番外編⑬「刻む思い出は蜜々ですか!?」
引き続き、私はキールに手を取られてレインボーストーンの鑑賞に浸っていた。殆ど言葉を交える事はなかったけれど、しっかりと二人だけの空間が作られていた。
「……千景」
ふとキールから名を呼ばれる。その声が妙に甘く愛おしんでいるように聞こえた。
「な、なぁに?」
いやに緊張した私は声が上擦ってしまった。レインボーストーンの輝きで光はあるものの、キールの表情までは読み取れない。でも握られている手から熱を感じる。
――ま、まさかキール、ここで改めて愛の言葉を!
こんなロマンチックな世界の中で、キールの美声で愛を囁かれたもんなら、あっしはキュン死にしてしまうがな! と、思いつつも私の鼓動は踊るように弾んでいた。
――き、期待しちゃっているの、自分! いやんっ!
「オマエがこちらの世界に来てから、もう一年が経つな」
「そうだね」
早いものでもう一年だよ。何気に怒涛の一年だったな! 私は禍として導かれ、禍の力を手にしようとする王達の争いによって戦争まで起きた。心が結ばれたキールとは死に別れとなるかもしれなかった。それでも私達は諦めずに戦って、今こうして一緒にいられるようになった。
戦後の立て直しも大変だった。敗戦を迎えたマルーン国と王が幽閉の身となったヒヤシンス国の両国の新王を迎えるまでの間、キールは三国の王を一人で行っていた。十八歳の若さにして偉すぎだよ。
「……ごめんな」
「え?」
突然キールから謝られて、私は意味がわからず戸惑った。幻想的な光に包まれる中で、ほのかに映るキールの表情が重々しく感じて、私の不安を煽いだ。
「ど、どうしたの? 急に」
――ま、まさか別れ話じゃないよね?
嫌な冷や汗まで出てきたぞ。
「もう一年が過ぎようとしているのに、こうやって一緒に外へ出る機会がなかっただろ? オマエが一緒に外出したがっているの、前から気付いていたってのに」
「いいよ、今こうやって一緒に出掛けられているじゃん」
あー良かった! 別れ話じゃなくてさ。それに外出の件はそれほど気にしてませんから!
「過ぎてしまった話を気にしないよ、私は。そもそも私はキールと一緒にいられるだけで幸せだから、場所には拘らないよ」
キールが宮殿を離れている時間が多いのもあって、宮殿で一緒に過ごせるだけで、私は十分に幸せだった。
「そうか……」
握られているキールの手がギュッと強まった。いやん❤
「このレインボーストーンの地帯はそうそう来られるものではないんだ。だから今回この地帯の付近を通ると聞いた時、どうしてもオマエにも見せたくなってさ。二人の初めての外出なら、少しでも思い出に残る場所がいいと思って」
「キール……」
キールは真っ直ぐと私を見つめて伝えてくれた。その想いに熱い感情が込み上げる。こうやって改めてキールから大切にされている事を実感出来て、私は幸せ者だ。
「こんな素敵な場所に連れて来てくれて、本当に有難う。大好きなキールと一緒に見る事が出来て、私は果報者だよ」
私は満面の笑顔で素直な気持ちを伝えた。そして私もキールの手をギュッと握り返す。
「オレも同じ事を思っていた。一番大切に思っているオマエと一緒に、この場所へ訪れる事が出来て至福だ」
「キール……」
――いっや~ん❤
熱い……熱すぎるじゃないですか~! なんともいえぬ興奮が私の心を舞い踊らせる。それからキールは左手で私の右頬を包んできて、顔を近づけてくる。
――うっお、チューではないかっ!
流れで私も自然と瞼を閉じた……と同時に。
「クシュンッ!」
―――ひょぇ!
いきなり鼻がムズッとしてクシャミが出てしまったぞ! ひぃ~、せっかくのイイムードが台無しではないですか~! オーマイガッ!! うぅー周りが暗いけど、キールの顔がキョトンとなっている気がする。
「ご、ごめんね」
私は慌てて詫びを入れる。
「いや、こっちこそ悪い。長居し過ぎたみたいで躯が冷えてきたんだな。そろそろ宿に戻ろう」
キールはランプをかざし、私の手を引いて歩き出した。うわぁ~ん、せっかくのチューが。これから熱くなるんじゃないですか~!
「私なら大丈夫だよ! だから……「明日も早朝から動く。躯をゆっくり休ませよう」」
オーノー! 私は「だから、チューカモ~ン!」と、言いたかったのだよ。しかし、私の躯を気遣ったキールが知る由もなく、そのまま私達は宿へと戻ったのであった……。
☆*:.。. .。.:*☆☆*:.。. .。.:*☆
――う~チューがなぁ。
宿に戻ってからも、私はチュー出来なかった事を名残惜しんでいた。あんな思い出を刻める素敵な場所で、最後は熱いキッスで締めたかったよ! ッキショー。
――キールにも悪い事をしたな。
私はシュンとした気持ちとなって、伏し目がちとなっていた。
「千景、湯浴みに入るぞ」
「うん、先にいいよ」
けっこうな時間だしね。明日も早朝から動くし、早くキールに入らせて寝かせてあげないと。
「オマエも一緒に入るぞ」
「は……い?」
私は目をパチクリさせながら顔を上げる。今……なんと?
「もういい時間だ。寝る時間を増やす為にも一緒に入るぞ」
「ひょぇ!」
い、一緒にお風呂ですと! な、なんと大胆な! 実をいうと、キールと一緒のお風呂は初めてではない。以前、イスラちゃん事件があったバーントシェンナ建国記念日の夜、私とキールは初めて一緒に入った……のだが!
言葉では表せられない熱――――――い!! お風呂時間であったのだ! キールから散々エッチな洗い方や流し方をされた私は始終悶えていた。あの濃厚な時間が再び襲ってくるというのか!
――いっやぁあ~~~~~~ん!!
思い出した私はムンクの叫び顔になる! いくらなんでもあれは恥ずかし過ぎるだろう! 今まで何度もキールと濃密な夜を過ごしてきたとはいえ……ム・リ~~~!!
「早く入るぞ」
――ひょぇ!
キールから腕を掴まれ、脱衣室へと連れ込まれそうだ。心の準備がまだでっせ~!
――ひーん!
ズルズルと引きずられ、あっちゅー間に脱衣室まで来てしまった。
「うぉ!」
そそくさキールは衣服を脱ぎ始めているではないか!
「千景、なにしてる?」
シレッとキールから問われ、私はあたふたと気妙な動きをしていた。
「は、恥ずかしいだもん!」
胸元に両拳を作って私は抗議する。往生際が悪い姿だけど、あっしはまだ覚悟が決められていないんすよ!
「今更? 千景の裸体はいつも見てるじゃん?」
「そ、そうだけど。でも」
「オマエ、エロイ事を想像してんの? つぅか期待してんのか?」
「ち、ちっがうよ!」
図星を差された私は動揺を隠し切れず、キールから視線を逸らした。顔がフライパンで焼かれて足を広げたタコウィンナーみたいに、あっつあつになっているのがわかる!
「じゃぁ、早く脱げよ。なんなら脱がしてやるけど?」
「いい! 自分で脱ぐから~!」
――ひぃ!
売り言葉に買い言葉みたいに答えてしまったよ。うぅー、私は上手く口車に乗せられてしまった……。