番外編⑭「微睡む世界の想い出」




 ――んっ……。

 浅く微睡んでいるのだろか。瞼が重く視界が漂渺びょうびょうとしている。なんだろう、これ。夢の中なんだよね? 視線を巡らせてみると、なにかから弾けたように、けぶりが薄れていく。

 視界が良好となっていき、意識も明確となった。瞳に映っているのはふんわりとしたウェーブの髪を背中へと流した女性だった。腰を掛けて座っているみたいだけど、後ろ姿で顔はわからない。その女性の前には女の子がいた。

 何処かで見た事がある子だ。あれ、あの子は……パンダちゃん! 彼女はお耳の長いピンク色のウサギのぬいぐるみを抱いて立っていた。どういう事? なんでパンダちゃんが? というか、ここは何処だ? 私は急に不安を覚え、辺りをキョロキョロとする。

 女性と女の子の姿はハッキリと見えているのに、周りの景色が淡くくすんでいる。わかる事は何処かの室内であるのは間違いないようだ。それと気になるのが、どうやら女性と女の子の二人には私の姿が見えていないようだった。

 女の子の位置からなら確実に私の姿が見えている筈なのに。そして私が二人に近づこうとしても、ある一定の場所から先へ進めないようになっている。この不思議な空間をなんといえばいいのだ。やっぱ……夢か。

「おかあさま、それはなぁに?」

 ――ん? お母様? ……って女の子のお母様って!

 私はハッと息を切らす。すぐにグルっと回って女性の顔を確認しようと思ったのに、ちょうど顔が見える距離から進む事が出来ない!

 ――わぁ~なんでぇえ! 勿体ぶんなよぉおお!

 絶叫して訴えても状況は変わらなかった。仕方なく私はその場から二人の様子を窺う。女の子の視線は女性の膝辺りを覗いていた。なにか女性が手にしているようだ。

「これはね、パンダちゃんだよ♬」

 ――パ、パンダちゃん!

 嬉しそうな声音で答えた女性は手に握っていたある物を女の子の前へと差し出す。あ、あの形はオパンツに見えなくない? 私はかろうじて見えている布を凝視する。なにやら布には絵柄が入っているようだ。

「パンダちゃんっていうの? すごくかわいいね」

 女の子の頬が桃色に染まっている。心の底から可愛いと思っているのが伝わってくる。デザインされたパンダちゃんは私の描くキャラに似ているから、私もとても誇らしげに思えた。

「で・しょー? これはお母様が描いたパンダちゃんなんだよ」
「そうなの? わたしもほしいな、パンダちゃんのおしたぎ」

 そういえば女の子はパンダちゃんのオパンツを穿いていたよね? お気に入りで確かお母様に作ってもらったって言っていた。もしかして、その時の出来事を私は見ているのだろうか。なんでまた……?

「じゃぁ、新しくデザインをして作ってあげるね」
「ありがとう」
「パンダちゃんも気に入ったんだ。ウサちゃんも大好きだよね?」
「うん、ウサもすき」

 女の子はウサギのぬいぐるみをギュッと抱き締める。ものすごく大事にしているんだろうな。確かウサちゃんのハンカチも持っていて可愛いと言っていたし。

「そのウサギも大事にしてくれているんだね」
「うん、だっておかあさまがつくってくれたウサだもん」

 ――ほぇ? ウサギのぬいぐるみも手作りなんだ。

 ぬいぐるみが作れるのには驚いたな。ウサギって耳が長いし、作るのは大変だと思う。でも女の子が抱いているウサギは器用に作られている。可愛い愛娘の為だと思えば、頑張って作れるもんなのかな。

 それにしてもウサちゃんにパンダちゃん……。私の世界にいる動物だ。どうしてあの二人は知っているの? あの女性は……。女性の声、似ているようで似てないような、でもそうであって欲しいな。そう私は切に願った。

