番外編⑭「禍の姫 救いの女神」―エピローグ―




「名前はなんだろう? 早く知りたいな」
「あぁ、それは生まれてくるまでのお楽しみだ」

 意味ありげに笑みを零すキールの大きな手が私の腹部を包む。すると「キャ―――!!」と、黄色い歓声が響いてきた! 今のキールの行為で、私のお腹に赤ちゃんがいると気付いた民衆が興奮の声を上げたのだ。実は今日まで私の妊娠は公表されていなかった。

 この披露宴で公にする予定だったけど、もうバレちゃったね! ちなみにこの世界の王子や王女の名前は父親の王が名付ける事が決められていて、それも名前が明かされるのは子が生まれてくるまでのお楽しみとなっている。

「千景様のご出産と同じ頃に、私も出産を致せる事をとても嬉しく思っております」

 ティユルちゃんもお腹に手を添え、零れんばかりの笑みを落とす。そうそう、アイリとティユルちゃんの赤ちゃんも私の子と同時期に生まれる予定だ。ちなみにアイリ達の子は男の子だそうだ。きっと「あの子」だよね!

「私も嬉しいよ。初出産は不安な事ばかりだけど、こうやって同じ妊婦さんが近くにいるのは心強いし、それに出産後もママ友になれるしね」
「はい、私で宜しければ喜んで」
「へへっ、これからも宜しくね、ティユルちゃん」
「はい、宜しくお願いします」

 私とティユルちゃんは既に友人関係だけど、改めて挨拶し合う。ママ友になれば、さらに仲良くなっちゃうね、えへへ♬

「ボクの事も結婚してからも宜しくね」

 私とティユルちゃんの、ほのぼの空気にアイリが割り込んで来たぞ。心なしかアイリが私に嫉妬心を燃やしているのように見えるのは気のせいか? ティユルちゃんはキョトンしている。

「え? はい……? ひゃっ」

 ティユルちゃんが返事をした時、いきなりアイリが彼女の頬にキッスを落とした。ティユルちゃんが可愛らしい声で悲鳴を上げると、アイリは快く思ったのか、今度はティユルちゃんのプルンとした桃色の唇にもキッスする。

「可愛い❤ さすがボクのティユル」
「お、おやめ下さい、アイリ様! 皆さんが見ていらっしゃる前で!」

 ティユルちゃんはほっぺをバラ色に染めながら、アイリのチュー攻撃を阻止しようとするけど、アイリはお構いなくキッスの雨を落とし続ける。おいおい、主役をそっちのけにしてリア充すんなよ。

 私もキールとチュッチュッぐらいしたいのに、民衆がいる手前、我慢してるっていうのにさ。この国の王族は民衆の手本となる。破廉恥な行為はNGであり、まさに今目の前にはズラリと民衆が並んでいるしね。

 アイリは民衆から見えないのをいい事に、チュッチュッし放題。あーあ、シャルトなんて白い目を向けて呆れているよ。周りの人達も目のやり場に困って見えないフリをしている。そろそろ私とキールの前から離れてくれ! 私がブスッとむくれていると、

「およっ?」

 腰にグッと温もりを感じた。キールが私の腰に腕を回して引き寄せたのだ。そして私の耳元で甘く囁く。

「千景、今日の夜は長くなりそうだな」
「ふぇ?」

 ブルッと耳朶が震え上がった。キールの甘い美声か、それともその内容になのか。

 ――どういう意味でございますか?

