番外編⑭「森のクマさんもフル音痴です!」




「ある日(ある日)森のなか(森の中)クマさんに(クマさんに)出会った(出会った)は花咲く 森の道~ クマさんに 出会った~♪」

 窓ガラスから午後の長閑な陽射しが差し込み、長い回廊全体に輝き渡る。私はステップを踏むような軽い足取りをしながら、自然に森のクマさんを口ずさんでいた。

「クマさんの(クマさんの)いうことにゃ(いうことにゃ)お嬢さん(お嬢さん)お逃げなさい(お逃げなさい)スタコラ サッササノサ~ スタコラ サッササノサ~♪」

 ――もういっちょ~♪

「ところが(ところが)クマさんが(クマさんが)後から(後から)ついてくる(ついてくる)トコトコ トコトコと~ トコトコ トコトコと~♪ふふんっ、ふん♪」

 今日の私はすこぶる機嫌が良かった。ここ最近の私生活が順調だからね。こちらの世界に来て早一年とちょっとが経ち、それまで色々な波瀾万丈があったものの、今は幸せな生活を送っていた(王妃の勉強は嫌だけどね)。

 さっきもね、食卓のへ移動している時、(愛しの)キールの姿を見掛けて、一瞬で私は彼に釘付けとなった。キールも私の熱い視線に気づいたのか、こちらへと振り返って花が綻ぶような素敵な微笑を広げたんだ!

 その瞬間!

 ――キール!(((((o(≧ω≦)o))))))

 神の祝福を受けたかのように、私は歓喜に満ち溢れ、自然とキール方へと駆け出した。……ところにだ。

「ぐっ!」

 突然グッと首元から引っ張られる圧力がかかって、私は品のない悲鳴を上げざるを得なかった。なんだいきなり! どうやら引っ張り上げられていて、躯が微妙に浮いているではないか。不快感極まりなく、すぐに私は後ろへと振り返る。

「あ、シャルト!」

 何故か眉根を顰め、じとーと私を見つめるシャルトの姿があった。どうやら彼が私の襟元を掴んで引っ張り上げているらしい。

「な、なにしてだよ! 離せよシャルト!」

 襟元を掴み引っ張り上げられている私は悪い事をした子供か!

「なにしているのかはこっちが訊きたいぐらいよ。今、アンタはなにをしようとしていたの?」

 シャルトの射るような視線がキョワシシ。肩を竦めそうになるが、そもそも私はなにも悪い事をしていないではないか!

「なにってあそこにいるキールが、私に気付いて萌えキュンな笑顔を見せてくれたから、駆け寄ろうとしただけじゃん!」
「馬鹿なの、アンタは?」

 シャルトの冷ややかな口調が私を叱責している。なんで咎められなきゃならんのだ!

「ムゥ、なんだバカッていうのは!」
「よく見てみなさい。今、キールの周りには他国の宰相や元老院といった重役がいるのよ。そんな中に飛び込もうとしているアンタの思考がどうかしているわ!」

 シャルトから言われて、私はもう一度キールの方へと目を向ける。

「ん? あ、気付かなかった」
「は?」
「ごめん。キール以外の人が全く見えてなかったよ」

 言い訳でもなく私は素の気持ちを吐露した。よく見てみれば、キール以外に人がいたんだね。キールがあまりにも神々し過ぎていて、他の人が霞んで見えなかったや。基本、キールとは毎日顔を合わせているのに、それでも一瞬で目を奪われてしまうなんてね!

「…………………………」

 シャルトは何も言わず、掴んでいた私の襟元を離した。ようやく解放された私はホッとした。

「どうしたの、シャルト?」

 シャルトは苦虫を嚙み潰したような複雑な表情をしていた。私は首を傾げて暫くシャルトを見つめていると、その内に彼は呆れ返った顔に変わった。

「もう私は行くわ」

 そう一言残して私に背を向けた。

「え? ……うん、わかった」

 ――急にどうした、シャルトよ。

 私は彼の真意がわからず、ポケ~と行動を見つめる。それからシャルトは去る間際に、振り返って次の勉強会について告げてきた。

「千景、昼休みが終わったら、麗のまで来るのを忘れないでね。今日からまた新しい歴史の勉強を教えるから」
「うげっ、億劫~」

 もち私の素直な気持ちは見事にフルシカトされて、シャルトは去っていた。

 ――変なシャルト~。ハッ、キールは!

 彼でしっかり目の保養をして、つら~い勉強も乗り切ろうと思っていたのに、既に彼はお偉いさんを率いて立ち去ろうとしていた。

 ――うぅ~、キール。

 私は切なる思いを胸に抱きながら、キールの背中を見つめる。ションボリとなって肩を落としそうになった時だ。

 ――ほぇ?

 背を向けていたキールがチラッとこちらへと振り返ったのだ。しかもさっきも会話中に垣間見せたあのキュン死にの笑みを広げて! それは一瞬の事だったけど、私の心を鷲掴みにした!

 ――いっやぁ~ん! なに今の❤

 私は鼻息を荒くして興奮した。言葉を交えなくても、キールには私の気持ちがわかるんだ!

 ――さすが私のキール!

 という出来事もあって、ハイテンションになった私はウハウハな気持ちで「森のくまさん」を口ずさんでいたってわけさ。さっきのキールの笑顔を思い出したら、また気持ちが昂ってきちゃった♪

「お嬢さん(お嬢さん)お待ちなさい(お待ちなさい)ちょっと(ちょっと)落とし物(落とし物)白い 貝がらの~ 小さな イヤリング~♪」

 ――ラスト~♪

「あらクマさん(あらクマさん)ありがとう(ありがとう)お礼に(お礼に)歌いましょう(歌いましょう)ラララ ラララララ~ラララ ラララララ~♪」

 全部歌い切ってしまったよ♪森のクマさんは輪唱エコーがあるから、ノリノリになっちゃうんだよね! 昔から大好きな曲で、歌詞も全部覚えているし。

もう一回歌っちゃおうかな~?

