番外編⑭「脱走なんてさせません!」




「さぁ、答えなさい。アナタ達のパパとママ、それぞれの名前を言うのよ」

 私はシュピッと人差し指を突き出して詰め寄る。その私の強圧的な態度に、目の前の子供達は寝台ベッドの上でビクビクと怯えていた。結局、例の男の子と女の子は麗のでは素性をなにも話さなかった。

 それで、はいサヨナラ~というわけにはいかなかった。隠し子説が無くてもね。子供とはいえ、刺客の可能性もあるから、身元がハッキリするまで解放させる事が出来ない。という事で監視の下、子供達はとある部屋へと通された。

 隠し子説がうやむやになった私はモヤモヤが治まらず、子供達がいる部屋に突入して、隠し子説を立証しようと思ったのだが、シャルトからピシャリと勉強会に引きずり込まれた。勿論、逃れられるわけはなく……。

 勉強中の合間にも、ちょいちょいとシャルトに子供達の話題を振ってみたが、物の見事にスルーされた。しまいにはマジ切れまでされたよ。きちんと王妃になる為の勉強に集中しろってね。集中したいけど、隠し子説がうやむやにされて出来るかっちゅーの!

 そんな気持ちのまま、おやつ休憩に入るまで、たっぷりとド厳しい勉強会が続いた。やっと休憩の時間に入ると、私は大好きなお菓子を泣く泣くと諦め、例の子供達の部屋までやって来たってわけさ。

 彼等の部屋の前には衛兵が立っていた。が、私はキール婚約者フィアンセなのだ。部屋を通せといって聞かない輩はいない。権力乱用と言われればそれまでだが、私は無事に子供達の部屋へと入った。

 そして部屋に現れた私を見た子供達はしこたまに驚き、ベッドへと駆け込んだのだ。あっしは幽霊かい? とでも突っ込みながらも、私は彼等をジリジリと追い詰めた。この子達から真実を吐かせねば!

「アナタ達も早くお家に帰りたいでしょ? 素直に吐いたら帰れるわよ」

 私は上手い具合に子供達を促すが、彼等は表情を顰めて口を閉ざしたままであった。麗のの時からそうだったけど、本当に頑ななんだよね。それだけ口止めをされているという事か。さすがキールとアイリの子だ。チビとは言え、精神は立派のようだ。

「さぁ、早く答えなさい」

 気が焦っているせいか、ちょっぴり声を荒げてしまった。やってしまった。案の定、子供達は身を縮ませ、私から益々離れてしまったではないか!

「「…………………………」」

 相変わらず二人は殻の中に籠ったままだ。ムゥ~どなんしよう。収穫なしで引き下がるわけにもいかないしね。

「わかったわ」

 私の一言に子供達はこちらへと目を向ける。

「だったら答え易くしてあげる。まずは女の子からよ。アナタのお父さんは昼間に会った茶色い髪の緑の目をした男の人なの? うんか違うかのどっちかで答えて」

 これなら首を縦か横に振ればいいし、答えられるだろう。ところが、私の質問に女の子はヒョコッと男の子の背中に隠れてしまった。ぐぉっ、なんでだ! こんな簡単な質問にすら答えてくれないってか!

「どうして隠れるのよ? 今の質問なら答えられるでしょ? イエスかノーよ」

 私が隠れた女の子に近づこうとしたら、男の子が必死で彼女の身を守る。彼の勇敢さは認めるが、今は身を引くところだぞ。

「ねえ、どうしてそんなに頑固なのよ? 難しい事を訊いてないでしょ? ちゃんと質問に答えてくれたら、お家に帰らせてもらえるように言ってあげるから、ちゃんと答えて!」

 私は腕を伸ばして男の子の後ろに隠れる女の子を無理に引っ張ろうとした。

「千景!」
「うげっ」

 背後からマイネームを呼ぶ恐ろしい声が聞こえたのは……気のせいだよね? 私は反射的に後ろへと振り返った。

「げげっ、シャルト!」

 いつの間に現れたんだ! シャルトは鬼の形相をし、腕を組んで立っていた。

「げげっじゃないわ。アンタがなんでこの部屋にいるの? この部屋には勝手に入ってはいけないとキールとアイリから言われているわよね?」
「うっ……」

 返答に窮する。子供達の前で叱られている私は示しのつかない子供みたいじゃないか。あっしは立派な大人の女性だというのに。

「それに今なにをしようしていたの? 手を出すなんて最低よ」

 シャルトから鋭く咎められる。

「なっ、手を上げようしていたんじゃない! ちょっと腕を引っ張ろうとしただけじゃん」

 手を上げるだなんて冗談じゃない。私にはそんな暴力気質はないっての!

「無理に引っ張り上げるなんて乱暴よ」
「フンッ」

 無理矢理だったのは認めるけど、乱暴をしたなんて言われないわ! プイッと私はシャルトからそっぽを向いた。

「とにかくこの部屋から出るのよ」
「まだ質問に答えてもらってないから無理」

 冗談じゃない、肝心な事が聞けずに素直に出られるか。

「千景!」

 従わない私にシャルトの目尻が上がる。が、こっちだって絶対に引き下がらないぞ!