 あの、触発されなくていいのですよ、キールさん? わたくしは只今妊婦でございます。ハードプレイは出来ませんからぁああ! そんなこんなんな私の雄叫びは民衆の熱気の中に呑まれていく。

 この後、盛大なパレードが開催され、私とキールはスルンバ馬車に乗って街を回った。日が暮れるまで熱気の渦に呑まれっぱなしであったが、夜が一番の灼熱であった。この喜ばしい至福の日に、夜空のお星様とは別の瞬く光を私はたくさん浴びるのだった…。

☆*:.。. .。.:*☆☆*:.。. .。.:*☆

 結婚式から少しばかり時が流れ、私は無事に出産を終えた。陣痛が起きた時から出産までの時間は、まぁなんていうの? 青天の霹靂な出来事だったよね! マジで生死を彷徨ったよ。激痛と感動の紙一重を経験し、人生で最も大きな誇りが持てた。

 生まれてきた子供は教えられていた通り、女の子だった。キールと同じショコラ色の髪は天使の輪っかを作るほど艶やかで美しい。そして翡翠石のような緑々しい瞳には息を呑む。

 見事キールの生き写しの風貌はそれはもう美しく、見た者の心を一瞬で虜にさせてしまう天使だと大絶賛されている(決して親バカなのではなく、周りの賞賛する声を述べた)。

 そんな自慢の娘の名前は「アルディラ」と名付けられた。アルディラ・ロワイヤル。愛称はディラ♬ディラは中身もキール似だ。なんでもそつなく熟す才色兼備、ハイスペック女子に見えるが甘え下手なのが欠点かな。

 そして、ちょっぴしツンなところはよく私に似ていると言われる。あとディラは私の世界にいた動物がとても大好きだ。一番好きなのがパンダちゃん、続いてウサちゃんにクマさんだ。

 やっぱり我が娘ともなれば可愛さ余って、私はよく動物柄の小物を作ってあげている。巾着袋とかハンカチとかオパンツとか。一番頑張って作ったのはウサちゃんのぬいぐるみだ。

 昔一度目にした事のあるピンク色のウサギを思い出しながら、似たぬいぐるみを作ってみた。これにはかなりディラは興奮して喜んでくれた。

 そんなディラとの生活が四年過ぎた頃、ディラはお姉ちゃんになった。二人目は男の子で名前は「オルヴォワール」と名付けられた。オルヴォワール・ロワイヤル。愛称はオルヴォ♬

 オルヴォは見た目も中身も私にソックリだ。明るく元気で、いつもニコニコの笑顔でいるから、愛想が良いと評判だ。そしてディラと違ってとっても甘え上手。よく私に「母上~♬」と、抱き付いてきたり、ほっぺにチューしてきたり、愛情表現が凄く豊か!

 私に似たクリクリの大きなお目めと、少し癖毛のふんわりした髪の毛が動物(もふもふ)みたいで愛嬌がある。とまぁ、可愛らしい部分は多いけど、さすが男の子! やんちゃで悪戯好きってのもあって、よくシャルトに叱られている。

 勉強も好きじゃないとブーブーと言っているようだが、実際はよく頑張っているみたい。やれば出来るところが私と一緒だね。ただね~、可哀想な事に私と一緒で歌う事を禁じられている……(すまぬ、我が息子よ)。

 そして私とキールにはもう一人娘がいる。元ヒヤシンス国の王、ビア王とその元妃のルイジアナちゃんの間に生まれた漆黒の美少女「ザンシア」を我が子として育て、三人の子と共に幸せな未来を育んでいく……。

☆*:.。. .。.:*☆☆*:.。. .。.:*☆

「おとうさまが、いちばんすきなのはディラだもん!」
「ちっがいます! お父様が一番愛しているのはお母様です!」
「ディラだもん!」
「お母様です!」

 とある長閑な昼下がり、茶のでの出来事だ。腰に手を当て仁王立ちをしている私とウサギのぬいぐるみをギュッと抱き締めている娘のディラ。お互いに引かない言い合いは「キールの一番」が私とディラのどっちなのか! であった。

「大人げないわよ、千景」

 上品な動作で紅茶を一口飲んだシャルトが呆れ返った様子で呟いた。

「フンッ」

 なんだかんだシャルトはディラの味方だからな。私は鼻息を荒くしてそっぽを向いた。私もディラの事はすんごぉく溺愛しているけど、キールの一番だけは譲れない。私達が言い合いをしているせいか、場の雰囲気が穏やかではない。そこにだ…。

「ははうえ~♬」

 突然、出入り口の扉が勢い良く開き、今日も元気いっぱい満面の笑顔のオルヴォが飛び込んで来て、空気が変わる。オルヴォは私の姿を見つけると、真っ先にこちらへと飛んで来る。

「ははうえ~♬」

 私の目の前まで来たオルヴォを私はヒョコッと抱き上げた。すると、オルヴォはすぐに私のほっぺにキスの雨を落とす。若干三歳なのに、ちょっぴしおませさんだ!

