番外編⑥「もし初日に契りを交わしていたら?」




 私がこちらの世界に来た翌日から三日間、隣の王の部屋に夜な夜な美女が出入りしている所を目撃してしまい、王の不埒な行いに私は嫌悪感を抱いていた。そして私が来てから五日目の夜の出来事だった。

「あっ!」

 思わず私は小さく呟いた。部屋を出たら、隣の部屋に入ろうとしているバーントシェンナの若きキール王と鉢合わせをしたからだ。王様だと一目でわかる絢爛な礼服と無駄に綺麗な容姿は若くても十分に神々しかった。

「ご、ご機嫌麗しく」

 私は引き攣った顔で、慣れもしない言葉を使って挨拶をした。

「あぁ」

 王からは相変わらず素っ気ない対応をされる。まるで私には興味がない。私がこの世界に来た初日に「あんな事」をしておいてさ! この態度だもんな。本当に情なんてものはなく、王としての責任感を果たしただけだったんだなって叩きつけられる。

 別に私自身も気の迷いだったって思っているし、大国の危機を救った女神様だと祟られているから、そこまで気にしてはいないんだけど……。でもなんか腹立たしいんだよね、この王は! 王様だから偉そうなのは仕方ないんだけど、年が八歳下だからか小生意気に思えて仕方ない。

 無駄に綺麗な顔立ちをしているのは認めるけどね。あと変に色気があるし。それもそっか、夜な夜な美女とムフフな事をしてりゃ、嫌でも色気が出てくるんだろうな。

「なんだ?」

 瞬時の観察のつもりだったが、どうやらガン見していた私に、王は不満そうな顔を向けて言う。

「え? なんだと言われましてもなんでしょうか?」

 刃向うつもりはないけど、意味がわからなくて突っ返した言葉で返してしまった。そんな私の態度に、さらに王の顔が険しくなった。

 ――しまったな、一国の王の機嫌を損ねて牢獄行きにされたらゴメンだ。

「用がないのか」

 王は私の事を本当に煩わしそうに見た後、部屋に入ろうとした。私もよしておけば良かったんだけど、

「そうですよね~、これからお熱い出来事がお待ちですもんね~」

 と、嫌味の一言を発してしまった。その言葉に王は部屋に入るのを止め、私の方へと向き直した。

「へー、聞き耳でも立てる趣味でもあったんだなー、オマエ痴女か?」
「はぁ?」

 ッカー!コんのガキ、王だからといって調子づきやがって! 私はガンを飛ばすような視線をヤツに向けた。

「そんなわけないでしょ、重厚な壁なんだし。たまたま美女が出入りしているのを見ただけで、そんな言われないわ」

 私は相手が王だと言うのを一先ず置いて反撃へと入った。

「オマエ、子供のくせに人の色恋沙汰に介入して来るな」
「ッカー、なんか王だからっていって、なんでもかんでも好き放題言うんじゃないわよ!」

 私は完全にタガが外れてしまった。ガキは貴様だ! 八歳も年下なんだぞ! どうせこの世界には長くはいない(アイリッシュさんと別れるのは淋しいけど!)。その内に帰る身なんだから、この際にビシッとバシッと言わせてもらうぞ。

「私はこう見えても本当は二十五なんだから。人を子供扱いにしないで欲しいわ」
「は? オマエ、訊いた時十六だって?」

 王は思いっきし眉間を寄せて、疑念の眼差しを向けてきた。

「そ、それはちょっと年を若く言っただけだよ」
「は? 九も年さばよんでちょっとかよ?」
「フンだ! 若く見える特権だぁ。とにかく私はアナタより八歳も上なんですから」
「だったら年相応の素行を見せろ。二十五として恥ずかしい言動と振る舞いをして、恥辱として晒し物だな」
「なんですって! アナタだって夜な夜な美女とエッチな行いをしていて、恥辱そのものだわ」
「性教育の一環だ。無駄な行いをしているわけではない」
「フンだ、好きでもない人とエッチな事している時点で、そんな事実に信憑性はないんだから。なにが至福の王だ、この色情狂め!」

