拳をわなわなと震わせていた。

「政治に年は関係ございません。尤も我が王を何度も侮辱され、黙っておるほど愚かではないと自負しております」
「この恥を知れ!」

 アイリは吐き捨てるように言い放ち、その態度に余計ギルロイ宰相の怒りを買ってしまっていた。周りのバーントシェンナの人間はヒヤヒヤとマルーンとヒヤシンスの者は呆然としていた。そんな状況でもアイリは平然として言葉を続けた。

「ギルロイ宰相殿。アナタがおっしゃった言葉を私がマキシムズ王に申し上げましたら、アナタは黙っておられますか?」
「我が王は貴様のところの王とは違い、とても聡明なお方だ。恥辱をお受けになるような方ではない」

 ギルロイ宰相の失礼な言葉に、キールと他の重臣達はピクッと反応を示した。一国の王を蔑んだ言葉が問題だ。

「そうですね。確かにマキシムズ王は聡明なお方だ」

 アイリもマキシムズ王の聡明さは認めていた。数ヵ月前に王へと即位したばかりのまだ二十歳という若さであるが、とても知性に溢れ、利発的で年長のヒヤシンス国のビア王と互角に討論出来るだけの聡明さを持ち合わせていた。

「わかったのならば無駄な愚問をするんではない!」

 素直に認めたアイリにギルロイ宰相は釘を刺す。

「ですが、側近に置かれている臣下の質が悪ければ、王の顔も名も汚辱となっていますね。実に残念でございます」
「貴様~~!」

 アイリは淡々とした返しに、ギルロイ宰相は大きく取り乱して席を立ち上がってしまった。

「……フッ、ハハハハハ」

 緊迫した空気を打破したのはマキシムズ王であった。白雪のような透明感のある美しい容姿に似合わぬ大笑いをしていた。その様子にギルロイ宰相は唖然となって王を見つめ返す。

「王!」
「実に面白い。私を立てつつもしっかりと攻めておる。実に怜悧な頭脳をもった臣下だ。アイリッシュ殿」
「王!」

 接戦している敵を褒めるとは! と、ギルロイ宰相は不満の色を浮かべた。しかし、マキシムズ王は気にする素振りを見せず、むしろアイリへの興味を深めていた。

「以前から思っていたのだが、君を我が側近に迎えたいと思っていてね」

 男でも魅了されそうな妖艶な笑みをマキシムズ王は浮かべ、この場で大胆にもアイリへオファーをかけた。キールは瞠目し、マキシムズ王を注視する。

「お言葉ですが、私は我が王を思慕しております。ロワイヤル家に骨の髄まで埋める所存でおりますので、お応えする事は出来兼ねます」

 アイリは考える素振りを一切見せずに、キッパリと断りを入れた。

「アッサリとフラれてしまったな」

 対してマキシムズ王は気にする様子もなく、大らかな笑みを浮かべていたが、王の隣にいるギルロイ宰相はまたもや怒号を上げた。

「貴様! 臣下の分際で我が王に出来過ぎた口の聞き方をしよって! 王、コヤツを侮辱の罪で処刑にかけましょう!」
「なに?」

 口からとんでもない事を飛び出したギルロイ宰相に、キールは視線で威圧する。

「お主はなにを言っておる?」

 ギルロイ宰相の言葉を冷静に返したのはマキシムズ王であった。軽率な言葉は自国の恥晒しとなり、さすがのマキシムズ王からも笑みが消えていた。

「このような場所で申し上げるのもなんですが、ソヤツは私の妻に色目をかけております!」
「「「「は?」」」」

 ギルロイ宰相は気でも狂ったかと思わせる言動に一同が唖然となった。そのような中で微かな笑い声が聞こえてくる。

「クククッ、今回の議題はなんだ? 色恋沙汰がテーマなのか?」

 ヒヤシンス国ビア・サンガリー王であった。あの無機質な王がこうも感情を表に出すとは、ビア王の明らかに蔑んでいる様子に、マキシムズ王は自国の恥だと認めざるを得なくなり、表情が険しく豹変していた。その一方で露骨に感情を表したのはキールであった。

「いくら宰相殿とはいえ、今のは聞き捨てならぬ言葉だ」

 幼いキールであったが美しい容姿で向けるキツイ視線から、十分に凄味が伝わっていた。

「ですがキール様、現に私はソヤツが私の妻と逢瀬する姿を見ております」
「なんと心外な」

 アイリが吐き捨てるように呟く。

「それは完全なる思い過ごしだと言っていい」

 キールも透かさず言葉を挟んだ。アイリは確かに女性に対して優し過ぎる所はあるが、間違いを起こすほど愚かではない。ましてや他国の女性に手を出すなど、有り得ない。これはどう考えてもギルロイ宰相の勝手な妄想というのか、捏造としか言いようがなかった。

「そこまでおっしゃるのであれば、思い過ごしだという根拠があってのお言葉ですね?」
「勿論だ。だがここで申し上げてはなんだが?」

 キールにはハッタリではなく確信出来るものをもっていた。アイリはギルロイ宰相の妻から、熱烈なふみを何通も貰っていたのだ。だが、それを容易に話すには相手のプライバシーの侵害になる為、口に出さないだけであり、これはあくまでも相手に対する思いやりだ。