「あとクマさんもすき」
「そうだったね、クマさんも好きだったよね」
「うん」
「じゃぁ、パンダちゃんだけじゃなくてウサちゃんとクマさんの下着も作ってあげるね」
「うれしい、ありがとう。ねぇ、おかあさま」 「なぁに?」
「おうたをうたいましょう。もりのくまさんがいいな」
「森のクマさん? いいわよ、そしたら貴女が先で私は後で歌うので良い?」
「うん、いいよ」

 ――おっと、ここでも女の子は森のクマさんを歌うのか。

 お歌も大好きだったもんね。あの子、本当に可愛いな。お顔は勿論だけど、中身がとっても純粋というか。私の好きなものをそのまま好きっていう所がめちゃ可愛い。

「いくよ。せーの、あるひ~♬」
「ある日~♬」
「もりのなか~♬」
「もりの中♬」

 女の子がリズムに乗って踊り出す。抱いているウサギの耳がゆっさゆっさ揺れているぞ。きゃわいぃ~♬ママの方もリズムに合わせて上半身を揺らしていた。

「くまさんに~♬」
「くまさんに~♬」
「であった~♬」
「であった~♬」
「「花咲く 森の道~ クマさんに 出会った~♪♪~♪♪♪」」

 「出会った~♪」の部分は女の子がクルンクルンと回って本当に可愛かった。そのまま二番を歌い始めると思ったら、

「あ、動いた!」

 いきなり女性が弾んだ声を上げて歌が止まる。女の子は何事ぞやとトコトコと可愛らしい足取りで、女性の前へと赴く。

「なにがうごいたの?」
「ふふふっ、この子だよ」

 女の子が尋ねると、女性はお腹に手を当て答える。声色からして、とても喜んでいるのが分かった。その様子を目にした私はピンッと頭に閃光が走った。

 ――もしかして?

 お腹に手を当てて動いたっていえばだ……。パァアと私の胸中に大輪の花が咲き誇る!

「あかちゃんだね」

 女の子は溢れる笑顔を零しながら、女性のお腹を優しく摩っていた(ついでにウサちゃんにも摩らせていた)。

 ――や、やっぱりぃいい!

 自分の予想と女の子の答えが同じで、私は妙に気持ちが昂っていた。心が弾まずにいられますか!

 ――子供、二人はいるんだ!

 次は男の子かな? 女の子なのかな? 私はマジマジと様子を見入っていた。

「おなかおっきくなってきたね?」
「そうね。それだけ赤ちゃんもおっきくなってきているんだよ」
「へー。もうおとこのこかおんなのこか、わかるの?」
「うん、男の子だって」

 ――な、なんと! 知りたかった事が即行わかったぞ!

 私は無駄に息を弾ませて興奮していた。そっかぁ、次は男の子なんだぁ。女の子と男の子、どちらにも恵まれるんだな。女の子はキールに似ているし、じゃぁ、男の子はもしかして……ブハッ! 想像するだけで鼻血が出てきそうだ! 危険だぞ、この妄想!

「おなまえはなぁに?」

 ――ハッ、そうだそうだ名前!

 知りたいぞ! これから生まれてくる男の子は勿論だけど、それと女の子の名前も! 私は耳をダンボにして身を乗り出す。が!

「ふふっ、名前はこの子が生まれてから公表なんだって。貴女が生まれた時もそうだったの」
「そっかぁ、たのしみだね」
「そう、楽しみに待ってて」

 ――オーノー、今すぐにはダメなんかい。

 私はちぇっと心の中でぼやいて肩を落とした。

「お姉ちゃんになるのよ。仲良くしてあげてね」
「わかった。ウサみたいにだいじにするよ」
「偉いわね」

 女性が優しく女の子の頭を撫でる。女の子も偉いと言われてとても満足そうだ。こうやって間近で笑顔を見ると、萌えキュンじゃないか。キールの女の子バージョンなんだから当然か。将来は何人の男性を虜にさせてしまうんだろう。

 瞳も翡翠石を宿した極上の色だ。髪の毛はサラサラ、キールの髪質と一緒じゃない? それに手に抱いているウサちゃん、販売しているぬいぐるみのように上出来だわ。って、あれ? ここで私はある事に違和感を抱く。女の子が目の前にいるぞ?