「シャルトこそ、なにしに来たんだよ?」
「菓子に目がないアンタが茶の麗のに来ないから、怪しいと思ってここに来てみたら、案の定よ」
「フンッ」
「さぁ出てった出てった」

 シャルトは私をシッシッと邪魔者扱いし始めた。不愉快極まりないわ。そして中々引き下がらない私に、シャルトはとどめの一言を飛ばしてきた。

「言う事聞かないならキールに言いつけるわよ」
「くっ……」

☆*:.。. .。.:*☆☆*:.。. .。.:*☆

 ――ムゥ、やっぱりダメか。

 死角となる壁からヒョコッと顔を覗かせた私だが、出入り口扉に二人の衛兵が立っているのを目にして、ゲンナリとした。夜になったら警備が薄れると思ったのは大間違いだったな。

 ――チッ。

 思わず舌打ちをしてしまったよ。淑女ならぬ行為だ。さて私がなにをしているかというと、子供達の部屋の前を覗いていた。往生際が悪いと思われるだろうが、どうしても諦め切れないのだ。

 勿論、シャルトの目を盗んでの行動だ。勉強会が終われば個々の時間となる。私はお腹いっぱいになった後、例の子供達のいる部屋へ再トライをしに来た。……のだが、昼過ぎの時は確か衛兵は一人だけだったのに、今は二人体制となっている。

 私への当てつけか、それともそこまで警備をしなければならない重要な子達なのか。どちらにしても、衛兵が二人もいたら中には入れんわ。衛兵の一人は昼の時もいた男性だ。しかもシャルトからまた私がやって来た時は追い返せと言われていたな。

 ――ムゥ、なにか良い方法はないものか。

 衛兵達に色気仕掛けでもしてみるか……んな事してキールに嫌われたら、あっしは完全に廃人化する。術力を使って窓から侵入……いや勝手に術力を使うのは掟破りだ。法に反したとキールとの婚約を破棄されたら死んでしまうわ。

 なにをどう考えても子供達に接触する方法がないではないか! あの子達がキールとアイリの二人と全く関係がないなんて有り得ないだろう。待てよ、このままここで見張っていれば、キールかアイリがあの子達と接触しに来るんじゃぁ?

 ――ダメだ。

 もし接触しに来なかった場合、寝室に居ない私をキールは不審に思う。何処に行っていたのか言い詰められたら、きっと私は上手い言い訳が出来ないだろう。キールに怒られると、私の心は生気を失うのだ。

 かといって、わだかまりがあるままいつも通りに彼と夜を過ごせる自信もない。キールの事は信じたいんだけど、あの子達の頑な態度が解かれない限り、完全に信じるのは無理だ。どうにかならないのかな。

 ――ん?

 フッと視線を扉の前へと向けた時、違和感を覚えた。

 ――あれ、気のせいかな?

 衛兵の二人が目を閉じているように見えた。まさかね……って思ってガン見してみれば、やっぱりずっと目を瞑っている。オカシイゾ。警備は目を閉じてするだなんて聞いた事もない。

 ――まさか素で寝ているのか! それはけしからん! いや待てよ。

 そうであれば今の内に部屋に入れるんじゃ! 私は一か八かの行動に出た。音を立てずに扉へと向かって行く。そろ~っとそろ~っとだ。そして衛兵達の目からも、私の姿が見える近くまで来たのだが、彼等達は岩のようにピクリとも動かない。

 ヤバイだろ、この二人。任務を放棄だよ。こんなぐうたら達を警備にしたのは問題だが、今の私には幸運だった。完全に彼等の目の前にまで来たが、やっぱり瞼を閉じている。今日だけは任務を怠った事を許してあげよう。

 二ヒヒッと、私はニンマリとなって扉を開けた。ギィーとした扉の重厚な音と共に、徐々に子供達の姿が見えて……こないぞ? ……ん? 扉は全開となったが、室内から人の気配を感じない。私はマジマジと視線を彷徨わせるが、何処にも子供達はいないのだ。

 ――どういうこっちゃ?

 寝室だけではなく、お手洗いや洗面台、お風呂場と隅から隅まで探し回ったが、やっぱりあの子達はいないのだ。となるとだ。ピン! と、私は頭の中で閃光を放つ。部屋の外にいる衛兵が眠っているのって、あれは故意に眠らされている!?

 子供達が部屋から抜ける為に眠らせたのかもしれない! あんな小さな子達がなにをしたのか考えるのは怖かったが、脱走した事には間違いない。大事にならない内に急いで見つけなきゃ! そう思った私の行動は素早かった……。

☆*:.。. .。.:*☆☆*:.。. .。.:*☆

 ――見つけた!