「きたよきたよ、オルヴォが。おとこのくせに、あまえんぼうでかっこわるぅ~」

 辛辣な言葉を飛ばしてきたのはディラだ。愛情表現の豊かなオルヴォが生まれてから、ディラは私に甘えてこなくなった。お姉ちゃんとしての威厳なのかな? って私は勝手に思っている。

「ディラもオルヴォに、やきもちをやかないで、すなおにちかげさまに、あまえたらいいのに」

 ――ん?

 いつの間にか、真夏の陽射しのようなキラキラした男の子が姿を現していた。その子はアイリとティユルちゃんの第一子「アイオランシ」だ。愛称ランシ。あの美丈夫のアイリにクリソツなだけあって、美しさは子供ながらも神的!

 ランシはディラと一日違いで生まれたのもあって、ディラと姉弟きょうだいのように育って仲が良い。そして彼はディラとオルヴォの教育係となっている。まだ七歳の子供なのに、頭の切れは幼さを感じさせない。

「ちょっとランシ、いまのなによ?」

 ディラの標的がオルヴォから、今度はランシに変わる。

「ほんとうはきみも、ちかげさまにあまえたいんでしょ?」
「いいわよ、わたしは。おとうさまがいるもの」
「すなおじゃないね~」

 およよ? 今のランシとディラのやりとりを聞いて、私はフムフムと感心する。ランシは親の私以上にディラの事をわかっているみたいだ。ディラ、本当は私に甘えたいのか~、ツンだもんな。

 ご機嫌斜めになったディラはフンッとそっぽを向けていたが、ランシにそっと手を取られて一緒にテーブルに着いた。それからランシは目の前に用意されていたシュークリームに似たお菓子シュシュパラを一口サイズに切って、フォークに刺した後、

「はい」

 と、言ってディラの口元に差し出してきた。ディラはキョトンしてシュシュパラを見つめる。

「ボクのおかしをあげるから、きげんなおしてね」

 ランシはお菓子でディラを宥めようとしていたようだ。ディラの機嫌を損ねたら、ちゃんとアフターケアを忘れないようだ。さすが教育係。ところが、ディラは差し出されたお菓子を口にしようとしない。ツンだからか?

「ふたつもたべられないわよ」

 ディラは素っ気ない態度で言う。うん、ツンだね。シュシュパラのお菓子は好物だから食べられるだろうし。

「あねうえがたべないなら、ボクがもらう~」

 おっと、オルヴォが身を乗り出して、ランシのお菓子を口に入れようとする。私と一緒でオルヴォはお菓子に目がない食いしん坊だからな。

「うわっ」

 オルヴォの視界が遮られる。ディラのウサちゃんキックを顔に食らったからだ。ランシのお菓子を食べるなキックだな。オルヴォはシュンとなり、なんだか可哀想に思えて、私の分のお菓子をあげたら、即行元気になった!

「たべられないのなら、ディラのぶんをボクにちょうだい」

 ――ん? ディラの分?

 なんでディラのなんだろう? ランシのお皿にはシュシュパラがあるのに? 私はランシの言葉を不思議に思って、二人の様子を見つめる。ディラは自分のシュシュパラを一口サイズにしてフォークに刺すと、それをランシに口元にパクッと入れた。

 ――およ?