「やはりハッタリですか?」

 キールの思いも虚しく、ギルロイ宰相には理解が出来ていないようだった。ここで彼に押されてしまえば、大事なアイリが汚辱されてしまう。

「其方の奥方の名誉に関わる事だが、申し上げて良いのか?」

 キールは最低限に言葉を選んで返した。すると……。

「なるほど、どうやら宰相の奥方がアイリッシュ殿に熱を上げられているという事か。それなら奥方を通じて最終的にお主が恥をかく羽目になるというわけだな」

 マキシムズ王が間に入り、しかもキールがオブラードに包んでいた事柄をいとも簡単にバラしてしまった。ギルロイ宰相は大きく動揺する。

「お、王、既に!」

 その場にいた者に事柄を理解されてしまい、ギルロイ宰相は脱力感に見舞われ、ヘナヘナと項垂れた。そして誰からもフォローを入れてもらえずに、彼は顔を真っ赤にして顔を俯いてまった……ところに、

「この際ですから、私も隠さず話しをさせて頂きますが、ギルロイ宰相、我が国の臣下に熱を上げるのはおやめ下さい」

 アイリがここぞとばかりに反撃に入った。またしてもギルロイ宰相へと視線が集まる。

「はぁ!? オマエはなにを言い出すのだ! 私はバーントシェンナ国の臣下になど、手出しはしておらぬぞ! 臣下は男ではないか! オマエは私に同性愛色があると汚名をきせたいのか! 狂気じみているな!」

 ギルロイ宰相はとてもまともな神経で言えたものではないと、汚物でも見るような表情をアイリに向ける。

「そうでしょうか? ギルロイ宰相、アナタ最近頻繁にある者に文を出されていますよね?」
「それがどうしたと言うのだ?」

 ギルロイ宰相は図星な出来事だけあって、内心はヒヤヒヤとしていたが、それを表情へと出ないように抑えていた。それに自分が文を出している相手はバーントシェンナの宮殿の中にいる女性だ。間違っても同性ではない。なにも動揺する必要はないと開き直っていた。

「その相手はまさに我が国の臣下であると同時に、正真正銘の男でおりますから」

 シ――――――――――ン。

 凍りついたような空気が漂った。

「……は?」

 ギルロイ宰相は目を点にし、開いた口を塞ぐ事が出来ずにいた。理解出来ていない彼に対し、アイリはもう一度同じ言葉で説明する。

「ですからアナタが文を送っている相手は紛れもなく男です。私と同じ王に仕える臣下ですので」
「はぁ!? そんな馬鹿な! 彼女が男の筈がないだろう! バカな事を申すな!」
「残念だがギルロイ宰相。シャルトリューズは間違いなく男だ」

 釘を刺すようにキールが決定打を放つ。

「王もそう申しておりますので、どうかご了承下さいませ」

 冷ややかに締めの言葉を送るアイリに、ギルロイ宰相は放心状態へと陥った。

「そ、そんな……バカな……」

 キールの恥辱する筈が、いつの間にか自分が格好の的になり、宰相は顔を真っ青になりながら、苦痛の時間を送る事となった……。

☆*:.。. .。.:*☆☆*:.。. .。.:*☆

「全くあの堅物嫌味男め! 今回もキール様を侮辱してさ! 今日はとことん制裁を与えていい気味だっての!」

 会議室を離れた後、アイリは我慢していた鬱憤を爆発させた。アイリ以外の臣下は先にキールを乗せるスルンバ車の用意に行った為、今キールはアイリと2人だけであった。

「……アイリ」

 キールは困惑した表情をしてアイリの名を呼ぶ。その様子に察したアイリは透かさず言葉を続けた。

「大丈夫ですよ、キール様。今回の件があったからって、ギルロイ宰相から報復はされる事はありません。恐らく彼は宰相の職を免官になるでしょう」
「免官?」
「当然ですよ。あれだけ恥をかいたのです。いわばマキシムズ王の顔に泥を塗ったようなものです。次回の会議から彼の姿はないでしょうから、安心して下さいね」
「……そうか。でもオレが気にしているのは」

 キールはアイリの思いとは別の事を懸念していた。少し思い詰めた顔をしているキールのに、アイリは首を傾げて見つめ返す。

「キール様?」
「オマエに嫌な思いをさせているのではないかと思って」
「王っ」

 キールの心配に感極まったアイリはキールとの距離をググッと縮め、いきなりキールの右手を自分の両手でギュッと握り締めてきた。

「王は本当にお優しいのですね! その若さで十分にバーントシェンナ国の王としての心得をわかっておられる。キール様が王である限り、我が国はずっと安泰です!」
「そうか。嬉しい言葉だな」
「それに私は貴方を愛しておりますから」
「アイリ? ……悪いがキモイぞ。オマエが言うと、深い意味がありそうで怖い」
「その通りですよ。私の言葉の意味は深いのですから、否定は致しません」

 シレッとしてキールの言葉を肯定するアイリはクルッと軽やかに背を向けた。

「そ、そうか……」

 キールは半ば複雑な思いに駆られていた。キールは知っていたのだ。アイリからの絶対的な忠誠心と情愛はすべて「父」へ向けられたものであるという事を……。





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