 私は相当熱くなってしまっていた為に、相手が一国の王という事を本気で忘れ、暴言を吐いてしまった。そして王のすこぶる憤った表情に怯んでしまう。

「オレは王だ。オマエ、そんな口の聞き方をして、それなりの覚悟はあるんだろうな?」
「覚悟云々の前に元の世界に帰らせてもらいますから」

 ここまで来たら引けないもんな。逃げるが勝ちだ! 王は黙って私の方へと近づいて来たぞ。きょ、きょわい。私は咄嗟に部屋へ逃げようと扉を開けようとしたら、扉をバンッと手でつかれ、開けられないようにされてしまう。私は委縮して王を見上げる。

「の、退いてよね!」
「オマエを帰さない」
「はい?」

 王は無駄に顔を近づけてきて、突拍子もない事を言い出したぞ。コ、コヤツなにがしたいんだ! 若さ故に血迷っているのか。これだから顔が良い若いもんはさ!

「オマエがオレを好きになった時、元の世界に帰してやる。せいぜい向こうの世界で恋しがって嘆いてもらおう」
「はぁ?」

 王の意図が掴めず、私はポカンとなってしまう。その間にも王は私を引っ張り、人の部屋へと入って来た!

「ちょっとなに勝手に入って来てんのよ! 自分の部屋に戻ってよね!」
「今言っただろう? まずはオマエに好きになってもらう。暫く夜の相手はオマエだ」
「は?」

 夜の相手ってなんだよ! ま、まさか……? 私の中である考えが過った。冷や汗が流れそうなほど、ドックンドックンと動悸が速くなる。案の上、王は私を無理矢理ベッドへと放り投げた。

「な、なにするんだ!」

 私は躯を上げて叫んだ。

「!?」

 ぎょぇええ!! 王が手際よく礼服を脱ぎ始めているではないか! 私は瞬時にムンクの叫び顔になる! な、なんちゅーヤツだ、こ、ここまで節操のない不埒なヤツだったんなんて!

「な、なにしてんだよ!」

 私が問う間にも王は脱衣し続け、私は目のやり場に困ってしまう。

「見ての通りだ」
「見ての通りって、私は承知してないんだからね!」

 うぅ、もう下まで脱いでいて、私の顔は熟したトマト色へと染まる。

「なにを今更? 数日前に散々ヤッた仲だろ?」
「む、無理矢理だろ!」
「満更でもなかったくせによく言うよ。今日からオマエはオレと夜を過ごす」

 王は冷ややかに言葉を返して、私の方へと近づいて来た。すっぽんぽんでマジ刺激が強いんだよ! 来るな来るな来るな!

「勝手に決めないでよ。それに近寄らないでよ! 好きでもない人とはエッチな事はしないんだから!」

 私の思いは虚しく、ベッドの上へと入ってきた王から両手首を掴まれ、さらに寝巻を器用に剥ぎ取られてしまった。自称美乳が露わになり、ショーツ一枚の格好にさせられた。

「や、やめろよ! こんな事するなんて、ただの強姦魔なんだからな!」
「なんとでも言え」
「う、訴えてやる!」
「裁判の判決は国王が決めるからな。やるだけ無駄だと思うけど?」

 王は冷やかに小バカにし、そして何処かしら楽しむかのような笑みを零して、私へと手を伸ばしてきた。

「やあぁぁん!」

☆*:.。. .。.:*☆☆*:.。. .。.:*☆

 あれから一ヵ月間、私は毎夜王に抱かれていた。元の世界に帰りたいという訴えはフルシカトされ、ここに強制的に残された私は、嫌々ながら言語や歴史や文化といった堅苦しい勉強をさせられていた。

 王と毎日エッチしている身だから、アイリッシュさんに積極的アプローチをする気持ちにもなれず、私は辛くて酷な生活を送る羽目になっていた。ところが、実際は……。

「やあぁぁん!」

 王と繋がったまま私は体勢を上へと変えられる。ピッタリと躯は密着し合い、バクバクと鳴る心臓の爆音が、王に聞こえてしまいそうで羞恥に見舞われる。

「なぁ?」

 王は私の耳元で蕩かすような甘い声で呼ぶ。まるで誘惑するかのように囁くのだ。この一ヵ月間、こんな甘い声に何度耳を犯された事か。未だに耳朶が甘く痺れてしまうのだ。王は私の頬を両手で持ち、目線を合わせる。翡翠色の瞳に捉えられて、さっきよりもうんと心臓がドキドキと高鳴っている。