 運が良く早々に私は子供達を見つけた。まだ遠くに逃げられてはいなかった。後ろ姿から見かける彼等はしっかりと手を取り合って走っていた。人と出会うのを避けるような様子に見えるし、人の通りがなければ、ここぞとばかりに駆け走っている。

「こら待ちなさぁーい!」

 子供達との距離を縮めた私は叫声を上げた。夜の回廊には声が通る通る。私の声高な叫び声に子供達がビクッと反応をして背後へ振り返った。二人はギョッとして近づいて行く私を見つめるが、すぐに慌てて猛ダッシュで逃げ走る!

 逃してたまるか! と、私も全速力で追いかける。ちびっこだが、なかなか足が速い。とはいえ、男の子の走るペースに女の子が無理やり引っ張られている感じで走る速度は上がらず、なんとか私は追いつけそうだ!

 もう一度、男の子が私の方へと振り返る。だいぶ距離が縮んでいる事に焦った彼は何故か私に向かって手を翳してきた。刹那、男の子の手の平から薄っすらと緑色の光が見えたと思いきや、すぐにモワモワッとしたなにかが放たれた!

 ――な、なんだ、あれは!?

 私の走る速度が落ちる。モワモワッとしたものはシャボン玉に似ていた。それは緩やかな動きで私の方へと向かって来た! わわっ、なんだなんだ! 私が驚いている間にも、シャボン玉は私の周りを囲み始める!

 一つ二つとシャボン玉が躯に弾いて割れる。ポヨヨ~ンとした気色の悪い触感がしたが、それよりも急に眠気に襲われてしまい、なにかがオカシイと本能的に感じた。また一つ二つとシャボン玉が躯に弾くと、眠気が強烈になっていく。

「纏わりつくなぁああ!」

 私は腕をブンブンと大きく振ってシャボン玉を払い退ける。ポヨヨ~ンが気持ち悪い! それに眠気がどんどん深くなり、意識が攫われそうになる。それでも私はブンブンと腕を振り続けた。

 その内にシャボン玉がパァンッ! と、風船が割れるような派手な音を出し、私の眠気が吹き飛ぶ。割れる音が煩わしく思えたが、私は必死になってパンパンと割っていった。このシャボン玉はきっと眠気を引き起こすスリプル魔法だ。

 あの子供達を見張っていた衛兵の二人もこの魔法をかけられて眠らせていたのか! あの男の子は術者だ。思っていたよりも厄介だな! そして私がすべてのシャボン玉を割ると、辺りはシーンと静まり返っていた。

 ハァハァと私の息だけが騒がしい。息を整えながら視線を前方へと向けるが、既に子供達の姿は消えていた。うぅ~、上手く逃げられてしまった。ションボリと肩を落とすが、それでも私は諦めずに彼らの後を追う為、走り出した。

☆*:.。. .。.:*☆☆*:.。. .。.:*☆

 僅かに感じ取る事の出来る子供達の気を頼りに、私は必死で探していた。探す事十五分ぐらい経った時だろうか。大きな螺旋階段を下り、青い絨毯を伝って走ると、すぐに曲がり角に当たった。そこを曲がろうとした時だ。

 ――ぬぉっ。

 いきなり視界の間近で例の子供二人が見えたものだから、私は慌てて角に身を隠す。顔だけ子供達の方へ覗いてみれば、 「だいじょうぶ?」 「ふぇん、いたい」  女の子はすっ転んだのか、うつ伏せに倒れていて男の子が手を差し伸べていた。その手を女の子は掴もうとはせず、顔を伏せていた。

「どうしたの?」
「つかれた、かえりたい」
「かえろうとしているんだよ」
「かえれないじゃない」

 女の子は不満を男の子にぶつけていた。転んで痛い拍子に不満が口に出てしまったのだろう。

「ほらたって。ようかいがらのパンツがみえて、はしたないよ」
「ようかいがらじゃないよ! パンダちゃんだもん!」

 ――ん? ……パンダちゃん!?

 私は目を剥き、女の子のお尻に目を向ける。すると……。

 ――パ、パンダちゃん!?

 女の子の穿いているオパンツにはワンポイントの柄が入っていて、それがなんとパンダちゃんの絵柄だった! しかも私の作成した絵柄によく似ている。ってか私のデザインじゃないのか、あれ!

 ――どうしてあの子、パンダちゃんオパンツを穿いているんだ!

 でも私が持っている絵柄と微妙に異なっていた。女の子のは耳に赤いリボンをつけてウィンクをしたパンダちゃんで、私のパンダちゃんをアレンジしたみたいだ。私はあんなデザインをした覚えはないんだけど、どういうこっちゃ?

「それのどこかいいの?」
「これは、おかあさまがわたしのために、かいてつくってくれたパンダちゃんだもん! おきにいりなんだから、ばかにしないで!」

 ――ん!?

 男の子の問いに答えた女の子の言葉に私は度肝を抜かされた。

 ――お、お母様って?





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