番外編②「妄想も現実になるんです!」
ケンタウルスのスーズとサヨナラをしたその日の夜、私はドッキドキに鼓動を速めていた。キールはベッドに入っていて、私はドレッサーの前で髪を梳かしていた。これが終わったらベッドに入るけど、も、もしかしたら、
「昨日はスーズと一緒で、調教が出来なかったから、昨日の分も合わせてしなきゃな」
って、キールから言われるかもしれない! ど、どうしよう、既に彼はすっぽんぽんだしな! 相変わらず寝る前は生まれたまんまの姿で、それで調教って刺激が強すぎるんだって!
――頭がグラグラしてきたぞ!
私は高鳴る鼓動を抑え、覚悟を決めてベッドへと入った。
――ドキドキドキドキドキドキドキドキ!
マ、マジ心臓がもたんよ、これは。私は恐る恐る躯をベッドへと倒した。
「千景」
「!?」
来たぁああああああ!! 早速キールから呼ばれて、私は心臓が飛び出そうになった。あぁ~昨日の分まで調教ですよね~。私は恥ずかしさのあまり、瞼をきつく閉じてキールの言葉を待った。
「オマエ、アイリの事をどう?」
「はい?」
続いた言葉が突拍子もなく、私は面食らって思わず妙な声を上げてしまった。えっと、アイリってアイリッシュ王の事だよね? なんで今、王の話?
「どうって?」
「アイリの人柄っていうか」
「人柄? そうだなー、いつもニコニコしていて朗らかで、それでいて優しいよね。気を遣ってくれるし、情が深いと言うか厚いというか、一言で表すなら太陽みたいにキラキラしているみたいな?」
しかも極めつけは凄絶な美形。キールとはまた違う綺麗さをもっているよね~。
「そうか」
そうキールは短く応えた。何処か抑揚を感じられなかった。
「でもなんで王の話なの?」
「なんとなく」
キールは素っ気なく答えた。なんだよ、自分から質問してきたのにさ。そんな態度なら私も訊いてやるぞ。
「キールってさ、今まで付き合った女性の数は何人なの?」
けっこう多そうだよな。その若さで二桁だったりして? 有り得るぞ。私は出来心でおもしろ可笑しく質問をしただけだったのだが、
「オレが愛して付き合った者はルイジアナただ一人だけだ」
「え?」
キールから真顔で答えられて、その内容に私は頭がカチ割られたような衝撃を受けた。今なんて? キールの付き合った数が一人だから驚いたんじゃない。彼の口から愛しているとか、女性の名前とか聞いた事がなかったから、すっごく言葉に重みを感じた。
既に私の頬には涙が伝っていた。胸もズキンズキンとして、突き刺されているみたいに痛い。私はすぐにキールに背を向け、掛けシーツを頭の上まで深く覆った。
涙を流している姿なんて見られたら、なにを言われるか。きっと「オマエ、妬いているんだろう?」とかって言われそう。それは絶対に違うんだから!
「千景?」
「そ、そうなんだ、いっがいだな、キールって色々な女性とエッチしているから、もっと沢山の人と付き合っていたのかと思ったよ」
「あぁ、まぁ夜を共にするのは性教育の一環だからな」
「そ、そうなんだ」
なんじゃそら! 王様じゃあるまいし、なに偉そうな事言ってんだよ! この色情狂めが! フンフンッと私は心の中で憤慨した。
「そういえば、オマエは?」
「え?」
今度はキールから同じ質問をされ、私はキョトンして彼の方に顔を向けた。
「オマエは何人なんだ?」
「私? 私は三人だよ」
「三人?」
なにやらキールがやたら驚きの色を見せている。私の年齢からして少なめだと思ったのかな?
「最後に付き合った彼は五年間だったよ」
一人が長いから、そりゃ三人ぐらいになるって。
「五年!」
キールにしては珍しく素っ頓狂な声を上げていた。
「そうだよ。その前の彼は大学に入って半年で破局。初めて付き合った彼は高校の時で、約三年だったかな」
「オマエ、何気にすっげんだな!」
キールはなにをそんなに驚いているんだ。付き合いが長いから驚いているのかな?
「オマエの世界では幼き頃から盛んなんだな」
「なんだ、その言い方! 不埒に聞えるぞ。私は清い交際しかしてないんだからね」
「そ、そうか」
私はフンフンッと息を荒くしていた。何処となくキールは腑に落ちない様子だ。
「もう寝よう」
「え?」
キールがそう言うと、部屋の明かりは消灯した。いつも思うんだけど、どうやって部屋の明かりを消してんの? キールの不思議な力だよね? っていうか……えぇええええ!? エ、エッチはぁあああ!?
――ベ、別にしたいというわけじゃないけど、な、なんかもうヤダ!
私はモンモンとなんとも言えない複雑な思いに駆られ、再びキールに背を向けた。なんだか、キールは私の事をなんとも思っていないようだ!
元カノの事を今でも想ってそうに見えたし、私には中途半端にしかエッチしてこない。それも実は契りだけの為にやっているんだろうな、きっと!
「キールは契りを終えたら、私をどうするの?」
気が付いたら、私は強い口調で質問をしてしていた。
「は?」
「私を元の世界に帰してくれるの?」
キールは面食らっていたが、私は答えを促すように質問を続けた。
「元の世界に帰りたいのか? だったら帰す方法を考えるよ」
や、やっぱり、キールは私の事をなんとも思ってない。少しでも私に想いがあるなら、こんな言葉は出てこない筈だもん!
「べ、別に、帰りたいなんて言ってないじゃん!」
私は怒気を孕んで返した。そして、また独りでに涙が溢れ出ていた。
――なんだよなんだよ、人の躯を散々弄んでおいてヤリ捨てかよ! 最低だ!!
やっぱキールになんか期待しちゃいけないんだ。もしかしたら「オマエを帰さない! オレの傍にいろ!」って言ってくれるかもと思ったのに……。
「千景」
「フンだ!」
もうキールと話す気にはなれなかった。すると彼はバサッとシーツを剥ぎ取り、上体を起こして私へと近づいてきた。そして私の耳元に甘い声でこう囁いた。
「オマエを帰さない。オレの傍にいろ」
ドッキュ――――――――――――――ン!!((o(≧△≦)o))な、なんと! あのキールが、は、初めて、ク、クッサイセリフを吐いたぞ! 私は目ん玉と心臓が飛び出しそうくらい驚き、そして……その後の記憶はプツリとなくなってしまったのだった……。
千景ノックアウトw キールは千景が気絶する前に、
「なーんてな!」
と、にこやかに冗談だというつもりだったのに、
「は? 千景?」
キュン死にした千景にキールは暫し茫然とする羽目になったw しかも翌日の朝、千景が妙にしおらしくモジモジしている様子に、ますます本当の事が言えなくなったキールであったw