「そろそろ素直に言わないのか?」
「な、なんの話?」

 本当は王の言いたい事はわかっていた。それは……。

「うあぁっ、やあぁ!」

 下から性急に突かれ、私は呼吸もままならず嬌声を上げる。

「やんっ、や、やめてぇ、あんっ、はぁぁんっ」

 結合部からグチュリヌチュリと耳を塞ぎたくなるような厭らしい音が洩れて響き渡る。

「言わないなら、言うまでずっとこうしているけど?」
「やぁだぁ! はあぁんっ、あぁん」
「だったら言えって。オレの言っている意味わかるだろ?」
「や、やだぁっ、ふあぁぁんっ」

 反論する姿を見せると、さらに突き上げるように腰を高く打ち付けられる。

「頑なというか意地っ張りというか……」

 王は心底呆れ返ってボヤく。王の姿を垣間見ると甘やかに息を乱し、頬が上気している。その姿を目にして、何度欲情させられた事か。

「うあぁぁん、いやぁ、あん、あん、あん、あぁぁん」
「言わないというか、オマエ、エロいからこうされたいんだよな?」
「ち、違う……もん、んあぁんっ」

 王が求めるものに対して、私は素直に認めていた。この一ヵ月間、毎晩抱かれて甘い言葉をかけられていれば、愛されているのではないかと錯覚を起こしていた。実際のところ、王から愛されてはいないだろう。でも私は……。もし王の求める言葉を言ってしまったら……。

「元の世界に帰れなくてもいいのか?」
「んあ、はん、はああんっ」

 私は答えられなかった。

「言わないなら今日で終わりにしてもいいな。この関係」
「え?」


 言葉と同時に行為を止められる。

「はぁはぁはぁっ」

 私は呼吸を整えつつも、呆然となって王を見つめ返す。

「な、なんで?」
「オマエが言わないから。もしかして、やめて欲しくない? だったら言えって」
「……っ」

 私の気持ちを知っていて、わざと意地悪をしているんだ。

「だって、だってもし王の求めている言葉を言ったら……私を元の世界に戻らせるんでしょ!」

 思わず私は不安事を口に出してしまった。

「だから言えない?」
「だって、だって……」

 私は王の事が好きだ。いつの間にこんなに好きになっていたのか。でも好きだと言ってしまえば、王の元から離れなければならない。愛されていないとわかっていても離れたくなかった。私が好きだって言わなければ、ずっと王の傍にいられるもん。

「オマエが望むなら、オレの傍に置いてやってもいいけど」
「え?」

 私は目をみるみる大きくさせ、王を見つめる。

「本当に?」
「あぁ、だから言えって」

 私は心に花が咲き誇るような感覚が、とても嬉しくて自然と想いを伝えていた。

「私、王が好き、大好き。だから離れたくない」

 素直に気持ちを吐露した私は王からジッと見つめられていた。

 ――ど、どうしよう、なんて言ってくれるかな?

 王からの返事を待つ間が永遠のように長く感じる。

「フッ、ハハ! やっと吐いたか」
「え?」

 心なしか王の笑みが不敵に見えた。まさか、まさかだよね? 私はサッと血の気が引く思いに駆られた。

「まさか……わざと言わせるように?」

 私は酷く声を震わせ、王へと問う。

「だったら? 元々オマエに好きになってもらうのが目的だし?」

 王の無機質な言葉と表情に、私は頭をカチ割られたように衝撃を受けた。そして涙で視界が滲んでいく。

「ひっくぅ、えっぐ」

 私は声をしゃくり上げていた。その様子を王は何も言わずに見つめていたけど、ふと王は私の涙を指で拭う。

「?」
「悪かったよ、キツイ言い方をして。さっきの言葉は本心じゃない」
「え? でも王は私に仕返ししたかっただけで、抱いていたんでしょ?」
「それだけで誰が毎晩抱くかよ? 情がないなら他の女も抱いている」
「え? それって……?」

 私は涙を止め、改めて王を見つめる。すると、

「んんぅ」

 優しく、時には情熱的な口づけが繰り返されるようになる。それは王からの気持ちを表した温かく蕩けそうな甘いキスであった……。





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