「おかあさま、おうたのつづきをうたいましょう」
「え?」

 女の子は何故か私をお母様と呼んで歌を催促してきたぞ! どういう事だ! って、あれ? なんか私の服装が変わっている? 何故かお腹に弾力を感じる? この服装といい、このポジションといい、女の子のママだった筈!

 さっきまで一緒だったママは何処へ行ったんだ? ていうか、なんでこういう状況に変わってしまったんだ!? 困惑とした頭が理解に苦しんでグルグルし始める。私は視線を彷徨わせて状況を把握しようとした。

「どうしたの、おかあさま。はやくうたいましょう」

 女の子が私の手を掴んで催促してきたものだから、私は反射的に「わかった」と答えてしまった。女の子がこれまた可愛らしい笑顔を向けてくれたものだから、顔がフニャンと緩んでしまった。

「せーの! クマさんの~♬」
「クマさんの~♬」

 女の子はリズミカルに踊り出し、私も後に続いて歌う。

「いうことにゃ~♬」
「いうことにゃ~♬」
r /> 「おじょうさん~♬」
「お嬢さん~♬」
「おにげなさい~♬」
「お逃げなさい~♬」

 ――(((((スタコラ サッササノサ~ スタコラ サッササノサ~♪~♪♪♪)))))

「うわぁあああああ!!」

 二番のラストに入る手前で、なんの前触れもなく、また頭の中にフルメガ音痴のメロディが渦巻いてきた! あ、頭が割れそうだ! 視界もグニャリと歪む!

 ――突然これはなんなんだ!!

 私は頭を抱えて、その場に蹲る。女の子がどうなったのかも確認がとれない。酷い音程とボリュームで鼓膜が破れてしまいそうだ! 早く止まってくれと切実に願うが、歌は三番から四番へと進んでいき、全く容赦がない!

 ――(((((あらクマさん(あらクマさん)ありがとう(ありがとう)お礼に(お礼に)歌いましょう(歌いましょう)ラララ ラララララ~ラララ ラララララ~♪~♪♪♪)))))

 最後まで歌が終わる頃には私の意識は知らない世界へと攫われていった……。

☆*:.。. .。.:*☆☆*:.。. .。.:*☆

 ――んっ……。

 なんとも言えない心地好い微睡みの中にいるぞ。これから二度寝が出来る~♬と、喜んで夢の世界に飛び込んだ時のような心地好さ。お……や……す……み……な……さ……ぃ……ムニャムニャzzz

 ――…………っ。

 ん? なんだ? なにか音が聴こえたと思ったら、すぐに躯が小刻みに揺れ動いている? なにかが眠りを妨げようとしているぞ。

 ――……っ……っ………っ。

 さっきよりも音は大きく、強く躯が揺さぶられているんですけどぉおお! 人の睡眠を邪魔するヤツは誰だぁあー! 許せぇ~~ん!!

「なんなんだ! これから深い眠りにつこうって時に!!」

 私は自ら微睡みから離れて、意識を現実へと呼び起こした。

「千景?」
「ほぇ? ……あれキール?」

 目の前に愛しのキールがいるではないか。澄んだ翡翠色の瞳に私が映っているのがわかっちゃうぐらい近くにいるぞ! イヤン、チューでもされちゃうんじゃないかと、ドギマギしちゃうじゃん!

 しかも今、私もキールも寝台の上にいる! ここでチューなんてされちゃえば、後はもう……(/ω*\)イヤン、頭の中にピンクの映像が流れてきちゃったよ! 私は頬に朱色を滲ませ、モジモジとしおらしくして目を伏せていた。ところがだ……。

「千景、オマエ、なんでここにいる?」
「ほぇ?」

 キールの声に険が含まれている事に気付き、私の胸はドクンッと嫌な音を立てた。私はキールと視線が合わせられず、周りに視線を泳がす。

 ――こ、ここは!

 急にヒヤッとして凍り付いた。ヤ、ヤバイゾ。ここの部屋は例のちびっ子達がいる部屋だ。キールとアイリから、むやみやたらにこの部屋には近づくなと言われていたにも関わらず、私は足を踏み入れてしまった。言われている事を守らず、キールは怒っているんだ。

 ――ど、どうしよう!