 何気にその行為、求愛に当たりますけど? この国は女性が男性に食べさせてあげる行為が求愛となる。その意味をディラは……知らなさそうだよね? 知っていたら、こう簡単にはしなさそうだし。

 ――ランシってば、わかってやらせているのかも。

「おいしい♬ディラにたべさせてもらうと、とってもおいしいな」

 ランシは満面の笑顔を零した。それにディラも満更でもなさそうだ。恐るべし、七歳児のランシよ! 今からディラの心をホールディングですか! まぁ、変な虫が付くよりランシの方が安心か。キールはどう思うかな。そこにタイミング良く……。

 ――ギィイ――――。

 出入り口の扉から愛しのキールが姿を現し、ハッと息を切る!

「キール!「おとうさま!」」

 私とディラは同時にキールを呼んで駆け寄り飛びついた。キールは何事かと面食らっていたが、しっかりと私とディラを受け止めた。わーい! キール、今日はお茶の時間に来てくれた! 普段は仕事を優先にするから、この時間は殆ど会えない。

 キールが正式に王になってからもう七年。すべての国を「至福の国」と称した彼の努力は他国からも一目置かれている。私と出会った頃のティーンの少年の面影は無くなり、今は国の主として、そして子供達の父親として、威厳ある王へと成長した。

「ねぇ、おとうさま?」
「どうしたディラ?」

 ディラは手を伸ばしてキールに抱っこをせがむ。抜け駆けか、我が娘よ。キールはヒョコッとディラを抱き上げる。澄んだ二つの緑の瞳が同じ目線で立つ。

「おとうさまのいちばんはディラ? それともおかあさま?」

 おっと、ディラは早速核心に迫ろうとしているではないか! その答えは私も知りたいぞ。私もグイグイとキールに迫る。

「は?」

 キールはポカンと目を瞬かせている。「なんだオレの一番って?」みたいな顔をしている。でもすぐに意味を把握したみたいで、いきなり噴き出した。

「ははっ、ディラか千景のどちらかの限定なんだな」

 そういや、オルヴォやザンシアを含めていなかった。今それに気付いたよ。

「そうだな。オレの一番はこの腕の中にある」

 そう言ったキールは私とディラを一緒に抱き締める。これがキールの答えだ。私もディラも平等に愛してくれている。キールらしい答え方だなと、私の心にポカポカの陽射しが照らされた。ディラもキールの答えに納得しているようだ。

 傍からみると、美しき家族愛の公開プレイ。この時、我が息子はというと……彼は私達の愛よりも、シュシュパラを食べる事に夢中だった! シャルトの分までモシャモシャしてご満悦そう!

 それから、この日は珍しくアイリやティユルちゃん、勉強熱心なザンシアも茶のへと集まってきて、皆で愉しい時間を過ごせた。こんなに揃うのは初めてじゃないかな。さて、この後の未来を少しだけお話を!

 お伝えしなくてもお気づきでしょうが、私とキールの愛は永久不滅です! 些細な喧嘩があっても夜の時間ともなれば、灼熱の太陽のように燃え萌えとなる私達だから、心配ご無用!

 そしてディラは策士ランシの手に落ちて恋仲になるだとか、オルヴォは私に似ておっちょこちょいだから、無事に国王になれるのかとか、ザンシアは女神として讃えられる存在になるだとか、色々な物語はあるけど、それらはまた別のお話!

 キールと私の間や子供達の間にも、それぞれの物語が流れているけれど、私達の想いはいつでも一つに結ばれている。その揺るぎない絆は我がバーントシェンナ国の至福(しあわせ)の見本であると謳われている。

 それこそ私がずっと思い描いていた温かい家庭の形だ。それがまさか異世界で叶うというのが、これまたぶっ飛んだ私らしいよね! 私は自分の歩んできた人生を誇りに思う。そして自信を持って幸せ者だと言える。

 今となってはフル音痴で禍の姫として召喚された事に感謝する。とんでもない出来事ではあったけど、その先に待っていたのは私が望んでいた幸福しあわせが待っていたんだもの!

 かつて「禍の姫」と呼ばれていた娘は至福の王と愛を育み、その後、すべての国を幸福へと導いた「救いの女神」と名を刻まれ、この先もずっと歴史書によって語り継がれていくのであった……。





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