 って、調子を上げていた時だ。

 ………………………………っ。

 ――ん?

 私はなにかの音に反応してスキップを止めた。今、なにか聞こえたような気がしたんだけど?

 ――ある日(ある日)森のなか(森の中)クマさんに(クマさんに)出会った(出会った)は花咲く 森の道~ クマさんに 出会った~♪~♪♪♪

「うわぁああ!」

 突如「森のクマさん」のメロディーが頭の中いっぱいに聴こえてきたぞ! おまけにもの凄ぉおおく音が外れている!

 ――こ、これって!

 いつぞやの「犬のおまわり」さん事件で似たような事があった! あの時はまさかの三年前にタイムスリップをしてしまって、とんでもない事件が起きたんだよね!

 ――ま、まさかと思うけど、またタイムスリップなんて事!?

 ドクンドクンと心臓が内側からなにかを訴えるように騒めく。それに異様な恐怖を感じつつも、頭の中いっぱいに流れる音楽が煩わし過ぎて、どうにかなってしまいまそうだ! 私は頭を抱えるようにして、その場にしゃがみ込んだ。

 ――シ――――――ン。

 私がしゃがんだ瞬間に音が止まった。一瞬で音が消えたもんだから、私も夢うつつのような気分になってポカンとなった。

「?」

 わけもわからず、私は立ち上がる。微かにフラついているのは恐怖心からか。

 …………………………。

 周りの妙な静謐せいひつな空気に不安を覚える。

 ――だ、大丈夫だよね。

 前回、頭の中で「犬のおまわり」さんの音楽が聴こえた時には、まさかのタイムスリップを起こしてしまったのだ。あの時はなんとか現代に戻る事が出来たけど……。私はキョロキョロと辺りを見回す。

 何故か人が通らないのが、再び不安に煽られる。引き続き私はキョロキョロと人の姿を探す。次の曲がり角を曲がると、人の後ろ姿を目にして安堵をつくのも束の間、私はキョトンとなった。

 ――なんだろう、あの子達?

 まだ五歳にもならないだろう小さな男のコと女の子の後ろ姿だ。彼らはしっかり手を繋ぎ、身を潜めるようにして移動をしている? 何処からか紛れ込んで来たのだろうか。とはいっても、服装からして王族の子達だろうな。

 品性の高さが窺える素材と繊細な刺繍が施された可愛らしい礼服ドレスを着ている。この宮殿に住んでいる子達なんだろうけど、なにをしているのだろうか。もしかしたら迷い込んでしまったのかもしれない。

 なにせ部屋数が二千以上ある巨大な宮殿だ。私だってすべてを知り尽くしているわけではないし、ましてやあんな小さい子達が迷わないわけないよね。よし、目的の場所まで連れて行ってあげようっと!

 私は子供達の方へと近づく。うーん、彼等が人から隠れるように移動しているのが気になるな。私の存在には気付いていないようだが。どうやら男の子の方が周りを気にしながら、女の子の手を引っ張っていっている感じだった。

「ねぇ、アナタ達。迷っているの? よければ私が案内するけど?」

 私は子供達の背後から声をかけた。次の瞬間! ビクンッと彼らは肩をそびえ立たせた。そんなに驚かせちゃったか。それから恐る恐るといった感じで子供達がおもむろに振り返った。

 ――!?

 子供達と視線が重なると、お互いがお互い飛び上がるようにして驚愕した。

 ――こ、この子達は!

 なんなんだ! 男の子はお日様に照らされているようなキラキラとした見事な金髪、鮮明度の高い夏の海を描かせるマリンブルーの瞳はクリクリとしていて大きい。まだ三歳ぐらいなのに、パーツの一つ一つが極めて彫りが深くエキゾチックな風貌で息を呑む。

 女の子の方もこれまた目を見張った。ショコラ色の髪はストレートアイロンをかけたように流線型で艶やかだ。そして新緑を彷彿させる瑞々しい色の瞳。キール以外で緑色の瞳を見た事がないのに。

 そして男の子と一緒に並んでも見劣りしない凛とした美少女だ。二人を目にして天使が舞い降りたのかと錯覚しそうになる。ところが、私は口があんぐりとなっていた。何故ならこの二人。

 ――めっちゃめちゃどっかで見たお顔なんですけど?

 ミニチュアサイズとはいえ、毎日目にしているあの二人とクリソツではないか! 私は無意識の内にジリジリと子供達へとにじり寄る。対して子供達は追い詰められた小動物のように後退していく。

 完全に怯えられているのに悪いとは思いつつも、私は真相に迫ろうと気持ちがいでいた。子供達を壁の方まで追い詰めると、男の子は女の子を庇うように抱き締める。それから私はサッと手を伸ばした。その瞬間!

「ボクたちはまよっていません!」

 耳をくすぐる可愛らしい声が男の子の喉元から出た。私はビックリして思わず手を引っ込めてしまうと、その隙に目の前の二人はそそくさ私から逃げるように距離を取った。

「ちゃんとかえれますから、ボクたちのことはきにしないでください!」

 と、さらに男の子は私へと向かって叫んだ。が! これが気にせずにいられますか!

「そうはいかないわ!」

 私はムキになって言葉を受け入れなかった。だってこの子達、「アイリ」と「キール」に瓜二つなんだもん!





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