「あ、あれ~? 私、どうしてこんな所にいるんだっけ~?」

 私はわざとらしく首を傾げてすっ呆けた。思ったよりも棒読みになってしまったが致し方ない! これでも頭の中は凄まじく混乱しているんだもの! チラッ……とキールに視線を移す。

 ――ぐぉ!!

 ヤ、ヤバイぞ。ひ、非常にキールの表情が益々険しくなっている。

 …………………………。

 い、嫌な沈黙だ! ど、どなんしよう! 私はわたわたとなって躯が小刻みに揺れる。

 ――あれ?

 そこにある事に気付いた。子供達の姿がないという事に。

「あれ、子供達は?」

 思わず疑問をポロリと零してしまった事に後悔する。すっ呆け作戦が台無しになってしまったではないか! キールにしこたま怒られるぞ。あぅ~orz

「もう子供達はいない」
「え?」

 キールから叱咤を覚悟していたのに、思わぬ言葉が返ってきたものだから、私は面食らった。

「いないってどういう事?」

 だってさっきのさっきまで子供達はこの部屋で踊って歌っていたのに、そんな急にいなくなるなんて有り得ないよね?

「家に帰ったみたいだ」
「え?」

 ――家……っていっても、あの子達の家は……。

 まさか「元の世界」に帰ったって事? 私は茫然となった。最後の記憶では子供達と歌っている時、何処からともなく現れた眩い光に子供達が呑み込まれていき……? あの光が子供達を元の世界に帰したという事なのだろうか。

 子供達が去ってしまった後、私はこの部屋で微睡んでしまって、女の子パンダちゃんとの夢を見ていたという事か。そんなぁ、きちんとあの子達とサヨナラも交わせないまま別れてしまっただなんて。

「千景……?」

 気が付けば、私の頬には熱い雫が伝っていた。目元から次々と溢れ出る雫にギュッと瞼をきつく閉じる。無性に切ない気持ちが胸の内から広がり、涙という形で溢れ出ていた。そんな私の姿にキールは瞠目する。

「ひっ……くっ……、ちゃ……ちゃん……と……お別……れ……して……ない……ひっく……」

 私は肩を震わせてしゃくり上げる。子供達との時間はほんの僅かだったけど、今となっては宝物の時間だった。小さな躯を一生懸命動かして踊る姿や大きな声で楽しそうに歌う姿は本当に愛くるしかった。

 夢のような時間を一瞬にして奪われてしまった感じで胸が締め付けられる。せめてもう少し一緒の時間を過ごしたかった。一緒に思い出を作りたかったよ。どうしてこんな形でお別れになってしまったの?

「千景、泣くな」

 キールが私の頭を優しく撫でる。彼を困らせたいわけではない。でも私は胸の奥から込み上げてくる悲しみを止める事が出来なかった。

「ひっく……うぅっ……んんぅ」

 口元から零れる悲しみに蓋をかけられる。キールの熱が籠った唇によって塞がられたからだ。私は驚きのあまり一瞬で涙が止まる。キールは決して深くは口づけず、ソフトに啄むように重ねてきていた。唇が触れる度に泣くなと言われているような気がした。

 その内に私の意識は徐々にキールの唇を追うようになり、涙は自然に止まっていた。それに気付いたキールはフッと唇を離して、私の顔を覗き込んでくる。キールは子供を宥めるような優しい表情をしていた。

「千景、また子供達には逢える」

 キールの言葉に胸の内側から温かな光が宿る。そうだ、今すぐに逢う事は出来ないけれど、いずれまたあの子達は私達の前に姿を現してくれるだろう。

「うん、そうだね」

 私は口元を綻ばせて答えた。その私の笑みを目にしたキールの瞳に鋭い光が宿ったのは気の……せ……い、

「んんっ!」

 じゃなかったぁあああ!! いつの間にキールは雄の本能を発動させていたんだ! さっきとは打って変わって濃厚な口づけが始まってしまったのだ……。





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